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素晴らしきルヴェリアへようこそ!  作者: 晴間雨一
『うまい話にはウラがある』前編
11/32

#011 ノックは軽く


 翌朝早く。

 鳥もまだ目覚めず、太陽も出勤前のいわゆる『もうちょい寝かせてくれよ』な時間に来訪者があった。

 

 とんとん、の控えめからノックは始まり、どんどん、がんがん、ばぎん! ばぎん!と訪問を告げるノックは破壊音と変わっていく。

 最終段階に到ってはもはや通報もんの騒音レベルである。


 東京都内でこれだけかませば近所の住民が出張ってくること間違いなく、とんだ非常識な野郎が居るもんだと思ったが、ここは異世界ルヴェリアで地球とはちと違う。


 こっちじゃこれがデフォルトかも知れんのだ。

 郷に入っては郷に従えのルールで言うんなら、今後は俺もこの時間帯にガンガンとドアを殴らなきゃいかんのかな。ごめんだが。

 

 俺はあまり嬉しくない人力アラーム音でうっすらと目を醒まし、外がまだ暗いことを確認し、以上のことをガソリンの足りない頭でぼんやりと考えつつアホな来客を無視して二度寝を決めようと思い、

 

 背中に吐息を感じた。

 

「っふあーーー~~~~っ!?」


 あまりの驚きに心臓が口からはみだしてやしないか確認する。まだ生きてる。

 俺はほぼほぼ条件反射の動作として、足裏でぐいぐいと背後の物体Xを蹴り押した。意外に重い。何なんだこりゃ。


 いや構わんとも。幽霊だろうが何だろうが……いややっぱりオカルト的かつエクトプラズマ的なものは困るが。

 頼む。こっちに居るのかは分からんが神様仏様。願わくば現世に居座る悪霊の成仏をお願い申し上げます。


 首をぎりぎり唸らせ、恐る恐るに横目で見てみるとそこには流れる金髪を顏に垂らしてぐーすか寝入るガフが居た。

 てめー何やってんだ!?


 そりゃ神仏の類に頼みはしたが、このポンコツはお呼びじゃないぜ。

 チェンジでお願いします。


「ガフ! 何でお前が添い寝してる!?」

「ふがっ……あ、バレましたか」


 バレるに決まってんだろ。

 鼻提灯ふくらませて、よだれを垂らすとは随分くつろいでいたらしいな。


「理由を説明しろ。内容次第ではお前を生かす選択肢もきちんと用意してあるから安心して答えていいぞ」

「えっ!? 死ぬ可能性もあるってことですか?」


 俺、無言。


「何故って……何故ってベッドが余ってないからですよ! まさか私に床で寝ろって言うんですか? 仮にも女神の私に!? 不信心者! そんな心構えじゃ人生ろくなことがありませんからね!」


 俺がこいつを信仰しちゃいないことは今更言うまでもないよな?

 口元のよだれを拭いつつ何やかやと耳元で喚く女神の腹を、俺は無言のままに足裏で押した。


「うぐぅっ! な、何を……!?」

「今は女神候補(笑)だろうが。降格処分を受けたお前の神性は俺の中では字面以上にだだ下がりです~。ぶっちゃけ自称神を名乗るうさんくさい野郎とたいして変わらん。分かったらさっさと出ろ」

「蹴らないでください~っ! 私からぬくもりを奪わないで~っ!」

「いってえ!? お前こそ人様を蹴るんじゃない! そんな野郎が善行を稼げだの言うなんてへそでコーヒーが沸くわ」

「私を信仰しない人間なんてゴミ以下だから構いません」

「てめー」


 夜明けに行われた醜い争い。

 俺と負けず劣らずのもやし体型のくせにガフは馬鹿力を発揮し、みじめに地べたへ叩きつけられた俺は――、

 

 鬼を見た。

 

 居間の片隅に放り捨てられていた角材を拾う厳つい手。

 彼は怒り狂った金剛を凌がんばかりの恐ろしい気迫を全身に発露をしていて、怒気を込めた足で一歩、また一歩と乱打の続く玄関へと続くフローリングを踏み歩いて行く。

 

 鬼は往く。

 

「ハム。ガフさん。あんたらはそこで待っててくれ。賊の類だったら危ねえからなあ……」

「危ないのは賊の命の方なのでモガッ」

「バカっ、余計なこと言うな!」

「へはひをほはへうはんへ……」

「何言ってるかさっぱり解らんし訳も要らんからな」


 攻撃力の数値がカンストしていそうなあの角材がこちらに向けられていなくて本当に良かった。

 なにしろ持ち手の筋力と相まって一撃もらえば瞬時に消し飛びそうな威力を持っていそうだからな。

 

 

 早朝の来訪者は依然として激しいノックの嵐を玄関扉に注いでいた。

 一打のたびにオヤジさんの背中に鬼が現われるような気配さえあり、下手すりゃ彼のオーラ(闘気)に部屋の景色が揺らぐかもしれん。

 

 誰か知らんが頼む! 

 命が惜しければ今すぐノックをやめろ!


 朝っぱらから血を見たくない俺の必死の願いが通じたのか、あるいはテレパス能力に目覚めちまったのか。

 とどめの一撃よろしく、玄関から一際大きくドゴンと音が鳴ると、それっきり静かになった。

 

「――……朝から随分と賑やかじゃあねえか? ん? どっかヨソの家と間違えてんじゃねえか?」


 今度はうんともすんとも言わない扉が鬼の手により開かれた。発する言葉は初日ぶりに聞く重低音でいて、一言が床に落ちるたびにびりびりとベッドが揺れる。

 

「間違えてはいない。私たちの目的地はここ」


 電話案内サービスみたいな事務的かつ平坦なトーンの声が転がり込んでくる。状況が分かっていないらしく、緊張感というものが一切感じられない声だった。


「こんな時間に女だァ? あんた一体どこから……」

「悪いな」


 男の声が割り入る。


「時間を改めようとは思ったんだが、ちっとばかり急ぎだったんだ。この中に出自不明の奴が居るだろ? そいつらと少しだけ話させてくれ。長くはかからんからよ」

「そんなもんは居ねえ」


 シャーリー父は即答した。

 居候の俺を(ガフは知らん)匿ってくれている……!

 彼とのあいだにいつの間にか築かれていた友情を感じ、無性にうれしくなってしまう。オヤジさん……! 俺、明日からも畑仕事を頑張るからな!

 

「お邪魔する」

「おい! うちに怪しいやつは居ねえって、あんた!」

「あーあ……すまねえな。ああなっちまうともう言うこと聞かねえんだ」


 ばたんと扉を押し開き、ヒールの底でかつかつと床を踏む音が連続する。


 ようやく昇りはじめたほの暗い朝陽に照らされて、三角帽子の人間が部屋へと現われた。

 逆光のせいで巨大な三角形のお化けみたいな風体だ。


 背中にくっついていたガフは「ひえっ」と子供みたいな妙ちくりんな声をあげると、俺からベッドシーツを奪って身を隠した。てめー。

 

 三角お化けはじっと俺を向いている。……ような気がする。

 言葉に詰まりつつ、相手の出方に構えつつ。

 やおら待つこと三秒程度。

 

「見つけた」


 と三角頭が――、タイミングも良く射し込んだ朝日に照らされた魔法使い、しめじが言った。




「しめじさん! あなた、光の柱に巻き込まれたんじゃ」

「無事」


 能面みたいな無表情のままにピースサインをつくるしめじ。

 無事だというわりには緑のローブはあちこち焼け焦げていて、三角帽子のつばには丸い焼け穴が空いていた。

 

「そうですか。とにかく生きていて良かった。どうしてこちらへ来られたんですか?」

「それはオレから説明しよう」


 しめじの付添人――燕尾服を着込み、銀髪を後ろへ流したダンディズム溢れる男がこれまた渋い声で言葉を挟んだ。


 酒場で見た顔だ。ってことはしめじのお仲間だな。

 

「ちと信じがたいトラブルが起こってな。人間だけじゃあどうにも出来なそうな代物なもんで、神様連中に助言を授かろうと思ってよ。雲の上と連絡がつくんなら神殿でも下っ端の天使でも構わなかったんだが、ちっと周りを探ってみたら強い神気があるじゃねえか。これぞ好機とオレらは気配を頼りにやってきた。そういうわけだ」

「それはウルの主観。私は彼にも用があった」


 暗い部屋ではひどく青白く見える指先を俺へと向けてしめじが言った。


「俺に?」

「あなたと約束をした。そしてあなたが私に見せたあの本が私たちには必要。可及的に。速やかに。それと高い神性をもつあなた。私たちに助言を与えてほしい」


 高い神性、の言葉にガフは大いに反応した。

 身を隠していたシーツを素早く抜け出し、ベッドの上に立つやに仁王立ち。

 俺を見下ろす顏は鼻高々でいて、図に乗っているのが一目でわかる。


「私ですか! ほうら見なさい、おハムさん。降格をしようとも分かる人には私が女神だと分かるのですよ」

「良かったな。なら俺に言葉のマウントを取ってないで、女神らしく彼女に応えてやれよ」

「それもそうですね! 迷える子羊よ。私に何を望むのです? あなたに相応しい助言をこの運命と愛と希望を司る女神ガフが授けましょう」


 今更だが三つも担当するって多くねえか。


 慈愛の微笑みを口元にたたえ、綿あめみたいに柔らかい優しげな声でガフは言う。

 が、しめじの一言に笑顔テクスチャーは無残にもひび割れた。


「少人数で実行可能な超魔王の討伐方法を教えてほしい」

「……おおっと……早くもきましたか……」


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