第30話
ナナシ
「ふぃぃ、疲れたよぉ」
あれから食事も済ませ、適当に談話し、風呂にも入って自室のベットにダイブした。それほどまでに今日はイベント盛りだくさんだった。ギルドの手伝い、レデリック達と戦い、襲撃者と遭遇し、城で戦い、自分語りまでする羽目になった。
コン、コン
「空いてますよ~」
「失礼します」
入ってきたのはエリカさんだ。妖精はエリカさんに慣れたらしい。入り口まで出迎えに行っていた。エリカさんも多少表情が和らいでいる。人づきあいが苦手なんだろうな。花に水を上げている時も幾分かは表情が和らいでいた。勿体ないと思う。美人なのだからもっと笑顔をだせばモテるだろうに。
「何か?」
「いいえ、何も~」
おまけに凄まじく勘が鋭く、戦闘もできちゃうスーパーメイドさんだった。さて、いい加減体起こさないと失礼だな。
「お疲れのところ失礼します」
「あ、いや、全然気にしなくていいよ。何か用があるんだろ?とりあえず座わりなよ」
「いえ、お疲れの様でしたのでマッサージの方をさせていただこう思って来たのですが」
「おぉ、それは助かる。けどまだ寝ないしいいかな。そうだ、紅茶入れてもらっていいかな?」
「分かりました。少しお待ちください」
「ついでに妖精の分も頼む」
「はい、分かりました」
そう言ってすぐに出て言った。申し訳なかったっが、これからの事を整理して起きたかったし、マッサージしてもらったら速攻で眠る自信があった。少し眠気もとれたし、エリカさんが戻ってくるまで煙管を楽しむかね。
テラスに出て椅子に座り、月を見ながら煙管をふかす。考えるのはこれからの事だ。戦乙女の暗殺は変更することにした。あそこまでベルさんにバレてしまったのはショックだったが、適度な緊張感を楽しめたので良しとした。
正直戦乙女の事はどうでもいいのだ。暇があったら事故に見せかけて殺しておくか、程度にしか思っていなかった。自分が片手間に他者を殺そうとしていることに対して、改めて壊れていることを実感する。価値観が変わってしまった。人を殺すことにためらいを生じず、罪悪感も感じなくなっている。ガイと戦った時もそうだったが、昔は恐怖を感じていたのに今では全く感じていなかった。挙句槍で串刺しにした際も、死ななければいいだろう程度の認識でしかなかった。
「こんなやつが日本に戻っちゃダメでしょう」
リリアに質問されたときに、向こうに大事な人がいないからといったが、それは間違いではないし、戻ったところで居場所はない。だが、それだけではないのだ。命に対する価値観が軽くなってしまっている今の現状、戻ったところで普通に生活できるとはとても思えなかった。
「全く、人の事を言えないよな」
この世界に残った勇者である裕也。今女神が駆けずり回っている状況を作り出した張本人だ。だが俺はあいつと何が違うというのか。この世界の方が居心地がいい。ただそれだけでしかないのだ。お互いあちらに居場所はなく、帰る意味も見いだせず、この世界に意味を見出した。俺は帰るべきだったのかもしれない。仮に向こうに帰った瞬間、あの本家からの圧力を受け、最悪死ぬことになったとしても。あちらで人生を全うするべきだったのではないだろうか。
「まぁ、今更な話だな」
もう戻れないのだ。この世界で生きていくしかない。有り難いことに人には恵まれているのだ。
「なぁ、どうすればいいと思う?」
目の前に飛んできて顔をのぞいている妖精。ただの気まぐれだった。煙管を楽しみながら月を眺めていると、あの孤独だった故郷の事を思い出してしまったから。この小さな存在に話を振って気を紛らわせようとした。
「?」
ただ、妖精が煙管から出ている煙を使って何かをしだした。
(……これは、文字か?)
この煙は俺の魔力だから、妖精が触ることができたし、動かすことができた。動かすことができたのだが……
「は」
「た」
「ら」
「け」
「…………」
うん、前から思っていたのだが、この妖精ちゃんは俺に対して厳しくないかな。まさか働けと言われるとは思っていなかった。
「ただいま戻りました、ぷっ」
「ちょっ、笑わなくてもいいじゃないか」
「いいえ、笑っておりません」
「……」
すげぇ。何がすごいって有無を言わさぬ圧力が凄まじいのだ。これ以上突っ込むなという意思をひしひしと感じる。5年の間に身に着けた勘が警鐘をけたたましく鳴らしている。
「紅茶、貰えます?」
「はい」
つい敬語を使ってしまった。まぁいいだろう。エリカさんは急須からカップに紅茶を注いでくれている。何というか、すごく様になっている。メイドが紅茶を入れてくれるってこんなに絵になるのか。目を閉じて煙管を楽しむ。聞こえてくるのはエリカさんがティーセットを扱っている音。凄く落ち着く。
「どうぞ」
「ありがと」
そういってカップを口に運ぶ。口に広がる紅茶の香り。この甘味はリンゴだろうか。程よい甘さが疲れをいやしてくれる。
目を開けると妖精も小さいカップを貰い、おいしそうに頂いている。皿には数枚のビスケットが。
「夜に食べると太るぞぉ」
「!?———っ!————っ!!」
今まさにビスケットに噛みつく瞬間にからかってやると、明らかに動揺して此方に何か言ってきている。残念ながら声は聞こえないが、大変ご立腹みたいだ。
「おいしかったです。マッサージお願いしてもいいですか。エリカさん」
「——っ!」
「はぁ、まったく。分かりました」
何やら妖精が怒っているが、気にせずマッサージしてもらおう。ベッドに寝そべるとエリカさんもベッドに近づいてくる。
「それでは背中からやらせてもらいます」
「お願いします」
そして、エリカさんが指圧をしてくれるのだが
「ギャ――――!」
俺は忘れていた。俺のレベルが1である事を。エリカさんの戦闘能力が、あのジルさんも恐怖を覚えるほどのものだという事を。そんな人が俺を指圧すれば当然
「ギャ―、ギブ!ギブですエリカさん!て、手加減してください!」
とんでもない威力になる事は当然で。
「申し訳ありません、これでもかなり力を抜いているのですが」
「ま、まじですか!」
恐ろしい話だ。俺は決して鍛錬していないわけではないのだ。信じているわけではないが、ステータスも決して防御が低いわけではないのだ。なのにこの強さって。しかも力抜いているって。
(力がカンストしてんじゃねえか?)
「失礼な空気を感じました」
「ギャ—―――!」
しまったぁ、余計なことを考えてしまったぁ。どんだけ勘が鋭いんだよ!
「ちょ、エリカさん!ストップ、ストップです!」
「あの、それがですね……」
「は、はい?ど、どうしました?」
息も絶え絶えでエリカさんを見ると、エリカさんはテーブルの方を見ていた。そちらに顔を向けると、目に飛び込んでくるのは先程の妖精ちゃん。その手には先程の魔力の煙が。妖精は魔力の操作に長けているのだ。文字にすることも、文字を変えることもできるのだ。問題はその文字なのだが。
「も」
「っ」
「と」
「もっと!?」
「参ります」
「ちょっ!待って、エリカさん!一応俺あなたの主人でしょ?勘弁ギャ————!」
嵐のような一日はその夜も騒々しく過ぎていった。