第3話
リリア
ナナシさんは準備をするからと、家の中に戻っていった。私は縁側で待たせてもらっている。父からものすごく面倒くさがりだと聞いていたので、一緒に来てもらえるか不安だった。来てくれると聞いた時はうれしく思い気分が高ぶっていたが、待たせてもらっている間に冷静になってくる。
しかし意外だった。父や母から聞いていた印象と全く違うからだ。頼りになり、周囲を安心されるという情報から描いていたのはすごく高齢の人物だった。父や母よりも年老いていて落ち着きのある渋そうな人物を思い描いていた。
ところが現れたのは普通の男性だった。自分よりは年上だろうが、父や母よりは確実に年下だろう。今年で自分も20歳になる。父が45歳なのでそれ以上の年配者を想像していたのに出てきたのは30歳ぐらいの男性が現れたのだ。あれは驚きだった。
「あんな人に父は相談していたのだろうか…」
失礼な言い方になってしまうが、正直頼りにされていたとは思えない。気を使っているとは思えない身だしなみと伸びっぱなしの髪。ホームレスですと言われても信じてしまえるだろう。おまけに、一緒に来てもらえるか聞いた時に見せた面倒くさそうな顔。頼りがいがあるとはとても思えなかった。
「ま、それだけではないと思いたいわね」
実際に不可思議な点がいくつかある。
1つ目、妖精が懐いていること。あそこまで懐いていることがまず驚きだった。普通は近寄ることも稀だからである。今も遠巻きに私を観察している。こちらが手を振ると隠れるありさまだ。近づくことすら珍しいのだ、服の中に入ってくる事自体ありえない。おまけに気を利かせてタオルまで持ってきていた。しまいにはナナシさんが出したお茶と菓子を食べだした。警戒心が驚くほど強い妖精がだ。
「うらやましいことこの上ないわね」
うん、うらやましいのである。あそこまで気に入られることが。仲良くコミュニケーションがとれることが。聞くとあのお茶は妖精が譲ってくれた葉を使っているらしい。妖精からの贈り物なんておとぎ話の世界である。
「ああ、もう!次行こう、次!」
これ以上考えても仕方がない。2つ目は彼が魔族ではなかったという事。3つ目は怠惰の魔力を有しているという事。人間が出てくるなんて全く想像していなかった。
「てっきり竜人族か巨人族が出てくるかと思ったんだけどなあ」
ナナシさんが人間であるという事実がとてつもなく衝撃だった。人間だけならまだ納得できた。まれに強力な魔力を有した人間も存在しているからである。しかし怠惰の魔力を有しているとなれば話は別だ。人間には毒でしかない。しかし彼は平然としていた。疑問が尽きない。
「これは強欲が黙っていないでしょうね」
好奇心の強い彼女が、ナナシさんの状態に興味を示さないわけがない。まあ、暴走することはないでしょうが、もしもの時は暴食に止めてもらうとしましょうか。あの二人は仲がいいしね。
「いやぁ、待たせてすまん。」
「いえ、こちらこそ急な申し出でしたので――」
今後について考え込んでいると不意に後ろから声がかかる。慌てて謝罪をしつつ振り返り、
「――」
「ん、突っ立ってどうした?」
不覚にも動けなかった。そこに立っていたのはさっきまでの冴えない男ではなかった。伸ばした髪を後ろで束ね、前髪に隠れた目は優しくこちらを見つめていた。
「え、と……すいません、ナナシさんがあまりに変わったので、つい」
言い訳にもなっていない言葉が口から洩れる。
「そうなのか?。自分じゃよくわからなくてな。面倒なんで切るのをよく忘れてしまう。また切りに行かないとな。」
フリーズしていた頭がようやく動き出してきた。確認しなければならないことをまだ聞いていなかったことを思い出す。
「あの、今更なんですが、家の方はいいのですか?」
「ああ、それなら多分大丈夫だろ。結界があるし、この子たちもいてくれるらしいし。ちゃんと門番もいるんだ。」
そういって、「頼んだぞ」と言って妖精の頭を撫でる。撫でられた妖精は「任せろ」とばかりに自分の胸をたたく。見ていて大変微笑ましい。
「ん、お前さんはついてくるのか?」
襟元から「ここが定位置」とばかりに1匹の妖精が陣取っている。
「まあ旅の連れが1人増えても構わないか、しっかりつかまってろよ」
そういって声をかけている。
「それじゃあナナシさん、行きましょうか」
「ああ、行ってきます」
妖精に見送られて私たちは旅立った。