第21話
ナナシ
「そういえば他の質問って……っ!」
カナンの質問を促した瞬間、こちらに向けて放たれた魔力に気づく。
「あれ、もしかしてまだ試験続いてる?」
「いいえ、完全に敵ですね」
急いで離れることもなく、防御態勢をとることもなく、呑気にそんな会話をする。赤い魔力の波が近づいてきていることは見えているが、二人ともこの攻撃に脅威を感じていなかった。
「ナナシに相手やってもらっていいですか?」
「えぇ、面倒だし任せるよ」
「そう言わずに」
「はぁ、分かった。じゃぁ周囲警戒の方をお願いするわ」
「分かりました。」
レデリックの時に使ったシャドウプリズンをもう一度使う。影の牢獄が俺たちを包み込み、魔力の波がぶつかるが、微動だにしていない。
「これで見るのは2度目ですか。便利ですね、このスキル」
「だろぉ、お気に入りなんだよねぇ」
「ナナシ、今度は怠惰の魔力を使ってもらっていいですよ」
「お、それは有り難い。楽なんだよねぇ」
今なお影の牢獄を破ろうと魔力の波がぶつかってきているのにも関わらず、二人はどこまでも気楽だった。ナナシに至っては呑気に煙管を吹かしている有様だ。敵からの攻撃も止まり、影の牢獄も解かれると、大剣を肩に担いだ赤毛の男がこちらをニヤニヤと笑いながら歩いてきた。
「よぉ、お前が怠惰だろ?」
随分ガラの悪い人族の兄さんだ。確実に俺狙いだねぇ。今日は厄日だな。
「お前さんは?」
「質問してるのは俺だ」
全く、知っているから攻撃してきたんだろうに。この質問に意味あるのかねぇ。
「分からないのに攻撃してきたのかい?」
「いやなに、前情報から知ってはいたが、微弱な魔力しか感じられなくてね。そちらのお嬢さんじゃないんだろ?」
「そうですね、怠惰は間違いなく彼ですよ」
「そうかい、なら話は早えな」
カナンの言葉を聞き、勝手に納得すると一気に魔力を開放し、こちらに突っ込んできた。
「死ね」
……恐らく相当の使い手なのだろう。こちらに近づき渾身の一撃を振るう、動きに全く無駄がなく、一瞬の出来事だった。
だからだろう。彼の動きに無駄がなく、一瞬だったからこそ、彼自身何が起こったか全く分かっていなかった。
カランッ、とさっきまで彼が立っていた場所に、さっきまで持っていた剣が落ちる。
「何が……」
良かった良かった。未だに何が起こったか気づいていない。正面に俺が立っているにも関わらず剣も持たず、剣を振り下ろした格好のままでいることに全く気付いていない。それがどれだけ致命的なのかも気づくのに時間が掛かっている。
「ダメじゃないか、剣はしっかり持ってなきゃ」
「しまっ」
棒立ちになっている間こちらがスキルを発動させていることにようやく気付いたようだ。シャドウランスを使う。影の槍が彼に向かって勢いよく放たれる。
「ほら、頑張って避けろ」
「ちぃっ」
槍を避け、落とした剣の元へ戻る。そこに、俺がシャドウプリズンを仕掛けているとも知らずに。
「はい、捕まえた」
「なぁ!」
彼の顔だけを残し、体を拘束する。影が彼の体を完全に包んでいるので多少の事では破れないだろう。
「いやぁ、驚いた。大した速さだねぇ」
「クソがぁ!」
全くひどいものだ、わざわざ笑顔で接しているというのに。
「お疲れ様です。彼だけの様です。」
「それはいい、協力者なんて居たら面倒だ」
「あの、今何をしたんですか?魔力を使用したのは感じ取れたんですが……」
「お、それはよかった。カナンにバレていなかったら少しは自信もっていいよな?」
「そうですね。少なくとも並みの実力者では何をされたか気づかないでしょうね」
魔力の操作に関してはエルフの中でも随一であろうカナンに言ってもらえると自信がつくなぁ。練習しててよかった。
「なに俺を無視してんだぁ!」
無視されてることにキレたらしい。全く面倒なものだ。
「……何かな?」
凄まじく面倒ではあったが聞かないと話が進まないらしい。さっさと情報吐かせて終わらせよう。
「クソ、なめやがってぇ。裏切者の分際で!」
「裏切者?」
カナンが疑問に思ったらしい。聞き返している。
「てめぇもよくこんな奴と一緒にいるな。こいつは人族の裏切者だろうがよ!」
「ほぅ」
「いつ裏切るかも分からねぇ奴なんだぜ、こいつはよぉ!」
「……」
「あの戦争もこいつの邪魔がなけりゃ、魔族操っていい思いできたっていうのによ」
「……」
「あれのせいで魔族の奴隷も解放されちまっただろうが!」
「……」
「おい!何とか言えや!」
カナンは静かだった。怒鳴り散らす彼を、ただ静かに冷ややかに見ていた。
「それで、結局お前は何がしたいんだ?」
「裏切者であるてめぇの首を持って帰る。そうすりゃ俺の冒険者としての実力も知れ渡り、おいしい思いができるんだよ!」
「……へぇ」
あ、ダメだ。会話にならない以前に考えが理解できない。煙管でも吹かしてないとやってられない。結局答えも適当な感じになってしまう。それがなお一層気に入らなかったようだ。
「このやろう、汚い手使いやがってぇ!」
「何されたのかも分からなかったくせに、汚い手とはね」
「うるせぇ!薄汚ねぇ魔族の魔力なんか使いやがって」
「……」
「怠惰の魔力がお前に継承されたって話はマジだったらしいが、継承させた奴も死にかけだったんだってなぁ。」
「……」
「馬鹿なやつだよなぁ!抵抗せずに従ってりゃ」
そこで言葉が途切れる。影が頭も包み込んだからだ。全く、情報を聞き出そうとするんじゃなかった。カナンに必要以上に嫌な思いをさせてしまった。
「悪い、カナン」
「ナナシが謝る事ではないです」
「さっさと済ませてしまえば嫌な思いせずに済んだろう」
「いえ、気にしないでください。あいつはどうするんです?」
「影の牢獄に入れてるから、入れたまま魔王城へ持っていくか。情報も吐かせないといけないしな」
彼を包んだ影は、ズプズプと俺の影の中に戻っていく。
「これで大丈夫なのですか?」
「ああ、またシャドウプリズンを発動すれば出てくるよ」
「そうですか……」
「……」
口に煙管を運ぶ。はぁ、大した相手ではなかったが、何かドッと疲れた。これから考えることが山ほどある。祭り、冒険者、ギルド、敵対者、こちらの都合などお構いなしに、面倒事が次から次へとやってくる。森から出なければこんな面倒事はなかったんだろう。
「帰りましょう、ナナシ」
だがまあ、悪い事ばかりではない。
「……そうだな」
またこうやって、差し出されたこの綺麗な細い手を、握り返す事ができるのだから。