第17話
ナナシ
本日めでたく冒険者ギルドの従業員として働くことになった。従業員は二人だけらしい。まだ冒険者のブームが始まったばかりとはいえ、ギルドの受付を二人でやっていくなんて普通に考えたら不可能だ。一日二日程度は何とかなるだろう。だがこれからずっとやっていくと考えるとどう考えても無理だ。
(まぁ、後でジルさんに聞けばいいか。)
「とりあえず俺は何をすればいいですか?」
「書類整理は私がするのでナナシさんは受付で冒険者さんの対応をお願いします。」
「対応と言われても、決まりとか知りませんよ。」
「大丈夫ですよ。基本的に優しい方ばかりですし。私もちゃんとした対応ができているとは言い難いですし」
(ダメだろ、それは……)
笑いながら話すメルシィさんを見ながらため息をつく。今日始めたばかりの俺が急に書類整理なんかできないことは分かっている。しかし、だからと言って接客ができるわけでもない。まぁ、今日急に手伝えという話も無茶苦茶な話だし、5年前にやってた感じでやればいいだろう。
……1時間経った。誰も来ない。
……2時間経った。誰も来ない。
……3時間経った。誰も来ない。
(……平和だ。)
途中から煙管をふかしながら(メルシィさんに許可をもらった)入り口を眺める。人が来ないのは有り難い。正直客が来たところで緊張してまともに対応できるとは思えなかった。隣の席ではメルシィさんが書類の山の中で必死に書類とにらめっこしている。3時間もよく続くものだ。手伝えないとはいえ、ここまで自分が何もしていないというのは申し訳ないと思う。
(お茶でも注いで来るか。)
受付の後ろのドアを開けると資料室があり、休憩室としても使用している。机とイス、調理台、本棚には書類などの他に歯ブラシや薬箱などの生活必需品が置かれている。本来は殺風景とされているはずの休憩室は実に生活感が溢れている。
(まさかここに住んでるんじゃないだろうな。いつか体こわすぞ。)
メルシィさんの健康状態を気にしながら、急須の横に置かれてある入れ物を開けてみる。中は空っぽでほんのりと茶葉のにおいがする。残念ながら切れているらしい。仕方なく空間魔法を使い茶葉を取り出し急須に入れお湯を注ぐ。良い香りが漂ってきたので湯飲みにお茶を注ぐ。適当な茶菓子を用意し、お盆の上に乗せメルシィさんの元へ向かう。
「メルシィさん、お茶用意したんですけど、すこし休憩しませんか?」
湯飲みを机に置きながら休憩に誘うと、ようやくこちらに気づいたようで目をこすっている。
「ありがとうございます。んー、結構はかどりましたねぇ。」
小さい背を思いっきり伸ばしている様子を見てほっこりした気分になりながらお茶を飲む。妖精からもらった茶葉を使用しているが、深い茶葉の香りとすっきりとする後味の良さが俺は好きだ。特にこんな風にのんびりとした雰囲気の中で飲むのは格別だ。
「あれ、このお茶はいつも飲んでるのと違いますね。」
「あぁ、茶葉が切れていたんで俺がよく使っているやつを使ったよ。」
「あれ、切れてましたか!一人で使ってるから交換するのを忘れてました。これから気を付けないといけないですね。すいませんでした。」
「あぁ、気にしなくていいよ。今日俺が来ることを知らなかったんだし仕方ないよ。」
「いえ、知ってたんですけど……」
「ん?」
「いやいや、なんでもないです。」
小声で何か言ったと思ったんだが……。まぁいいや。なんでもないんなら、気にしなくてもいい事なんだろう。メルシィさんはこちらと目を合わせないようにしてるし、何かあるんだろうが、今気にしてもしょうがない。とりあえずこの時間を満喫するとするか。
のんびりとお茶を飲んでいると珍しくギルドのドアが開いて女性が中に入ってくる。客かと思い気を引き締めたが、相手を見るとそれが徒労に住んだことを知る。なにしろよく知る人物が立っていたからだ。
「お仕事ご苦労様です、ナナシ。久しぶりに冷やかしに来ましたよ。」
「今日はジルたちと一緒じゃないのか、カナン。」
相も変わらずこのエルフさんは冷やかしに来たらしい。昔からそうだった。人が店番してる時に限って現れては、適当に時間をつぶしていくのだ。てっきりベルやクロウ達と冒険者として依頼をしに行くんだろうと思ってたんだが。
「今日は予定が入ってないんですよ。昨日の依頼の報告もまだでしたし。皆別行動ですよ。」
「ふーん、依頼ねぇ。」
「ただの討伐依頼ですよ。ここ最近魔物が増えてきたようなので。」
「あ!お久です、カナンさん。元気そうで何よりです」
資料室に書類を置きに行っていたメルシィさんが戻ってくる。
「ええ、メルシィも元気そうですね。仕事の方はどうですか?」
「いやぁ、軽く死ねますね。ようやく助っ人が来てくれたのでひとまず安心ですが。」
「ナナシが助っ人ですか。」
「なんだ?」
含みのある笑みを浮かべているがなんだろうか。
「メルシィ、しっかりと監視しておいてください。見張っておかないと直ぐに寝ようとしますから」
「おいおい、失礼なことを言うなよ。ちゃんと受付として座っているぞ。」
「座っているだけでしょう?昔とやってることが変わっていませんね。」
「……」
全く持ってその通りだ。客も来ていないし、仕事しなくていいから座っているだけだ。昔も基本依頼がなかったらのんびりお茶してるような状況だったからな。
「今日はまだ誰も来ていないですからね。忙しいときは本当に忙しいのでその時に頑張ってもらいますよ。」
メルシィさんも苦笑しながらフォローしてくれる。
「まあいいです。はい、これが調査報告の資料です。」
「ありがとうございます。いつも助かってますよ。……ふむふむ、やっぱり多くなっていますねぇ。討伐隊を組む必要がありそうですよ。」
「えぇ、正直予想よりも多くなっていて驚きました。今度の祭りまでは私も参加させてもらいます」
「助かりますよ、カナンさん」
ふむ、あちらは打ち合わせがあるのだろう。こちらは受付を全うするとしよう。
「何を他人面しているんです。あなたも参加するんですよ。」
ですよねぇ……。魔物討伐ねぇ、面倒だな。
(そもそも俺って一応怠惰だよな。なんで労働せにゃならんのだ)
これからの面倒ごとにため息がでる。
「そうだ、ナナシも冒険者登録したんでしょう?せっかくですからフレンド登録とパーティ登録しておきましょうよ。」
「ああ、いいぞ。誘ってくれ。」
「分かりました。少し待っててください。まだ慣れていなくて。」
そう言ってカナンは自分の『メニュー』を開く。こちらからは見えないが、恐らくコマンド操作しているんだろう。しばらくすると、目の前に『パーティに誘われています』の文字が浮かんでくる。oKのボタンを押す。ピロリン!という軽快な音がなったから恐らくこれで登録で来たんだろう。
「何度しても慣れないですね。」
「全く面倒になったものです。」
カナンとメルシィさんは操作に慣れていないのだろう。俺自身もこのシステムを好ましく思っていない。そもそもこの世界に無かったシステムだ。なんでこんなものが現れるようになったのか。それは5年前の勇者が望んだからだ。勇者が帰還する際に女神が願いを叶えることになっていた。ある程度の願いならかなえられると言われていたから、4人の勇者のうち3人は
「何でも理解できるようにしてほしい」「生活が困らないほどの金が欲しい」「容姿を変えてほしい」
と願った。それぞれに譲れない思いがあり、それぞれが願う形に叶えられ、元の世界に帰っていった。だが最後の一人が
「ゲームのように冒険をしたい」
と願ってしまった。帰ることを選ばずにこの世界で生きていくことを選んだらしい。ただ女神が「ゲームのように冒険する」ために「ゲームのような世界にする」と曲解し、この世界のシステムを作りかえってしまった。これには驚いた。いきなり見慣れない画面が出てきて自分の事が表示されているのだから。挙句にフレンドのコマンドをタッチすると誰も出てこないのだ。ぼっちだと言われているような感覚に陥ってしまった。今までなかったシステム故に不便なこともあるし、この世界の住民に対して様々な悪影響を及ぼしている。挙句勇者本人は冒険を満喫しているときた。不満を持つ者もいるだろう。ただ、フレンド間で通話ができるなど便利な面もあるのだ。せっかくだから慣れて上手く利用していった方がいいだろう。
「これでいいですね」
そうこうしているうちにフレンド登録も完了した。ついでにメルシィさんにもフレンドになってもらった。空白だった欄に二人の名前が入るのはなんとも嬉しいものだ。自然と顔がにやけてしまう。
「何にやけてるんです?」
「いや、フレンドの欄にようやく名前が入ってさ。なんか嬉しくなってな」
「これからどんどん増えていきますよ。」
「そうか、それは楽しみだな」
こちらを見るカナンが優しく微笑んでくれる。昔からこの微笑みに自然と安心させられたんだよな。
(今更だが何で男と思っていたのかねぇ)