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怠惰な日常  作者: 帽子
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第16話

ナナシ


とりあえずシャーロットまで着く。森から城へ向かうときにも見かけたが、町の雰囲気が変わっていないように感じる。


「確かこっちだったな。」


5年も来ていなかったため、見知らぬ建物もあるが、体が覚えているようで自然と足を運んでいた。通りに知り合いはいなかったが、町の活気は変わらず、心が躍っているのが分かる。


(そうだな。なんだかんだこの町が好きだった。)


街並みを観察しながら歩いていると急に建物の前で足が止まる。


前と建物が変わっているから分からないが、体はここだと告げていた。昼前に着いたので中に余り人の気配はなかったが、恐らくここが冒険者ギルドなのだろう。


(とりあえず入るか)


ドアを開けて中に入ると真っ先に目に入ったのは、受付であろう机の上で資料の山に囲まれて慌てて処理している小人族の少女だった。処理に集中していていてこちらの存在に気づいていない。


(なんとも不用心なことだ。ひょっとしてかなり強いのか?)


あれではミスが増えそうなものだが、他に職員が見当たらない。周囲を見回すと様々な大きさの紙が張り付けてある掲示板を見つける。依頼を張り付けられているが、内容を見て唖然とする。


「家の整理を手伝って」「実験材料を集めてきて」「ペットが逃げたので探してきて」……


途中から見るのをやめた。いつから冒険者は何でも屋になったんだろうか。5年前に俺がやっていた事とほとんど同じなんだが。


(冒険者として活動していく気がないからな。これで成り立っているんなら別にいいか。)


受付に向かうとこちらの存在にようやく気付いたようだ。桃色の髪に銀縁の眼鏡、クリクリとした目をしており、小人族であることも合わさってすごく幼く見える。


「あ、失礼しました。冒険者ギルドへようこそ」


そう言って立ち上がり、慌てて机の上の書類を片付けようとする。


「あぁ、気にしないでくれ。冒険者登録をしてもらおうと思ってきただけだから。ゆっくり待つよ。」


「えっと、有難うございます。冒険者登録なら時間かからないのですぐにやってしまいましょう。こちらの席にお座りください。」


笑顔でお辞儀をしてくるんだが、後ろで山になっている書類の領を見てるとなんとも気が引けてしまう。


(あまり時間かけるのも迷惑だろうしさっさと済ませてしまうか。)


受付前に座ると一枚の紙とカード、そしてペンが置かれている。


「契約内容がこちらに書いてありますので、同意していただけるならこのペンに魔力を込めながら書類を書いてください。カードには名前だけで結構です。」


(ふむ名前、年齢、住所ね。後は契約内容か。)


契約内容に決められていることは、冒険中に何が起こっても基本的に自己責任だという事、ギルドの方針に従うという事などが書かれていた。


(いずれ問題になりそうだな。)


そう思いながら書類を読んでいく。特に問題なさそうなのでペンに魔力を込めて書いていく。


(いくつかツッコミ所があったが、まだ発展途上だからな。これから改善されていくんだろう。)


書き終わり受付に渡す。


「これでいいかな」


「はい、確認しますね」


そう言って笑顔で書類を受け取る。ただ読むにつれて目が大きくなっていっているように見える。


(あれ、何かおかしなことを書いたっけか?)


恐る恐ると言った感じで紙から顔を上げてこちらを見てくる。


「あのぉ、つかぬ事をお伺いしたいのですが、この怠惰の森というのは……」


「ん、何か間違ってたか?あぁそういえばジルさんが禁忌の森とか言ってたな。書き直そうか?」


「い、いえ大丈夫です。今おっしゃったジルさんってもしかして魔王様の事ですか。」


「そうだよ。」


「それではあなたが怠惰のナナシさんですか?」


「そうだが、どうかしたか?」


(受付が小刻みに震えだしたんだが、何かしたか?)


だんだん不安になってくる。するといきなり手を握って笑顔で振ってくる。


「魔王様から聞いております。お待ちしておりました!よろしくお願いします!」


(あ、これ厄介事だわ。)


「ええと?」


「あ、これは失礼しました。私はメルシィと言います。元魔王城のメイドで、今は冒険者ギルドを任されています。」


「あ、はい。よろしく。」


相手のテンションが極端に高いとこちらが自然と冷静になってくる。今この人はなんて言った?聞き捨てならない事を言ってなかったか?普通任されているなんて言い方するか?


「ええとメルシィさん。任されているというのは…」


「はい、魔王様からの勅命です!」


「他に従業員は?」


「魔王様から勅命を受けたのは私だけですが」


いやな予感がだんだん強くなってくる。ジルさんが何を吹き込んだのか、俺に何をしてほしいのか、ここまで来たらいい加減気づいてくる。気づきたくはなかったが……。


「ジルさんになんていわれているんです?」


「すごい助っ人が来てくれると伺っています。」


(何余計なこと言ってるんだジルさん!依頼があるとは言ってましたけど、従業員を頼むなんて聞いてないですよ!)


「やっと一人の寂しい職場からおさらばです。これからよろしくお願いしますね。」


「……」


メルシィさんは物凄く嬉しそうな目でこちらを見てくる。なんて断わりずらい雰囲気なんだ。受ける以外道はないのか。


「ナナシさん、どうかしましたか?」


こちらが反応しないので不思議がっているのだろう。下から見上げてくる。その仕草が――




『どうかしましたカ、ナナシサン?』




―—あまりにも似ていたからだろう。


「……何でもないよ。よろしく、メルシィさん。」


気づけば差し出された手を握っていた。





メルシィ


(やったぁぁぁぁ!)


私は手伝ってくれることになったナナシさんを見て喜びを抑えるのに必死だった。だって仕事が楽になるんだもん。そりゃぁ嬉しいですよ。


(流石魔王様です。)


実は魔王様から前日に助っ人が来ることを聞いていた。魔王様から頼まれたとはいえ、一人で何とかやっていくのがやっとで限界を感じていた。そこに一緒に働く仲間が来るという救いの話が来た。正直人族が来ることに若干の不安はあるのだが、


「身だしなみは無頓着ゆえに最初は平凡に見えるかもしれないが、中身は信頼できる男だよ」


そう言って魔王様が嬉しそうに話すので、それほどの魔王様が信頼している人物ならば大丈夫だろうと思うことにした。ちなみに


「恐らくめんどくさがって、何かしら理由を見つけて断ろうとするだろう」


とも言われていた。確かに手伝ってもらうことを言った瞬間に嫌そうな顔をした。だがちゃんと対策も言われていた。


「とりあえず来てくれたことを喜んでいればいい。それだけで彼が断わりずらい雰囲気になる」


言われた通り来てくれたことを喜んでいると物凄く困った顔をしながら考え込んでしまった。不安になって彼の顔を見ていると、困ったような顔で笑いながらよろしくと言ってくれた。


(これから楽しみです。)


自分で背負い込まずによくなったことに安堵し余裕が出てくると、色々と楽しみが出てくる。明日が楽しみになるのは何時ぶりだろ。ナナシさんも優しそうな人で良かった。手を差し出すと握り返してくれた。


(ただ……)


一瞬だけ浮かんだ悲しそうな顔が忘れられなかった。

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