表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怠惰な日常  作者: 帽子
13/35

第13話

ベル


「それで、いったい何があったというのだ?」


目の前に座るナナシに問いかける。ナナシは返事をすることなく目を閉じたままでいる。手に持った煙管に魔力を込めて、口に運び、スゥっと吸い込む。煙管を口から離し、目の前のテーブルに向けて勢いよく吹きかける。

すると、テーブルの上に城が現れる。


「これは魔王城か?」


「ええ、よくできているでしょ。」


その城は新しくなる前の魔王城だった。


「よく覚えておるな。ここまで鮮明にイメージするのは難しいものだが」


実際にここまで明確に以前の城を映し出すのは簡単ではない。5年も前の事を思い出しながらやっているのだ。人の記憶はあやふやでいい加減なものだ。一つの事柄について鮮明にに覚えていることは異常なことだと思う。私も同じことをするから分かる。どこかに綻びができるのだ。だというのに目の前に現れている城はどこを見ても綻びがなかった。それはつまり―—


「あの日は雪が降ってましたっけね。」


考え込んでいるうちに、ナナシは話を進める。それと同時に城の周囲に雪が現れ、周囲を白く包んだ。


「あの日勇者が城に着いた後、魔王との戦いが始まる。」


そう言うと城の前に白い4つの駒が現れる。人族の間で流行っている遊戯で使われている駒だったな。確かチェスだったか。駒の名称はポーンだった。その駒が城の中に入っていくと、城が透明になり中の様子が見えるようになる。そうして勇者の前に黒い駒が現れる。魔王役のジルだろう。当時戦闘能力が高く、周囲から頼られていたジルが魔王役として選ばれた。勇者たちは転移の際に未知の能力を貰っていて、それらを一人で凌駕できる存在がジルだった。普段は嫁に弱かったりするが、戦闘となると誰も太刀打ちできないほどの実力者だった。


「そんで、その最中に魔族を根絶やしにしようと近づいてくる人族と天使族の兵を止めるために怠惰と憤怒が動いた。」


城から離れた森から、無数の駒が近づいてくる。それに対して城から2つの駒が向かっていく。


「黒幕を突き止め解決に導くために、人族と天使族の大陸に向けて傲慢と強欲が動いた。」


少し離れた場所に二つの大陸が浮かび上がり、城からそれぞれの大陸に駒が向かっていく。


「残りの暴食、嫉妬、色欲が他の魔族の避難の手伝いをしていた」


3つの駒が天使族や人族の兵とは反対の方に、残りの魔族を連れて離れていく。


「あの時の流れはこんな感じですかね。俺は怠惰の方について行ってたから、他の所は何があったか詳しく知らないんですよね。」


「大体そんな感じだの。よくもまぁ、ここまで覚えているものだな。」


「作戦の立案に協力させられてましたからね。」


そう苦笑しながら話している。

さて、問題はここからか。この先は何があったか詳しく話されていないことだ。傲慢の陣営にいた私は怠惰の方で何があったのかを知らない。ジルに尋ねても頑なに答えなかった。


「ここからはあまり楽しい話題ではないです。」


煙管を口に運びながら切り出してくる。

ふとここで違和感を感じたがそれが何なのか答えが出る前に続きが話されていく。


「雪原で天使と人間の兵と接触した俺たちは計画通りに怠惰が力を使って無力化させて、時間稼ぎをしました。ジルさんも勇者を抑え込んでくれてる間に黒幕を叩き潰し、不可侵の契約でしたっけ?それを結ばせて、兵や勇者を引きかえらせるのが計画でした。」


そう、なるべく血を流さなくて済むように、侵略しようと思う気持ちを2度と起こさせぬように、圧倒的な敗北を植え付けるように計画を組んだ。


「計画はすべて順調に事が運び、人族と天使族との契約も完了しました。兵も勇者も撤退しだしました。」


そう言葉を続けていく。話には何も変なところはない。なのに何故だろう。先程から感じる違和感が強くなっていく。


「唯一つ、計算違いがありました。」


そう言うと雪原を残して、それまで存在していた城や大陸が消えた。そして雪原が大きくなり、3つの駒が現れる。


「天使兵の中に極端に力のある兵がいました。戦乙女と呼ばれていました。そいつが契約が結ばれる少し前に……」


雪原にあった駒が、よく知った顔が2人と天使族の兵に変わる。1人はナナシだ。そしてもう一人は——


「アキを殺したのか。」


「えぇ……」


アキは『怠惰』であるナナシの前任者だ。私とナナシ、クロウ、カナンとよく遊んでいた友人であり、怠惰領の代表を務めていた。その人柄から領民から愛されていた。怠惰の魔力を有しており、他の領の代表者と比べても魔力量が遥かに多く魔法の扱いは随一だったが、反面身体能力が低かった。


「殺した奴は?」


声が鋭くなっているのが分かる。煙管をつかむ力も自然と強くなっていく。


「そうとう消耗していたらしく、殺した後に転送の魔法を使い戻っていきました。」


「そうか……」


怒りがわいてくる。それと同時に後悔する。なぜ血を流さない方針にしたのか。向こうは殺すつもりで来ていたのだ。こちらも殺す覚悟が必要がだった。考えが甘かった。その甘さがアキの死に繋がったのだ。アキの力を信頼しすぎた。考えれば考えるほど、後悔が沸いてくる。


「それで?」


とりあえず話を最後まで聞こう。後悔はその後にすればいい。


「後は、アキが俺に怠惰を継承して死んでいきました。」


「最後に何か話したか?」


「恨むなと言われました。」


「そうか」


実にアキらしい言葉だと思った。計画を練った者の事や、殺した戦乙女の事だろう。その中にはナナシ自身も含まれているだろうな。


「魔力の継承は上手くいったのか?」


「まぁ…」


「むぅ、どうも煮え切らないの。何かトラブルでもあったか?」


「いや、大したことではないです。」


「…わかった。何かあったらすぐに言えよ。」


「分かってますよ。何かあったら真っ先に頼ります。」


はぁ、明らかに何かあったのだろうが言わんな、これは。仕方ない、待つとするかの。


「さて、話はこれくらいですかね。」


そう言うとテーブルの上で風が吹き荒れ、それまで現れていた雪原や駒を一気に消し去った。気怠そうに煙管をふかしながら遠くを見みている姿を見て、懐かしく思う。この男は昔からたまにこういう目をすることがあった。何を考えているのか、それを聞いたことはない。この男もあまり自分の事を話さなかった。だけど、それでもよかった。何か懐かしむようなこの目を横から見ている時間が好きだった。


だが、それと同時に辛くなる。恐らく今まで自分一人で抱え込んできたのだろう。何事も面倒くさがりなくせに、身内の頼みを律儀に守ってきたこの男は、後悔を胸に5年も。恨む気持ちを抑え込んできたのだろう。


「最後に聞きたい」


「何でしょうか」


ゆっくりとこちらを向いてくる。こちらを見る目はただ静かだ。


「これからどうするつもりだ?」


ふと、この時初めてナナシの雰囲気が変わった。何かに戸惑っているかのような表情をした後、ゆっくりため息をついてこちらを見る。


「さぁ、どうしましょうかね……」


答えた後、ただ困ったように苦笑していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ