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怠惰な日常  作者: 帽子
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第11話

ナナシ


温泉につかりながら他愛ない話でひとしきり盛り上がると、ジルさんは先に温泉から上がった。まだ執務が残っているらしい。ご苦労なものだ。この5年で慣れたとは言っていたが、これからさらに忙しくなると考えると胃が痛い事だろう。まぁ、その負担を減らすために呼ばれたんだろうが。


「しかし久しぶりなんだな。ナナシとこうやって風呂に入るのは。」


「まぁな、温泉とかによく行ってたよな。」


「そうなんだな、怠惰領と色欲領の温泉に行ったんだな。」


「あの時はなんでカナンが来ないのか不思議だったな。クロウも知ってたなら、教えてくれよ。」


「仕方ないんだな、カナンに言わないように頼まれてたんだな。」


「頼まれてた?」


「そうなんだな、今のままが居心地がいいと言ってたんだな。」


「へぇ、そんな事をねぇ…」


まぁ、居心地が良かったっていうのは分かる。俺が店番してて、クロウがおいしい料理の話をしてカナンとベルさんが聞いてて、それで旅行の計画を立てて。そんな何気ない一日がとても気に入っていた。そうか、カナンも同じ気持ちだったのか。


「しかし変われば変わるもんだな。正直言って驚いたわ。髪伸ばしてるから雰囲気も大分変ってて、最初誰だか本気で分からなかったぞ」


「元から中性的な顔立ちだったんだな。でも一番変わったのは――」


「胸だろ。」


答えた後に2人で頷く。あぁ、驚いたとも。だって無かったんだから。絶壁だったんだから。それがいきなり出てきたら普通驚くだろう。


「しかしまぁ、エルフの特徴を考えると当たり前なのか。」


基本エルフの肉体的な成長は遅い。その分精神面の成長が早いのだが。そのせいで孤立する羽目になったんだったか。


「でも意外なんだな。」


「ん、何が?」


「ナナシって異性に興味がないと思っていたんだな」


「まてまて!なんでそうなる。それだと同性狙いみたいでこえぇよ。」


「だって今までナナシの恋愛の話全く聞いたことなかったんだな。皆が付き合っていく中で全くそんな気配がなかったんだな。」


「あぁ、そりゃあれだ。分からなかったんだよ。魔族と人族の恋愛についてどうなのか。」


「なんでなんだな?普通にみんな人族とも付き合ったりしてるんだな」


「そりゃ今はそうだろうけど、あの時はまた違うだろ」


なにしろ人族と天使族が手を組んで魔族を滅ぼそうとしていたんだ。人族に対しての印象は最悪だったはずだ。そんな中魔族を好きになったところで結果は見えているだろう。


「まぁそんなこと気にしている余裕がなかったからな。今考えると、クロウ達はよく関わりを続けてくれたと思うよ。かなり有り難かったよ。」


「当たり前なんだな、親友なんだな。」


自信満々の笑顔を浮かべている。この笑顔に何度救われた事か。


「じゃあ今は考える余裕があるってことなんだな?」


ちぃ、話を変えようとしたのに戻してきたか。しかし恋愛ねぇ…。


「余裕がなかったっていうのもあるが、正直言って恋愛する気がなかったんだよ。」


「まさか本当に男に…」


「違う!そうではなくてだな。何と言えばいいのか…」


言葉が出てこない。自分の事を言葉にするのはこんなにも難しかったか?


「なんというか、面倒を増やしたくなかったんだろうな。」


そんな当たり障りのない答えしか思い浮かばなかった。


「面倒?」


やはりクロウは理解できてないようだ。上手く説明しないとな。しかしどう答えたものか…。


「クロウはさ、俺の性格知っているだろ。基本的に面倒事は嫌いなんだよ」


「知ってるんだな。」


「恋愛には面倒事が付きものだろう?それが分かっているのにわざわざするのが嫌なんだと思うぞ。」


「じゃあカナンにもベルにも恋愛感情がないんだな?」


これは難しいな。どう答えるか。誤魔化すのは容易いが、クロウ相手に誤魔化したところでな。必要もないのに誤魔化さなくてもいいか。


「そうだな、正直に言おう。誰にも言うなよ。」


「もちろんなんだな。」


一呼吸おいて正直に打ち明ける。


「俺も男だ。二人とも魅力的だなとは思う。ただ付き合いたいかと言われれば分からない。わざわざ今の関係を崩してまで執着するかと言ったらそうでもない。そんな感じかな。」


「それ、あんまり変わんないんだな。」


「んー、じゃあこう言った方がいいか。俺にとってあの二人は大事なんだ。いい加減なことはしたくない。答えが出てないってのが答えだな。」


「中途半端なんだな」


「仕方ないだろ。片方は今まで男と思って接していたんだし、片方は相棒と思って接してきたんだ。すぐには答えなんて出ないよ。すぐに答えるようなもんでもないだろ。ゆっくり考えるさ。」


「分かったんだな。でも――」


「ん?」


「待ってはくれないかもしれないんだな。」


「……」


「ナナシ、二人を傷つけるのは許さないんだな。」


いつになく真面目な表情だったから戸惑ってしまった。だが、それだけ真剣に考えてくれていることが分かる。答えは決まっていた。


「分かってるよ。」


クロウとの仲だ。短い返事だったが、あれこれ余計な言葉を付け足す必要もない。納得してくれたようで頷いてくれている。

しかしなんだな、なんでこんなに俺の恋愛に真剣なんだ?もしかしてクロウもどっちかが好きなんじゃ!


「ひょっとしてクロウ。お前さんもどっちかを狙ってたり?」


「そんなんじゃないんだな。」


きっぱりと返される。はて、ならどうして…


「親友の事なんだな、心配するのも当たり前なんだな。」


「――そうか。」


はぁ、俺はまだまだだな。こいつを見てるとそう思ってしまう。


「それにナナシは俺の好きな人を知ってるはずなんだな。」


「は?いや、今誰が好きかまでは…。え、まさかまだ好きなのか!」


こいつは一度失恋をしている。その相手を今でも好きだというのだろうか。5年たった今でもまだ。あれだけ嫌な目にあっていながら。信じられないと思いながら、


「リリアか?」


クロウはゆっくりと頷く。


「俺は付き合えなくてもいいんだな。」


「……」


5年前、クロウとカナンとリリアは同じ学園に通っていた。戦闘能力も高く、学力も高く、容姿や性格が優れるリリアの人気は高く、学園の中でアイドル的な存在となっていた。クロウはリリアに憧れて近づけるように努力していた。戦闘訓練もやっていたし(なぜか俺も付き合わされた)、学力方面でも頑張っていた(なぜか俺も以下略)。勇者騒動の時に一緒になる機会があり、告白までしたらしいが、振られたらしい。「今はそんな気分ではない」と言われたらしい。しかし、それを面白おかしく広めようとした連中が現れた。ええ、俺がボコボコにされた連中だ。結局騒ぎは大きくならずに済んだ。


「そうか、まだ…」


そんな言葉しか浮かばなかった。他に何と言えるだろう。「忘れて次の恋をさがせ」なんて言えるはずがなかった。俺にはまだ分からないが、そこまで真剣な思いなのだ。無責任に次を探せなんて言えなかった。


「クロウはすごいな、頑張れ。」


「ありがとうなんだな。」


その笑顔は俺にとってはまぶしすぎた。一生懸命に頑張ることをやめた側からすると、その在り方はうらやましいとすら感じてしまう。


「ジルさん達は知ってるのか?」


「あんな騒動があったんだ、聞かれたんだな。」


「そうか、すまん。」


なにしろジルさんはリリアの親なんだ。子を巡って喧嘩とあっては黙っていないだろう。


「大丈夫なんだな。色々話したんだな。」


「色々?」


「リリアさんが悩んでいることも話してくれたんだな」


ジルさん、それはしゃべりすぎなんじゃ…


「学園の事で悩んでいるリリアさんの事を聞いて色々納得もしたんだな。」


「それはあれか?『今はそんな気分じゃない』って言われた事か?」


「そうなんだな。」


そうか。すごいな、こいつは。知ってなお諦めず、少しでも近づきたいと己の研鑽に励んできたんだろう。そしてついに「暴食」の代表として選ばれた。


「やっぱすごいわ。振られても諦めることもなく、嫌うこともなく、前に進もうとしてんだな。」


「だって好きなんだな。どうしようもないんだな。」


そう言って笑うクロウ。こんな風に笑いながら誰かを好きになって、そのために努力で来たら、それはどんなに—


「そろそろ上がるんだな。」


そう言って立ち上がって、こちらを向く。


「ナナシ、ありがとうなんだな」


「?」


「あの時、あんなに怒ってくれたから自信が持てたんだな。俺は友に恥じることのないようにこれからも頑張るんだな。」


「……」


ハハ、こいつには敵わないな。負けてばっかりだ、俺は。喧嘩にも負け、人間性もクロウに置いて行かれている。だけど、このままではダメだ。俺もクロウの親友なんだ。恥ずかしい真似は出来ないな。


「お互い様だ。俺もクロウが親友で良かった。これからもよろしくな。」


そう言って握手をする。


これからでいい。これからでいいから、しっかりと前を向かなくては。振り返ってばかりいられない。腐っている訳にはいかない。とりあえず今は――




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