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ギルドの職員として働き始めて2年の時が流れた。
10歳になり小僧にしか見えなかった顔もイケメンになってきたと自負できる。少し中性的ではあるが、後数年でもすればイケメン間違いなしだ。身長も伸びてチビじゃなくなってきて良い感じだ。伸ばしっぱなしの艶のある黒髪を、首の後ろで一本に縛ることから一日が始まる。
来年からは普通の子供ならば学校に通う年齢となった。俺はノートの街でも上位に位置する複数の冒険者にしごかれる日々を送っている。当然ギルドの雑用仕事をこなしながらではあるがな。
仕事終わりに地下にある訓練闘技場で指導を受けていた。
「ちげえ! もっと己の心の内側の情熱を燃え上がらせるイメージだ!」
「はぁ・・・ そんなんじゃ理解できないでしょ? レッド君、この馬鹿は無視していいわ。 魔法を発動するときのイメージっていうのはね――
「ああん? 邪魔すんなっ クソエルフ!」
「貴方こそ、私の講義の邪魔しないでくれないかしら? それに、そんな脳筋な教え方をしていいと思っているのかしら? ほんとこれだから馬鹿は困るのよ」
「年増のババアの説教聞いても何のためにもなんねーだろーが!」
燃えるような赤い髪に、真っ赤なローブに身を包んだ筋肉質のヒューマンで、体育会系も真っ青な熱血のヴォル。雰囲気がロルル姉様ににて理知的で、金髪碧眼の超ド美人のエルフのエリーナ。脳筋で感覚派のヴォル。合理的な理論派のエリーナ。二人が揃うといつもこうなる。
ヴォルが魔法を発動すると、闘技場の気温が数度上がり温室になる。対してエリーナが魔法を発動すると、ヴォルの魔法で上がった分の気温がすぐに低下した。二人の魔法が激突すると、訓練闘技場は水蒸気に包まれて真っ白になった。視界がほぼゼロになったにも関わらず、二人の魔法がぶつかり合う轟音が響いている。
エリーナに魔法について論理的に教えてもらい理解し、発動する際にはヴォルのように感覚で使ってみたいと欲がでたのが間違いだったかもしれない。だがそれでも得るものは大きかった。二人がケンカをしてくれるおかげで、上級者の魔法の使い方を学ぶことはできる。ヴォルからは火属性の魔法の上位魔法の炎属性を教わり、エリーナからは水属性の上位魔法の氷属性を教わることができたからだ。
俺が二人の喧嘩から見て盗んだ魔法を一人で黙々練習をした。
手の平に体の中の魔力を感じて集中させて、発動に必要な詠唱を唱えてみる。詠唱はイメージが元となっているので、人によって全く違う。たとえばヴォルの場合は、かなり痛い。初級のファイアーボールを発動するのにヴォルは、「燃え上がれ俺の魂! ファイアーボール!」と詠唱する。ハッキリ言って理解できないし、マネしたくもない。エリーナの場合、アイスボールを発動するときは、「凍りつきなさい アイスボール」という感じだ。俺は是非ともエリーナのマネをしようと思う。
「雷よ 二人を鎮めよ 雷弾」
なんとなくだ。特に悪意があった訳ではないが、いまだに喧嘩を続けているヴォルとエリーナに向けて雷詠唱のサンダーボールを放ってみた。 手の平に集めた魔力が抜け出る感覚がした。二つのサッカーボールぐらいの雷の弾丸となった。サンダーボールは二人に向かって直進していった。
「うお!? レッドてめえ なにしやがる!」
「あら? レッド君も氷漬けにされたいのかしら?」
サンダーボールは軽々と対処されてしまった。炎の拳に殴り弾かれかき消され、氷の壁に衝突して消えた。残念だ。此処に来て2年たつが、ヴォルにもエリーナにも、それに剣術武術を教えてくれる冒険者たちにも、一発も当たったためしがない。隙をついたつもりが返り討ちにされるのがほとんどだ。
「狙ったわけじゃないですよ」
「「・・・」」
最近どうも一発も当てられないのでイライラしてる気がする。実力差なのでしょうがないけど、悔しくて仕方がない。あー タバコが吸いたいな! 相変わらず胸ポケットには何も入っていなかった。
日が暮れるまで・・・地下だから感覚だけどな。たぶん日が暮れていると思う。訓練を続けていると、ロルル姉様から声がかかった。
「レッド君、ギルマスが呼んでるわ」
「え・・・分かったー なんかしたかな?」
「悪い話じゃないとおもうわよ」
ギルドマスターに呼ばれると言うのは何か嫌な予感しかしない。今まで呼び出されてろくなことが無かったからだ。
「りょーかーい」
訓練闘技場の後片付けをロルル姉様に手伝ってもらった。
嫌々ギルマスの待つマスタールームへと足を運ぶ、ギルドの二階の一番奥の部屋だ。コンコンとドアをノックすると、中から野太いギルマスの声が聞こえてきた。
「入れ」
「失礼します」
威厳の塊。それがギルマス、オルガの第一印象だ。鬼族と人間のハーフなんだとか、そんなのどうでもいい。とにかく厳つい。泣く子も黙るっていうのはオルガの事だろう。身長は2メートルを超えていて、おでこに二本の角が生えている。焦げ茶色の肌に逆立った銀色の短髪と切りそろえられた髭が良く似合う。筋肉質なうえに、鬼を模した右腕の刺青が恐ろしい。そんな暴力団組長顔負けの40代前半の漢が、大きめのソファーに腰を下ろして、葉巻をくわえているんだ。ビビらない奴はこの世に存在しないだろう。
オルガは俺が入ってきたところで、咥えていた葉巻を灰皿に押し付けた。そして、デスクに置いてあった一枚の紙を俺に投げて渡す。魔法がかかっているのか、ヒラヒラと俺の手元に飛んできた。目を通すとそれは王都の学校のパンフレットだった。
「冒険者になるために必要な資格だ。取ってこい」
オルガは俺が冒険者になりたいと言うことを知っている。現に何度か俺を鍛えてくれたことだってある。外見と違って、オルガは面倒見が良くていい奴なんだ。ロルル姉様とは逆だな。
「でも学費なんて出せるほど金無いですよ」
「俺の推薦で入学手続きは済ませてある。 学費生活費は学校負担だ」
「え!? いやいや推薦って言われても、魔法も剣の腕もまだまだどと思うんですが・・・まだ誰にも勝ててないし」
この世界の学校制度について詳しくは知らなくても、推薦というのがどういう扱いかぐらいは推測できた。それもギルドマスターの推薦だ。それなりに能力が無ければならないだろう。今だにこのノートの街にいる冒険者の誰にも勝ててない俺には不相応すぎる。
「阿呆が、この街にいる冒険者は皆、Cランク以上だ。冒険者になってもいないお前に一発でも貰うような奴はいないぞ。疾風のテリア、爆炎のヴォル、氷姫のエリーナ、剛剣のゴルペーザ、怠惰のロルル、アイツ等に限ってはSランクに手が届きかけてるAランクだ。二つ名まで持っているメンツに一発でも当てられると思っていたのか?」
冒険者ランクは上からS、A、B、C、D、E、F、G、H、Iの10段階あることは知っていたが、誰がどのランクなのかは知らなかった。そうなのか。異様に強かったのはそう言うことだったのか。しかもロルル姉様まで・・・初耳だ。ゴルペーザって言うのは俺に剣の重みの重要性を教えてくれた奴だ。
二つ名をもてるのはBランク以上になって有名にならなければつくものではないらしいし、二つ名持ちは一人で城一つを陥落できる戦力らしい。
何故このノートの街にこれほどの達人たちが集まるのかはオルガが教えてくれた。ノートの街自体が魔境の最前線の開発都市であり、周囲には強い魔物がウヨウヨしている。その魔物に魅かれて強い冒険者が集まってくる。要はどいつもこいつも冒険者はバトルジャンキーということだ。そう思えば、ドラゴンの話をしたときのロルル姉様の食いつきがおかしかった気がしてきた。
兎にも角にもそんな奇想天外なメンツに鍛え上げられた俺なら推薦は問題が無いと言うことらしい。
「入学式は三か月後だ。 すぐにでも此処を出ないと間に合わん。 明日にでも出発しろ。 話は以上だ。 ああ、この話はロルルもテリアも納得済みだ」
「了解です。ありがとうございました!」
「それともう一つ」
オルガの表情が少し申し訳なさそうに歪み、天井を仰ぎ見た。まるで何かを諦めたかのようだ。
「アルナも一緒だ・・・頼んだぞ」
オルガから絞り出された最後の言葉は重かった。重すぎだ。
「はぁ!? 嫌だ! 俺やっぱり此処にいる!」
最後に爆弾投下された。そろそろ学校行って卒業資格を取らなければならないと思っていて、ちょうどいいタイミングだし、学費生活費がかからないのは僥倖だった。しかしだ。アルナも同伴だというのが最悪でしかない。これが本当に、此処に残ってた方がいいんじゃないかと思えてくるほどにだ。