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短いです。
完全に抜け去っていた。転生する前の記憶や思い出は残っているのに、自分の名前だけが思い出せなかった。劇的な人生に憧れた自分の名前だけがきれいさっぱり抜け去ってしまったのだ。
俺は違和感も感じつつも異世界での現状を確認する。名前を聞かれてすぐに記憶がないと答えていいものか、分からないのだ。もしもこの異世界にも孤児院や託児所のような施設があればそこへ連れて行かれることは間違いないだろう。見た目がそのまんま小僧で記憶までないときたら逃れようがない。劇的な人生を望む俺としたら、それもアリかもしれないが思いとどまるものがある。
かといって何ができるのかと言われても何もないだろう。ならばすべきことは異世界の情報をいかに集めるかだ。方針はそのあとに決めればいいだろう。
俺が名前を答えないことに不思議に思ったのか、犬の半獣半人の美女が心配そうに俺を見つめてきた。
「大丈夫かな? お名前いえる?」
屈まれて視線を合わされている所為か、彼女の胸の双丘がこれでもかと自己主張しているような存在感を感じながらも、俺はかの名探偵コ○ン君に見習うことにした。身体は子供、頭脳は大人、名無し君と言ったところだろう。
「名前を知りたかったら、自分から名乗るんだぞ!」
自分で小僧の演技をしながら吐きそうになった。できるだけ話を伸ばして、庇護欲わかせるようなハナタレ小僧に大変身だ。かなり賭けの要素が大きいが、見た感じ彼女はとても優しい性格の持ち主で子供が嫌いではないはずだ。だいたい子供の視線に合わせて会話をしようとするなんて、相当に子供が好きか。面倒をみた経験のあると見た。
「ふふっ そうね。ごめんなさい。」
俺に指摘された彼女はビックリした顔をしたかと思うと、クスリと笑って俺の頭を撫でながら謝罪した。完全に子供扱いだが、俺としてはその方向で持っていきたかったので我慢だ。
「私の名前は、テリア。 テリア・ヨークシャーよ。ノートの街を拠点にした冒険者をしてるのよ。」
テリアか可愛い名前だな。あの石壁で守られた街の名前はノートというのか。
冒険者ってなんだ? 旅人か? よくからんが、とにかく話を合わせて情報を手に入れなければならないな。
「これでいいかしら、君のお名前を教えてくれない?」
先手を打たれた。名前はどうするべきかなやむが、偽名を使えるほどの賢さはあることを見せつけるべきか、テキトーに命名した名前を教えてみるか。結局は本名じゃないのだから偽名には変わらないか。
なら俺が好きだった戦隊モノのヒーローに名前をあやかろうではないか。
「レッドだ! 名字は秘密だ! 知らない人には教えちゃいけないんだぜ」
演技していて思う。俺には無理だと。小僧を装うのはもう無理じゃないかと。つい胸ポケットを探ったが、そこには当然ライターもタバコもなかった。
「レッドくんか・・・ 森の奥から来たって言っていたけど、本当みたいね。 そのナイフはどうしたの?」
「え?」
俺はバカだった。原生林を進んでくるために背丈の高さまであった草木をナイフで切りながら進んできた。そしてそのナイフを右手に握りしてたままだった。
レッド君。 実はけっこうお馬鹿な子でした。