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統べるものとの屁理屈の言い合いを終えて、気が付くと俺は森の中にいた。いや正確に言えば原生林やジャングルと言った方が正しいだろう。里山や雑木林のように人の手によって整備されていないせいか、生い茂った草木で視界が0に等しい。シダ系の植物の割合が多いところを見るとなんだが昔見たジュ○シックパークの映画のワンシーンを思い出す。
劇的な人生、そしていばらの道を望んだ俺からしてみれば最高のシチュエーションでもある。ただ厄介なことが多すぎて何から手を付ければいいのか分からなくなっていることも事実だ。
一つは絶対に地球では無いことだけは容易に分かった。木々の隙間から見える大空には付きのような惑星がいくつも存在しているからだ。ただそのおかげで腕時計が無意味だと言うことも良く分かる。時間にして短い針は20時を、長い針は30分しめる6に差し掛かったところだった。PM8:30にして正午のような明るさである。原生林の木々に遮られている太陽?光が異常に眩しい。出来る事ならばこの原生林を抜けたいところだが、生憎サバイバルの知識には極めて乏しいのだ。
加えて、この新しい身体である。肺がんで死んだときの身体は中年男性そのもののメタボリックシンドロームな体形だった。しかしこの体は若返ったのか分からないが、贅肉の欠片も無かった。僥倖だ。逆にあるのは引き締まった筋肉・・・ではなく、プ二プ二とした華奢な少年のような体格だった。鏡があれば顔を確認したいが、水たまりも無い。イケメンを望んだのだから少年の身体だとしても顔だけは確認しておきたかった。着ている服は綿製品では無くて、何か動物の皮で作られた服だ。上下共に長袖長ズボンである。上着の色は脱色したのか白色だ。ワイシャツのようにも見える。胸ポケットにタバコとライターが入っていないのは残念で仕方がない。その代りと言ってはなんだが、腰にはホルスターのようなものに鞘に収まった西洋のナイフが刺さっていた。
最後に、いや最初に言っておくべきだったかもしれないが、現在俺は3人の緑色の先住民に囲まれている。ゴブゴブッ!っと騒ぎ立てて、極めて顔が醜い。馬鈴薯のような凸凹な頭部に、吊り上った目に黄色い瞳、鮫のようにギザギザとした歯が並び、口からは涎が垂れている。服装は急所を隠すためだけの藁のようなもので作られた腰巻。そして手には槍が握られている。出来としては簡素なものだ。木の棒の先端を尖らせて黒曜石のような鋭い石の破片をはめ込んでいる。そんなしょうもない槍を向けられても怖さが感じられない。どうやらこの緑の先住民の生活文化レベルは縄文時代以下かもしれない。言葉を使っていないところを見ると、もっと低いかもしれないがな。まあピンチには変わりないが。 醜い緑色の先住民はどう見ても話が通用しなさそうだ。
「やるしかないのか」
とかカッコイイセリフを言ってみたかっただけだ。鞘からナイフを抜き取って構えてみる。すると、緑の先住民がより一層五月蠅くなった。お粗末な槍を俺に向けてじりじりと距離を詰めてくる。とりあえず先手必勝だ。
「あ! バカめ!」
俺は何もない方向に顔を向けて指を指した。すると緑の先住民は見事に俺の罠に引っかかった。アホすぎる。俺の向いた方向に顔を向けたその隙に、正面にいた先住民の喉元にナイフを突き刺した。命を狙ってくるのだ。容赦はしない。地球じゃないんだ。人殺しがどうたら甘いことを言ってたら殺されてしまう。
喉元を突き刺された先住民は絶命した。ナイフを引き抜くとビクンと痙攣してその場に崩れ落ちる。濃い紫色の血か体液か何か分からない液体が噴き出していた。臭いもけっこうくさかったりする。仲間が殺されたことに激高した残り二匹が、槍を俺に突き刺そうと駆けてきた。
「スローだな」
遅すぎる。とろい。これが俺の感想だった。動きが止まって見えるは言い過ぎだが、余裕で避けられた。二方向からくる槍を難なく掴んでみる。ゴブ!?とかビックリしていたが、やはり大した力ではなかった。例えるなら赤ん坊のパンチ程度だ。寝てても勝てるんじゃと思うほどにな。
先住民はあっという間に俺に返り討ちにあい全滅した。ミスった。調子に乗ってナイフで惨殺してしまった。一人でも生かして逃がし、先住民の住居を見つければよかった。たぶんそこになら食べ物や水があったかもしれないのに。浅はかだった。俺自身がこんなにサイコパスな奴だって知らなかったんだ。緑の先住民を殺して罪悪感を感じるんじゃなく、高揚感を体全身に感じていた。しかも物足りないとまで思っていた。もっと強い奴と闘いたいとすら。それを望んでいたのだから仕方のないことかもしれないが、自重しよう。
「さて、どうしようか」
俺は緑の先住民の三人の死体の傍らで途方に暮れる。たぶんだがこの死体を放置していると、血の匂いに誘われて獣が姿を現すかもしれない。獣とご対面するなんて御免だ。早くこの場を離れた方がいいのだろうが、どこへ向かえばいいのかサッパリなのだ。
木の上から原生林を見渡そう。木登りなんて生まれてこのかた、いや生まれ変わったのか。前世でしたことが無い。落ちたら死ぬし、なんのメリットがあるのか不思議だった。だがこう切羽詰ってみると木登りがどれだけ大切な技術であるのか思い知らされる。ラッキーだったのは原生林が針葉樹林では無く広葉樹林であったことだ。さほど気の高さは高くないし、何より杉などの針葉樹林よりも広葉樹林ならば上りやすい。いい感じに枝分かれしていて、手足をかけて登りやすかった。新しい身体の運動神経が良いのかもしれないが、木の一番上までするすると昇っていくことができた。
俺は木の上から見た景色を見て驚愕した。呼吸する事すら忘れそうな絶景に心を打たれたのだ。広大な大地を緑色で埋め尽くす原生林、輝きながら蛇行する大河、大河の先には海が広がり果てしない水平線が何処までも続いていた。
絶景に気を取られていた俺は、目的を思い出す。人間しか作れないであろう石積みの建造物がところどころに確認できた。原生林だけでは無く、草原のような平野も広がっており、そこを横断する大河の両脇にも都市を発見する。大河の入り江にも港町のようなものがゴマ粒よりも小さく確認できた。どうやら縄文時代に来てしまったわけではないようだ。きっと緑の先住民が特殊だったんだろう。文明のある人間がいることが分かってホッとした。
だがホッとしたのはつかの間。この世界が地球では無いことを思い知らされた。俺の頭上を大きな影が覆った。蜘蛛でも差し込んだかと思って上を見上げた。あごが外れるぐらいに驚いたことは俺の秘密だ。心の内に秘めておこう。そうしよう。
空想上の生き物でなければならないハズのアレが、大きな翼を広げ大空を我が物顔で飛んでいたのだ。