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ページ10

ノートの街から街道を西へ進んだ木々が生い茂る大森林で、二人の子供がいちゃついていた。


「くっつくなよアルナ、歩きにくい!」


「いや!」


三日前、俺はテリアやロルル姉様に見送られてノートの街から出立した。ギルドマスターのオルガに、王都までの通行許可証と、高そうな短剣に旅路で必要なものを貰った。ついでにオルガの娘のアルナを押し付けられたがな。アルナも俺と同じ10歳で普通だったら甘えた盛り、もしくはプチ反抗期に突入している年代だろう。それが顕著に表れているのが厄介なところだ。甘える対象が俺で、プチ反抗期の対象がオルガだ。オルガの言うことは一切聞こうとしない。あの強面に睨まれても怖いと思ったことは無いらしい。そして、アルナは俺を見つけるとくっつき虫のように離れなくなる。今現在も、俺の腕に絡みついて離れようとしない。


「魔物が急に襲ってきたらどうするんだよ、お願いだから離れてくれ」


「やだ 夫婦は手を繋いで歩くんだってロルルがいってた!」


銀色に煌めくストレートの肩まで伸びる長髪が、頬を膨らませて顔を横に振るアルナの動きでサラサラして腕に当たってくすぐったい。アルナはオルガの娘だと言うのに外見は全く似ていない。同じ所は額に角が二本生えていると言うところだけで、厳つさの欠片もない。オルガがハーフだったので、アルナは鬼人と人族のクウォーターということになる。目はクリクリとして可愛いし、肌もオルガのように浅黒くなくて日本人のようなもちもちした柔肌だ。


いつから俺とアルナは夫婦になったのだろうか。本当に冗談でもやめてほしい。元おっさんの俺にはいくらなんでもきついものがある。だってアレだ。俺の感覚で言えばアルナは孫だ。可愛い孫だ! 懐かれるのは嫌じゃないが、恋の対象にされるのはごめんだ。あー タバコが吸いたい。しかしまたしても胸ポケットに手を突っ込んだが、空振りだ。


「なぁ アルナ?」


「なあに?」


「なんで俺なんだ?」


「んー ないしょー」


ニパッと破顔されて、秘密だと言われた俺はそれ以上聞く気がなくなった。きっと小さいころの憧れみたいなもんだと思いたい。アルナは二年前に初めて顔を合わせた時からこんな感じだった。はじめまして、と握手しようと思い、手を出したら急に抱き着かれたのだ。あの時のアルナの後ろに立っていたオルガの鬼の顔は忘れられない。


とかオグマの顔を思い出していたら、何故かもっと厳つい鬼の顔が俺の目前に迫っていた。その鬼の顔はやけにリアルで・・・


「グルガアアアアア」


黒色の肌をした身長2メートルはありそうな鬼が、俺とアルナに向かって手に持っていた棍棒を振り下ろす。


咄嗟に俺は腕に絡まっているアルナを抱き寄せる。脚に力を入れて地面を蹴り、後方へ宙返りして距離をとった。あと一秒遅かったらミンチになっていたかもしれない。


「うぉおおおお あっぶねー」


「レッド、良い匂い」


アルナは何とも能天気なのか、俺に抱き寄せられたままの状態で俺の胸の顔をこすり付けてクンカクンカしている。


「アルナ、頼むから今だけ離れてくれないか? じゃないとあの黒い奴を倒せない」


「仕方ない。一分だけだよ?」


「一分でアレを倒さなくちゃいけないのか・・・まあ余裕かな」


なんて言う魔物だったか名前は忘れた。ロルル姉様に叩き込まれたはずなんだけどな。赤色の似たような奴はオーク?、オーガ? どっちだっけ? まあいい! 兎に角、鬼だ! 鬼! 黒い鬼!


黒い鬼は俺ではなくてアルナをを睨みつける。俺の後方に避難させたのに、アルナを狙っているのか。魔物といい、動物といい、獲物は弱い奴を狙うというが、舐めやがって。


オルガから貰った短剣を腰のホルスターから抜き取って、右手に逆手で構える。木々の隙間から指し込む日光を刃の部分で反射させて、黒い鬼の右目を狙った。


「グ!?」


光りの眩しさで、黒い鬼が右目を庇うように手を動かした。その一瞬の隙を意図的に作った俺は、黒い鬼の右側の死角に入る。立ち止まっていた状態から前傾姿勢の急加速で黒い鬼の背後へと回り込んだ。


黒い鬼は視界が戻り前を見るが、そこに俺の姿が無かった。奥にはアルナがいるだけで俺が逃げたと勘違いしたのか、凶悪な笑みを浮かべてアルナへ接近しようと歩を進め・・・そこで詰んでいることに気が付かなかった黒い鬼は、頭を縦に両断されて絶命することとなった。


背後に回り込んだ俺が、全身のバネを使い4メートル以上跳躍し、身体をねじって回転をつける。上から落下する重力に、回転の遠心力を掛け、その力が短剣の切っ先に集まった重くキレのある一撃をお見舞いした。


「あの時の緑の先住民以来の魔物退治だったけど、大したことなかったな。にしてもオグマがくれた短剣の切れ味すげーな! 頭蓋骨とか関係なしかよっ」


「流石は私の旦那様、オーガの変異種を一撃だもん。惚れ直した」


魔物がいきなり現れたことに驚いたが、闘ってみればどうということは無かった。この後も、アルナがくっつき、魔物が現れて、アルナが離れて、魔物を倒して、またアルナがくっつくという良く分からないルーティーンを続けて、王都に向けて街道を西へと進んで行く。


さらに三日ほど進むと木々で覆われていた街道が、開けた平野へと景色が変わっていった。草原を吹き抜けるそよ風はとても気持ちが良いい。街道の傍に小川が流れているのを見つけて、俺とアルナはその縁で寝そべって休憩することにした。


「いいところだな」


「みてみてレッド! お魚がたくさんいるよー」


俺はのんびり草原の風を楽しみながら本を読み、アルナは靴を脱いで小川に入ってはしゃいでいた。


その時だった――日差しが遮られて大きな影が俺たちの視界を薄暗くした。雲でも差し掛かったのかと思い上空を見上げて俺は、自分の目を疑った。アルナが腰を抜かしてへたり込んだ小川の水が跳ねる音が、赤い巨体の着地した轟音で掻き消えた。 


この世界における絶対的存在。紅に煌めく鱗を全身に纏い、強固で光沢のある牙や爪、全てをなぎ倒す鞭のような尾、その巨体を大空へと飛翔させる翼。


そして、知性を帯びた瞳が、俺を見下ろしていた。




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