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俺の人生は何の苦も無く終わってしまった。小説にするにも物語というか話題が無い。普通の家に生まれ、普通に成長した。ただそれだけだった。高校受験や大学受験、そして企業に入社するときですらなんの苦労もなかった。身の丈に合った学校、企業を選んで合格、採用。働いて30を前に結婚して、子供もできた。
誰にでもある一般的な人生だった。唯一語れるとすれば、好きだった趣味は格闘技の観戦だろう。語らせてくれるのならば喉がカラカラになるまでしゃべり続けられるだろう。だがそれも自分自身が格闘して勝利のために努力していた訳ではない。格闘技で汗をかく男たちに憧れてたんだ。俺の空虚な人生とは違って、苦もあれば楽もあるんだろう。羨ましい限りだった。
そんなことを常々考えてタバコを吸い続けた結果、俺は肺ガンとなった。発覚したときには既にフェイズ4でいつ死んでもおかしくないと医者に宣告された。俺は号泣した。妻の前で、息子の前で、隠すことも無く人生で最後の涙を流したかもしれない。妻も息子もそんな俺を気遣ってくれた。
しかし俺は申し訳ないことをしてしまった。俺が泣いたのは癌になったことが悲しかったのではない。死ぬのが嫌だったのではない。日本人の死因で最も多い癌によって己の寿命を迎えるのが平凡すぎて悔しかった。
もっと劇的な死に方をしたかった。それこそ歴史になを刻むような。子供のころにテレビに噛り付いてみていた、あの戦隊やライダーとかヒーローのような。もしも来世というのが存在するなら、俺は激動の人生を送りたい。それがたとえどんな荊の道であっても跳ね除けてみせる――
そうして俺は死を迎えた。俺が横たわっていた病室では心音が0になったことを告げるモニターの機械音と、妻のすすり泣きが静かに聞こえていた。
消えゆく俺の意識はまさに昇天していった。体から魂が抜けるように天へと上がっていく。病室の天井をすり抜けた。息子が泣き崩れた妻の肩にそっと手を置いていたのが見えた。俺に似なくて人を気遣える大人に育ってくれた。
すぐに妻と息子の姿は見えなくなった。意識?いや魂がどんどん上昇を続けたからだ。見下ろすと住んでいた街の姿がグー○ルアースみたいになっていて面白かった。次第に街の区別がつかなくなり、日本の国の形が意外と面長だったり、死んでからこんなことを学んでもな・・・
宇宙空間へ突入するのかワクワクしだしたその時だった。見ていた景色が一変する。
なにもない真っ暗な空間になったのだ。そこには星々のまたたきなどなかった。本当に空っぽな闇のなかに俺の魂だけが火の球みたいにポツリと浮かんでいた。
はて? これが死後の世界なのだろうか。もしかして地獄だろうか。何もなさすぎる。このままこんな真っ暗に放置されればノイローゼになるかもな。地獄がまさかの放置プレイをする嫌味な罰を与えるところだったのか? なら天国は真っ白な何もない空間だったら面白い。是非見てみたいものだ。
『へぇ 異物が紛れ込んだと思って飛んできたと思ったら、変わった子だね?』
ふと声がかかる。いや、声というかなんというか、魂だけになった俺にでもしっかりと聞こえてきた。意識を向けると、火の球が力強く輝いていた。同業者のように見えるが、違いそうだ。
『うん 違うよ 私は統べるものだよ』
心が読まれた? いや違うな考えたことがそのまま伝わるんだろう。
なら…… 統べるものってことは神様か何かってことか?
『君の言う神様だと言われているかもしれないけれど、そうじゃないんだ。君の居た地球の人間たちは特別な事象や物事に名前を付けて認識したがるけど、私は存在しない者なんだ。この私っていう一人称も本来は正しくないんだけど、君に分かりやすいと思ってわざわざつけてみたんだよ?』
なんかアンタが屁理屈をこねるのが大好きだってことはよーく分かった。兎にも角にも統べるものなんだろ? じゃあ意趣返しみたいなもんだけど、なんで俺らは火の球みたいに光ってんだ? 光にも質量はある。存在しないなら質量があるのっておかしくないか?
『光ってるから質量がある。質量があるなら存在しないってのはあり得ない。そう言いたいんだね?』
ああ、そう言うことだ。
『……君の方がよっぽど屁理屈をこねるじゃないか。君の思惑は残念ながら大外れさ、私も君もただの思念体って言えばいいのかな。光って見えるのは虚空間がマイナスな空間だからだよ。意思があるとこの空間では輝くんだ。光っているのは君でも僕でもない、プラスになったこの場所なんだ。思念体の君や僕が光ってるんじゃないんだよ? 分かってくれるとありがたいな。』
そうだな。分かったことにしておくよ。どうやら理系の俺と、文系の統べるものでは話の馬が合わないみたいだしな。
『私は文系っていうその人間の認識にあてはめられるのも不本意なんだけどね』
人間の言葉で認識されるのが嫌だとは、人間のような価値観をお持ちじゃないか?
『むぅ 人間をバカにされたような言い方をされてイラついているのかい? 君は私が人間を卑下していると誤解しているようだけれど、それは違うよ。 安易に私という存在を認識するのをやめてほしいってだけだよ。私は、認識されてそれを自覚したその瞬間にこの虚空間から消え去ってしまうからね。統べるものとしてそれはいただけないんだよ』
いろいろな事情があるってことか、誤解して悪かったな。
『まあいいよ。そんなことよりも、君の今後を決めようか』
今後? 来世でもあるって言うのか?
『来世って考えであってるかな。最初に私はこう言ったよね? 異物が紛れ込んでるって。本来君はこの虚空間にいてはいけないほどのイレギュラーなんだよ。 ここに来た万物は私以外全てが、意思を持たないハズなんだ。虚空間の闇の一部となるんだよほんとはね。それに話して分かったけど、君は自分の存在を自覚しているよね? それっておかしなことなんだよ』
じゃあどうすれば良いんだ? 俺はこんなノイローゼになりそうなところに、馬の合わない奴とずっと一緒とか嫌なんだが。
『棘のある言い方だね。そんなに私が気に入らないのかな?』
異物やら、イレギュラーやら言われたので気分を害しただけだ。
『むぅ ホントに君の言うように馬が合わないね。ずっと一緒が嫌なのは私もそうだから、いちいち言い返さないでくれないかい? せっかくこの虚空間から君が抜けだす方法を教えようって言うのに、やる気をなくしてしまうよ。』
なんだと!? いままでのことは謝ろう。すぐに教えてくれ!
『簡単だよ。君が何になりたいかを願えばいいんだ。とても具体的にね。人間の言葉を使えば、一つは生き物かどうかだね。人間になりたいのか、動物になりたいのか、それこそモンスターでもいいんだよ。』
モンスター? ドラゴンとかそんな感じの化け物ってことか?
『人間から見ればモンスターは化け物かもしれないけれど、生き物の括りとしては一緒じゃないのかい? 私からしてみれば、君のほうがよっぽど化物だと思うけどね』
また言い合いでもご所望のようだが、俺はその手には乗らん。お前と喋るのは疲れるからな。
まあ……なるとしたら人間の一択だな。
『じゃあ次はどんな人間になりたいかを思い浮かべて、うーーーんと具体的にね』
取り敢えず、イケメンだな。
『……』
なぜ黙る!? ええいこいつは無視だ。
より具体的にか……イケメンでいろんな才能は持ってはいるが、努力しなければ開化しない。そんな人間がいい。そして何より劇的な人生を歩みたい。もう何もない平坦な日々はこりごりだ。そうだな。ヒーローのように血のにじむような努力をして、強敵に立ち向かう激動の人生を望む。それもうんと荊の道をだ!
俺がそう願うと、次第に俺の意識が眠るように薄れていった。火の玉のように光っていた魂が、だんだんと弱まっていく。
『君は本当に変わり者だね。そろそろ意識が消えていくはずだよ。目を覚めた時、新たな君の人生が始まるよ。少しの間だったけど、私は君が大嫌いだよ。』
統べるもののどこか寂しそうな声色が最後に聞こえてきた。ツンデレめ。ずっと一人だったのだろう、話し相手ができて楽しかったのかもしれないな。ノイローゼになるなよ。
『余計なお世話だよ。じゃあまたね』
またねってまた会う気なのか?とそう思ったが、統べるものからの返答は無かった。そして俺の意識は完全に途絶えたのだった。
読んでいただいてありがとうございました。
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