アリア編、その8
森にやって来た。
先日、アリアと2人で薬草を採りに来た場所から、2日程歩く所にある(勿論転移してきたが)、木々の比較的疎らな地域。
そこにオークの大きな集落がある。
和也が現れた時、その中では2匹の屈強なオークが戦闘を繰り広げており、それを取り囲んで大勢のオーク達がその模様を観戦していたが、いきなり現れた彼に、一瞬ポカンとしながらも、すぐに皆で襲ってきた。
四方八方から迫る刃を、その身体ごと弾き返し、まだ意識のある者には、強烈な右ストレートをお見舞いしていく。
戦いをしていた2匹は、他より頭一つ分程抜きん出た存在であったが、和也の放つワンツーに、あっけなく吹き飛んで動かなくなる。
「もしかして、何かの祭りだったのか?
それなら悪いことをしてしまったな」
周囲に動く存在がいないことを確かめると(勿論、魔物と雖も無暗に殺したりはしない。全員気を失っているだけ)、和也は集落の家捜しをしながら、お目当てのキングを探す。
時々、粗末な住居の中で、お金や人が使用する武器などが見つかり、それらはいきなり襲ってきた迷惑料名目で、有難く頂く。
どうせ彼らには、あまり意味などあるまい。
ふとその頭に、以前やったゲームの光景が思い出される。
勇者が町や村で、勝手に他人のタンスや戸棚を開けては、そこにあったアイテムやお金を黙って持ち去るシーン。
目の前に家主がいるのに、彼らが何も言わないのをいいことに、堂々とそれをやっていた。
和也はそれを見た時、このゲームはR18指定にすべきではないのかと本気で考えたが(倫理が確立した大人がやるべきだとして)、今自分が似たようなことをしているのは、命を狙われたことへの慰謝料であると考えて、それとは別物だと己を納得させる。
少なくとも自分は、己に好意的である人物からは、お金や物を奪わない。
家捜しを半分終える頃には、和也は、少し前から自分を見つめる視線の存在に気が付いていた。
どうやら自分の隙を狙っているらしく、弓矢を持っている。
「出てきたらどうだ?
そんなものでは自分を倒せないぞ」
「!!」
相手が怯んだ隙に、目の前まで転移する。
慌てて矢を番えようとする彼女の腹に当身を食らわせ、気を失った相手をまじまじと見る和也。
「ん?
彼女がオークキングなのか?
・・これは少し厄介だな」
明らかに他のオーク達とは違い、顔は人間のようで、身体の色も、体臭も異なる。
口から僅かに鋭い牙が覗くが、髪は綺麗な亜麻色だし、なかなかに整った顔立ちをしている。
身体は、人間の女性より一回り厚い筋肉で覆われているが、胸も大きく、身体全体が引き締まった綺麗なラインをしているので、何も知らなければ、オークとは絶対に分からないだろう。
そろそろ気絶させたオーク達が起き出す頃なので、和也は悩んだ挙句、2人で森の泉まで転移する。
元から、こちらを攻撃してこなければ、殺すつもりなどなかったが、少し当てが外れた。
それなりに理知的で強ければ、ダンジョン要員にスカウトしようと考えていただけに、彼女を見て、どうしたものかと頭を悩ます。
そうこうする内に、意識を取り戻したらしい彼女が、こちらを見て怯えた。
「大丈夫だ。
君が何もしてこなければ、自分も君に危害を加えるつもりはない」
人の言葉が理解できるらしく、万能言語に頼るまでもない。
「・・あなた、誰?
とても強い。
それに、凄い魔力」
「自分の名は御剣和也。
君に名前はあるのか?」
「メイ。
お母さんがそう私を呼んでた」
「母親?
それはもしかして・・」
「そう、人間。
私はオークと人間のハーフ」
「・・その母親は?」
「随分前に死んだ。
何人も子供を産まされたから。
・・私が人間の顔で、他より強い魔力を備えて生まれてきたから、他にも産まそうとした。
でも、私以外は普通のオークばかりだった」
「言葉はその母親から?」
「そう。
私は唯一人、お母さんと似てたから、可愛がられた」
「・・君があの集落の王なのか?
オークキングと呼ぶらしいが・・」
「そう。
でも、形だけ。
私は確かに魔力が強いし、力も一般のオークよりはある。
でも、発言権はない。
部族の象徴。
ただ、それだけ」
「あの時、他のオーク達は外で戦いを見物していたのに、何故君は他の場所に?
戦いは嫌いか?」
「別に嫌いじゃない。
けど、あの戦いは見たくなかった。
私の夫が決まる戦いだったから・・」
「あいつらが嫌だったのか?」
「嫌。
あいつらも、他のオークも皆嫌!
私のお母さんを、子供を産む道具にしか見ていなかった。
嫌がるお母さんを、無理やり犯してた」
「!!!」
『他に何をしてもいいけど、無理やり女性を犯すことだけはしないで』
アリアの言葉が浮かんでくる。
ギリッ。
和也の奥歯が不気味な音を鳴らす。
「・・どうしたの?
とても怖い顔。
私、あなたを怒らせた?」
メイが少し怯えたように言ってくる。
「・・いや、君を怒っているのではない。
君は、その・・乱暴されなかったのか?」
「うん。
私は景品だったから。
あの戦いで、1番強いと証明されたオスのものになるまで、誰も私に手出しできない決まりだったから」
「・・君は人間の前に、姿を見せたことはあるか?」
「ある。
集落を襲ってきた人間の集団を、倒すのを手伝った。
何人か逃げられたけど。
その内の1人が、私を見て酷く驚いていた」
「・・なあ、相談があるのだが、聞くだけ聞いてみないか?」
「いいよ、何?」
「自分の下に来ないか?
自分は今、己の創ったダンジョンで働いてくれる者を募集している。
かといって、仕事は決して殺し合いではない。
戦ってはもらうが、負けても何もされないし、怪我一つ負わない。
協力してくれれば、自分は君に新しい家と、日々の食事、多少の能力を与えてあげられる。
他にも何か欲しいものがあれば、可能な限り、応えよう。
侵入者が来た時以外は、自由に過ごしていい。
ダンジョンの外に出る時だけは、自分の許可がいるが、それ以外なら、普段は何をしていても構わない」
「あなたも私を抱きたいの?」
「いや、そんなことは全く考えていない。
自分には、既に多くの妻がいる。
君には何もしないと約束する」
メイが自分を見てくる。
じっと、何かを探すように見てくる。
「分かった。
あなたの所に行く。
もうあんな場所は嫌。
汚いし、臭いし、ご飯も美味しくない。
・・お母さんがよく言ってた。
『もう一度、美味しいパンが食べたい』って。
パン、ある?」
「・・ああ、極上のパンがある。
毎日沢山食べていいぞ」
『今度また、アンリに何かしてやろう。
それとも、売り子でも手伝った方がいいだろうか』
「楽しみ。
・・行く前に、そこで水浴びしてもいい?
汚れと臭いを落としていきたい」
「ああ」
何かの革で作られた、申し訳程度に胸と腰を隠す衣類を脱ぎ捨て、全裸で水に入る彼女。
「これからは、男の前で無暗に裸になってはいけないぞ」
「知ってる。
あなたは大丈夫、そう感じた」
「少しその場で目を閉じてじっとしていろ。
大丈夫、洗うのを手伝うだけだ」
和也の眼が蒼く輝き、泉の水が彼女の全身を包むように纏いつく。
髪の毛の1本1本、内臓の1つ1つ、細胞の1片1片まで、浄化と修復を施し、磨き上げていく。
「凄く気持ちよかった。
有難う」
水が流れ落ち、見違えるように綺麗になったメイが、穏やかに微笑む。
「それはもう捨てて、これを着るがいい」
自分の服に手を伸ばそうとした彼女を止め、魔の森で以前倒した魔獣の皮を用いた、新たな服を作ってやる。
動き易い方が良いだろうと、臍上までの黒いノースリーブのベストとパンツ(下着)、短パンのセットで、同色のブーツと、指先の見える手袋も添えてやる。
「カッコいい」
大分くたびれた元の衣類を焼却処分して、共に転移で移動する。
ダンジョン前に着くと、和也は扉に向けて声を出す。
「居住区」
扉の上部のランプが青く輝き、その下のパネルに『居住区』との文字が表示され、ゴゴゴと扉が開く。
中に入ると、高い青空の下、広大な森と湖、小高い山や草原などが広がりを見せる。
入り口から数mの所にある魔法陣が輝き、そこから現れたサキュバスの女性が2人を出迎えた。
「すまん、まだ名前を聴いてなかったよな。
自分は御剣和也。
君の名は?」
「ルビーと申します、ご主人様」
「良い名だ。
ルビー、すまないが、彼女の世話を頼む。
家は場所を決めた後で自分が建てるから、とりあえず、ここでの暮らしの細かなことを教えてやってくれ」
「かしこまりました」
「メイ、彼女は自分の仲間で、この居住区の管理を任せている。
分らないことや困ったことがあれば、遠慮なく尋ねるがいい」
「そうする。
あなたはこれから何処かに行くの?」
「ああ。
少しやり残したことがある。
・・腹が空いたら、これを食べるといい」
収納スペースから、常備してあるアンリのパンを幾つか出して、袋に入れて彼女に渡す。
「何、これ?」
「パンだ」
「!!
有難う。
大事に食べる」
「沢山あるから遠慮しなくていいぞ。
・・じゃあな」
そう告げて和也が消えると、後に残された2人が顔を見合わす。
「・・まだご主人様のご寵愛は受けていないようね」
見るだけで、女性の身体を詳しく分析できるルビーは、メイがまだ生娘であることを瞬時に理解する。
「彼は私に何もしないと言ってた。
私も今は、そこまで考えてない。
普通に大好きなだけ」
「フフフッ、あなたとは良い友達になれそう。
さあ、中を案内するわ。
かなり広いから、迷わないようちゃんと付いて来てね」
「魔法陣は使わないの?」
「あれは自分の家との直通だから。
・・私の家に来る?」
「うん、行きたい。
パン食べるの」
「分かったわ。
お茶を淹れてあげる。
まだ色気より食い気なのね、フフフッ」
その時、オークの集落は、いなくなったメイを探して、慌ただしく皆が動き回っていた。
そして彼女が何処にも居ないことが分かると、怒り狂って、近隣の村や人間のパーティーを襲おうと準備を始めた。
そこに、一陣の蒼い風が吹いていく。
そして、それは始まった。
「おまえ達は運が悪かった。
自分達の日頃の行いを悔いるのだな」
その瞳を爛々と赤く輝かせた和也が、集落の中央に現れる。
見覚えのある外見から、メイを攫ったであろう男だと推測できるが、彼から放たれる怒りのオーラに足が竦んで、皆、動けない。
グシャ、ドカッ、ベチャ。
集落の中でも指折りの屈強なオーク達が、次々に頭を魔力で潰され、地面に倒れていく。
残った100匹近いオーク達に、和也は告げる。
「おまえ達は、すぐには殺さん。
我のダンジョンで、他の魔獣の餌となれ」
和也が掌に浮かべた真っ赤な球体に、彼らは次々に吸い込まれていく。
頭を潰された死体は、ざっと森の周囲を透視して見つけた、中級以上の魔物の前に放り出してやる。
彼らが喜んでそれを食べ始めたのを確認すると、和也は前回探さなかった集落の家を透視し、そこから金目の物だけを集めて、浄化して、収納スペースに放り込む。
その中に、やはり、今回のお目当ての物があった。
メイの母親の物と思われる、その思念が籠った銀のブレスレット。
これだけは、後で彼女に返してあげねばならない。
集落全体を一瞬で灰に帰させ、浄化した後、そこに1本の木を植える。
無念の思いから、輪廻の輪に加われず、この地に留まっていた彼女の魂をその樹に宿すと、和也は祈る。
せめてこの樹の成長と共に、その魂が救われていくことを。
集落のあった周りを結界で囲み、やがて花咲く野原となるこの地に、邪なものは入り込めないようにすると、和也は静かにその場を去るのだった。
アリアの待つ家へと帰った和也が、気分転換に風呂に浸かっていると、さも当然のように、彼女も入って来る。
かけ湯をして、何時になく浮かぬ顔をしていた和也の目の前に来ると、彼女はそっと両腕を和也の頭の後ろに回して、その豊かに張り詰めた胸の中に彼を抱き締める。
「何かあったの?」
普段なら、小言の1つでも言いそうなことをしてるのに、無言でじっとしている彼に、優しくそう問いかける。
「・・暑苦しい」
直前まで訓練に励んでいた彼女の肌は、家の敷地内ということで、バトルスーツを着なかったせいもあって、まだ熱が籠っている。
「むっ」
腕の力を込めて、さらに強く抱き締めるアリア。
和也の顔中に、彼女の良い香りが充満する。
「他の男なら誰だって夢見ることなのに、あなたって変よ。
やっぱり長生きし過ぎているせいで、既に性欲が枯れ果てているのね」
「男性の中には、起伏の乏しい胸を好む諸氏もいる。
自分のものが、常に最高だとは思わないことだな」
「むむむっ。
でも、少なくとも、あなたは大きい方が好きよね?」
「・・まあな。
程度にもよるが」
「あ・・」
話し易いように、和也が顔の位置を僅かにずらした際、何処かを刺激でもしたのか、アリアが変な声を漏らして腕の拘束を解く。
「エッチ」
真っ赤になって、湯に身体を沈める彼女。
自分を気遣って来たらしいことは理解しているので、それ以上は何も反論せず、外の景色に目を遣る和也であった。
「ねえ、あなたよね、ガルベイルの鱗を持っている人って?」
その日も相変わらずギルドで掲示板を眺めていた和也に、1人の女性が話しかけてくる。
背が高い。
170㎝を僅かに超える身体に、漆黒のドレスを纏い、その胸元は、大きな胸を誇示するかのように、深い谷間を作るデザインになっている。
コルセットで締め付けたように細い腰。
黒のストッキングで覆われた長い脚は膝から下が見え、肉付きのいい、引き締まった太ももを連想させる。
腰には黒い鞘の短剣を携え、やはり黒のブーツを履いている。
そして更にそれらを包むように、黒のマントを羽織っていた。
銀色の、腰まで届く長い髪はよく手入れされ、左右で色の異なる双眸は、強い意思と自信を感じさせる。
肌の白さが黒い衣装をより際立たせ、その美しい顔の一部である小さく赤い唇が、濡れたように艶やかに色づいている。
恐らく、アリアさえいなければ、この女性が国1番と称えられてもいいくらいの容姿だが、如何せん放つ色香が強すぎて、一部の者からは敬遠されるのかもしれない。
そんな彼女に、振り向いた和也は一言だけを口にする。
「いいセンスだ」
和也がしていたゲームでは、この言葉は女性を褒める際にはセカンドベストだ。
容姿を褒めるのではなく、服装を褒めているのだから、ある意味当たり前である。
ゲームの中では、面と向かってヒロインに、『今日も可愛いよ』なんて歯の浮く台詞をなかなか選べなかった和也であるが、この時は別の理由もあった。
先日の件がまだ尾を引いていて、女性の容姿にまで気を配る気にはなれなかったのだ。
あの事例も、数多の世界では別に珍しいことではない。
むしろ文明が未発達の星や国では、よくある類のことかもしれない。
和也はこれまで、無数の星を観察し、その営みを目にすると同時に、人々の数えきれない心の叫びを耳にしてきた。
その中には当然、そういった類のものも数多く存在した。
和也が普段はチャンネルを閉じ気味なのも、無意識にそうした声を聞かないようにしてきたせいかもしれない。
今回の件が、ここまで和也の心を重くした理由は、それが己の近しい人物がらみのことだったからだ。
メイが淡々と語ったその内容は、その現場を彼女が見て、感じたことを意味している。
ある程度の年月が、その時の感情を多少は風化させても、核となる思いだけは決して消えない。
まだ幼かったであろう彼女の心に、一体どれだけの傷を与えたのか。
勿論、世のそういった類のことに、全て力を貸すことなどできない。
だが、眷族として保護すると決めた者達を除いても、己の知り合いである者、それに属する者達に、今後は力を貸してしまいそうな自分がいる。
そうするべきではないと告げる理性と、思うままに振る舞えと叫ぶ感情が、その心の中で鬩ぎ合う。
未だその結論に達していない和也は、自分を興味深く見つめる相手の、己を取り込もうとするような眼差しにさえ、無反応にそう返すのみであった。
案の定、当てが外れたような顔をする相手。
だがすぐに表情を戻して、再度話しかけてくるような強さも持っている。
「あなたもね。
黒一色なのがいいわ。
その素敵な髪と瞳の色に似合ってる」
今度は振り向きさえしない和也に、彼女は辛抱強く話しかける。
「少し2人でお話する時間を貰えないかな?」
「何かの勧誘や、自分の命を狙う算段をしているならお断りだ」
相変わらず振り向きもせずにそんなことを言ってくる和也に、流石に蟀谷がヒクヒクとし出す彼女。
「ち・が・う・わ・よ」
一文字一文字噛みしめるように口にする。
その腕が、和也の襟を摑もうと伸びたところで、やっと再度振り向いて貰える。
「何でもいいから付き合いなさい。
断ると、必ず後悔するわよ?」
顔を突き付けてそう告げてくる相手に、和也は述べる。
「そんなに顔を近づけて、キスでもされたらどうする?
若い女性がするには、少し思慮が足りないぞ」
ブンッ。
凄い勢いで平手が飛んでくるが、難なく避ける。
「じゃあ、自分はこれで」
さっさとその場を離れる和也を、彼女を含め、その場に居た者全員が、呆気に取られた表情で見送る。
いつも和也を笑っていた者の1人が、珍しく感心したような声で呟く。
「アリアの時といい、俺、あいつのああいうところだけは、素直に敬意を表するわ」
その言葉で我に返った女性が、慌てて和也を追いかけて行く。
今度もまた、何かが起こりそうなキンダルであった。




