アリア編、その7
その日、数日振りにアリアの下に帰った和也を待っていたのは、彼女の強烈な回し蹴りであった。
「いきなり何をする」
避けながら抗議する和也を見るアリアの目は、彼女が本気で怒っている事を物語っている。
「連絡もせずに何日も戻らなかったのは悪いと思うが、そこまで怒る事だろうか?」
和也の言葉に、彼女の目つきが更に鋭くなる。
「もしかして、悪いとさえ感じてないの?
・・昨日、完成した絵を届けに叔母さんの店に行ったのよ。
貴方、女性2人を無理やり乱暴したそうね。
その娘達、泣いてたって聞いたわよ?
・・どんな事情があったのかは分らない。
彼女達に、そうされるだけの理由があったのかもしれない。
でも、貴方は神様でしょう?
そんな事をしなくても、他に何か出来たはずでしょう?
女の子を抱きたいなら、私が幾らでも代わりになるわよ。
だからお願い、他に何をしても良いけど、無理やり女性を犯す事だけはしないで。
私は貴方がそうしてる姿を、絶対に見たくない!」
余程そう思っているのか、話ながら悔し涙を流すアリア。
ここでやっと和也は、あの時酒場の個室で女主人から浴びせられた言葉の意味を理解した。
「・・それは君の誤解だ。
自分は彼女達にそんな事はしていない。
信用出来ないなら、これからその2人に会わせても良い」
「本当?
やってないのね?
・・良かった。
叔母さんが言う事だから、つい真に受けちゃって。
・・御免なさい。
疑って、酷い事言っちゃって、本当に御免なさい。
何でもするから、私のこと、嫌いにだけはならないで」
頭を下げ、切実にそう告げてくる彼女を見ながら、和也は思う。
あの場所は、夜にはそういう事にも使われると聴いていながら、不用意に女性と用いた自分にも非はある。
自分にはその気が全くなくても、他人からどう見えるかは分らないのだ。
「自分にも非はあるから別に怒りはしないが、何でもすると言うなら、1つやって貰おう」
「何?
本当に何でもするよ?」
「これから3年、毎日この訓練をしろ。
正直、今の君では防御はともかく攻撃に不安が残る。
現状は魔法でカバーしているようだが、身体に余分な筋肉を付けたくないのであれば、もっと技の切れとスピード、技術を学んだ方が良い。
その後でなら、威力は魔法で何とでもなる」
そう言って、和也は彼女の脳に、オリンピックを参考にした体操の床運動と、地球の様々な格闘技の知識を刻む。
「防御障壁があるから、床運動の訓練でバランスを崩して落下しても、怪我をせずに済む。
これらの知識を参考に、自分の技を磨くと良い」
「え?
何これ、こんなに種類があるの?
3年で大丈夫かな」
「1日のどのくらいを訓練に当てるかは好きにして良い。
絵も描きたいだろうしな。
この訓練法が気に入れば、別にずっと続けていっても構わないのだから。
・・自分の助手として戦闘面でも働く気なら、頑張ってそれなりに強くなってくれ。
表立って魔法の使えない世界もあるのだからな」
「へえ、それは色々不便だわ。
頑張るから、ずっと側に置いてね。
あと、時々は訓練に付き合って。
一緒に汗を流して、気持ち良くお風呂に入りましょう」
「自分は君程度に汗などかかないが」
「言ってなさい。
その内、必ず一撃入れてあげるんだから」
「それが出来たら大概の事は聞いてやろう」
「ほんとね、絶対よ!?」
「ああ。
ところで、腹は空いてるか?
自分はこれから食事して、また直ぐ出かける。
良ければ一緒にどうだ?」
「勿論食べるわよ。
自分だけだと、簡単なものしか作らないから」
2人で賑やかに食事をした後、庭で早速訓練を開始すると言うアリアを残し、和也は再度出かけていく。
やる事は幾らでもあった。
「サキュバス退治?
今までなかった依頼だな」
和也はギルドの掲示板で、緊急と書かれたその依頼内容を読む。
地下迷宮の4階層以降に現れるようになった1体のサキュバスを、速やかに退治して欲しい。
報酬は金貨100枚。
倒した証拠として、その翼か首を持参のことと書いてある。
まだまだこの世界のお金が必要な和也は、早速向かうのだった。
地下迷宮の6階層。
赴く前に、ざっと迷宮内を透視し、目当てのサキュバスの根城を見つけた和也は、瞬時にそこまで転移し、その館の前まで来る。
貴族の館のような小さな建物は、保存の魔法が掛けられているようで、長い年月を経てなお小奇麗に見える。
扉を開けて中に足を踏み入れた途端、妖しげな女性の声がした。
「人間が1人でこんな所まで来れるなんて意外ね。
余程運が良かったのね」
ホールとなった入り口の正面に、いきなり1人の若い女性が姿を現す。
赤く長い髪に色白の肌、瞳も赤く、闇と同じ色の、鳥とは異なる薄い翼が生えている。
ゲームで描かれるような、細く先の尖った尻尾は生えておらず、翼を除けば人とあまり変わらない。
とても美しい顔立ちをしていて、豊かな胸と尻が、引き締まった腰のラインと共に、男を誘う。
「最近人間を襲っているのは君か?」
「人聞きが悪いわね。
向こうが最初に襲ってくるのよ。
私はそれを撃退してるだけ。
性欲丸出しで襲ってきて、よっぽど溜まっているようだから、それを解消してあげてるのよ。
死ぬまでね」
うっすらと笑うその顔には、意外な事に、男への嫌悪感が滲み出ている。
「その容姿で誘われれば、並の男など抵抗出来ないだろう。
程々に可愛がる程度では駄目なのか?」
「馬鹿なの貴方?
私が男なんかに身体を触らせるはずがないでしょう?
サキュバスが皆、男と寝るみたいな考えは、あなた達人間の妄想でしかないわ。
何でわざわざ、下等な人種に身体を許す必要があるの?
精を絞り出すだけなら、魔力で簡単に出来るのよ?
ほら、こんな風にね」
彼女の瞳が妖し気に光り、和也からその精気を絞り出そうとする。
「・・・え?
そんなはずないわ!」
何も起こらない事に愕然とした彼女は、再度それを試みるが、一向に効果がない。
今まで余裕だった彼女の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
「貴方人間じゃないの?
太古の魔術師だって抵抗出来なかったのよ?」
ただそこに立って相手を見ているだけの和也に、苛立ちをぶつけてくる。
「くっ・・。
死ね!!」
指先から鋭い爪を伸ばし、和也のジャケットしか着ていない胸目掛けて突き出してくる。
和也はその腕を片手で摑むと、ぐっと引き寄せ、もう片方の腕も拘束して、彼女の身動きを封じる。
「いきなり襲ってくるとは躾がなってないな。
今度は自分がお返ししよう」
拘束した腕を通して、彼女の精気を吸い取っていく和也。
「ああっ、嘘、こんなの嘘よ。
いや、止めて、・・死んじゃう・・」
次第に虚ろになっていく両眼から、涙が細く流れ出る。
「・・ご主人様」
何かを思い出しているのか、か細く呟くその声に、和也は行為を中断する。
両腕を放し、意識を失って崩れ落ちた彼女を支え、元居た彼女の部屋のベットへと寝かせる。
「ジャッジメント」
深い眠り就いた彼女を見る和也の眼には、何の変化も起きなかった。
「・・私、生きてるの?」
暫くしてから目覚めた彼女は、何時の間にか寝かされていたベットから身を起こし、周囲を見回す。
そして、少し離れた場所で自分を見つめる和也と目が合った。
「何で殺さなかったの?」
「主人を思い出して泣いてたからな」
「嫌味な人ね。
・・それで、私をどうする積り?
抱きたいなら抵抗しないわよ?
私も今は、貴方から精気を貰わないと何も出来ないし。
もっとも、私はまだそういう経験がないから、貴方はあまり楽しめないかもしれないけどね」
「君が寝ている間に、少し過去の記憶を見せて貰った。
確かに君は、正当防衛でしか人を殺めてないし、君の主人は、とても良い人物だったようだ」
「そんな事が出来るなんて聞いた事がないわよ?
・・貴方何者なの?
人じゃないわよね?」
「肩書なら色々あるぞ。
ちりめん問屋の隠居に島のオーナー、グループの会長、ダンジョン経営者。
我ながらよく分らなくなってきた」
「教える気がない訳?」
「君の話が聞きたい。
ざっと過去を見たが、何故ここで独り暮らしを?」
「・・話しても良いけど、その代わり、少しで良いから精気を分けてよね?」
「良いだろう」
「・・私はね、魔術師達におもちゃにされてたサキュバスから生まれたの。
母の顔も陸に知らないし、その母も既に死んでる。
まだ幼かった私の行く末を、とても不憫に思ってくれた1人の女性魔術師が、ある時私を連れて共に彼らから逃げてくれたの。
その人も過去に男に裏切られて、心に酷い傷を負っていた。
私達2人は、人気のないこの場所まで逃げてきて、一緒に暮らし始めたの。
追手の影に怯えながら、彼女が研究していた魔力増強と精神魔法の訓練を繰り返し、何とか身を守れるくらいに強くなった。
私が大人になって暫く経った頃、到頭この場所が見つかり、数人の魔術師達が攻めてきた。
でもその頃にはもう私は大分強くなっていたから、逆に彼らの精気を全て搾り取って、皆殺しにしてあげたの。
でも、そうしてやっと得た平穏は、ご主人様の死で無意味になった。
魔力増強の研究に、ご自分の魔力を用いていた彼女は、魔術師が稀に罹る不治の病であっけなく亡くなってしまった。
私はそれから、ここで長い眠りに就いた。
ご主人様以外の知り合いはいないし、守りたいと思う人も、一緒に居たいと考える人もいなかったから。
だから、家の地下に造られたカプセルの中で、つい最近まで寝ていたの。
目覚めてから少し他の階層を散歩したせいで、当時は見かけなかった普通の人間達に見つかり、またいきなり襲われて、仕方なく反撃した。
お腹も空いてたしね。
そして今日、貴方が来たのよ」
「君達サキュバスは、人の精気しか食事にならないのか?」
「魔力もなるわよ?
ご主人様には、定期的にそれを分けていただいてたから。
でも、やっぱり精気の方が美味しいけどね」
「なあ、提案があるんだが、自分のダンジョンに住む気はないか?
ちょっと特殊で、ほとんど誰も来ない時もあれば、連続して人がやって来る事もある。
そこでの君の役割は、戦闘ではあるのだが、殺し合いではない。
相手に致命傷を与えても、逆に攻撃を受けても、其々の生命力に対応した仮想ゲージの量が減るだけで、実際には死にもしないし、怪我も負わない。
君が相手を倒せば、その相手からお金と武器を徴収出来るから、その分自分の懐が豊かになる。
逆に負ければ、君が強さに応じたお金を落とすから、それだけ自分が損をする。
君は強いし、美しいから人気にもなる。
どうだろう、自分の下で働いてみないか?」
「言ってる事がよく分らないけど、使役ではなく働かせるというからには、私にも何か利益があるのよね?
それは何なの?」
「定期的に、君が望むだけの精気の量を進呈しよう。
それと、幾分かの能力、命の危険なく暮らせる場所。
もし自分と"契約"までしてくれたら、ずっとその身を守ってもやろう。
君が望む限り、永遠にな」
「・・本当に?
信じても良いのね?」
そう言って、赤い瞳が和也の眼を真っ直ぐに見据えてくる。
「ああ、決して嘘は吐かない」
「契約には条件があるわ。
私を抱いて。
男性が私の主になるなら、私の唯一の男となって、その能力を示して。
間接的にではなく、直接に、その精気の味を存分に味わさせて頂戴」
「う~ん、それは少し自分の流儀に反するが・・」
和也は女性を、性欲だけでは決して抱かない。
1度きりの、行きずりの関係も持たない。
抱く相手は、最後まで面倒をみる積りがある者だけだ。
つまり、必然的にそれは妻か眷族、そのどちらかになる。
契約と雖も、それは単なる主従関係に過ぎない。
その相手を抱いてしまう事に、少なからず躊躇いを覚える。
「・・私には、それだけの価値はないの?」
彼女がじっと見つめてくる。
「・・契約の形を少し特殊にして良いなら、要求に応じよう。
だがこれは、普通の契約なんかより、ずっと重いぞ?」
「良いわ。
貴方が約束を守ってくれるなら、私も全身全霊で応えてあげる」
彼女が静かに立ち上がり、僅かに纏った衣類を脱いでいく。
「さあ、主として、私を満足させてみせて」
それから暫く、辺りには、彼女の嬌声だけが響き渡った。
「このリングを付けて貰う」
和也が精を放つまでに、何度もその意識を飛ばし、やっと放たれた後は、今度は死んだような深い眠りに就いた彼女。
半日経って目覚めた彼女は、全身から魔力を漲らせ、その美しさが壮絶なまでの色香を醸し出している。
和也はその彼女の右手を取り、薬指にリングをはめた。
「これは?」
「我が眷族の証だ。
君はもう、普通の魔族ではない。
我の眷族として、他とは違う、遥か高みに位置している。
このリングには、それに見合う機能として、アイテムボックスの他、不老不死、万能言語、魔力の泉など、実に様々な能力が備わっている」
「・・・ご主人様は、もしかして神という存在なのですか?」
「そうだ。
あと、無理に主人と呼ばなくても良いぞ。
その呼び方は、君にとって特別なものだろう?
別に自分は呼ばれ方には拘らないから」
「いいえ、お嫌でなければそう呼ばせて下さい。
きっとあの方も、それを許して下さいます」
和也を見る彼女の目には、最早尊敬と愛情の色しかない。
「早速で済まないが、支度を終えたら移動しても良いか?
この館は丸ごとリングのアイテムボックスに入るから、今は服を着るだけで良いぞ」
和也にそう告げられた彼女は、何故か顔を赤らめながら、いそいそと衣類を身に纏うのだった。
『○○の森に住む、オークキングの討伐』
サキュバスの彼女(そういえば、まだお互い名前を名乗ってなかった)を自分のダンジョンに案内し、その足で再びギルドまでやって来た和也。
前回の訪問から約1日半。
結局手ぶらで帰って来て、再度掲示板を眺める和也を、ギルドの中には、馬鹿にしたように笑う者もいる。
和也は、そんな視線を全く意に介さず、目星い依頼を探していた。
金貨5枚で証拠に首か。
どうでも良いが、この世界の証拠品は結構グロいな。
まあ、他に何か特徴がなければ、それしか確認の仕様が無いものな。
素材になるものがあれば、別なのだろうが。
・・ん?
そういえば、魔物は人が食せる物なのだろうか?
自分が学んだ本の数々では、確か普通の食材として、皆平気で食べていたが。
「済まない、少し教えて欲しいのだが・・」
和也は疑問を解消すべく、受付の女性に尋ねる。
「はい、何でしょう?」
「魔物とは、食べられるのだろうか?」
「・・・極一部に可能な種族がおりますが、普通は食べないかと思われます」
何だか物凄く可哀想な目で見られた気がする。
今度は何を言うか聞き耳を立てていた者達も、大爆笑していた。
「オークとは所謂豚の事ではないのか?」
「確かにそう言われてはおりますが、通常の豚と違い、人の消化器官に適さない魔力を備えておりますし、食用の豚より遥かに雑食なので、魔物も生で食べます。
ですから、どんな毒や寄生虫がいるか分らず、余程の飢饉でも起きない限り、人は彼らに手を出そうとはしません」
「だとすると、この世界はかなり食料が足りないのではないか?
魔物だって、人が食べる物を食べるだろう?」
「?
ご存じないのですか?
確かにそうですが、それはゴブリンやオークなどの低級の魔物で、魔物のランクが上がれば上がる程、彼らは自分達より弱い魔物を餌とする傾向にあります。
魔物にとって、何より魅力なのは、やはり魔力なんです。
味などは二の次で、より多くの魔力を持った餌を好むのです。
そのため、上位の魔物が低位の魔物を狩ってくれるので、どの地域もある程度のバランスが取れて、人間の食糧事情には然程問題はありません」
「そうなると、また新たな疑問が生じるな。
では何故、魔物の討伐依頼を出す?
上位の魔物が多くいた方が、人の役に立つのだろう?
ドラゴンなんか、わざわざ危険を冒して狩る必要はないではないか」
「・・ある意味、仰る通りです。
ですが、悲しい事に、人には欲やプライドといったものが存在します。
強い魔物を倒して名を上げたい。
より高く売れる素材が欲しい。
そうした者達が魔物に逆に倒されれば、今度はその親や家族、仲間などが、その敵を討とうとする。
そして、自らにその力が無い者は、お金を払ってでも、他の者に依頼するのです。
勿論、そういった事とは無関係の、迷宮で暴れる魔物や、村を襲った魔物なんかを、国やギルドが報酬を出して討伐させる場合もあります。
こちらは完全に別物で、地下迷宮はギルドの利益に大きく貢献するため、その管理がきちんとなされていなければ、こちらの売り上げに響きますし、村や町が襲われて、そこの住人達が死ねば、国や領主に入る税の額が減る。
そのような様々な理由が複雑に絡み合って、討伐依頼というものが出来上がるのです」
「・・どの世界も世知辛いのは同じか。
有難う。
随分と勉強になった」
「それは何よりです。
アリアに宜しくお伝え下さい」
彼女の言葉に見送られ、和也はまた新たな仕事に赴くのであった。




