アリア編、その5
「ここで何を探せばいいんだ?」
早朝に行動を開始した3人は、すぐに3階層へと降りて行き、これまでの階層にはなかった、林へと分け入る。
地下迷宮の天井の高さは、太古に人の住居として使われていた1~2階層では8mくらいであるが、迷宮全体に酸素をもたらす森林や地底湖がある深い階層では、100m以上ある場所もある。
そういう場所は、大体が魔術師達の大規模な魔法の実験場として使われた跡で、爆発等の衝撃により、地上の住人達を刺激しないように、地下深くで行われていたらしい。
地下迷宮への入り口は、大陸全土の至る所にあり、そこからも空気が流れ込むので、迷宮内で火を使っても問題はないが、森林のある緑地地帯での強烈な火魔法は、各国の法律によって厳しく禁止されている。
過去に何度か起きた、地下火災による煙害が問題となって、国同士が戦争寸前までいったこともあり、ギルドにおいても、高位の火魔法を使う冒険者の管理は徹底されている。
因みに、1~2階層は主に魔石を用いた人工照明が基本だが、3階層以降の緑地や地底湖では、魔法による不安定な天候となる。
魔物や冒険者達が用いた魔法に含まれる魔素が、魔術師達の残した人工天気システムに影響を及ぼし、水魔法が多く使われた時は雨に、風魔法が多ければ暴風に、火魔法なら灼熱の人工太陽が顔を出す。
現在、その存在が確認されている最下層は6階層であるが、そこから生きて戻った者はなく(転移しようにも、その場の魔力が強すぎて、術者の魔法を打ち消してしまう)、一説には、もっと下の階層には、海があるのではないかとも言われている。
「キノコよ。
強い魔力を持った、茶色くて大きなキノコ。
独特な香りと、その味わいから、貴族や富裕層に人気が高いの」
「どのくらいあればいいんだ?」
「最低でも袋2つ分。
大きいものなら1本で銀貨1枚になるから、頑張って稼がないと。
2人の時だと、ここまで来れないから」
「強い魔物でも居るのか?」
「・・うん、厄介な蜂がね。
赤子の拳くらいの大きさで、素早く襲ってくるから気を付けてね。
もし木の上に巣を見つけたら教えてちょうだい」
和也は力を用いてざっと周囲を見渡す。
300m程先の大木の枝の間に、直径2mを超える大きな巣がある。
「・・1つ見つけたが、どうする?」
「ええ!?
もしかして探索系の魔法まで使えるの?
・・潰しに行きましょう。
蜂の針とその幼虫は、ギルドで売れるから」
「・・・」
先程からずっと黙っている魔術師の女性が、相棒の顔をちらっと見る。
その眼には、何故か悲しそうな色が見えた。
巣の近くまで来ると、剣士の女性が指示を出す。
「ここは緑地だから強力な火の魔法は駄目よ。
水はあまり効果ないから、剣で応戦して。
あなたと私が前衛、後衛の彼女に風魔法で倒してもらうわ。
いい、いくわよ?」
和也が剣を出して構えた時、その後ろで声がした。
「バインド」
僅かに首を動かしてそちらを見ると、魔術師の女性が、悲しそうに魔法を唱えていた。
「パラライズ」
何故か自分に向けて魔法を使ってくる。
「・・御免ね。
本当に御免なさい。
あなたに恨みはないんだけど、こうしないと、今の暮らしを守れないから」
剣士の女性が巣に向けて水魔法を放つ。
巣を攻撃され、中から出てきた多数の蜂が、怒り狂って和也に襲い掛かってくる。
「その服の色が仇になったわね」
急いで自分から距離を取った彼女が、相棒を連れ、後方の大木の陰に隠れる。
今まさに自分を刺してこようとする蜂達に向けて、和也は一言呟いた。
「燃えろ」
その言葉と共に、全ての蜂が瞬時に燃え尽きる。
そして、彼はゆっくりと振り向く。
「どういうことか説明してもらうぞ」
「・・何で動けるの!?」
唖然としてそう口にした彼女に向けて、和也は歩いて行く。
「来ないで!
バインド、パラライズ、コンフュージョン!」
魔術師の女性が、執拗に精神系の魔法を放ってくる。
それを全く意に介さず向かって行く和也に、剣士の女性が斬りかかって来た。
キン、ドカッ。
剣先を弾き、鳩尾に蹴りを入れる。
防具の上からではあるが、その強烈な蹴りに吹っ飛ばされた彼女は、意識を失う。
「!!
止めて。
もう抵抗しないから、これ以上は止めて、お願い!」
武器を投げ捨て、そう懇願する彼女に、和也は言った。
「理由を説明しろ」
大木の根元に座り込んだ和也は、魔術師の女性に向けて、そう告げるのだった。
「私達はある商人の奴隷なの」
落ち着いた彼女が、ゆっくりと話し出す。
2人共、同じ村の出身で、子供の頃からずっと仲が良かったこと。
自分達は不思議に思わなかったが、2人の振舞いを見て、次第に村人が眉を顰め出したこと。
ある時、2人がキスをしているところを目撃されて騒がれ、双方の親に奴隷として売られたこと。
彼女達の村は、ある宗教が盛んで、その宗教は、同性愛を異端として嫌悪していたらしい。
奴隷を買いに来た商人の女性に、2人一緒の条件で買い取ってもらい、以後はその主人のためにギルド登録して稼いでは、毎月の利益の半分を差し出すことを条件に、2人の仲を許してもらっていること。
だが先日、その女主人が2人を呼び出し、こう告げたそうだ。
『アリアの連れになった若い男を始末しろ。然も無いと、おまえ達の仲を今後は認めず、娼館で客を取らせる』
未だ男性を知らず、その存在に恋愛感情を抱けない自分達は、その言葉に従うしかなかったと。
事情を話し終えた彼女は、自分の身を差し出すから、ユイには手を付けないで欲しいと頼んできた。
和也は、ユイの意識を取り戻させると、魔術師の女性にその後の展開を説明させ、こう告げる。
『話は分かった。とりあえずはキノコを採って、町に帰ろう。それまでは2人に何もしない』
2人は何かを諦めたように、その言葉に従うのであった。
「あの店に寄って行こう」
翌日地上に出ると、もう夕暮れで、街は買い物や食事を目的とした人々で溢れていた。
「個室を頼む」
店に着いて店員にそう告げると、3人で先日の部屋に案内される。
女主人は他の客相手に忙しいのか、注文を取りに来たのは別の女性だ。
和也は、人数分の簡単な食事と飲み物を、30分後に持ってくるように頼み、それまでは誰も来ないようにと念を押す。
店員が去ると、和也は改めて2人に向き直った。
「さて、それでは2人とも、服を脱いでくれ」
和也の言葉に、身を強張らせながらも、諦めたようにゆっくりと服を脱いでいく2人。
薄暗い照明に照らされて、2人の裸身が室内にぼんやりと影を落とす。
「?
背中を向いてくれ」
2人が従うと、和也は声を出した。
「・・これか」
2人の右の背中に、小皿くらいの紋章が刻まれている。
「1人ずつこちらに来てくれ」
魔術師の女性が向かおうとしたところを、ユイが遮り、呟く。
「私から。
・・できれば、抱かれてる姿をあまり見ないで」
和也の正面にやって来た彼女が、その膝に跨ろうとして止められる。
「ちょっと待て。
一体何をやっている?」
「何って、私を抱くのでしょう?
後ろ向きの方が好みなの?」
「・・・すまん、説明が足らなかったか。
服を脱いでもらったのは、君達の奴隷紋が見たかったからだ。
何処にあるのか分からなかったからな。
今からそれを消すから、少し背中に触れるぞ」
和也はそう言うと、背中を向かせた彼女の紋の上に掌を当て、それを瞬時に消し去る。
「もう服を着ていいぞ。
次は君だ」
魔術師の女性を呼び寄せ、同様に奴隷紋を消し去る。
「・・紋が消えた?
でも、・・何で?」
お互いに背中を確認し合い、己の血を基にした、奴隷商の特殊な魔法である奴隷紋が消えていることに驚く2人。
この魔法は、その特殊性と重要性の観点から、国が特別に認可した者にしか、習得が認められない。
非常に強力な制約魔法で、主人と定めた者の命令には基本的に逆らえず、無理やり反抗しようとすれば、全身が激しい痛みに襲われ、最悪、死に至る。
なので、奴隷になる者は、契約前に1つだけ守るものを許され、多くの者は、自己の命を選択する。
だがそれでさえ、主人が直接には『死ね』と命令できないというだけで、過酷な環境下で働かされる犯罪奴隷のように、間接的には殺すことも可能なのだ。
2人に早く服を着るように促すと、和也は説明を始めた。
「君達は、脅されたとはいえ、何の罪もない者の命を狙った。
それを行動に移した。
同情すべき点はあれど、完全に許すことはできない」
服を着終え、和也の向かいに並んで座った2人は、その言葉に下を向く。
「だから、今後は自分のために働いてもらう。
自分の部下としてな。
奴隷紋を消したのはそのためだ」
意外なことを言われ、2人同時に和也を見る。
「自分は君達を、奴隷としては拘束しない。
だがその魂を縛ることで、自分の下からは逃げられないようにする。
訓練期間を含めて10年働いてもらった後は、制約を解いて2人とも解放しよう。
その間の給料は、2人で月に金貨1枚。
仕事で得た報酬は、自由にしていい。
仕事の内容については、訓練が終わり次第伝えるが、非合法のものではないことだけは言っておく。
ここまでで、何か質問はあるか?」
呆気に取られた2人は、その問いに答えるのに時間がかかった。
これでは、罰というより労働契約ではないか。
奴隷であれば、一生理不尽な生活から抜け出せない。
そこから解放されるためには、主人の慈悲に縋るしかないのだ。
だが、まともな身体なら、最低でも金貨5枚以上で取引される奴隷を、解放してくれる主人は滅多にいない。
主人が解放せずに死ねば、その権利は相続人に移る。
奴隷はいわば、物と同じ扱いなのだ。
そんな奴隷という身分から自分達を開放してくれた彼は、命を狙われたにも拘らず、拘束中は給料までくれるという。
2人で金貨1枚という額は、前の主人に稼ぎの半分を差し出した後の、今の2人の収入よりずっと高い。
酷い時は、月に銀貨40枚くらいしか残らなかったのだから(だから、嫌々他のパーティーに参加することもあったのだ)。
しかも、10年経てば解放してくれる。
自分達はまだ若い。
それからでも十分、2人だけの時間を持てる。
「・・本当にそんな待遇を頂けるなら、喜んでお仕え致しますが、でも何故私達にそこまでしてくれるのですか?
ユエの精神魔法は確かに強力ですが、魔術師としては中級程度ですし、私の剣も、ギルドランクが示す通り(Dランク)、太刀打ち出来るのはせいぜいオークかリザードマンくらいですよ?」
待遇が良すぎて、却って不安になる2人。
「・・まあ、君達の過去を多少哀れに感じたせいもある(戻ってくるまでの間に、ジャッジメントを使って2人の過去を見ている)。
人の気持ちというものは、なかなかに難しい。
皆と違う、自分はそう思えない、何故自分はこうなのか。
人知れず悩み、本心を隠して意に反する行動を取り続けることは、心に大きな負担を強いる。
己に力なく、手を差し伸べてくれる者さえいなければ、それが人の笑みさえ奪ってしまうこともある。
自分はなるべくなら、多くの者に笑っていて欲しい。
その者達が、大切にするものを守りながら暮らせる世になって欲しい。
そして自分がそう願う者達の中に、当然君達も入っている。
他とは多少異なる恋愛感情を持っているというだけでは、他人に迷惑をかけない限り、虐げられたり蔑まれる理由にはならない」
聴いてる2人の瞳から、一滴の涙が流れていく。
やがてそれは大きな粒となって零れ、とめどなく溢れてくる。
そこへ、ノックの音と共に、店の女主人達が料理を運んできた。
泣いている2人の女性を見て、彼女の目が鋭くなる。
「本当に・・最低ね」
それだけ言うと、嫌悪感を露に、ドアを激しく閉めていった。
「・・今度は何故、自分は彼女を怒らせたのだ?」
訳が分からない和也に、2人が涙を拭いながら言う。
「後でちゃんと私達が説明しておきます」
「何だかよく分からんが、よろしく頼む。
・・さあ、とりあえず食べよう。
この後まだ行く所がある。
ここは自分の奢りだ」
心に蟠っていたものが消え去り、自然な笑みを見せるようになった彼女達と食事を楽しみ、女主人の冷たい視線に晒されながら店を出た後、ギルドでキノコを換金し、和也は2人の部屋に同行する。
そこで全ての荷物を収納スペースに入れると、2人を連れて、自分が造ったダンジョン前へと転移した。
驚きで開いた口が塞がらぬ彼女達を余所に、和也は入り口で声を発する。
「訓練用」
すると、扉の上部にあるランプが青く輝き、その下に、『訓練用』と文字が表示される。
ゴゴゴゴッ。
入り口の扉が開く。
「さあ、中に入ろう」
和也の後について、恐る恐る中に入って行く2人。
その中は意外に広いが、大きな広場が1つあるだけだ。
奥の行き止まりで、和也が他とは色が違う壁に触れると、その後ろに部屋が出現する。
ベット、トイレ、浴室があり、食事ができるテーブルとイスもある。
6畳程の何もないスペースに、彼女達の部屋から持って来たものを出してやる。
「君達には、これから暫くここで生活してもらう。
先程の何もない広場は訓練場だ。
障壁が張られているから、たとえどんな魔法を放とうがびくともしないし、思い切り叫んでも、声が外に漏れることはない。
君達を鍛える講師はこちらで用意するし、日々の食事も毎食自分が手配する。
余計なことは考えず、ひたすら強くなるための訓練をして欲しい。
講師役の者からのお墨付きが出れば、通常の生活に戻し、それからは仕事に就いてもらう。
給料は訓練中も支払うし、それからこれを渡しておく」
先程ギルドで換金した銀貨64枚を、そのまま彼女達に差し出す。
「・・あなたの取り分は?」
驚きの連続でろくに声も出ない2人の内、ユエがこちらを心配して尋ねてくる。
「自分は蜂の巣を貰ったからそれでいい」
あの後、和也は中にいる女王蜂と幼虫を眠らせ、巣全体を密閉して収納スペースに放り込んでいた。
「たまには会いに来てくれるの?」
ユイが不安そうに聴いてくる。
「月に1度くらいならな。
生活で出たごみは、この袋に入れておいてくれ。
食事が終わった容器を回収する際、それもこちらで捨てておく」
袋を差し出した手を、2人がそっと握る。
「いろいろ有難う。
それから・・本当に御免ね」
2人が左右から、和也の頬に唇を寄せてくる。
「・・訓練頑張れよ。
自信と誇りは、自らの努力で身に付けた力から、生まれるものなのだから」
そう言い残して和也が消えた後、2人はお互いを抱き締め合って、唇を重ね合う。
「何だか夢のような出来事の連続だったから、やっと実感が持てたわ」
「そうね。
・・訓練、頑張りましょうね。
ここまでしてくれた、あの人の期待に応えないと。
・・・やだ、そういえばまだお名前も聴いてなかった」
「ほんとだ。
私達のご主人様になるかもしれない人なのに」
「やっぱりあなたもそう思った?
私達が、自然にキスできたものね。
男の人、苦手なはずなのに」
「いい人だよね、彼」
「ええ。
とっても素敵な人。
・・さあ、今日はもう寝て、明日から頑張りましょ。
早起きして、講師の先生をお待ちしないと」
「邪魔するぞ」
夜遅く、とある商家の居間で寛ぐ女性の下に、1人の男が姿を現す。
いきなり部屋に現れた男に、そこに居た中年女性は悲鳴を上げ、大声で使用人達を呼ぶが、誰一人来ない。
「無駄だ。
彼らは今、深い眠りに就いている。
無用な犠牲を出したくないからな」
「あんたは一体何者なの!?
不法転移は重罪よ?」
「自分を罰することなど、誰にもできんよ。
それより、聴きたいことがある。
何故、自分の命を狙った?」
「!!」
その言葉で、彼女は自分が誰だか分かったらしい。
「やっぱりあの2人じゃ駄目だったのね。
もっと手練れを雇えばよかったわ。
・・あなたがアリアにちょっかいを出したからよ。
あの娘は私達皆のものよ。
男なんかが手を出していいはずがない」
「あの2人を見殺しにするつもりだったのか?
仮に成功したとしても、迷宮で自分と共に行動していたことは、多くの者に見られている。
彼女達だけが戻れば、不審に思う者もいるだろうに」
「奴隷のことまでいちいち気にしていられないわよ。
たいして稼いでこないし、あの2人は命じゃなくて、身体に手を出さないということを制約の守りにしてるから、結構可愛いのに、抱けもしなかったからね」
どうやらそちらの方の気まであるらしいこの女性は、一向に自分を襲ってこない和也に、質問を投げかける。
「それで、どうするの?
私を殺す?
でもそのつもりなら、さっさとやっているはずよね?
私を抱きたいの?
それともお金かしら?
幾ら欲しいの?」
自分の命が目的ではないらしいと悟った彼女が、半ば開き直ったように尋ねてくる。
体に自信があるのか、誘うような仕草も見せる。
「・・先ず、あの2人を貰い受ける。
奴隷紋は既に消去したから、2人はもうおまえの言うことは聞かない。
それから、おまえの財産の半分・・と言いたいところだが、不動産や商品などは要らないから、現金の7割を貰っていく」
和也はそう言うと、この家と、商人ギルドの金庫にある彼女の資産から、金貨で700枚を自分の収納スペースに転移させる。
「随分取るのね。
・・仕方がないわ。
持って行きなさい」
まさか商人ギルドの金庫の中まで把握されているとは思いもしない彼女は、この家にある分の金貨200枚を基に、そう言っている。
アリアはオリビアのお気に入りだから、今回の件が漏れたら不味いのは、彼女も同じだ。
「犯した罪にもよるが、潔い悪党は嫌いではない。
・・ではな」
「持って行かないの?」
「既に貰った」
この後暫くして、金策に苦しむ商人の店が、大幅な値引きセールを始めるのであった。




