アリア編、その4
その時、和也は風呂に浸かりながら、自らが稼ぐ方法についていろいろと考えていた。
アリアに約束した以上、彼女に支払う賃金は、自分で稼がねばならない。
今日のように破落戸から徴収したお金は、自分が運営するダンジョンに用いるため、それには充てられない。
ああいった行為が、稼ぐという概念に当てはまるかと言われれば、それも違うだろう。
ギルドの依頼を片っ端からこなせば、それで生計を立てている者達を、苦境に立たせることになる。
かといって、自分が武具等を作成して売れば、この世界のバランスを崩しかねず、中途半端な物で済ませれば、それこそ鍛冶屋や武器屋を営む者達から仕事を奪ってしまう。
頭を悩ませていた和也は、浴室の脱衣所にこっそり侵入してきた者の気配に気が付かず、浴場への扉を開けられることを許してしまう。
ガラガラッ。
戸が開けられる音に反応して振り返れば、そこには全裸のアリアが恥ずかしそうに立っている。
手にした小さなタオルで、一体どこを隠したらいいのか、迷っているようにも見える。
「銭湯ではないのだし、他人が入っている時は、遠慮するのがレディーの嗜みだと思うが・・」
「いいじゃない。
こんなに広いお風呂なんだし、私はあなたの助手なんだから」
「助手は関係ないと思うが・・」
「いいえ、関係あるわ。
例えばね、長旅やダンジョンを長期間攻略する時なんかは、何処かで必ず野宿したりするでしょう?
そんな時、裸を見られるのが恥ずかしいからといって、お互いが別々に水辺を利用していたら、不意の襲撃に耐えられないことだってあるし、私達は2人しかいないから、同性の見張りも置けない。
予め裸を見せ合って、お互いに耐性をつけておくことは、今後に必要なことなのよ」
まるで今その場で考えたような言い訳に、和也は容赦なく突っ込みを入れる。
「・・先ず、防御障壁があるから、君が傷つくことはない。
転移ができるから長旅なんてしないし、ダンジョン攻略の際も、必要ならここに転移で帰って来て、用が済んだらまたそこに行けばいいだろう?
だいたい君は、ダンジョンで用を足したくなった時、転移なくして一体どうするつもりだったんだ?
もしかして、適当にその場でするつもりだったのか?」
今まで1人でやってきて、地下迷宮には滅多に行かない上、すぐ出られる第1階層しか入ったことがないアリアは、そんなことを考えたこともない。
薬草採りや顔料探しの時だって、行く前に済ませているし、行動中は余計な水分は控えているから、そのことに言及されるまで、まるで気が付かなかった。
「ちょっと転移のことを忘れていただけよ!
・・言われてみれば、他の皆は一体どうしているのかしらね?」
和也はこの時、自分のダンジョンには必ずトイレを設置しようと決めた。
「そういえば、あなたがトイレに行くところを見たことがないけど、どうして?」
「自分やその眷族に、そんなものは必要ない。
呑み込んだ瞬間に、全てが消滅してしまうからな。
食事は単なる娯楽に過ぎない」
「狡い!」
「君だって、眷族になればそうなる」
「それはかなり魅力的ね。
体型を気にしなくてよさそう。
・・でも、もうちょっと人でいたいかな」
「君の身体に無駄なものは何もないと思うが・・」
目の前で佇むアリアの裸身を見ながら、和也はそう口にする。
「これでも苦労してるのよ。
私、格闘系でしょう?
肉体が武器だけど、女の子だからあまり筋肉を付け過ぎるのは嫌だし。
胸の形も変わってしまうから」
そう言いながら、自分がいつまでも突っ立っていたことを思い出したのか、手桶で湯を浴びて、湯船に入ってくる。
「君の身体は今くらいがちょうどいいと思う。
とても美しいバランスで成り立っている」
自分の横に並んで座ったアリアにそう告げると、彼女はとても嬉しそうな顔をする。
その後暫く、のんびりと、外の景色を眺めながら湯に浸かる2人。
一緒に入ることの是非は、最早、彼らにはどうでもよくなっていた。
明くる日、まだ日が差さない内に目覚めた和也は、いつの間にか隣で寝ているアリアに苦笑し、早速仕事の仕込みを始める。
ベットの上で、大陸の地下に広がる広大な迷宮を透視し、比較的安全な場所を探しては、そこの壁際に数多のトイレを設置していく。
ドラゴンのブレスにも耐えうる素材で、地球の洋式トイレをイメージして作られたそれは、魔法できちんと衛生管理され、毎回気持ちよく使用できるようになっている。
ただし、使用前に銅貨4枚を扉にある投下口に入れないと、戸が開かない。
また、必ず1人でしか使えない。
料金をケチろうとしたり、いかがわしい目的で使用しようとしても、2人目が入ろうとした時点で弾かれる。
空いているトイレの扉は青く光り、使用中なら赤く照らされるが、トイレから出た途端に敵に襲われないように、外側からは見えない内部の小窓からは、外の様子が覗けるように工夫されてもいる。
この大陸の地下迷宮だけで、約3000個のトイレを設置したから、仮に1日1回ずつ使用されたとしても、1日で金貨1枚以上の収益になる。
冒険者達に認知されるまでには、少し時間がかかるだろうが、一旦使われ始めれば、かなりの稼ぎになるだろう。
少なくとも、女性の冒険者達には使用してもらえるはずである。
水洗トイレであることは、言うまでもない。
全ての準備が整うと、和也は再び眠りに就いた。
次なる目覚めは、まだこの世界では普及していない、珈琲の香りによるものだった。
自分の髪を擽るように撫でてくる、アリアの柔らかな指先と、耳元で囁くように紡がれる、『もう朝よ』という言葉。
わざわざ自分の部屋まで運んできたらしい、淹れたての珈琲の良い香りが、和也の意識を覚醒させる。
最近まで独り暮らしをしていたアリアであるが、やはり人恋しかったのか、共に住むようになってから、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
2人で珈琲を飲みながら、今日の予定を話し合う。
「自分は今日から仕事に就くが、君はどうする?」
「助手だもの、私も一緒に行くんでしょ?」
「常に共に行動する必要はないぞ。
君の身の安全が保障された以上、むしろ別行動の方が効率がいい。
お互いに必要なことができるからな」
「・・じゃあ、今日はここで絵を描いていてもいいかな?
叔母さんに頼まれてる絵が、まだ仕上がってなくて・・」
「勿論だ。
自分は夜まで小銭を稼いでくる」
「何するの?」
「廃品回収だ」
「・・何でそんなことするの?」
「自分が運営するダンジョンに必要だから」
「ダンジョン経営!?
・・何だかぼられそうね」
「どういう意味だ?」
「だって、神様が造ったダンジョンなんて、攻略不可能でしょ?
それとも慈善事業でもやるつもりなの?」
「両方だ」
「はあ?」
「まあ、必要になったら、君にも手伝いを頼もう」
「それはいいけど、・・ねえ、やっぱり、それ変よ」
珈琲を飲み終え、寝間着代わりの黒いTシャツとトランクスに、いつもの黒のジャケットとズボンを身に着け、剣を差そうとした和也に、アリアが言う。
「それとは?」
「その剣のこと。
はっきり言って、その服装に似合わない。
アイテムボックスがあるのだし、あなたなら瞬時に取り出せるのだから、差している意味ないじゃない。
安物にしか見えないし、それを差すと、服装のバランスが崩れるわ」
人物画も手掛ける画家としての意見なのか、それとも個人的な好みなのかは分からないが、アリアは、これまで誰もが気を遣って言わないでいたことを、鋭く指摘する。
「・・一応自分の名前の由来になった物だし、何も持たないと貧相に見えるかと思ったのだが、・・ない方がいいか?」
「ええ、服だけの方が、断然素敵」
「分かった。
そうしよう」
和也は剣を、収納スペースに放り込む。
「アドバイスを貰ったお礼に、君にこれを贈ろう」
和也はベットの上に、黒のバトルスーツと黒い手袋、黒のブーツを創り出す。
バトルスーツは首から足首までの一体型で、体にフィットし、アリアの美しいラインを際立たせる作りとなっている。
そのいずれにも、彼女の元の防具とは比べものにならない程の硬化魔法が掛けられ、自動調整、浄化機能まであるから、彼女の動きに合わせて収縮し、内側からの熱や汗を速やかに除去する。
「防御障壁があるから、君にももう防具類は必要ないだろう?
この装備全体に強い硬化魔法が掛かっているから、身体の様々な部位で攻撃する君に合っているだろう。
着脱の手間を省くため、リングに一瞬でそれができる機能を加えておく。
凄く軽いから、かなり動きやすいぞ」
「有難う!!
あなたって、服装自体のセンスはいいのよね。
・・あなたとお揃いの黒だし、凄く素敵!」
参考にしたのはアニメやゲームの服装だし、黒なのは単に汚れが目立たないからだが、あまりに喜んでいるので、何も言えない和也であった。
「ねえ、あなた、アリアの雇い主よね?」
ギルドの掲示板を確認して、すぐ外に出た和也に、女性の2人連れが声をかけてくる。
どちらも二十歳そこそこくらいで、その服装から、剣士と魔術師だと想像がつく。
「正確に言うと、雇い主ではない。
仲間と言った方が正しいな」
「お金の関係じゃないっていうこと?
まさか恋人なの?」
「少なくとも、今は違う」
「ふ~ん、確かにいい男ではあるしね。
ガルベイルの鱗を持って来たって、凄い噂になってるけど、強いの、あなた?」
「あれはたまたまこの国に来る時通った場所に巣があったから、興味本位で覗いただけで、単に運が良かったのだ」
「そうなの?
・・ねえ、少しお話があるんだけど、何処かで話せないかな?」
「今からか?」
「うん、早い方が助かる」
「・・分かった。
知っている店があるから、そこにしよう」
和也はそう告げると、2人を先日の店に案内する。
「個室を頼む」
出迎えてくれた店員にそう告げると、店の奥の部屋へと案内された。
個室に入るなり、女性2人に緊張が走る。
疑問に思っていると、アリアの叔母である女主人が、注文を聴きにやって来た。
「・・いらっしゃい。
ご注文は?」
皆で前回と同じものを頼むと、去り際に、少しどすのきいた声で話しかけられる。
「アリアとのこと、遊びだったら許さないわよ?」
「?
どういう意味だ?」
訳が分からない和也は、目の前の2人に向けて、疑問を口にする。
「・・もしかして、知らないでここを頼んだの?」
「ん?」
一向に訳が分からないといった表情をする和也に、2人の緊張が解ける。
「この店の個室はね、つまり、飲食以外にも使われるのよ。
そういうことをするのは、ほとんどが夜の客だけど・・」
「・・それは失礼した。
てっきり大事な話をするための場所だとばかり・・」
「知らなかったのなら仕方ないわ。
でも、酒場の個室は、昼とはいえ初対面の女性を案内する場所ではないわよ?」
「申し訳ない」
「じゃあ、話を聴いてもらおうかな」
そう言って彼女が話始めた内容は、簡単に言えば依頼のようなものであった。
これから地下迷宮に潜るから、その手伝いをして欲しいと。
魔物は極力避け、素材や残留品を探すのが目的だそうだ。
期間は2日間、利益は3人で山分け。
戦闘になった場合は3人で戦う。
魔術師の彼女は、簡単な治癒と攻撃魔法が使えるそうだ。
「話は理解したが、何故自分に持って来たのかが分からんが」
「それは・・あなたが強いと思ったのと、アリアの仲間なら、信用できると考えたからよ。
私達は2人だけのパーティーだけど、時には他のパーティーに混ぜてもらうこともある。
でもそんな時は大抵、身の危険を感じながらの仕事になるわ。
全員がそうではないけど、大勢で組む以上、中にはやっぱりそういう目で私達を見てくる人もいるから。
お互いに気を付けて相手を見張っていないと、おちおち寝てもいられない。
もうそんなことに疲れたのよ。
今回組んでみて、もし互いの相性が良ければ、これからはずっとあなたに頼むわ。
お望みなら、すぐにではないけど、その内あちらの方でのサービスを考えてもいい」
自分と話をするのは常に剣士の女性だが、魔術師の彼女も、目を伏せながらも頷いた。
「・・分かった。
とりあえず1度、一緒に仕事をしてみよう。
後のことはそれが終わったら考える」
「有難う!
じゃあ、今日このまま行っても平気かな?」
「構わない」
アリアに報告を入れようか迷ったが、まだ念話もできないし(一方通行なら可能)、2日なら大丈夫だろうと判断して、和也は仕事に赴くのであった。
入るのは初めてとはいえ、明け方に隈なく透視をしていたので、大体のことは把握している和也は、落ち着いた足取りで2人の後を付いて行く。
入り口で、武器はと尋ねられたので、アイテムボックスに入れてあると告げると、意外にも、少し警戒された。
魔法はどんなものが使えるのかと尋ねてきたので、とりあえず、浄化の他に、火と水と治癒の魔法は使えると答えてある(嘘はついてない)。
初日の内に、3階層の手前まで移動し、そこで一晩を明かす予定だ。
地下迷宮は、横に何処までも伸びる広くて長い道と、地下へと降りる細くて短い通路で構成されている。
その広さはほぼ大陸全土に亘るので、太古の人々が住居として使用した部分と、後に魔術師達が住み着いて、実験や研究を繰り返した地域とが複雑に絡み合い、町1つ分程の広場や小さな国くらいある緑地、地底湖なんかも数多く散在し、上がったり下がったりする場所もあれば、ひたすら降りていく所もある。
基本的には下に行くほど凶悪な魔物や魔法生物が出現するので、冒険者と雖も、矢鱈には下の階層に降りたりしない。
1日目の今日は、少し急ぎながらの探索だった。
元々たいして危険な魔物も出ない上に、そこに存在する冒険者も多く、魔物と戦う彼らの脇を通り過ぎたり、迂回をしながら進む。
既に他の誰かが戦っている魔物に攻撃を加えたり、傷ついている冒険者に治癒を施すことは可能だが、彼らの許可なくそうしても、分け前は貰えないのがギルドの決まりだ。
報酬を得たいなら、きちんと許可を取るか、戦闘しているパーティーが、全滅するか逃げ出すのを待てばいい。
窮地に陥っているパーティーからの救援要請に応えるかどうかは自由だ。
因みに、理由なく他の冒険者を攻撃したり、殺したりすれば、当然処罰される。
2階層までの浅い場所には、所々に各国が設置した監視カメラがあり、その場の映像を記録しているので、魔物の攻撃とは考えられない不審な死体が見つかれば、すぐに調査される(各冒険者には報告義務があり、それをせずに遺品などを貰い受ければ、その者も罰せられる)。
3階層からは、魔物もそれなりに強力になり、無暗に冒険者同士で殺し合って消耗すれば、今度は自分達の身が危険に晒される他、予算などの理由もあって、監視カメラは存在しない。
だがその代わり、魔術師協会が売り出している携帯用の記録媒体を使えば、短時間の撮影は可能な上、予め登録された者が死ねば、媒体は即座に決められた場所に転移する仕組みなので(その分非常に高価だが)、やはりそう悪いことはできない。
冒険者の中には、自分の貴重な装備をギルドに登録し、良からぬことを企む者達から身を守る動きもある(もっとも、その装備が余程の物でない限り、登録料の方が高くつき、他と見分けがつかないことも多いが)。
異世界のダンジョンと言えど、そこにいる者に、レベルという概念は存在しない。
世界の管理者である和也が、それを設定しないからだ。
ゲームや小説などで用いられるそれは、経験値が一定の基準に達した時に、管理者から与えられる特定のボーナスによって支えられている。
しかし、そこには様々な矛盾があり、その考え方を現実の生活には適用できない。
レベルではなく、数字やスキルの優劣で表記するシステムも同様だ。
そもそも、あまり人間世界に拘らないでいた和也に、一律にそんなことをする理由はないし、強い相手を倒したから能力が上がるということは、逆に言えば、そうしない限りどんなに努力しても能力が上がらない、報われないというに等しい。
しかも、その相手が倒せるということは、既に彼がそこまでの能力を持っていたということではないか。
レベルやスキルなどという概念は、遊びの中で、他との優劣や差別化を図るためのものか、現実世界で、成果が目に見えにくい職種に就いておられる方などが、日々の安心感と充実度を補うための手段として、ゲームの中で活用するくらいで丁度いい。
少なくとも、和也はそう考える。
「今日はまあ、こんなところね」
安全な場所を見つけて、そこに腰を下ろして寝ようとした2人に、和也は浄化で綺麗にした場所と、僅かな食料(寝る前だから)を提供する。
場所が場所なので、水と、野菜と肉の挟まったパンだ。
礼を言い、美味しそうに食べた2人は、疲れているのか、すぐに眠りに就いた。
道中、早速和也が設置したトイレが役に立ったし(これまでなかったので半信半疑だったようだが)、極浅い階層だから、安物の、折れたり捨てられたりした武器や防具が結構散らばっていて、それを目当てに来た和也を喜ばせた。
二束三文の武器や防具を、しかも壊れているものを、どんどん拾っては浄化し、アイテムボックスに入れていく和也を、2人は少し変な目で見ていた。
そんな彼女達のお目当ての品は3階層にあるらしく、本番は明日だと言う。
4時間後に2人揃って起き出した彼女らは、見張りをしていた和也に寝るように告げて、今度は自分達がその役に就く。
1時間程して、和也が眠りに就いた後、それを確認した魔術師の女性が、ポツリと漏らした。
「本当にやるの?」
「・・仕方ないのよ」
「この人、結構いい人よ?」
「そうみたいね。
私達を、全然嫌な目で見てこないもの。
・・でも、やらないと、私達の暮らしが・・」
「・・・」
その小さな話声は、深夜の迷宮に、悲し気に消えて行った。




