アリア編、その1
「これで良し」
ここは和也の居城である玉座の間。
それぞれの椅子が並ぶ、その少し離れた右側に、新たな魔法陣が作られている。
大きな円形の魔法陣の中に、時計の文字盤のような配列で並ぶ、12個の小さな魔法陣。
現在点灯している箇所は3つ。
0時に当たる場所の胡蝶蘭、3時の場所の白百合、そして9時に相当する鈴蘭である。
6時の場所の桜には、未だ明かりが灯されていない。
小さな魔法陣には、資格ある者が載れば瞬時にその紋章が管理する星へと移動する機能がある。
白百合ならスノーマリー、鈴蘭なら地球というように。
また、その星で何か自分達に関する重要な出来事が起これば、魔法陣が点滅して知らせる仕組みにもなっている。
エリカに与える星を見つけた和也は、それを伝えた彼女から熱烈なお礼を受け、その際、日頃構われていることへのお返しとばかりに、プロテクトを完全に外した。
その結果、たった1人で1日中彼の相手をした彼女は今、海よりも深い眠りに就いている。
初めての時と異なり、回復魔法を使用しなかったため、恐らく数日は目を覚まさないであろう。
底のない愛情を伝えるための行為とはいえ、流石に罪悪感を感じた和也は、ほとぼりが冷めるまで、今回見つけた星をゆっくり見て歩くことにした。
寝室に戻り、穏やかな呼吸を繰り返すエリカの髪を愛おし気に撫でると、そっとその姿を消すのであった。
「さて、今日もいいバイトを探しますか」
午前の麗らかな日差しを浴びて、アリアはそう独り言ちる。
ここは商業都市、キンダル。
迷宮世界ロストパレスにある6つの大陸、その内の最大の大陸であるマライカンの、ほぼ中央に位置する。
この世界は、太古の昔に偉大な魔術師達が数々の王国を建てて暮らしていたが、過熱する研究と競争が頻繁に不慮の事故を引き起こしたため、一般の人々は、そのあおりを受けて荒廃してゆく地上を捨てて数百年に亘って地下に潜り、そこに新たな街を造って暮らしていた。
だが、ある年1人の大魔術師が実験に失敗したせいで、地上に何か月も大雨が降り、氾濫した河川や増水した海水が、その出口を求めて地下へと雪崩を打って入り込んだ結果、そこで静かに暮らしていた大勢の人々の命を奪う。
それまで、数では圧倒的に勝っても、力では断然劣った人々は、魔術師達の愚行に黙って耐えているだけであったが、とうとうその怒りが爆発し、世界各地で大規模な反乱が起こる。
強い魔力を備えてはいても、その量には限りがある魔術師達は、四六時中襲ってくる人々の攻撃に対処できずに、どんどんその数を減らしていく。
遂には、今度は彼らが地下に逃げ込み、そこでひっそりと隠れ住むようになった。
長い戦いの末、地上を取り戻した人々は、そこに自らの国を建国し直し、逆に追い詰められた魔術師達は、地下にあった街を基に、大陸全土に伸びる、広大な地下迷宮を造り上げる。
時が流れて、魔術師達の生き残りが人知れず地上に戻った後も、彼らが生み出した魔物や魔法生物は変わらずにそこに取り残されて、その強い魔力がさらに近隣の魔獣などを引き寄せるため、その迷宮は、今では攻略不可能とさえ言われる程の場所と化している。
100年、1000年という時の流れは、彼らが迷宮に残してきた遺物に計り知れない価値を生み、現在では多くの冒険者達が、命懸けで各地の地下迷宮を探索する。
冒険者という身分が、職業としても成り立つこの世界では、国ごと、地域ごとに多くのギルドが存在し、そこを訪れる人々で、日々活況を呈していた。
アリアは、そんなギルドをよく利用する、アルバイト感覚で仕事を受け持つ冒険者。
つまり、本業は別にある。
本来の彼女の姿は画家。
とはいえ、それはまだ職業として成り立つ程の稼ぎを生み出さない。
なので、彼女は3日に1度くらいはギルドに顔を出し、割のいいアルバイトに精を出しているのだった。
「今日は」
馴染みの受付嬢に挨拶し、いつものように採取系、労働系の依頼がある掲示板に向かう。
ギルドが開いてからまだ1時間しか経っていないが、それなりの混雑を見せる室内で、皆が彼女に視線を向ける。
理由は単純。
彼女の容姿が非常に優れているからだ。
160㎝を少し超えるくらいの背丈に、豊満な胸と、芸術的なカーブを見せる腰の曲線、サラサラの美しい薄茶色の髪は、肩よりも少し短い。
色白の肌と、髪と同じ色の、綺麗な虹彩を放つ、少し大き目の瞳。
美しさと可愛さの同居する端正な顔立ちは、1度見たら忘れない程の印象を与えるはずだ。
性格も明るく、穏やかだが、誰にでもいい顔をするわけではない。
他者との線引きは明確で、一定の距離以上は、決して自分の領域に踏み込ませない。
なので、冒険者としても活動しながら、特定のチームには所属していないし、仕事も選ぶ。
1人でもできる薬草などの採取や、店での手伝い、荷物運びなどの労働系ばかりを専門にしているのはそのためである。
本来なら、女性1人でするその種の仕事は、たいした利益にならないはずだが、彼女を指名してくる個人や店も多く、そういう依頼は他より5割くらい報酬が高い。
彼女が店で働けば、それを目当てに大勢の客が訪れるし、貴族や富豪の女性達(男性は言うに及ばず)からも、絶大な支持がある。
そう、アリアは女性に非常に持てるのだ。
決して男装の麗人のような中性的な顔立ちではないのに、ある種のフェロモンでも発散しているのかと疑うくらいに、周りに女性が寄ってくる。
そのため、画家としてモデルの女性に困ることはないが、相手が女性でも時には身の危険を感じることもあり、あまり人物画を描かない。
もし彼女が人物画を専門にすれば、それだけで十分に暮らしていけるというのにだ。
自分の家のお抱えにしようと頼んでくる貴族も多いが、彼女は決して頷かない。
お金より、もっと大切な何かが、彼女にはあるらしかった。
「あら?」
討伐系の掲示板の前に、見知らぬ少年が立っている。
自分はここの常連でもあるので、大概の人は見知っているが、今までに会ったことがないのは確かだ。
会っていれば、間違いなく覚えている。
だってあの格好、魔法具でもないのなら、冒険者を嘗めている。
自分のように、非戦闘系の依頼を受ける者でさえ、何が起きるか分からない以上、野外や地下での仕事を受ける際には、最低限の装備は身に着ける。
私の戦闘スタイルは格闘で、補助に数種類の魔法を使うが、手首から肘までの両腕と両脛、上半身には、硬化の魔法がかけられた革装備を身に着け、拳と足には、特殊な魔法金属が付いた、グローブを着け、ブーツを履く。
魔物が存在し、柄の悪いならず者や盗賊の類がはびこるこの世界では、いつ何時襲われるか分からない。
不意打ちを避ける意味でも、そのくらいの装備は必要になる。
なのに彼の格好は、真っ黒でひらひらした上着とズボン、それと、これまた黒い革靴だけだ。
武器と思われる物は、極普通の剣1本。
これも、そんなに高価な物には見えない(つまり魔法などの付与がない)。
それらを総称した私のイメージは、平たく言えば、田舎から出てきた3流貴族(服と靴の仕立ては良いが、剣は安物で、お供がいない)、もしくは、少しくらい余裕のある商家か何かの嫡男といったところだ。
何れにしても、決して討伐系の掲示版の前で、依頼を探す格好には見えない。
もしかして、どんな依頼がどれくらいするのかを、事前に調べているだけなのかな?
自分の領地や仕事先にでも、厄介な魔物が棲み着いたのだろうか?
いつもは他人のことなどあまり気にかけない私が、珍しく視線を止めていたのが災いし、その気配に気付いて振り向いた彼と目が合う。
「・・今日は。
ここは初めてですか?」
べつに眼をつけていたつもりはないので、微笑んで挨拶する。
「今日は。
今日が初めてです」
表情に何の変化も見せず、声にも抑揚がない。
私を正面から見て、私に見つめられて、ここまで動じなかった人は初めてだ。
どんなに取り繕っても、瞳に映る色までは隠せない。
この人、ちょっと面白い。
そんなことを考えていると、彼の興味はまたすぐに掲示板に戻る。
今まで、私から声をかけられた人達は、何とかしてその会話を保たせようと、あれこれ話しかけてきたというのに。
ますます興味が湧いてくる。
「もしかして、何かの依頼を頼みに来たのですか?
それなら、金額を含めた相談が、あちらのカウンターでできますよ?」
要らぬお節介かな、そう考えもしたが、もう少し彼と話してみたくて、そんなことも言ってみる。
「有難う。
頼みに来たのではなく、受けに来たのだが、あまり勝手が分からない」
今度は振り向きもせず、そう言われた。
私達の会話に耳を傾けている人達の、その視線が僅かに厳しくなる。
やはり皆、私と同じことを考えるよね?
その格好でそこに立つのは、どうかと思うよ?
「この大陸のギルドはね、素人でも、どんな依頼も受けられるの。
でもね、受けて失敗したら、報酬の何倍もの違約金を取られることもある。
何度も失敗したり、途中で投げ出せば、最悪除名処分になって、以後は依頼を受けられない。
だから、自信がない時は、事後報告で依頼をこなすこともできるのよ?
報酬は半減するけど、慣れない内は、それも手よ?」
「依頼をこなすのではなく、素材の買い取りだけを頼む際にも、登録は必要なのだろうか?」
相変わらずこちらを見ようともしないで、そう聴いてくる。
「それなら登録の必要はないけど、ランクは上がらないわよ?
ランクが上がれば、いろいろとギルドが便宜を図ってくれるから、どうせこなすなら、登録した方がお得だと思うけど」
「・・・」
無言で聞き流された。
場の雰囲気がピリピリしてくる。
ここには私に良くしてくれる顔見知りも多いから、彼の態度に思うところがある人もいるみたい。
面倒なことにならない内に、会話を一旦切り上げた方がいいかも。
「念のために聴くが、魔物を倒すとお金が落ちたりするだろうか?」
「え!?
・・いえ、そんなことはないと思うけど・・。
そうよね、皆?」
魔物といえば、ゴブリンかスケルトンくらいしか倒したことがない私は、自信がなくなり、周りの皆にも確かめてみる。
皆、笑いながら頷いてくれた。
どうやら、彼を世間知らずのお馬鹿さんだと認識したらしい。
張り詰めていた空気が、一瞬で霧散する。
「いろいろ有難う」
彼はそれだけ言うと、さっさとギルドを出て行った。
「待って!!
そこの君、黒い人!」
人で賑わう通りを、余所見しながら歩く自分に向けて、その後ろから、先程聞いた声がする。
振り向くと、案の定、その彼女が自分へと駆けてくる。
「ねえ、少しお話しない?
いいお店があるの」
息切れもせず自分に追い付くと、何故か、彼女はいきなり誘ってきた。
「自分に何か用か?
それならここで頼む。
まだこの星のお金を持っていないのだ」
「?
星?
国ではなくて?
そんないい服着てるのに、お金持ってないの?」
一張羅の平凡なデザインでも、この星ではそう見えるらしい。
「無一文だ。
所持品を売れば、お金になるかもしれないが・・」
「意外ね。
私が奢るから、付き合ってくれないかな?
あなたに興味があるの」
「自分にか?
・・もしかして、これが逆ナンというやつなのだろうか?
君は見かけによらず、結構大胆なのだな」
「どういう意味かは分からないけど、恐らく違うと思うわよ?
何だか失礼に聞こえるもの。
私は単純に、あなたと話がしたいだけ。
少なくとも、今はそう」
少し目元が険しくなったが、笑顔までは崩さない。
「・・分かった。
ご馳走になろう」
基本的には飲食の誘いを断らない和也は、悪い人間には見えない彼女の再三のお誘いに、そう答える。
「有難う。
こっちよ」
含みのない笑顔になった彼女は、和也の手を引き、目当ての店へと案内するのだった。
少し薄暗い店内に、客はまだ疎らにしかいない店。
常連なのか、店の者の案内を受けることなく、奥の個室へと入っていく。
向かい合って席に着くと、程無く店員らしき女性が注文を聴きに来る。
「いらっしゃい。
あなたが男連れで来るなんて、明日は雪でも降るのかしらね」
20代後半くらいの、色気に溢れた女性が、そう彼女に話しかける。
「言われてみれば、確かに初めてね。
でも安心して。
まだそんな仲じゃないから。
私は果実酒とドライフルーツのケーキ、あなたは何にする?」
そう言って、こちらにメニューを向けてくる。
「同じものを」
「はいよ。
・・後で話を聴かせてね」
店員は彼女にそう告げると、静かに去って行った。
「先ずは自己紹介からね。
私の名前はアリア。
歳は17で、職業は画家。
冒険者はアルバイトで、週に1~2回くらい、簡単な依頼をこなしているわ。
討伐系のものには手を出さないから、ランクは何時までも低いまま、Eランクね。
両親とは死別して、今は1人暮らし。
父から教わった護身術を、自分なりに発展させた格闘術が、私の戦闘スタイルよ」
ランプの明かりが昼から灯る、薄暗い部屋で2人きりになると、彼女はそう、話を切り出す。
初対面と言ってもいいくらいなのに、かなり細かく個人情報を伝えてくる。
「随分詳しく話してくれるが、若い女性が、見知らぬ男にそこまで話すのは、あまり感心しないぞ。
自分が悪い人間なら、間違いなく今の情報を利用して君を狙う。
君はもっと、己の容姿を自覚した方がいい」
あまりに警戒心がないので、つい、小言のようなことを言ってしまう。
「あら、やっぱりあなたにも、そういう気持ちはあるの?
あんまりにも表情に出さないから、てっきり枯れた人だとばかり思っていたわ」
そういえば、エリカに意地悪してから、反省してプロテクトの強度を最大にしていたな。
今の自分は、どんな女性を見ても、妻達を除けば人間性以外の何も感じないはずだ。
「性的な感情を持ち合わせていないわけではない。
ただ、それを表す時と場所、相手を選んでいるに過ぎない。
君のしなやかで、弾力と起伏に富んだ瑞々しい身体は素直に美しいと感じるし、澄んだ瞳と声音の響きには、心が癒されもする。
だが、それだけだ。
今の自分には、その手の心配は皆無だから安心してくれ」
「そういうことを言ってくる人程、本来は警戒しなくてはいけないんだけれど、どうやらあなたは別みたいね。
もし違ったら、私の目が節穴だったと諦めて、大人しく死ぬことにするから、その時はよろしくね」
先程の女性とは違う少女が注文の品を運んできて、会話が一旦中断される。
その少女が退室すると、甘い中にも、爽やかな酸味のある果実酒を口にした彼女が、再び話し出す。
「じゃあ、今度はあなたの番。
私が教えたくらいのことは話してね」
そういう意味か。
仕方がないな。
「自分の名は御剣和也。
歳は見た目通り、住所不定、無職。
この国には今日初めて来た。
家族は・・妻が複数いる。
これから何か仕事をして、とりあえずはお金を稼ぐつもりだ。
戦闘は・・まあ、一通りはできるな」
「やっぱり貴族なのね」
「?
いや、自分にこの世界での地位はないが」
「苗字があるじゃない。
それに、その歳で複数の奥さんがいるのでしょう?」
「親がいなかったから、名前は自分で勝手につけただけだし、妻はその、長く1人でいた自分に世界が同情してくれて、宛がってくれたようなものだから・・」
「よく分からないけど、つまりはこういうことね?
あなたはその恵まれた外見を利用して、各地で奥さんを複数貰っては、彼女達に働いてもらって、遊んで暮らしていると」
「!!」
言われてみれば、容姿云云は別として、そうとも取れるか。
マリーには主に軍事面で、紫桜はその従者を介して、有紗はまさに資金力で貢献してもらっているし、エリカだって、その親達にいろいろ押し付けている。
最初に少し与えはしたが、後は基本的に、その者任せだ。
「・・確かに、そう言えなくもないな」
深い溜息が聞こえた。
「おかしいな、私の目、本当に節穴になったのかしら?
・・いえ、そんなはずはないわ!
私の心がここまで騒ぐなんて初めてですもの、きっと何かあるはずよ?
あなた、他にもいろいろ隠しているでしょう?」
初めて見せる鋭い目で、自分を睨んでくる。
「君の示した情報の対価としてだから、勿論、言っていないこともある。
自分には初対面の相手に、それ程込み入った話をする習慣はない」
彼女がじっと、自分を見る。
数秒、数十秒、その視線を自分の眼に固定してくる。
「・・ねえ、これから何か、仕事をすると言ってたよね?
なら、今日は私に付き合わない?
私、野外で薬草を摘みながら、絵の具の顔料を探すつもりなの。
運が良ければゴブリンくらいの魔物は出るから、薬草の他にもそれを倒せば、幾らかのお金になるわよ?」
瞳に宿る力を緩め、元の状態に戻った彼女が、そう提案してくる。
「分かった」
ご馳走してもらった分くらいは、働いて返そう。
そう考えた和也は、それから彼女と町外れの森へと赴くのであった。
「ここは私のお気に入りの場所なの。
いろんな薬草が生えているし、小川も流れてるから、結構いい顔料が取れるのよ」
そう言うと、薬草そっちのけで浅い川に入って、顔料の素となる石や貝を探す彼女。
町からここまで歩いてくる約2時間程の間に、彼女といろいろな話をした。
そのほとんどは彼女自身についての話で、自分はただ相槌を打つだけであったが、それでも大分、最初の頃よりお互いに打ち解けてきた。
2人で街中を歩いていると、結構な人数の者達が、自分達を凝視してくる。
品のない者からは、舌打ちさえ聞こえてきた。
育ちが悪いと、口元にも締まりがなくなるのであろうか。
彼女はそういった視線には慣れているようで、全く意に介さずに、自分に話しかけてくる。
父親は冒険者であったが、彼女が10歳の時に魔物に襲われて亡くなったこと、母親も翌年病で亡くなり、15になるまでは、さっきまで居た店の女主人が、親代わりとなって育ててくれたこと。
彼女は母親の妹に当たるそうだ。
あの店は、昼間は軽い飲み物と、食事や菓子類を出す健全な店だが、夜は本格的な酒場として、冒険者達の溜まり場となること。
まだ小さかった彼女は、昼だけ店で働きながら、夜は訓練や母の趣味だった絵を描くことに時間を充ててきたこと。
その時以来、叔母の店は凄く可愛い娘がいると評判になり、元から料理の味が良かったせいもあって、今でもとても繁盛しているとのこと。
15になり、一人前の大人になると、独り暮らしを始めて絵を描き続け、その傍ら、生活費の補填のために、簡単な依頼をこなす暮らしを続けているそうだ。
街を歩いている間に遭遇した、品格に欠ける者達を思い出し、女の独り暮らしに不安はないのかと尋ねた自分に、彼女は苦笑してこう言った。
『あの町を治めている領主の娘と、私、かなり仲がいいの。まあ、一方的に気に入られているだけなんだけどね。だから、あの町にいる限り、誰も私に手を出さないわ。私の意に反して何かしようものなら、間違いなく首が飛ぶから。危険なのは、町の外や地下迷宮に居る時ね。そこで襲われたら、流石に誰の仕業か分からないもの。だから、そういう場所には必要以上に行かないようにしてるの』
そういえば、ここも危険な野外に該当するなと思い出し、和也は浅瀬で探し物をする彼女に、そう尋ねてみる。
「ここだけは特別。
見晴らしがいいし、森の入り口付近で、明るい内なら頻繁に近くを他の冒険者達も通るから。
それに、私も全くの無力というわけではないしね」
いきなり、彼女がこちらに顔を向ける。
「何なら、少し試してみる?」
真面目な顔でそう言われた。
期待した魔物も出そうにないし、手持無沙汰であった和也は、その申し出を受けることにする。
「いいだろう。
少し稽古をつけてやろう」
和也は、その力の行使に関してだけは、あまり韜晦とは縁がない。
自分の力を使うまでもない相手なら、他の者に任せることも多いが、その力を見せたくはないからといって、わざわざやられることまではしない。
それは無意味に己を卑下するか、相手を馬鹿にする以外の何物でもないと考えるから。
そんなことをするくらいなら、最初から何もせずに逃げる。
「あら、随分自信があるのね。
それに、やっと少し、私が見たい顔つきになったわ」
探し物を止めた彼女が、こちらにやって来る。
拳に付けたグローブを外し、ブーツに付いた金属部分を取り去って、自分に告げてくる。
「折角だから、何か賭けない?
エッチなことでなければ、何でもいいわよ?」
「構わないが、それは死亡フラグと同じだな。
口にした者は、大概惨めに負ける」
「言うじゃない。
女だからと甘く見てると後悔するわよ?
私が勝ったら、あなたの過去を洗いざらい聴くわ。
奥さんが何人か、どんな生活を送ってきたのか、隠してること全部。
・・魔法は使えるの?」
「使えるが、君には必要ない。
君は自由に使ってよいぞ」
彼女の端正な顔が、無表情になる。
「お言葉に甘えるわね。
じゃあ、・・いくわよ?」
そう告げるや否や、もの凄いスピードの蹴りを放ってくる。
難なく交わすと、今度は逆の足が飛んできた。
風の魔法で身体速度を上げているのは明らかだが、それにしても、いいスピードを持っている。
避ける度に、腕、拳、足を織り交ぜた、多彩な攻撃が繰り出され、その1つ1つが、風を切る音と共に、和也の身体の側を通り過ぎる。
パアン、パアン。
いつの間にか紙のハリセンを出した和也が、彼女の隙をついて、胴や尻に攻撃を当てていく。
「くっ」
屈辱に燃える彼女は、とうとう攻撃魔法を仕掛けてくる。
風弾、水球。
当たれば危険な火球や風刃は使ってこない。
「手加減してると掠りもしないぞ」
「馬鹿にして!」
そこからは本当に何でもありだ。
火球、風刃、氷槍。
結構多彩な魔法を使える。
だが惜しいことに、あまり威力がない。
この程度では、せいぜい人か、下級の魔物くらいにしか通用しないだろう。
自分の攻撃が全く通じないことに、怒りと焦りを感じた彼女が、とうとう最後の手段を出してくる。
「バインド!」
言葉と共にダッシュで攻撃を仕掛けてきた彼女の頭に、ハリセンをお見舞いする。
パアーン。
一際大きく響いたその音が、結果的には戦闘の終わりを告げる合図となった。
しゃがみ込んだ彼女が、涙目で自分を見てくる。
「何なのあなた?
物理的な攻撃はともかく、魔法まで全て消滅するなんておかしいじゃない!
やっぱりその服、特殊な魔法具なの?」
「ただの服だ。
まあ、汚れないようにはなっているがな。
・・それよりも、自分は勝ったよな?
約束通り、願いを聞いてもらおう」
「何よ、何させる気?
エッチなことは駄目だからね」
「一晩泊めてくれ」
「・・・私を奥さんの1人に加える気なの?
エッチは駄目だって言ったのに・・」
不思議なことに、和也にそう告げられたアリアは、そうしてもいいかなという気にすらなってくる。
普段の彼女なら、先ず鼻で笑うか、ひっぱたくところだ。
「違う、そうではない。
魔物も出てこないし、これから薬草を摘んで君を町まで送り届けると、自分のお金を稼いでいる時間がない。
ここの薬草が幾らで売れるかは知らんが、恐らく宿代には足りないだろう?
野宿ができないわけではないが、できれば、食事を取って風呂にも入りたい」
「遊び人のくせに贅沢ね。
本当に私に何もしない?」
「しない。
誓ってしない」
「何か私に魅力がないような言い方だわ。
・・いいわよ。
泊めてあげる。
でもその代わり、少しはあなたのことも教えて。
それでどう?」
「分かった。
すまないが、よろしく頼む」
この後、せめてものお詫びにと、沢山の薬草を摘み、ついでに顔料探しも手伝って、和也はアリアの家へと向かうのであった。
和也との行為によって妻達が何日もの深い眠りに就くのは、肉体的な疲労というより、和也から与えられた体液を、自己の能力に変換するために必要な時間だからです。




