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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き


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世の理を超えたその先に、その5

俺達は今、御剣グループの会員制レジャーランドに来ている。

僻地での10年に及ぶ活動が評価され、グループ社員しか入れない、しかもその入島権利を得るには相当なポイントが必要だというこの島に、お互いの家族と共に、2週間の滞在を許された。

元の計画では、何処かの島を買い取って、そこに手を加える予定だったらしいが、ある国の何の価値もない小島が、領土問題がらみでかなりの高値で売れたことから、地権者が欲を出し、突然売らないと言われたらしい。

それならと、既に持っていた人工島の技術でもって、東○ドーム約20個分の島を造り、石○島から少し離れた場所に浮かべたようだ。

この国の政府は、これでまた税収が増えると、喜んで許可を出したそうである。

広大な人工島の中には、ホテルやレストラン、ショッピングセンターや各種娯楽施設、プールに人工ビーチ、温泉施設(箱根や湯布院などからわざわざ温泉水を運び、特殊な装置でろ過して使用している)まであり、驚いたことに、島での生活には、お土産など個人的に買う物以外では、全くお金がかからない。

何処で何を食べようが、何して遊ぼうが、全て無料なのである(ホテルの部屋のランクだけは、いい部屋に泊まりたければその分多くのポイントが必要になる)。

なので、グループ社員は普段から懸命に働き、しっかり休んでまた働き、数年から十数年かけてポイントを貯め、大事な人とここへ来るのが最大の楽しみともなっている。

レストランをはじめ、各施設のサービスも全て1流で、客側がきちんとしたモラルを持って過ごしていれば、最高の時間を過ごせる。

ちなみに、ここで不埒な行いをすれば、それらは全てその者が所属する企業へと報告され、場合によっては解雇対象にもなるようなので、皆きちんとマナーを守って行動している。

折角の時間を自ら汚す程の愚か者はこの島には来れないし(ポイントが貯まらないから)、お金を払えば誰でも入れる施設でもないから、島の雰囲気は凄く良い。

世界的な1流ホテルチェーンから引き抜かれたらしい、この島の総責任者の心配りが、島中に行き届いている。

俺と江戸川さんの家族は、ホテルにスイートルーム(ベットルームが4つもある)を1つ割り当てられ、皆で宴会や温泉を楽しみ、大いに飲み食いさせてもらった。

俺が少しでも奴にダメージを与えるべく、滞在中に1番高価な物しか食べなかったのは秘密である。

2週間の滞在で、粗食に耐えた5年で減った体重が、少し利息が付いて戻ってきたのはショックだった。

事情を知る江戸川さんに、自業自得だと、ちょっと怒られた。




 「今度は3日間の予定なのね?」


「ええ。

またお世話になるわ」


この島の総責任者であり、実の母でもある初老の女性に、私はそう告げる。

私の名は立花皐月。

今年で30とウン歳の、独身女性である。

仕事がかなり忙しく、またその仕事も私しかこなせないものが多いせいか、会社に貢献したグループ社員に割り当てられるポイントが貯まりに貯まって、既に、1年間はここに滞在できるくらいの数字になっている。

私生活より仕事を優先してきた結果、未だ彼氏どころか異性と付き合ったこともなく、帰宅後のお酒(然程量は飲まないが)か、溜まった休暇をここで過ごすくらいしか、今の所楽しみがない。

ここをよく訪れるのは、何より他のレジャー施設より、断然人が少ないからである。

広大な敷地に、人はまばらにしか歩いていない。

折角の休暇に、何かをするために何時間も並ぶなんて真っ平御免なので、凄く都合がいい。

島に来る時でさえ、社長から小型社用機を借りている。

グループ関係者しか入れないのだから空いているのは当然だが、営利企業の社員としては、これでいいのかとすら思う。

母に言わせると、年間300億円程度の赤字になるそうだ。

さらに、ここからの税収を見込めない自治体のために、毎年10億円の寄付金も出しているらしい。

普通の企業ならまず数年で潰れるが、ここはもともと全く利益を追求していない。

ただ単に、グループ社員とそれを支える家族の貢献に応えるためだけに運営されている。

御剣グループ。

現社長が1代で作り上げた超企業集団。

直轄の企業は4社しかないが、100を超える超1流企業を実質的支配下に置き、世界の重要な特許の半分以上を占めている。

そしてその資金源となったのは、社長の夫であり会長でもある人物の、株による利益だと言われている。

経済界では既に伝説の人物であるが、不思議なことに、表には全く姿を現さない。

社長の懐刀と噂される私でさえ、1度も会ったことがない。

社長曰く、『会えば必ず惚れちゃうから駄目』、だそうだ。

彼女の夫であれば、結婚した時期から考えて(婚姻可能年齢から)、少なくとももう30代半ばにはなっているはずなので、確かに自分の年齢とは釣り合うが、大恩ある社長の伴侶に手を出そうなんて考えもしないから、そこまで心配せずともいいようなものだが、未だに恋する乙女のごとく会長のことを語る社長を見ていると、一体どんな人なのか、非常に興味がある。

香月有紗社長。

私の上司であるばかりでなく、恩師であり、恩人でもある。

私がまだ高校に入ったばかりの頃、母のためにアルバイトを許可してもらいに訪れた指導室で初めて出会い、その美しさに見惚れた女性(ひと)

学生にあるまじき好条件のバイトを紹介してくれたお陰で、我が家の家計は十分に潤い、母も無理な夜勤や休日出勤をしなくてよくなった。

バイト先ではいつも1人で勉強させてもらい(宅配の受け取りとPC操作くらいしか仕事がなかった)、ふんだんに用意された教材とお菓子に囲まれて、学校以上に捗った。

家でする分の宿題までこなせたから、変わらずに家事をして、母の負担を減らすことができたのだ。

誕生日、クリスマス、お正月。

何かの行事の度に高価なお祝いを頂き、母と2人で旅行や温泉にも行くことができた。

後で知ったことだが、社長には今の夫である会長以外に身寄りはなく、子供の頃から大分苦労してきたそうだ。

私と母に沢山の贈り物をくれるのも、自分の独身時代には誰からも貰ったことがなく、初めて会長から貰った時の喜びと嬉しさを、忘れたくない、他の誰かにも分けてあげたい、そういう理由からだそうだ。

40を過ぎてもなお、艶のある黒髪とシミ1つない張りのある素肌、大きな胸とバランスのとれた身体は、その美貌と共に、全く衰えを知らない。

実年齢より相当若く見える彼女と初めて会う人は、まず見惚れる。

そんな素敵な先生の期待を裏切らないよう、学業と共に法律や経済、語学を必死に学び、自分を磨き続けた3年間。

高校時代はあっという間に過ぎ、先生から言われた、男の子との恋などという甘い時間は、自分には訪れなかった。

ラブレターやメールは結構頻繁に貰ったが、どうしても、自分とは違うと思えてしまったからだ。

言葉は悪いが、地に足がついていない、そう思えてしまったのだ。

家計を助け、将来を真剣に考えていた私と、まだ高校生で、しかも裕福な家庭の子が多い学園の生徒。

彼らに私と同じ価値観を求めるのは酷だったと、今では思う。

先生と同じ大学に進み、在学中にこの国の三大試験(司法試験、不動産鑑定士、公認会計士)に全て合格した時には、新聞に載りもした。

大学でもそんな感じで勉強と仕事(資格試験の勉強のためか週5で1日5時間に増えて、バイト代は月に30万になった。お金を貰って勉強させてもらっていたようなものだ)ばかりだったから、やはり出会いもなく(あっても気付かなかったかも)、お付き合いも当然なかった。

私は就職活動をしてはいない。

『卒業後はうちで働かない?』という、願ってもないお言葉を、社長から頂いたからだ。

当時の御剣グループは、まだ今ほど巨大ではなかったが、年々その存在感を増し、学生の就職希望ランキングでは、男女共トップを独走していた。

初任給が手取りで25万もあり、有給の完全消化や育休の奨励、残業の原則禁止という、他の企業に喧嘩を売るような好条件で、おまけに芸術や学術に多額の寄付をしていることからも、企業イメージが凄く良かった。

以前、何故スポーツには協賛しないのかと尋ねたら、『オリンピックやワールドカップの公式スポンサーになるのに一体幾らかかると思う?そんなお金を使うなら、もっと音楽やアニメなどの分野に寄付するわよ。人に感動と安らぎを与える管弦楽団のメンバーや、若者に夢を届けるアニメーターの給料が幾らか知ってる?スポーツならお金を出す企業は多いのだから、敢えて私達が出すことないわ。地域のイベントくらいで十分よ』と、珍しく熱く語られてしまった。

入社後に、私に与えられた地位は、社長補佐という名の秘書。

つまり何でも屋だ。

社長以外の誰の指図も受けない、完全に独立した地位。

しかも月収が手取りで100万円と、給料がめちゃくちゃ高かった。

『あなたには、会社の規定は当てはまらないから、どんどん働いてもらうわ。週休は2日あげるけど、それ以外は暫く午前様よ。私とあなたは一蓮托生。あなただけ、楽はさせないわ』

優しい笑みでそう言われたが、実際には、21時前に帰れることも多かった。

ちょうどこの頃、母が勤務先のホテルで、非常勤の更新を断られた。

もうある程度の年齢であったので、正規雇用に切り替わる前に、フロント業務を若い人に交代させたかったらしい。

それを知っていたとは思えないが、私1人の稼ぎで十分やっていけるよう、社長はわざと悪役を演じてくれたのだと思う(悪役にすら、なれていなかったけれど)。

さらに、頑張ってきた職場を解雇されて、沈んでいることの多かった母に、新たな職場まで世話してくれた。

会長からの指示だと言って、この施設の総責任者という、とんでもない好待遇を与えてくれたのだ。

それを聴いた時の母の顔は、未だによく覚えている。

元々会長に面識のある母は(私がいくらせがんでも、外見がどういう方かは教えてはくれないが)、あのクリスマスイブの贈り物以来、ずっと彼に感謝してきた。

毎年の行事ごとに社長から贈り物(温泉宿泊券や高級レストランの食事券など)を頂く際にも、会長への感謝の言葉を忘れたことはなかった。

その母が、涙をぼろぼろ溢して泣いたのだ。

『有難うございます。有難うございます』、そう、何度も繰り返しながら。

父に先立たれて以来、私のために頑張ってくれた母には、彼女なりの、仕事に対する誇りがあったようである。

それは仕事の内容ではなく、社会を支える一員であるという想い。

確かに、母が居間で煎餅を齧りながら、無駄にテレビを見ているというような光景は想像できない。

良くも悪くも、私達は似た者同士なのだ。

この施設の従業員は、そのほとんどが以前の職場を定年で退職したか、あるいは年齢や条件を理由に雇い止めを受けた者達だ。

そういった条件の者達の中から、どういう基準で選んだのかは分からないが、ある日突然彼らに黒い封筒が届いたのだそうだ。

『あなたの情熱を、もう1度、当施設で燃やしてはみませんか?』

文面には、短くそう書かれていたらしい。

ここで働く彼ら(彼女ら)を見ると、皆生き生きと、楽しそうに働いていることが分かる。

その仕草や動作には、少なからぬ、仕事への誇りも垣間見える。

過度に忙しくもなく、利益のみを追求させられるでもないこの施設は、そんな彼ら(彼女ら)にとって、最適の場所なのだろう。

島を吹き抜ける穏やかな風が、その仕事ぶりに華を添えている。


「それで、また今回も1人でなの?」


「またそれ?

そんなに簡単に恋人なんか作れないわよ。

今の私は、グループでも相当な地位に居るのよ?

その機密や利益を狙って、近づいてくる人だって多いんだから。

相手は慎重に選ぶわよ」


「そんなこと言いながら、もう何年経つのかしらね。

これからはどんどん条件が厳しくなるわよ?

男性だって、若い子の方がいいに決まってるだろうし、子供、作る気はないの?」


「最悪、結婚なんてしなくてもいいわよ。

仕事が楽しいし、社長と一緒に居られるのは嬉しいし、今の環境を変えたくないわ」


「香月さんはお元気?

アフリカで、大きなプロジェクトを始めたみたいだけど」


「お元気よ。

お肌の乗りも、瑞々しい素肌も、私が嫌になっちゃうくらい。

アフリカの件では他の国とも結構やりあったから、今回は少し疲れたわね。

でも、その甲斐はあったわ」


「うちのグループに喧嘩を売る国がまだあるの?」


「表立ってはないわよ。

ただ、かなり広い海沿いの土地を確保したから、そこを軍事拠点にしたかったある大国が、裏でうちに土地を売却する国に圧力をかけてたの。

まあ、条件的には、うちに敵いっこないんだけどね」


「そんなに多額の費用を出したの?」


「いえ、それ程でもないわよ?

世田谷区くらいの土地を買って、全部で200億くらい。

もともと何もない土地だし、うちは住民の雇用や教育なんかも請け負っているから。

ただ箱物やインフラを整理しただけで、しかもその事業に自国の人員を送りこんでくるようなやり方は、もう受け入れられないのよ。

結局は自国の借金だけが残って、利益はみんな相手に回収されちゃうからね」


「そういえば、そのプロジェクトのメインになる方、隅田さんといったかしら、ここに2週間程ご家族と滞在なされて、つい先日、お帰りになったわよ?」


「そう。

ご満足なされたかしら?

彼らには、社長も期待されているから」


「スタッフの数人にそれとなく聴いてみたけれど、かなりの健啖家のようね。

凄い勢いで食事をなされていたらしいわ」


「・・奥様は、会長に対してかなり好意的なようでしたけど、彼自身はあまり良くは思っていらっしゃらないようね。

極端な愛妻家であると報告書には記載されていたから、何か含むことろがあるのかな。

まあ、いずれにせよ、今回もゆっくりさせてもらうわね。

お母さんももう歳なんだし、あまり無理しちゃ駄目よ?」


「こら、生意気言って。

ここの仕事はとても遣り甲斐があるもの。

全然疲れないわ」


今はここに住み込みで働いている母の部屋を後にして、私は1人、自分に宛てがわれたホテルの部屋へと向かうのだった。



 その日、和也は珍しく、1人でこの施設を訪れていた。

つい先日、己の失言により、紫桜と有紗の2人から、同時にその愛情を極限までぶつけられるという目に遭った和也は、それに対抗すべく、理性のタガを、久しぶりに完全に外した。

和也は普段、そういった感情を全く表に出さない。

女性を不必要に邪な目で見ることを避ける意味もあり、性欲に関する感情に、厳重なプロテクトをかけている。

眷族化した妻達を抱く際、その半分程度は解除するが、それでもプロテクトはかかったままだ。

タガが完全に外れた状態で女性を抱いたのは、エリカとの最初の時だけで、そのせいでエリカは何度も気を失い、かなり衰弱してしまったにもかかわらず、初めて女性を抱き、その温もりに我を忘れた和也は、魔力で彼女の体力を回復してやりながら、何度も行為を繰り返すという暴挙に出てしまった。

エリカだけは初めて抱く前から眷族化していたので、肉体がかなり強化されていた分、まだ何とか耐えられたと言える。

その後、そのことを恥じた和也は、自らに強力な枷をはめ、それを調整することで他の妻達を抱いてきた。

マリーや紫桜、有紗を初めて抱いた時も、人の身であるから2割程度しかプロテクトを開放しなかったので、その身体に溺れはしても、十分に残された理性が、彼女達を壊すまでの無理をさせなかった(紫桜は少し危なかったが)。

だが、2人を同時に抱くにあたり、未知の経験故に、加減が分からなかった。

彼女らの本気の想いに、自分も本心で応えねばならないと感じたせいもあり、眷族化で肉体が強化された今なら大丈夫だろうと、完全にタガを外してしまった。

そしてその結果は、先日のように、目も当てられないものとなって現れる。

無尽蔵の体力と精力を持つ和也に、散々な目にあう2人。

時折送られてくる、魔力を伴った体液に、意識を手放すことも許されず、悲鳴すら上げられないまま、ただひたすらに快楽の海に溺れ続けねばならない。

半日近くをそうして過ごした紫桜は、その後泥のように眠ったまま、1日経っても目を覚まさず、有紗に至っては、2日も起きずに、仕方なく和也が勤務先にメールで欠勤を知らせた。

彼女らが目覚めた時、和也はやり過ぎたことを詫びたが、2人共むしろ喜んで許してくれた。

『たまにはこういう事も悪くないわ。あなたの本気顔が見られたし、ちゃんと愛情を持って抱いてくれたことも分かってるから。あの際、思い切り抱き締められるの、わたくしは大好きよ』

紫桜はそう言って満足げに帰って行き、有紗は行為中の己の姿を思い出したのか、恥ずかし気に下を向いて、『幻滅なさってませんよね?』と、少し心配そうに上目遣いでこちらを見てきた。

彼女は溜まっていたメールを処理すると、その次の日から、活力を漲らせ、爽やかな色気を溢れさせて、仕事に出かけて行った。

その後で、和也は1人になって、暫く自らの思考の中にその身を置いた。

紫桜に言われた言葉の内容は、和也にとって、かなり嬉しくもあり、それと同時に相当ショックでもあった。

『あなたの身体以外に、欲しいものなんてない』

それは、和也が彼女達をきちんと楽しませていないということに他ならない。

夫婦の営み以外に、彼女達が喜ぶ何かを、ちゃんと与えてあげられていないということだ。

今の彼女達が、お金を出せば簡単に買える何かを欲しているとは考えていない。

では他に何を求めるのか、どう喜ばせればいいのかが、さっぱり浮かんでこない。

人工ビーチの果てで、海水にその身を浮かせて緩やかに漂いながら、暫し時間を忘れる和也であった。



 部屋に着くなり、鞄を置いて、水着に着替える。

街中の公共施設(ジムや高級ホテルのプール)では少し躊躇いを感じ始めたビキニも、人がまばらなこの施設では気兼ねなく着れる。

忙しい最中(さなか)、スタイルを維持するために欠かさない水泳は、お酒と並んで、彼女の貴重な息抜きの1つでもある。

黒いビキニの上に白のパーカーを羽織り、サンダルに履き替えて、初夏の日差しを浴びながら、人工ビーチへと向かう。

彼女が滞在する高級ホテル(ポイント消費が多い)はそのすぐ目の前にあり、全室がオーシャンビュー。

人工といえど、直径1・5㎞の広さを持つこのビーチは、その雰囲気がタヒチに似せて造られており、彼女のお気に入りの場所だった。

ここではお金を持ち歩く必要がないので、唯一持参したバスタオルを、パーカーと共にデッキチェアーに放り投げ、海へと走る。

準備運動なんてしない。

本当はしなければならないのだけれど、いい歳をして浜辺で体操をするのは、幾ら人気(ひとけ)が少ないとはいえ、ちょっと恥ずかしい。

初めはゆっくりと泳ぎ出せば大丈夫だからと、すぐに水に入る。

定期的に海水を入れ替え、不純物をろ過しているので、潮の香豊かな水中を、クロールで進んでいく。

1㎞先に休憩用の小島があるので、とりあえずそこまで泳ごうと決めた。

程無く辿り着いた小島で、少し横になろうとした時、視界の先に、人のようなものが浮いているのが見えた。

ここからさらに100mくらい先。

この海の水深は、最も深い場所で3mある。

大人でも、足がつったりすれば溺れる深さだ。

彼女は急いで小島を隔てた反対側の海に飛び込んだ。



 ゆらゆらと、眩い日差しを浴びながら、思考と現実の海の両方に漂っていた和也は、自分に猛スピードで近づいてくる人物に気が付いた。

もしかして、自分が溺れているのと勘違いしたのかと、己の身を起こそうとした時、その相手が急に泳ぎを止めて、水中に沈んでいくのが目に入る。

今度は自分が助けに行く番であった。

すぐに追いついて、水中で足を押さえて蹲る女性を引き上げる。

水面に仰向けになった自分の上にその女性を抱え、痛みの原因となっている、右のふくらはぎに手を添える。

治癒魔法で素早く痛みを取り去り、それを怪しまれないように、少しの間、優しくマッサージを施した。

自分の上で呼吸を荒くしていた彼女は、程無く己が置かれた状況を把握し、恥ずかしそうに身をよじって身体を離す。

お互い水中での立ち泳ぎをし、向かい合って初めて相手を確認した。

その女性は、30代後半くらいの、知的な風貌をした美人さんであった。

さぞや眼鏡が似合いそうな目元に、小ぶりな口元と豊かな黒髪。

全体的な可愛いさの中に、ある種の鋭さが混じる。

きっと怒ったら怖いだろう。

そんな気がする。

会話の第一声は、その相手からであった。


「えっと、助けてくれたみたいね。

どうも有難う。

君が溺れて浮かんでいるのかと勘違いして、疲れた身体に無理をし過ぎたみたい。

ちょっとカッコ悪かったわね」


そう言って苦笑いする。


「こちらこそ、要らぬ誤解を与えてしまい、申し訳ない。

あなたの善意には感謝する」


初対面の妙齢の女性に、少し緊張しながら言葉を返す和也。

その答え方に、相手がクスリと、先程とは異なった笑みを漏らす。


「若いのに、随分と変わった話し方をするのね。

・・もしかして、緊張してる?

フフッ、私もまだ捨てたもんじゃないのかな?

もしそうだとしたら、少し嬉しいかも」


初夏の日差しが穏やかに揺れる水面に反射し、そう言ってはにかむ彼女の顔を、明るく照らし出す。


「・・とりあえず、陸に上がらないか?

痛めた足も、もう少しマッサージなり、した方がいいと思うが」


予想外に好意的な視線を受けた和也は、僅かな動揺を隠すように、話題を変える。


「それもそうね。

じゃあ、行きましょうか」


ゆっくりと泳ぎ出す彼女の後について、和也も進む。

10m四方の小島の上に手をついて上がり、その砂浜に並んで腰を下ろす2人。

女性が再度、話しかけてくる。


「改めて、どうも有難う。

ここにいるということは、御剣グループの関係者の家族よね?

まだ高校生くらいに見えるけど、学校はお休み?

もしかして大学生なのかな?」


矢継ぎ早に、そう質問してくる。

見た感じ、あまり話好きには見えないが、かといって、無理して話しているようにも感じられない。

あまり黙っているのも相手に失礼なので、適度に言葉を返す。


「ここには知人の伝手で来ている。

一応、高校生のようなものだが(その内通おうとは考えているから)、それ以上は詮索しないでくれると助かる」


自分の素性を正直に告げるわけにはいかないので、適当に誤魔化す和也。

何か訳ありのようだと理解した彼女は、話題を切り替え、自分の名を告げる。


「御免ね。

私も少し、緊張してるみたい。

もうあまり、若い子と話すこともないからね。

私、立花皐月って言うの。

あなたの名前、聴いてもいい?」


『!!』


「・・和也と言う。

苗字はまだない」


「・・何処かで聞いたような台詞ね。

まあ、言いたくなければそれでもいいわ。

職業柄、そういう事には慣れているしね。

常識と節度さえあれば、ここでは職場の地位をあまり気にしなくてもいいから、もし誰かに迷惑がかかるとかを考えているなら、その心配は無いわよ?」


流石に彼女を警戒してるのかと勘違いさせたようなので、言葉を付け加える。


「すまない。

別にあなたを警戒している訳ではないのだ。

ただ、自分の苗字は言うと誰の関係者か直ぐ分かるだろうから、その人物との関係を知られると、少し不味い(以前に1度でも会っていれば別だが、有紗が結婚した年齢を考えると、その夫としての今の自分の姿は有り得ない。普通に考えれば、息子に見えるに違いない)。

あなたの言うように、ここでは気兼ねなく付き合いたいから、できれば内緒のままでいる事を許して欲しい。

和也という名前は本名だ」


そう言って、彼女の誠意に応えられない事に頭を下げる。


「そんなに特殊な苗字なの?

ふーん、一体誰かしらね。

まあ、そう言うなら、それでいいわ。

・・もう少し、話に付き合ってもらえる?」


「それは構わないが」


まさか有紗の夫だとは思いもしない彼女は、どういう訳か、和也に少し興味を持っていた。

自惚れではなく、自分がビキニ姿で歩いていれば、大抵の男性は視線を浴びせる。

具体的には胸と腰に。

胸の大きさはDカップと、社長に比べればそれ程大きくはないが、形には自信があるし(今は流石にブラの力を少し借りてるけど)、水泳と普段からの節制によって、腰のラインは綺麗にくびれている。

学生時代に貰ったラブレターの数からして、顔だって、そんなに悪くはないはずだ。

高校生くらいの初心な男の子なら、簡単に悩殺できそうな気がする(普段は絶対にしないけど)。

なのに、さっきから彼はどこか上の空で、あまり自分を見ようとしないし、その眼の色に、邪なものが一切ない。

ちょっとプライドが傷つく(ガン見されたらそれはそれで嫌だけど)。

ここは一つ、大人の余裕で彼をドギマギさせてやろう。

いつもの彼女なら、そんなこと考えもしないのだが、最近の仕事でちょっとストレスが溜まっていたのが災いし、和也に対し、軽い悪戯心を起こしてしまう。


「ねえ、何だかまだ、ふくらはぎが痛むの。

ちょっとでいいから、またマッサージしてもらえないかな?」


そう言って、砂の上にうつ伏せになる彼女。

それが自分の運命を大きく変えていくことになるとは、この時は夢にも思わない彼女であった。


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