番外編、異国の地にて、その4
『前略
タヤンへ。
随分ご無沙汰してるわね。
でも、元気でやっているみたいで安心しました。
このところ、そちらの国に働きに出た人達から、あまりいい噂を聞かないので、少し心配していました。
だけど、久しぶりに会ったあなたの妹さんやご家族の方から、今の職場であなたが元気に働いている写真(社長の妻が、ご家族を安心させるため、年に何度か彼の様子を写真に撮って送っている)を見せてもらい、ほっとすると同時に嬉しくなりました。
何で喜んでいるのかって?
フフッ、内緒・・と言いたいところだけど、どうせすぐに分かるから、教えておくね。
今度、私もそちらに行くの。
何しにって?
勿論、働きによ。
先日、御剣さんという方(まだ学生さんのようにお若い方だけど)がわざわざこちらまでお見えになって、人手が足りないからと誘っていただいたの。
初めは、どうして家に来たのか分からなかったけど、あなたのことをご存じで、どうせ一緒に働くなら、お互いに知り合いの方が気が楽だろうということらしいわ。
弟達の世話が一段落して、家での仕事がなくなった私も、何処かに働きに出ようと考えていたし、あなたのご家族の勧めもあって、両親も大分乗り気だったんだけど、ただ、悲しいことにあまりお金がなかったのね。
御剣さんはブローカーではないと仰ってたから、彼に払う手数料は必要なかったけど、弟達の学費にお金がかかって、私自身がそちらに向かうための旅費が足りなかったの。
そしたらね、御剣さんが当たり前のように仰ってくれたの。
『彼女の旅費や、その準備のためにかかるお金は、全て自分が持つ』って。
お父さんもお母さんもびっくりしちゃって、何でそこまでしてくれるのって、逆に少し不安になったみたい。
きっと、変なお店にでも連れて行かれて、そこで働かされるとでも考えたのね。
でもね、私には不安は全然なかったよ。
だって、御剣さんの眼、とても澄んでいて、凄く温かかったから。
真っ黒な身なりとは正反対の、心の優しい、素敵な方だと思えたから。
彼の勧めで、仕事先の社長さんにも連絡を取った両親は、御剣さんの、『心配なら両親のどちらかが同行しても構わない』という破格のお言葉に駄目押しされて、最後には満面の笑顔で彼と握手していたわ(親の分の旅費は勿論、国に着いた後の観光まで手配してくれるっていうのだから、当然よね)。
ちょっと馴れ馴れしかったけど、我慢できずにその後こっそり彼の耳元で聴いちゃった。
『私にそこまでの価値があります?』って。
そしたらね、御剣さん、何て言ったと思う?
『人の価値をどう測るかはその者次第。それに、君を連れて行くことで奴のやる気が何倍にもなるなら、安いものだ』ですって。
前半はともかく、後半はどういう意味かしらね?
そちらに着いたら、是非教えて欲しいものだわ。
・・この手紙が届く頃には、私は母と飛行機に乗っていると思います。
久しぶりにあなたに会えるの、楽しみにしてるね。
あなたの幼馴染より。
そうそう、私達が子供の頃に遊んでいたあの裏山、買い手がついたみたいよ。
ずっと手入れもせずに放置されていたから、荒れ果てて凄いことになってたけど、誰か買ったみたい。
広さだけは十分あったから、何かに使うのかしらね』
「突然だけどタヤン君、今度うちに新しい実習生の人が入ることになったから」
朝食後の、これから午前の仕事に取り掛かろうという時、社長から徐にそう告げられた。
「本当っすか?
最近かなり忙しくなりましたから、助かりますね」
初めの頃は社長には全て敬語で話していた彼も、半年過ぎた辺りから、状況に応じて、気さくな物言いもするようになった。
それだけ、彼が社長に対して心を開いているということだ。
ただ、女将さんには、相変わらず全て敬語で話している。
これは、心を開いていないのではなく、他者の配偶者である彼女に対しての、彼なりのけじめである。
「またしても御剣さんのご紹介でね。
それに何と、君の知り合いでもある」
「は?
俺の知り合い・・ですか?」
自分には、この国での知り合いなど、極限られた者達しかいない。
実習生というからには、おそらく外国人だろう。
だとすると、前の職場で一緒だった者達くらいしか思い浮かばない。
一瞬暗い気持ちになるが、御剣の紹介だと気が付いて、平静を取り戻す。
あいつが俺の不利益になるようなことをするはずがない。
彼への強い信頼が、タヤンの乱れかけた心をすぐに静める。
「ソニさんというんだけど、知ってるよね?」
「え!!
それって、もしかして俺の幼馴染の・・」
「家が近いと言っていたから、そうじゃないかな。
彼女は君のことを知っていたよ」
「マジっすか?!
でもあいつ、弟達の世話で忙しかったし、働きに出るにしても、海外の仕事に就くために、ブローカーに渡す程の金はなかったはず・・」
「それがね、御剣さんの方で、全て負担してくれたらしいんだ。
付き添いで来られる、お母様の分まで全部。
もうどっちが社長か分からないよね。
僕ももっとしっかりしなきゃ」
そう言って笑う社長に、タヤンは告げる。
「社長は既に、十分しっかりなさってますよ。
あいつが年の割に、気が利きすぎるだけだと思います。
・・でも、どうして奴はソニのことを知っていたんだろう?
社長もご存じなかったですよね?」
余談だが、和也に関係した全ての人物達には、たとえ何年経っても、和也が少年のままに見える。
そしてそのことに対して、彼らは何の違和感も抱かない。
あたかも、人の外見は年相応に変化しても、心はある一定の若さをずっと保っていられるかのように、自分達の見た目は変化していくのに、和也の姿が不変であることに、一切の疑いを挟まない。
これには当然、和也の力が働いているが、彼の妻や眷族達には、元から彼が今のままの状態で見えるので、他の人物達から彼がどう見えるかまでは分からない。
このことは、後に有紗達、御剣家のために先祖返りを演じる者達の知るところとなるが、その結果、和也が彼女達からどういうお仕置きを受けたかは、彼の名誉のためにも、語らないでおこう。
お仕置き後、暫くぶりに和也を見た、とある眷族の話では、彼がげっそりと、やつれたように見えたという。
「そうだね。
御剣さんにお聞きするまで全然知らなかったよ」
考え込むタヤンに、社長は思い出したように言う。
「彼女の寮での部屋は、君の隣だ。
分からないことがあったら、いろいろと教えてあげて欲しい」
「・・え?
同じ寮なんですか?!」
それまで考えていたことを忘れるくらいに驚く。
「そりゃ、寮は1つしかないからね。
お互い全く知らない者同士なら、僕もきちんと対策を考えるけど、君達は仲が良いみたいだし・・御剣さんから聞いたけど、タヤン君、彼女に気があるんだって?」
「!!!」
社長が後半部分を、急に声を落として大事な秘密のように聴いてくる。
「・・・正直、この国に働きに出るまでは、そうでした。
今も好きかと聞かれれば、まだ未練はあります。
でも、今の俺には仕事の方が大事です。
彼女がここへ来たからといって、決して付き合ったりはしません!!
だから俺を、あと2年はここで働かせてください。
国に返さないでください。
どうか、どうかお願いします」
思い詰めた顔をして、必死に頭を下げるタヤン。
「・・タヤン君、僕の聞き方が悪かったのかもしれないけれど、君は何か、大きな勘違いをしているよ。
御剣さんがソニさんをここへ呼んだのは、君を追い出すためじゃない。
冷静になって考えれば、それは君にも分かるだろう?」
そうだった。
あいつはそんな奴じゃない。
「それに僕だって、従業員同士が恋愛したくらいで、追い出そうなんて考えないよ。
そりゃ、無理やり相手を傷つけたというなら話は別だけど、合意の上でなら、いちいち口を挟まないよ」
「でも社長、実習生同士の恋愛は、いえ、実習生が恋愛するのは御法度なんじゃ?」
「誰がそんなこと決めたんだい?
実習生が家族同伴でこの国の仕事に就けないとは聞いたことがあるけど、恋愛禁止なんて、聞いたことがないよ?
実習生なんて肩書は、あくまでこの国に便宜を図ってもらうための呼び名にすぎないじゃないか。
君が僕らと同じ人間であることに変わりはないだろう?
・・人間であるなら、恋をしてもおかしくない。
いや、むしろそれが当たり前だと僕は思う。
自分にないものに興味を持ち、あるいは自己と同じ価値観や考え方に安心し、相手を思いやることで、自らの心を満たしてゆける。
素晴らしいことじゃないか。
そんな機会を、経験を、若い内から奪い去ろうなんて、僕は考えないよ。
合意の上で、節度を持って、仕事に影響を及ぼすことがないようにできるのなら、むしろ推奨するよ。
それが人としての自然な姿だと思うし、ここでの生き方にも合っているような気がする。
・・君も、そうは思わないかい?」
広大な畑と、周囲に溢れる緑を目の前にしながら、社長が大きく伸びをする。
『俺は、ここに来て本当によかった。
仕事だけでなく、人として大切なものまで学ばせてもらっている。
社長は勿論だが、御剣、またしてもおまえに借りを作ったな。
約束通り、いつか必ず返すから』
「・・そうですね。
自然に抗いはしても逆らわず、共に暮らして行ける道を探す。
俺も、何だかそんな気がしてきました。
いろいろと、有難うございます」
同じように眼前の風景を見ながら、タヤンも穏やかに同意する。
「君はもう家族も同様だ。
つまらないことで、君を解雇することなんてしないよ。
だから、望むだけここで働いてくれると嬉しい。
たとえ、実習期間が終わった後でもね」
それは暗に、正社員としても迎え入れる用意があると言っているのだ。
タヤンの顔を見て、もう大丈夫だと判断した社長が、今日の仕事場に向かうべく、車へと移動する。
タヤンもまた、自らの仕事場へと、足を運んでいく。
ゆっくり歩くその先に、自分を待っているダンサーの姿が見える。
今日もまた、ここでの1日が始まる。
やることはいつもと同じでも、仕事に対するその気持ちは、その思いは、いつもより数倍は大きいタヤンであった。
それから数年が経った。
ソニを迎え、ますます活気に満ちた農園は、その後も順調に売り上げを伸ばし、とうとう和也から全ての株式を買い戻し、改めて全株式の半分を、今までのお礼として和也に贈呈した。
和也は、彼らの想いのこもったそれを有難く頂くと共に、寮をもう1つ建て、男女別で使えるようにした。
と言っても、別にタヤン達が羽目を外し過ぎたわけではない。
むしろ彼らは、必要以上に節度を持って付き合っていた。
仕事中は絶対にイチャイチャしない。
人前では、手をつなぐことさえ躊躇った。
自分達を信頼して、一切口出しをしてこない社長夫妻に、その態度でもって応えたのだ。
ただ、若いだけあって、それなりの頻度で愛し合っていたために、避妊具の減りが早く、その確保に苦労したのは事実である。
車の免許を持たない彼らは、自転車で行ける駅前の唯一のコンビニで購入していたが、そこでも次第に顔を覚えられて少し恥ずかしい思いをしていたところ、ある日、農園付属の店に、それまで置かれていなかった避妊具が積まれているを見つける。
深く考えずに、これで恥ずかしい思いをしなくて済むと純粋に喜ぶソニを尻目に、何となく事情を察したタヤンは、苦笑いするしかなかった。
『あいつ、まさか行為の最中は見てないだろうな』
ソニが加わっても、ダンサーとの関係に変化はなかった。
最初は鶏に話しかけるタヤンを変な目で見ていたソニだが、次第にその人懐っこさに魅了され、やがては弟達のように可愛がり始める。
ダンサーも、タヤンに対するようには彼女を扱わず、時折彼女に甘えるような仕草を見せては、ご褒美の煎餅を貰っていた。
感極まって、ソニがダンサーを抱えて抱き締める時には、わざわざタヤンの方を向いて『フフン』と彼を挑発するので、彼女が先に部屋に戻った後、大抵はバトルになる。
2年経って、タヤンが実習生として働ける期間が終了する直前、和也は彼の母国に現地法人を設立し、実習が終了したタヤンを正社員として雇い、出向社員として、ソニの実習期間が終了するまでそのまま農園で働かせる。
その途中で、彼の仕送りによって大学を卒業できた妹が、同じく和也の現地法人に雇われ、大学での専攻を活かして、母国でレストランの経営に携わることになる。
首都のある市の一等地を買い取り、安価でその国の料理を提供する店を準備する和也が、その経営をタヤンの妹に任せるべく、出向扱いにして様々な飲食店で経験を積ませた。
ソニの実習期間が終わると、親の老後はその世話をしなければならない彼女の都合に合わせて、2人は母国に帰ることになる。
農園はその頃、子育てが一段落した社長の妻が仕事に復帰し、2人が抜けても地域の人の手を借りれば辛うじて何とかなるくらいであった。
タヤンは大恩ある社長のため、自分だけ帰国を遅らせようとしたが、ここでも和也が手を差し伸べる。
まず、和也は彼の母国で買い取った裏山を更地にし、農地に適するよう、時間をかけて土を作っていた。
そしてその間、国中を見渡し、生活が苦しく、かつ、働く意欲に溢れた若い男女で、もしお金があれば、ブローカーにお金を渡してでも海外で稼ぎたいと願う者達を4名程探し出し、とある国の言葉を学ぶことを条件に、雇い入れる。
午前は農業について、現地の講師を頼んで学ばせ、午後は座学で、ある国の言葉と、その国の礼儀作法や習慣などを学習させる。
その間、給料は手取りで15万円、教材や食事も支給し、遠方から来る者のために寮を建て、そこに無償で住まわせた。
当初、外国人の和也に対し、信用してよいものか半信半疑であった若者達は、和也の誠意と、至れり尽くせりの環境にすぐに心を開いて、真剣に努力するようになる。
タヤン達が国に帰る頃には、その者達は即戦力として農地で働かせることが可能な状態にまで仕上がり、彼らの代わりに『まったり農園』へと出向された。
勿論、その際の給料は手取りで月20万円、ボーナスは年4か月分で、寮費及び食費は只である。
しかも、寮の各部屋には、ソニが来て以来、テレビとパソコンが備え付けられている。
その彼らには、夕方仕事を終えてから朝までの長い自由時間の間に、翌日の仕事に影響が出ない程度に、この国の言語と、英語か中国語のいずれかの語学を学ぶことが推奨された。
帰国後、希望する者には試験を課し、合格者には、和也が設立した現地法人の幹部候補として扱うと、予め伝えられていた。
ソニと共に帰国したタヤンには、社長から慰労金名目で100万円が渡される。
彼は既に和也の法人の出向社員なので、退職金ではない。
だが、和也はタヤン達が帰国すると、その場で彼を解雇する。
それから、訳が分からぬという顔をした彼らの前に、1通の封筒を差し出す。
タヤンが中を検めると、そこからある土地と、それに付随する建物の権利書、そして1枚の小切手が出てきた。
その土地は、彼らが子供の頃に遊んだ裏山のもので、今では農地としてきれいに整備されていた。
土地の広さは約3ヘクタール。
建物は、語学習得用に建てた教室と、生徒のための寮、及び車数台分の車庫である。
小切手に記載された金額は、300万円であった。
「退職金の代わりだ。
農地はすぐに作物が植えられる状態になっている。
そこで生産された作物は全てうちの現地法人が買い取り、おまえの妹が経営するレストランで使われる。
小切手は、作物が収穫できるまでの、当座の生活費でもある。
これからは独立して、彼女とここを切り盛りしていくといい。
今まで、本当にご苦労だった」
いつもの独特な笑顔を浮かべてそう告げる和也に、タヤン達2人は、ただ下を向いて、感謝の涙を耐えるのが精一杯であった。
ちなみに、ダンサーとの別れは、少しあっけなかった。
出発前、いつもより念入りに鶏舎の掃除をするタヤンに、ダンサーは、『元気でな』、と一言告げただけですぐに目を閉じてしまった。
タヤンも、何か言えば、彼との楽しかった日々を思い出して泣きそうになるので、敢えて言葉少なく、『ああ』と答えるだけであった。
さらに時は流れて、タヤン達夫婦は、自分達の農場で、かの国へ実習生として送る人材を育てていた。
そして毎年1~2名ずつ、『まったり農園』へと送り出すのである。
和也がタヤン達の代わりに出向させた者達は、その者達と入れ替わりに全員が帰国し、和也の現地法人で幹部候補生として働いている。
ある者は自国でタヤンの妹が経営するレストランのチェーン化に携わり、ある者は海外で、タヤンの農場で採れた作物の輸出交渉などの仕事に携わる。
社長を見習い、独立後も勉強を欠かさなかったタヤンの農場は、御剣グループ傘下の銀行からの無利息融資によって周辺の小規模農地を次々に買い取り、今では3倍の9ヘクタールを有し、さらに拡大中である。
彼らはそこで、働きたい若者達にかの国の言葉と礼儀作法を学ばせ、その中から特に優秀な人材を、農園へと送り出している。
お陰で『まったり農園』は、それ以後人材不足に陥ることなく、完全有機栽培の、質の良い作物を提供し続けている。
タヤンには、恩返しとして、もう1つやっていることがあった。
地元や近隣の飲み屋で、とある国の悪口や不平を漏らしている者を見つけると、『俺も仲間に入れてくれ』と言って、その者達に酒や料理をご馳走し、先ずはその者達の不満や文句に耳を傾ける。
彼らが一通り鬱憤を晴らした後、今度はタヤンが静かに語り掛ける。
「でもよ、嫌な奴や悪い奴なんて何処にでもいるじゃねえか。
別にあの国だけに限るわけじゃねえさ」
彼らが実際にあの国で酷い扱いを受けていた時は、決してそれを否定せず、受け入れる。
その時感じた痛みや思いは、彼らにしか分からないのだから。
「俺もよ、あの国に憧れて働きに出たんだが、最初は結構酷い扱いを受けてさ、一旦は逃げ出したんだ。
・・でもな、やっぱりあの国には凄くいい奴や温かい人達もいてよ、その後で俺を助けてくれた人達には、今でもずっと感謝しているんだ。
憧れや好きだという想いが強い分、それを裏切られた時の失望や怒りは大きくなる。
初めて訪れる地では、最初に出会った者の印象で、その土地の評価が決まってしまうこともある。
だけどさ、そこで諦めてしまったら、勿体ないと思わないか?
この世界だけでなく、その国だって広いんだ。
きっと何処かに、自分達が憧れた、その国の本来の姿があると思わないか?」
時には反論されることもある。
ただ黙って耳を傾けてくれる者もいる。
そして暫く考えてから、『そうだな』、と漏らしてくれる人がいる。
そんな時、タヤンは思うのだ。
『友よ、御剣よ、何処かで見ているか?
俺は今も元気でやってるぜ。
おまえとの約束を忘れたことはない。
受けた恩は、必ず返すから』
深夜、人通りのないタヤンの農場付近に、怪しげな複数の男達が集まっていた。
各自が、銃などの武器を携帯している。
その内の1人が言う。
「本当にここに金が唸っているのか?」
「はい。
酒場で見知らぬ奴に酒を奢ったり、周辺の土地を買い漁ったりして、えらく羽振りがいいそうです」
「俺も聞きました。
田舎から貧しい奴らを集めては、只で学ばせ、飯まで食わしているそうです」
手下と思われる者達が、そう証言する。
「けっ。
俺達がろくに金もないってのに、随分な身分だなぁーおい。
今日は久しぶりに楽しめそうだな。
構うことねえ、皆殺しにしてやれ」
部下達が薄笑いしながら頷く。
彼らが行動に移ろうとした、丁度その時、各自の頭の中に響く声がする。
『今ならまだ許してやる。
武器と有り金置いて、さっさと失せろ』
「何だと!」
人の声と勘違いした男達が、周囲を慌ただしく見回す。
『失せろと言っている。
おまえ達の会話を聞いて、今の俺様はすこぶる機嫌が悪い。
死にたくなければさっさと失せろ』
「ふざけるな!
姿を見せやがれ!」
月の隠れた深夜の闇に向かって、親玉の男が吠える。
すると、前方の闇に、2つの眼玉が浮かび上がる。
男達の腰より低い位置に、紅く輝く小さな目玉だけが浮いている。
「ひい!」
見掛け倒しの部下達から、悲鳴のような声が上がる。
パン、パン。
銃を持った者達が発砲するが、一向に手答えがない。
『これがおまえ達の答えだな。
・・ならば死ね』
2つの眼玉が光を発する。
その光を浴びた男達は皆、瞬時に石になった。
石像のように動かない彼らに向かい、ダンサーがくちばしを突き刺していくと、その石像が粉々になって砕け、風に吹かれていずこへと消え去ってゆく。
『あいつの顔を見ていくか?』
農場の看板を嬉しそうに眺めるダンサーの脳内に、和也の声がする。
『いいえ、嫁さんを貰った以上、奴ももう1人前の男ですから。
・・帰りましょう、ご主人様』
『・・そうか』
今では蒼く輝くその2つの眼が、闇夜に静かに溶け込んでゆく。
穏やかなそよ風を受ける農場の看板には、何処かで見たような鶏の絵と、ある国の文字が書いてあった。
『ダンサーズファーム、我が戦友よ』
これで番外編は終わり、次から本編になります




