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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き


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71/181

番外編、異国の地にて、その1

 『前略

妹よ。

お前はこの国に絶対に来るな。

ここは俺達の理想郷ではなかった。

俺達が憧れたこの国の姿は、幻でしかなかった。

俺は今、時給にして500円以下でこき使われている。

朝8時から夜11時まで働かされ、休みは週に1日あるかないかだ。

しかも、そうやって稼いだ額の中から、住居費や食費の名目で、毎月10万円近くが天引きされている。

粗末な狭い部屋に皆で雑魚寝して、ろくなおかずもない食事しかでないのにだ。

この国には最低賃金というものがあるはずだが、ここではそんなものは公然と無視されている。

後で証拠が残らないよう、給与明細すら貰えないのだ。

大方、俺達は、役所が取り締まりに来るまでの、使い捨ての駒なのだろう。

ここに来てもうすぐ1年になるが、その間に6人が死に(その内の4人は自殺)、13人が逃げ出した。

俺もこれから逃げようと思う。

こんな所にあと4年も居たら、いつか必ず俺も死ぬ。

お前から、親父とお袋に謝っといてくれ。

この国に来る時に、斡旋業者に支払うために借りた100万円の残りは、いつか必ず返す。

次の仕事が見つかるまでは、これが最後の仕送りになる。

・・お前の誕生日に、プレゼントを送ってやれなくて御免な。

手取りで6万もない給料では、親父への返済に充てる4万が精一杯の額なんだ。

落ち着いたら、また連絡する。

もっとも、何時になるか分からんがな』




 【まったり農園】

それが、若夫婦2人で切り盛りする広い農場の名前である。

3年前、この農場は経営の危機に瀕していた。

あと1年住めば自治体から無償で貰える土地を前に、引っ越すかどうかの瀬戸際まで追い詰められていた。

だが、ふらりと訪れた若者によって、2年間、毎月20万の定期購入を約束され、どうにか持ち越す。

その後は、2人でそれまで以上に精を出し、様々な勉強会にも参加して知識を蓄え、少しずつ農園を大きくしてきた。

人口3000人程度の小さな村では過疎化と高齢化が進み、年老いて自分達の畑を維持できなくなる人が出始める。

若夫婦は、そういった者達の農地を買い受けては、その土地の元の持ち主を臨時に雇い、一緒に仕事をしながら、己の技術を向上させると共に、地域に溶け込んできた。

今や10ヘクタールにも及ぶ広大な農地を保有する2人であるが、その土地の購入資金は全てある1人の人物から無利息で借り受けており、その総額は約9000万円。

辺鄙な田舎で何もない場所の、耕作放棄地ならではの金額で、都市部の通常の農地ならその4倍くらいはするであろう。

だがそれでも、農業を始めて間もない2人が、無利息といえど借りようと思うような金額ではない。

そこには、幾つかの要素が絡んでいた。


 先ず3年前、和也と月20万円の契約で野菜作りに励んだ夫婦であったが、これが結構大変であった。

自分達の1ヘクタールにも満たない土地では、毎月出荷するという前提では作る品種が限られてしまい、

連作障害を回避しながら土を休ませることも容易ではない。

ネットで日々猛勉強しながら励んだが、以前からの僅かな取引先と自分達が消費する分を除くと、3か月後には20万円分に相当する野菜が足らなくなった。

人としての品性を大事にする意味もあって農業を始めたこの2人には、その時の野菜の単価を釣り上げて出荷するというような考えは毛頭なく、頭を抱えていたところに、ふらりと和也が訪ねて来る。

そして、契約の変更を提案してきた。

その内容は、毎月の契約金を30万円に引き上げることと、満足な量が確保できた時にだけ、不定期に送ってくれればいいというもの。

さらに、隣の家が農地を手放したいようだからと、購入の仲立ちを頼まれる。

お婆さんの1人暮らしで、引っ越してきてから何かと気にかけていたせいもあり、とてもスムーズに売買交渉が進み、若い世代が農業に携わることを歓迎する農業委員会の許可も得て、登記の移転手続き後、仲立ちの謝礼として、和也が購入した農地を丸ごと、5年間無償で貸し出される。

この結果、夫婦の使える農地は倍以上の2ヘクタールになり、緊急家族会議をした夫婦は、以後、和也専用の作物を作ることに専念し、他の取引先を全て断った。

もともと、月に10万円にもならず、時々かなり値切られていただけに、夫婦の決断は早く、自分達に有り得ないくらいに手を差し延べてくれる和也のためだけに、努力していく道を選んだ。

そして、契約に甘えず、できるだけ質の良い野菜を、毎月きちんと発送し、手の空いた時には様々な講習会や研究会に顔を出し、その日の夜は互いに勉強した成果を話し合って、次に活かしてきた。


 和也との最初の契約から1年後、つまり、契約更改から9か月後に、若い夫婦が農園を訪ねてくる。

何でも、都心でレストランを経営しているそうで、知人から毎月頂く野菜が凄く美味しいので、その生産者に直に会ってみたくなったそうだ。

その知人が誰かは教えてもらえなかったが、できれば今後、取引したいと申し出てくれた。

だが、今の自分達があるのは、とある恩人のおかげであり、今はその人のためにだけ励んでいる旨を伝えると、その夫婦は自分達にも思い当たることがあるかのように、(しき)りに頷いて、『その気になったら連絡を』と言い残し、メモを残して去って行った。

数日後、何故か和也から再度の契約更改を提案され、毎月の契約金が50万円になり、発送する量がかなり増えた。


 その後も、試行錯誤と努力を重ね、必要に迫られる度に、和也から契約更改や農地買収の仲立ちを依頼され、和也が買い取った農地を無償で貸し出してもらっている内に、3年後の今では、10ヘクタールの広大な農地を管理するに至る。

そしてそれを機に、和也がさらなる提案をしてきた。

自分達に貸し出している農地を使って非上場の株式会社を作りたいから、そこの社長にならないかと。

何でも、これからの時代に必要な措置で、形だけはそうするが、経営方法などはこれまで通りに全てこちらに任せるし、毎月の契約金を代表取締役としての年俸に変え、使える経費も増えるので、いろいろと便利になるという。

ちなみに、年俸は1500万を提示された。

若い夫婦にとっては願ってもない条件であったが、ここでまた、彼らは緊急家族会議を開く。

今後もずっと和也の厚意に甘えるだけでいいのか。

彼の恩に報いるためにも、対等な立場に立ち、経営責任を自分達で取るべきではないのか。

数時間に及ぶ話し合いの末、2人は和也から全農地を買い受け、株式会社化した上で、今まで通り、自分達で農業を営む道を選ぶ。

勿論、最優先の取引先は和也であるし、今や彼だけで月100万円の取引があるから、当面は彼だけとの取引に専念するという方針も、変えるつもりはない。

問題は、和也からの土地の購入資金をどうするかであったが、己の提案の答えを聞きに来た和也に、自分達の考えを告げると、それならと、会社の資本金を1億円にし、発行株式数を100にして、その内の90を土地の代金の代わりに引き受けると再提案される。

非上場だし、株には譲渡制限を設け、さらには、資金に余裕がある時に、1株単位での買い取りに応じる旨の特約を付ければ問題ないだろうと、経営権の不安にも対応してくれた。

形式的には和也に株を売った形になるので、厳密には借金ではないが、いつか彼から全ての株を買い戻し、その内の半分を、今までのお礼にと和也にプレゼントすることを夢見る若夫婦の気持ち的には借金であり、それと同時に、その額の大きさが、彼らの気を常に引き締めてくれる。


 農業とは、自然との共生であり、戦いでもある。

天候に左右され易く、無農薬の有機栽培ならではの、病気や害虫の心配もある。

しかも、臨時の手伝いを除けば、現在は正式な従業員は自分達2人だけであり、基本的に休日はない。

そんな、人によってはくじけそうな条件の下でも、夢を追い求め、人間らしく心にゆとりを持って暮らしたいと願う2人には、理想に近い生活なのだった。




 『腹減ったな』


闇に紛れて実習先の会社を逃げ出し、着の身着のままで夜道を歩き、道端に捨てるように停めてあった自転車を拝借して街道をひた走ること約4時間。

コンビニのトイレを借りるついでになけなしの金で買った肉まんを頬張り、さらに西へと向かう。

追ってはこないだろうが、とにかくあの場所から少しでも遠くに行きたくて、疲れを押してがむしゃらに自転車のペダルを漕ぐ。

途中途中で何度もコンビニにお世話になりながら、一体どれくらい走ったであろう?

やがて、周囲の景色が変わり始め、工業地帯だったあの場所から、のどかな田園風景が見られる場所までくる頃には、3日が経過していた。

暖かな気温が幸いし、野宿しても風邪をひくこともなく、昼飯にしようと立ち寄ったコンビニで財布の中身を見て、少し心細くなる。

そこには、あと3000円しかなかった。

次の仕事先の当てもないまま、とりあえず逃げてきたが、このままではあと数日で金が尽きる。

かといって、住む場所もない、外国人の自分を簡単に採用してくれる仕事先など、そう見つかるはずもない。

やはり、サポートセンターとやらに助けを求めた方がよかったか。

だが、その正式名称も、どこにあるのかも分からない。

あの職場では、皆が逃げ出さないように、新聞も読ませてくれなかったし、スマホも禁止されていた。

自分より先に逃げた者達は、親や友人に手紙を送って、こっそり情報を得ていたようだが、家族に余計な心配をかけたくなかった自分は、それすらしてこなかった。

とりあえず、腰を下ろし、コンビニの壁に寄りかかって、疲れを取る。

何か食わせろと、腹の虫がうるさくなってきたそんな時、自分の視界を遮る、1人の男が現れた。



 「腹が減っているのか?」


全身黒ずくめの、まだ十代に見える少年が、自分を見下ろすように立っている。

手にバットを持っていないことから、噂に聞く、おやじ狩りではないようだ。

もっとも、自分はまだそんな歳ではないが。

一見、自分を見下(みくだ)すように見える彼の眼差しには、侮蔑の色は微塵もなく、不思議な温かさを感じさせるものがある。

この国に来て、他人を警戒する癖がついた自分だが、なぜか彼には胡散臭さを感じずに、素直になれた。

言葉を発する代わりに、頷いてみる。

すると彼は、1人でコンビニの中へと入って行き、暫くして、手にしたコンビニの袋を差し出してきた。

恐る恐るそれを受け取る。

袋の中には、温かな弁当が3つと、お茶のペットボトルが1本、入れられていた。


「遠慮なく食べてくれ」


自らも自分の傍らに腰を下ろした少年が、そう告げてくる。

この3日、何度もコンビニに立ち寄ったが、お金の心配もあり、何百円もする高価な弁当には手が出せなかった。

お礼もろくに言わず、夢中で弁当をかき込む。

食べている内に、なぜが涙が溢れてきた。


「足りなかったらまた買ってくるから、腹一杯食べてくれ」


その言葉に甘え、あと2つ追加してもらった。



 「それで、どうして逃げてるんだ?」


弁当を食べ終え、お茶を飲んで一息ついた頃、少年が聴いてきた。


「無理に答える必要はないが、もしかしたら力になれるかもしれないぞ?」


図星をさされて言い淀む自分に向けて、少年が自然体でそう告げてくる。

人に対して不信感を抱き始めた自分に、何か下心があるのではと勘繰らせることさえさせない、澄んだ瞳。

愛想笑いさえしない彼だが、興味本位だけで聴いているのではないと確信できるその表情。

自分の少しすさんだ心が自然に開いていく。


「・・俺はこの国に実習生としてやって来た。

豊かなこの国で金を稼いで、親や妹に楽をさせてやりたかったんだ。

・・だが、憧れていたこの国は、この1年で俺に様々な失望をもたらした。

全ては幻想、夢幻(ゆめまぼろし)でしかなかった。

あそこには、いい思い出など1つもない。

みんな自分のことしか考えず、すさんでぎらついた眼をした奴ばかりだった。

・・だから、逃げて来たんだ。

あそこに居続ければ、きっと俺も死者の仲間入りだ。

俺はまだ死ぬわけにはいかない。

親に恩を返し、妹の晴れ姿を見るまでは、決して死ねないんだ!」


そう言って、静かに聴いている少年の方を横目でちらりと見ると、彼は悲しそうな、せつなそうな、何とも言えない表情で、日差しの穏やかな空を見上げていた。


「まだこの国で働く意欲はあるのか?」


少年が静かに尋ねてくる。


「金がないからな。

今の俺では、国に帰ることすらできない。

どこかで使ってくれるなら、そりゃ働きたいさ。

もっとも、もうあんな職場は御免だけどな」


「身分証は持っているか?」


「ああ。

パスポートだけは、どんなに催促されても絶対に奴らに預けなかった。

これを人質に取られたら、それこそ奴らの奴隷だからな」


「では、ここでそのカラーコピーを2枚とってくれ。

農業でよければきちんとした仕事を紹介しよう」


そう言いながら小銭を渡してくる。


「農業?

俺が今まで働いていた場所は、縫製工場だぜ?

確か実習生は、職種を変えることはできなかったはず。

無許可では捕まるリスクが高くないか?」


「その点は大丈夫だ。

ちょっとしたつてがあってな。

1人くらいの操作なら、どうとでもなる」


「給料はどれくらい貰えるんだ?」


「向こうに交渉してからだが、1日9時間、休憩1時間で月額20万円。

休日は仕事先で確認してくれ。

最低でも、週1日は保証する」


「20万!?

・・部屋代や食費は幾ら取られる?」


「そんなものは取らない。

宿舎は自分が建てるし、食費は、皆と同じものを食べるのなら、たいしてかからないだろうからな」


「・・本当にそんな好条件なのか?

多分、国中探しても、実習生にそんなに払う所はないと思うぞ?」


「自分が約束する。

それに、同じ仕事をするのに、実習生だの非正規だのと区別して、他者と差をつけるには相応の理由が必要だ。

だが、働く場所によっては、取引先の無理な値引き交渉に苦しみ、流通の過程で複数の業者に利益だけを抜かれることで自分達にはほとんど実入りがなく、社員達に払いたくても払えない会社もあるのだ。

皆が皆、おまえ達を使い倒そうとしているわけではない。

その点だけは、理解しておいて欲しい」


「・・正直、今はまだ無理だな」


「自分達は外国人を語る時、〇〇人は〇〇だと、よく口にする。

だが、その国の1人1人を見てみれば、決してそんな大雑把なくくり方はできないことが分かる。

どんな国にも、良い人もいれば悪い奴もいる。

そんな当たり前のことを、一時の憎悪や反感が、いとも容易く覆い隠してしまう。

新しい仕事先で、その覆いが取り除かれることを祈る」


「・・あんたの言ってることは分かるよ。

努力はしてみるさ」


「・・そうか」


和也の空を見上げる顔に、少しだけ笑みが加わる。


「では、そろそろ行動に移ろう。

コピーをしたら、風呂に入りに行くぞ」


「風呂?」


「この国の面接は、身だしなみに気を配らねばならない。

やはり、第一印象は大事だからな」


言われて、自分が4日も(あの仕事場は、風呂に入れるのは2日に1度だった)風呂に入っていないことに気づく男。

苦笑いしながら、コンビニに入っていくのであった。



 3日もお世話になった自転車に別れを告げ、少年と共にバスを乗り継いで向かった先は、地元に1つしかない健康ランド。

フロントで少年にタオルを買ってもらい、中に入る。


「替えの下着はこれを使うといい」


そう言って、少年がコンビニで購入したものを渡してくれる。


「それから、脱いだ服はここに入れてくれ」


商品が入っていたコンビニの袋を示される。


「2時間経ったら迎えに来る。

それまでゆっくりと疲れを癒すといい」


脱衣所まで一緒に入ってきた少年であるが、自身は風呂に入らず、男の汚れた衣類を持って外に出ていく。

それを見送りながら、男は、いくつもある広い湯船に心躍らせるのであった。



 2時間後、洗濯された自分の衣類と、新しい替えの服をいくつか渡された男は、今度は床屋に連れていかれ、無造作に伸びていた髪を綺麗に整えられる。

顔剃りもしてもらい、やっと身綺麗な感じになった。


「これなら大丈夫だな。

では、あそこで証明写真を取ったら、現地へ向かおう」


そう言った少年が、コンビニの脇にある、インスタント写真の機械を指さす。


「行く前に、履歴書に最低限の記載はしておけ。

学歴は必要ないが、母国の住所と家族構成、電話があれば、その番号も。

心配せずとも、仕事先の社長に提出するだけで、決して変なことには使わぬ。

働かせてもらうなら、自分もきちんと誠意は示すべきだ」


少年にそう言われ、コンビニのイートインスペースを借りて、そこで買った履歴書に必要事項を記入する男。

書き上げたものを少年に渡すと、2人は電車に乗り、2時間後、やっと仕事場のある最寄りの駅に着く。


「ここからはタクシーで行く」


見るからに田舎町の、のどかな風景の中、タクシーへと向かいかける少年に、男は語りかける。


「なあ、何でこんなに親切にしてくれるんだ?」


もうすぐ夕方になろうかという空に、僅かな赤みがかかっている。


「初対面で、しかも外国人。

身なりも決して良いとは言えず、実習先を逃げ出してきた奴なんて、普通、関わり合いになりたくないだろ?

金だって、俺のために随分と使ったはずだ。

一体何故だ?」


それまで見せなかった真面目な顔で、男が尋ねてくる。

少年は、移動しかけた足を止め、徐に男に振り返ると、静かに言葉を紡いだ。


「1つには、これから向かう仕事先が人手不足だから、良い働き手を確保してやろうという意味がある。

もう1つは、折角この国に良いイメージを抱いて来た者を、わざわざ失望させて帰すこともないと考えたからだ。

自分だって、誰彼構わず人を助けたりはしない。

私利私欲のためだけに、この国の富を搾取しようとするだけの者なら、放っておいただろう。

おまえには、手を差し伸べるだけの価値がある。

そう思えたから助けた。

ただそれだけのことだ」


淡々とそう告げる少年ではあるが、その表情には、一見無表情に見えながらも、ほのかな温かみがある。

男にも、それが理解できた。


「何で俺がこの国が好きだったって分かるんだよ?」


苦笑いしながら、言い返す男。


「分かるんだよ。

女心は分かってないとよく怒られるが、おまえのは丸わかりだ。

まるで、母親に裏切られた子供のような顔をしていたからな」


そう言って背を向け、タクシーまで歩いて行く少年。


「言ってろ!」


負け惜しみともとれる言葉を吐きながら、男は嬉しそうに少年の後を追った。




 「忙しいところ、邪魔してすまない」


もうすぐ夕方で、今日の仕事にけりをつけるべく片付けに取り掛かっていた2人に、和也は声をかける。


「御剣さん、突然どうしたんですか?」


女性の方がいち早く和也に気付き、そう声を返してくる。


「2人に折り入って話がある。

片付けが終わったら、少し時間をもらえないだろうか?」


「それは勿論構いませんが、そちらの(かた)は?」


「後で改めて紹介させてもらうが、これからここで働かせてもらいたい実習生だ」


「・・主人を連れてきますね」


女性が、少し離れた場所で農機具を片付けている男性の側まで行き、何かを話し始めた。

そしてすぐに男性と共に戻って来る。


「御剣さん、お久しぶりです。

何でも、共に働いてくれる人材をお連れいただいたとか?」


「突然で申し訳ない。

前の実習先で酷い目に遭って逃げていた男を助けたのだが、本人にまだこの国で働く意欲があるようなので、ここで使ってもらえないかと考えたのだ。

法的なことはこちらで全て処理するし、この男の人間性も自分が保証しよう。

研修期間を設けて、その間に彼の働きぶりを評価してくれてもいい。

彼の給料は、全てこちらが負担する」


和也の傍らに緊張した面持ちで立つ男をちらりと見た男性は、笑顔で答える。


「とりあえず、家の中でお茶でもどうぞ。

すぐに片付けを終わらせますので、その後で、詳しいお話を致しましょう」


女性の方に家に案内するように告げて、男性は、和也に一礼して慌ただしく仕事に戻る。

家の中に通され、居間でお茶と饅頭を頂いている間に、仕事を終え、顔と手を洗ってきた2人がやって来た。


「お待たせ致しました。

先ずは履歴書か身分証明書をお持ちでしたら、そちらから拝見させてください」


席に着くなり、徐にそう告げてくる。

少年に目で促され、パスポートと履歴書を提出する男。


「タヤン・タム・チーさん、21歳。

べ〇ナムの方ですね。

最初の実習先では縫製のお仕事をされていたようですが、農業のご経験はおありですか?」


一通り履歴書に目を通した男性が、男に聴いてくる。


「仕事としてはありませんが、家で畑を作っていたので、その手伝いを子供の頃からしていました」


「ほう、ちなみにどんなものを作っていたのですか?」


「玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジン、カボチャ、きゅうり、トマト、ピーマンです」


「おお、なかなか多いですね!」


「あとは、忙しい時に近所の田んぼで田植えや稲刈りも手伝っていました」


「申し分ありませんね。

ここで働く上で、何かご希望はおありですか?」


「・・パスポートは預けられない。

あと、できれば給与明細も欲しいです」


「それだけですか?」


「はい」


「いつから働けますか?」


「いつからでも。

あまりお金がないので、できればすぐにでも働きたいです」


男性が、妻である女性に視線を送る。

彼女がにっこり頷くのを見てから、男の方に改めて視線を戻し、口を開く。


「では、明日からお願いします。

一緒に頑張っていきましょう」


笑顔でそう告げられる。


「・・あの、そう言っていただけるのはとても嬉しいんですが、もっと俺のことを調べたりしなくていいんですか?

外国人だし、実習先も逃げ出してきたのに・・・」


トントン拍子に採用が決まり、少年からある程度は聞いていても、少し不安になり、自らそう告げる男。


「大丈夫です。

私達夫婦は、御剣さんを心から信頼しています。

その彼が連れてこられた相手なら、その人にも疑念は抱きません。

それに、本当に悪い人なら、自分からそんなことを言ってきたりはしませんよ」


再度、笑顔でそう返されて、深く頭を下げる男。


「よろしくお願いします!」


「・・話がまとまったようなので、細かい条件などを詰めよう。

最初に伝えた通り、彼の給料はこちらが払う。

休日に関しては・・・」


「すみません、御剣さん、少し待っていただけますか?」


珍しく、男性から横やりが入る。


「どうした?」


「彼の給料は自分達がお支払い致します。

ここで働いてもらうのですから、私達が払うべきです」


「だが、自分は彼に月額20万円の給料を約束した。

こちらで勝手に決めた額を、あなた達に負担させるのはどうかと思うが」


「御剣さんのおかげで、今は私達にも、十分な余裕があります。

そのくらいなら、何の支障もありません」


「・・そうか。

では、その言葉に甘えるとしよう。

その代わりといっては何だが、ちょっとした福利厚生を考えているから、ここの空き地を少し借りたい」


「何をなさるので?」


「先ずは小さな寮を建てる。

これからもう少し人数が増えてもいいようにな。

近くにアパートなどないし、ずっとあなた達の家に住まわせるわけにもいくまい」


「それは・・助かります。

いろいろと」


そろそろ子作りを考えていた夫婦は、有難くその提案を受け入れる。


「あと1つ。

この辺は本当に何もないので、日々の買い物にもいちいち車を使わねばならない。

だから、農園専用の店を作る。

顔認証で中に入れる無人店舗だが、生鮮食品を除く最低限の日用品と、カタログで選んで注文するタイプの嗜好品を用意する。

商品の入れ替えは基本的に月1回、嗜好品に関しては注文後すぐ空輸で届ける。

支払いはチャージ式の専用のカードを渡すので、それで頼む。

従業員割引として、市価の4割引きにしておこう」


「あの、大変有難いお話なのですが、どう考えてもそちらの赤字が増えるだけのように思われるのですが・・」


今度の提案には、流石にすぐには頷けない。

品物の輸送費だけでも、利益なんて吹き飛ぶだろう。

しかも、ただでさえ4割引きなのだ。


「大丈夫だ。

福利厚生と言ったではないか。

それに、そろそろ金の使い道に困るようになってきたのでな」


「・・そ、そうですか。

では、お言葉に甘えさせていただきます。

醤油1本切れただけで、遠くまで車を走らせないといけない生活ですから、正直、本当に助かります」


普通なら、和也が最後に付け加えた言葉に、鼻白む者は多いだろう。

だが、それを敢えて口にした彼の表情には、自分の資産を鼻にかける者特有の傲慢さや、貧しい者を見下す侮蔑を含んだ冷たさが微塵もない。

むしろ、サービスを受ける側が余計な気遣いをしないで済むようにとの心遣いが、聴いている誰の眼にも明らかであったので、かえって相手側に、『受けなければ』とさらに気を遣わせる有様であった。

紫桜あたりが見ていれば、『演技が下手ね』と酷評されたであろうし、逆に有紗なら、『優しいのね』と温かい目で見られたかもしれない。


「勤務時間や休日などは、当事者で話し合ってくれ。

彼には一応、1日9時間拘束で休憩1時間、最低でも、週に1日の休みを与えると告げてある。

寮や店舗の工事は、明後日までには始めさせる予定だ。

では、今日のところはこれで失礼する」


それだけ言うと、和也は男を連れて帰ろうとする。


「タヤン君もお連れになるので?」


「流石に今日は、彼を泊める準備などないだろう。

駅前に、なぜか漫画も読める宿泊施設があったから、今日はそこで我慢してもらうつもりだ。

いろいろ買う物もあるしな」


当のタヤンが頷いたので、若夫婦はそれ以上は口にしなかった。

和也達のためにタクシーを呼んでやり、並んで見送る2人。


「・・またあの人に助けてもらったね」


「そうね。

何でか分からないけど、助けを必要としている時には必ず、来てくれるのよね。

寮ができるまでは少し自粛が必要だけど、これで安心して子供が産めるわ」


「はは、気が早いね。

出来上がるまでに、数か月はかかるだろうに」


この時の2人は、まさか寮が3週間で建つなんて考えてもいない。

相場の3倍の料金を現金で前払いした和也によって、地元の建設業者が総力を挙げて作り上げるのであった。




 「すまないが2~3日はここで我慢してくれ。

それ以後はおそらく向こうの家で、部屋を用意してくれるはずだ」


漫画喫茶の手狭な個室で(それでもソファーのある1番良い個室を用意された)、和也から夕食代わりのコンビニ弁当や歯ブラシなどを手渡された男は、嫌な顔一つせずに言う。


「気にすんなよ。

野宿に比べれば、ここだって天国さ。

・・それより、いろいろと、本当に有難うな。

おまえや彼らに会って、大分印象が変わったよ。

今ではやっぱりこの国はいい所だと思い直している。

まだ何もできないが、いつか必ずこの恩を返すから」


男が右手を差し出してくる。

その手をしっかりと握りしめながら、和也は告げる。


「朝9時に、彼らがここまでおまえを迎えに来て、仕事を終えたらまたここに送ってくれる手筈になっている。

おまえとはここでお別れだが、健闘を祈るぞ。

しっかりと、彼らの期待に応えてやってくれ」


「おう!

任せておけ」


和也が帰った後、晩飯にしようとコンビニの袋をあさり、弁当を2つ取り出した男は、一番下の3つ目の弁当の上に、封筒が載せてあるのに気が付いた。


『?』


何も書いてない封筒の中から、1枚のメモと10万円の現金が出てくる。


『支度金』


メモにはただそれだけが書いてある。

男は、またしても泣きながら、弁当を頬張るのであった。


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