記念すべき最初の星にて、その6
「今、何か魔法でも使いましたか?」
エリカが探るような眼差しで男に問いかけてくる。
「飛行魔法を使ったが、不味かったか?」
「いえ、それは構いませんが、他には?」
「他にか?
特に何も使ってないが」
納得いかないエリカであったが、男が嘘を吐いているようには見えない上、もし何か使っていたとしても、それをこの場で広めるのはこの国の防衛上良くないと判断したエリカは、男をとりあえず王宮に案内する事にした。
誰が聞いているか分らないのだ。
「それでは、王宮にご案内致します。
女王陛下にもご紹介致しますので」
「いや、そこまでしなくても良い。
あまり、大袈裟にしないでくれ」
自分の会話能力にあまり自信がない男はやんわりと断ろうとしたが、無理だった。
「そういう訳には参りません。
仮にも王宮に滞在するのですから」
聞き捨てならない事を言われ、男は聞き返す。
「王宮に?」
「そうです。
国にとっての賓客をお泊めするのですから当然です」
「何時から賓客扱いに?」
「たった今です」
口では女に敵いそうもない男は、黙って付いて行くしかなかった。
衛兵が珍しく伝令を伝えに来たと思えば、エリカが客を連れてくるらしい。
しかも、その客が人間族の男で、この王宮に滞在させるので部屋を用意して欲しいという。
エリカが自ら王宮に招いた客人は初めてだし、しかもそれが男となれば内心穏やかではない。
この国の女王であるエリカの母は、やっと授かった一人娘のエリカを溺愛していたし、美しく、聡明で、全てにおいて高い能力を発揮する娘に大きな期待も寄せていた。
とりあえず、事務的な指示を側に控える者に出すと、女王はその男を見定めるべく、心を落ち着けようと紅茶を持ってくるように命じた。
女に連れられ、周囲からの好奇心に満ちた眼差しに耐えながら辿り着いたその場所は、自分の居城に戻ったら、是非加えようと思ったくらいの美しい城だった。
ここ暫く、地球ばかり覗いていた男は、この世界にまだこんな美しい場所が残されていた事を喜び、下がり気味だった気分を盛り返した。
その城は、大きさはそれ程でもないが、まるで白夜に淡く輝くオーロラの如く、城の周囲を様々な妖精光が行きかい、周りの自然と無理なく調和した見事なものであった。
その長い生涯を、主に芸術面で活かしてきたエルフならではの作品といっても良い。
自然と足取りも軽くなっていた。
城の中に入ると、外側の幻想的な雰囲気とは異なり、少し張り詰めた空気が流れていた。
その理由は男にも程無く分かった。
城の主である女王が、やや厳しい眼差しで自分を見ていたのだ。
女と共に、玉座の側まで進んだ男は言われるままに跪き、頭を垂れた。
自分の方が格上だからと反発し、必要以上に己を大きく見せようという類の幼稚さは男にはなく、形式上の儀礼だと理解している。
女王から声がかかった。
「面を上げよ。
そなたは魔の森を抜けて来たそうじゃが、いずこの国より参られたのか?
名は何と申す?」
視線を戻すと、何時の間にか一緒に来た女が、女王の隣の椅子に座っている。
そういえば、身分はおろか名前すら聞いていなかったが、どうやら王女のようだ。
衛兵に守られたり、自分を賓客扱いに出来るくらいだからそれなりの身分だとは思ったが、王女だとは考えなかった。
自分の知る限り、王族とはもっと腰の重い人種のはずだった。
自分が少し驚いている事が分ったのか、その女はしてやったりといった表情をその瞳に浮かべたが、何も言わなかった。
自分の答えを楽しみにしているようだ。
ならばその期待に応えようと、ここに来る道中、ずっと考えていたある設定を口に出した。
「自分は異世界から召喚された者で、御剣和也といいます。
今日この世界に召喚されたばかりです」
そういえば、まだ自分には名前がなかった事を思い出した男は、身に付けている物が剣一本だったので、そう名乗った。
和也としたのはただ語呂が良かったせいだ。
その果てしなく長い歳月の中で、男に名前が生まれた瞬間であった。
主人公の名前は、「みつるぎかずや」と読みます。