表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/181

紫桜編その19

 「今年もまた、この日がやって参りました。

皆さんの状態はどうですか?」


居並ぶ精鋭達を前にして、紫桜が問いかける。


「今までで最も良い仕上がり具合かと。

おまけに、御剣様のおかげで十分な食事ができ、体調の方も万全です」


源が皆を代表してそう答える。

朝の穏やかな日差しを浴びた謁見の間に、戦いを前にした独特の緊張感が漂うも、ここ数年のような悲壮感は感じられない。

いつもなら、領主として平静を装いながらも、心の奥底の不安を隠しきれない紫桜を安心させようと、努めて気丈に振舞う彼らであるが、今年はそうする必要がない。

目の前に鎮座する彼女は、不思議な程に落ち着いている。

気負うでもなく、かといって諦めてもいない、例年なら、戦いに出る彼らのことを心配し過ぎるくらいの紫桜だけに、その変化に何かあったのかと逆に心配になる源達。

そんな彼らの思いを余所に、紫桜は言葉を続ける。


「それは何よりです。

・・ただ、1つだけ困ったことが起きました。

もうご存知だと思いますが、地下住居が本国の兵士に見つかり、隠そうとしていた人数が全て課税対象になってしまった結果、租税分だけで5体の火狐を倒さねばなりません。

ですが幸いにも、今年は和也さんのおかげで生活必需品を購入する必要が全くないので、最低限、この5体だけで済みます。

皆さんのお力にすがるしかありませんが、どうかよろしくお願いします」


「お任せください。

必ずやご期待に沿って御覧に入れます。

・・つきましては、姫様にご相談したきことがございます」


紫桜の言葉に皆が平伏し、了承の意を表した後、源が神妙な顔をして、そう切り出した。


「何でしょう?」


「今回の戦いには、我ら精鋭だけで望みたいと考えております。

本来なら、ここに来て2年以上になる者は、年齢や健康に問題がなければ全て参加させる決まりではありますが、今年は倒さねばならぬ数が5体と少ない上、御剣様のおかげでやる気の出てきた者達を、未熟なまま参加させて徒に死なせるよりも、あと1年、十分に鍛えてから、生存の可能性が増した戦力として、使いとうございます」


「・・それは、ここにいる皆の意見ですか?」


紫桜が、他の5人を順に見据える。


「はい。

皆で予め相談致しました結果でございます」


あやめがそう答える。

他の4人も異論を挿まない。


「・・以前のこの島には、何の努力もしない者まで養う余力はなかった故、こちらが差し延べた手を取らぬ者には、半ば強制的にいなくなってもらうしかありませんでした。

その者達のせいで、毎年必死に戦ってくれている皆さん達を、必要以上に危険に晒したくなかったからです。

あなた方もいつまでも戦えるわけではありませんから、村人である以上、各自に、この島で生きるための責任を自覚してもらうという意味もありました。

和也さんの援助を得られ、余裕のできた今でも、その考え方自体に大きな違いはありません。

また、ある程度の人数がいた方が、火狐たちの狙いも分散されて、あなた方の戦いがやり易くなると思いますが、それでもですか?」


彼らの意見を聴いた紫桜は、淡々とそう尋ね返す。

紫桜とて、いくら戦う意欲を見せないからといって、その者達を無闇に火狐の餌にさせたいわけではない。

これまでだって、余裕があれば助けてやりたかったし、源達の言う通り、最近になってやる気が出てきたのであれば、もう何年かかけてじっくりと養成してからの方が、次世代の戦力として、期待もできるであろう。

ただ、だからといって、紫桜の立場で、自らの考えのみで源達にそう命じるわけにはいかない。

それでは強制的に彼らだけに危険と負担を押し付けることになる。

彼女にとっては、ろくに名も知らぬ村人よりも、源やあやめ達の方が遥かに大切な存在なのだから尚更だ。


「・・私は正直、これまでは、姫様と、ここにいる仲間以外の人間など、どうでもいいと思っておりました。

姫様さえお守りできれば、他のことにはあまり興味がありませんでした。

ですが、御剣様からの援助を配る時の、村人の救われたような顔を見てきて、きれいになった共同浴場に浸かりながら、幸せそうに微笑む彼女らを目にして、そんな人達から、時々遠慮がちに話かけられるようになってきて、ほんの少しですが、その人達のことも考えるようになりました。

・・彼女達にも私と同じように大切な何かがあって、厳しい環境の中で、それだけは守ろうと必死にもがいていたのかもしれないと。

火狐と戦う力がなくても、戦わなくても、彼女達には彼女達なりの『戦い』があるのかもしれないと。

夫から託された子供、もう会えないと分かっているのに最後まで諦めずに生き抜こうという互いの約束。

その『戦い』の種類や中身は違えども、彼女達には、とても大切な『戦い』なのかもしれない。

・・今の私には、火狐との戦いしかできないけれど、そうすることで、他の『戦い』で目一杯の、彼女達の力にはなれる。

姫様、私からもお願い致します」


普段あまり喋らない志野が、いつになく饒舌に懇願してくる。

そんな彼女らの訴えを聴きながら、紫桜は少し安心していた。

これなら、自分がこの島を出てからも、何とかやっていってくれるだろうと。


 今夜、火狐との戦いが終われば、自分は和也さんから最終的な返答を求められる。

そして、その答えは、たとえ彼が何者でも、どんな種族であろうと既に決まっている。

彼のこれまでの言動から、夫婦めおとになってもこの島に留まってくれるわけではないのは明らかだし、そうなると、彼とずっと一緒にいたい自分としては、島を出て付いて行くしかない。

この島の結界など、彼の前には何の役にも立たないのだから、わたくし1人くらい連れ出すのは訳が無いだろう。

心配なのは、いなくなったわたくしの後釜に、本国から誰が送られて来るかだけど、それも和也さんが何とかしてくれる予感がする。

あの人、さも自分は普通の人間ですみたいな言動をするけど、どう見ても人の持てる力ではないし、そんな彼と本国が揉めれば、痛い目を見るのは明らかに本国の方だもの。

あとは、・・おじい様のためにこの島に付いて来てくれた人達の身内である彼らが、自分勝手に島を出て行くわたくしを、許してくれるかどうかだけね。


「・・・分かりました。

他ならぬ皆さんがそう言うのであれば、許可しましょう。

ただ、倒した火狐たちを、戦いの邪魔にならない所まで運ぶ人員くらいは、別に用意した方がいいですね。

それから、念のために確認しておきますが、今回倒す数は5体のみです。

いくら皆さんに余力がありそうでも、生活物資のために余計に倒させることはさせません。

5体目が闘技場に入った瞬間に、森への門の封印魔法をかけ直し、次いで結界魔法を再起動してもらいます。

よろしいですね?」


「かしこまりました。

火狐の運搬用の人員には、自分達に次ぐ、実力ある予備役の者を数名充てることに致します」


源の返事を満足げに聴いた紫桜は、最後にこう告げる。


「明日の昼頃、皆さんにもう1度お話があります。

戦いの疲れを十分に癒してから、またここに集まってください」


その言葉に、皆が頭を下げるのを見て、


「では、この後は戦いに備えてしっかり英気を養ってください。

昼と夕食には、お酒以外なら、蔵から何でも好きなものを出させますので、村人達にご馳走を作ってもらうといいでしょう」


と付け足してから、謁見の間を去る紫桜。


 こうして、紫桜にとっても最後となる、そして、この島の今後を大きく変えることともなる、赤い月の1日が始まるのであった。




 夕闇の中を大勢の兵士達が慌しく動いている。

島の正門から一直線に伸びる大通りには、等間隔で炎が燃え盛る松明が焚かれ、それが今宵の戦いの場である闘技場付近まで続いている。

住民調査の際には必要なかった残りの数十名の兵士達は、この作業と戦後処理のためだけに、わざわざ本国から連れて来られている。

その彼らの仕事は、この作業の他、倒された火狐の船までの運搬、物資交換の際の荷物運びが主なものであるが、火狐は1体でも数百キロの重さがあるし、村の戦士が戦いで全滅した場合や、途中で諦めた際には、門の結界を再起動させるまでの時間稼ぎにも使われるので、なかなかの重労働である。

それでいて、エリートコースから外れた彼らの給料は、並の兵士より僅かに安いので、島での滞在中、彼らが自分達より格下だと蔑む村の住人達に対して、日頃の鬱憤うっぷん晴らしをしないよう、源達が目を光らせるのも無理からぬことではあった。


「作業の方はどうなっている?」


「はっ。

もうすぐ全ての準備が完了致します」


役人の問いかけに、兵士隊の隊長が簡潔に答える。


「赤い満月が天に懸かるまで、あと3時間もない。

作業を終えた者から、順次、兵達に食事を取らせろ」


「了解致しました」


「・・・今年も無事に済んでくれればよいが」


隊長が去って行くのを見つめながら、役人の上役はそう独りごちる。

そして自らも、他の役人達を連れて、紫桜が今年特別に用意してくれた食事を取りに、領主屋敷へと向かう。

昨日の晩にと頂いた料理の数々は、とても美味しかった。

酒など、今まで呑んだこともない程、上質のものであった。

どのような理由で、今年はこれ程までに歓待してくださるのかは分からないが、本国においてさえ、接待されることが全くない身としては、誠に有難い限りである。

紫桜様が天帝様であったなら・・・。

叶わない願いを抱きつつ、道を急ぐ男であった。



 「楽しんでもらえていますか?」


食事中の役人達に、広間に入って来た紫桜が声をかける。


「これは姫様。

はい。

皆とても喜んでおります。

まさかお屋敷での食事を許可していただけるとは、夢にも思っておりませんでしたので」


役人達は食べるのを止め、姿勢を正してそう答える。


「今までのお詫びも兼ねておりますから。

・・それから、結界の件、頼みますね。

今年は物資交換を致さぬ故、火狐を倒すのは5体のみです。

5体目が闘技場に入り込んだ瞬間、わたくしが内側の封印をかけますので、その後すぐに結界の再起動をお願いしますね」


「かしこまりました」


「お邪魔して御免なさい。

続きを楽しんで」


紫桜はそう言うと、今度は源達、精鋭6人がいる広間へと向かう。


「ちゃんと食べてる?」


先程の役人達にかけた言葉よりかなりくだけた物言いで、彼らにそう声をかける。


「はい。

今日は食事の支度も何もかも、村人の皆さんに任せておりますから」


あやめが箸を置き、懐紙で口元を拭いてから答える。


「菊乃も遠慮しないでね?」


「はい、姫様。

有難うございます」


彼らに微笑むと、今度は屋敷の厨房へと足を向ける。


「これは姫様」


作業を中断し、跪こうとする村の女達を抑えて、彼女らにも言葉をかける。


「皆も交替で食事を取ってくださいね。

お家で食べる人は、家族の分も持ち帰ってよいですから」


「有難うございます。

お心遣い、感謝致します」


綾乃が、その場の皆を代表してそう答える。

作業の邪魔にならぬよう、早々にその場を離れた紫桜は、自室に向かう渡り廊下から、次第に顔を覗かせ始めた赤い満月を見やる。


『もうすぐね。

・・和也さんは今、何処からこの月を眺めているのかしら。

それに、結局、一体誰が彼をこの島に呼んだのかしらね?

わたくし以外にも、彼が気にする女性がこの島にいるとすれば、・・フフッ、少し妬けてしまうわね』


自室に入り、明り取りの小窓の障子を僅かに開けて、少し肌寒い夜風にあたりながら、その時が来るのを1人静かに待つ紫桜であった。




 パチパチと音を立てて燃え盛る、数多の松明が照らし出す長い道のりを、紫桜を先頭に、6人の精鋭が2列に並んで悠然と進んでいく。

本来なら、彼らの後ろに居並ぶはずの、他の戦闘員たる村人達は、今回は、道の両側の松明に沿って立ち、彼らに静かな声援を送っていく。

紫桜は、和也に贈られた漆黒の大振袖を身に付け、その鳳凰の絵羽模様が、松明のゆらめく炎をうけて、まるで生きているかのように妖しく輝いている。

6人の精鋭達は、夜の闇のごとき黒装束に身を包み、それぞれの得物を引っ提げて、夕食の宴とは別人のような鋭い眼光で、ただ前だけを見ている。

やがて到着した闘技場の門の前では、武器を携えた数十名の兵士達が両脇に控え、戦いの観戦所たる建物の階段付近には、4人の役人達が整列している。

紫桜が、門の開閉役の兵士に頷くと、その者達がゆっくりと門の扉を手前に開き、その中に、源達6名と、倒した火狐の死体を片付ける役目を担った4名の予備役達が入って行く。

そしてまた、ゆっくりと閉じられた門の扉に、紫桜が外側から封印魔法を施すと、4人の役人達と共に、綾乃や喜三郎の母親など、村人達の代表者数名を引き連れて、観戦所へと入って行った。


 室内に備え付けられた椅子に皆が腰を下ろすのを待って、紫桜が徐に立ち上がり、建物の舞台から、それぞれ身体をほぐしている源達に声をかける。


「皆さん、準備はよろしいですか?」


「はい、姫様。

いつでもいけます」


彼女の言葉に、6人の精鋭達が横一列に整列し、予備役達はその両側で跪く。


「無事に終わるよう、心から祈っています。

・・皆さんにばかり頼らざるを得ない、不甲斐ないわたくしを、どうか許してください」


紫桜が右手を肩の高さまで上げ、森へと続く門の封印を解く。

その後、椅子に座り直した彼女が、女官の顔を見て頷くと、黒い漆塗りの小箱の中から、同じく黒い手鏡のようなものを取り出した女官が、立ち上がって建物の舞台まで進み、そこから門へとその手鏡を向ける。

すると、島の正門同様に、何かの家紋のような紋様が門の扉に浮かび上がるが、すぐに消える。

そして、血生臭い風と共に、軋みを上げて、その扉が開かれた。


 源、喜三郎、志野の3人が、最前列に陣取る。

少し離れたその後ろに、あやめと影鞆が控える。

菊乃は1人、彼らの位置から距離を置いて、逆三角形の布陣で敵を迎え撃つ。

予備役達は油断なく武器を構えながらも、広場の両隅にまで下がっている。

ちなみに、彼らは菊乃が投げた飛苦無の回収役も兼ねている。


「今回は最初から全力だ。

とっとと終わらせるぞ」


源が皆にそう怒鳴る。


「わかってるよ。

力の出し惜しみはしないさ」


あやめが槍を構えながらそう答えると、珍しく志野も応じる。


「手早く終わらせて、大事だいじの前に、姫様に十分に睡眠をとっていただく」


「はあ?

大事って何だ?」


「・・大事は大事」


「意味わかんねえよ」


「皆さん、お静かに。

・・来ますぞ」


影鞆の言葉に、皆の意識が門へと向かう。


「グルルルッ」


およそ狐とは思えない、低く獰猛な唸り声をあげて、1体の火狐が、闇の中から姿を現す。

呼吸と共に口から僅かな炎を吐き出し、栗色の体毛が、赤い満月に照らされて妖しげな色を帯びている。

獲物を決めた火狐が、志野に向かって走り出す。

彼女に飛びかかろうとした刹那、源の拳がその脇腹に炸裂し、拳に沿って付けられた、太いピラミッド状の鋼鉄の刃が、毛皮を貫き肉をえぐる。


「ギャッ」


痛みに呻いた火狐の喉元を、志野の刃が一閃する。

一太刀では切り裂けない火狐の身体に向かい、あやめの槍が、喜三郎の居合いが、影鞆の刀が襲い掛かる。

もがく火狐の眼を狙い、菊乃の苦無くないが飛ぶ。

十数太刀を浴びた火狐の動きがようやく止まり、息絶えたその骸を予備役達が急いで闘技場の隅まで運んで行く。

源達が息を整えた頃、仲間の血の臭いを嗅ぎつけた、2体の火狐が姿を見せた。

先程のものより少し身体が小さいが、その分、身軽そうな2体が、喜三郎とあやめ目掛けて襲い掛かる。

ズシュッ。

自分に襲い掛かる火狐の脇すれすれを、居合いを抜いた喜三郎の身体がすれ違い、志野が太刀を突き刺す間に体勢を整えた喜三郎が、横なぎに刃を振るう。

炎を吐こうとした火狐の口の中目掛けて菊乃が飛苦無を放ち、怯んだところを2人がめった刺しにしていく。

あやめに襲い掛かった火狐は、その衝撃で体勢を大きく崩しながらも何とか彼女の槍に動きを止められたところを、後ろから、源の鋼刃が付いた足蹴りに見舞われ、脇からは影鞆の刀に突き刺される。

その隙に、菊乃の飛苦無が両眼目掛けて投げ出され、源の体重の乗った右の拳が肢の付け根を穿つ。


「グギャッ」


「グッ、ギャギャン」


堪らずに逃げ出そうとした1体を、それぞれ3方からの追撃が襲い、膝の関節部分を打ち砕かれた火狐が地面に倒れ伏す。

やがて息絶えたその2つの骸を、予備役が2人ずつで引きずろうとしたが叶わず、1体ずつ、4人で手早く片付ける。


「あやめ、大丈夫か?」


右の手首を押さえているあやめに、源が心配そうに声をかける。


「少しドジを踏んじまったかね。

奴らの攻撃を、真正面から受けるなんてね」


数百キロの体重を持つ火狐の突進を、助走距離が短く、それ程加速がついていなかったとはいえ、軽い女の身で受けきれるはずがない。

槍を通して受けた衝撃に、どうやら手首の筋を痛めたらしい。

もしかしたら、骨にひびが入っているのかもしれない。


「ヒール」


あやめが手首を押さえている部分に、淡い光が灯る。

皆が驚いて声の主に振り向く。


「・・おめえ、いつの間にヒールなんてものを覚えたんだ?」


源がかなりびっくりしている。


「あんたもあたしと同じくらいの魔力しかなかったはずだろう?

一体どうやって・・・」


手首の痛みが完全に消えたあやめも、信じられないように呟く。


「御剣様に、魔力と魔法の両方を頂いたんです」


菊乃が控え目な声でそう言う。


「面倒なことになるから、実際に使うまでは、皆さんには黙っておくように言われましたので・・」


「あなたまさか・・」


志野が少しきつい視線を菊乃に向ける。


「いえ!

勿論、そんなことは致しておりません。

ただ、そのお力を分けて頂いただけです」


菊乃が慌てて志野に否定する。


「そんなこと?」


源が不思議そうな顔をする。


「あんたは黙っといで。

・・とにかく、助かったよ。

今はそれどころじゃないから、後でじっくり聞かせておくれ」


あやめの言葉に、皆が気を引き締め直して陣形を整えた。



 「今年はなかなか順調のように見えますな」


「・・あの少女、どうやらヒールを使ったようですが、この島にも、なかなかの才能が埋もれておるようですな」


闘技場での戦いを、観戦所から眺めている役人達が、小声でそう話している。

紫桜は、菊乃がヒールを使ったことに、内心では少し驚いていたが、あの子は和也さんが目を掛けていただから、そのくらいのことはするかもしれないと、納得もした。

その後ろで娘を凝視していた綾乃は、目を丸くしている。

どうやら、知らなかったようだ。


 戦いが始まってから約30分。

それで既に3体も倒している。

1度に襲ってくる火狐の数が、いつもより少ないせいもあるが、精鋭だけで戦っているため、他の弱い者達を守る必要がなく、戦力を分散しないで済むのも大きい。

例年なら、今頃1人や2人、犠牲が出ている頃だ。

火狐とて、彼らの必要以上に襲ってくるわけではないので、ある程度の犠牲が出れば、それで満足してその後は襲って来ない。

森にまだ沢山の動物がいた頃は、敢えて危険を冒して武器を持った人間達を襲うより、森の動物たちを狩った方が彼らには楽なので、結界魔法で森の入り口が守られていなかった頃でも、紫桜の祖父達が、鉄柵のバリケードを築いて、その後ろで武器を構えてさえいれば、それ程執拗には襲って来なかったのだ。

そうでなければ、出入り自由の森を背景に、夜通しの死闘が続いていたはずである。

だが、島全体が結界で覆われていたため、外から新たな動物たちが入ってくることができず、火狐の増殖と共に森の既存動物が姿を消していけば、当然、人間しか彼らの獲物はいなくなる。

紫桜の祖父は、納税の義務と引き換えに、本国に対して森の出入り口に結界魔法付きの門を建設させることには成功したが、その代わり、毎年規定数以上の火狐を倒さねばならなくなり、火狐の方も、人間を襲わなくては種族の維持ができなくなって、彼の晩年以降は、毎年激しい戦いが繰り広げられてきたのである。



 3体目を倒した後、暫くは1体も姿を見せなかった。

6人の精鋭達は、呼吸を整え、体力を温存しながらも、油断なく森の気配を探っている。


「・・なあ、今年は少しおかしくねえか?」


前を向きながら、源がぽつりとそう洩らす。


「そうだね。

幾ら何でも、・・静か過ぎるね」


「何だか嫌な予感がするでござるな」


あやめと影鞆も同意する。


「このまま終わりってこたあねえ・・」


「静かに!

・・来ます。

それも複数!!」


源の言葉を遮った喜三郎が、居合いの型をとる。

各自が武器を構えたその先に、そいつは現れた。


 普通の火狐より、2回りくらいは大きい体躯を覆う、眩い金色の体毛。

全身から、赤いオーラをぼんやりと放ちつつ、弱い獣がこちらを威嚇するような、唸り声すらあげない。

その尻尾は3本に分かれ、口元からは、長く鋭い牙を覗かせている。

そしてその背後には、まるで王に仕える騎士達のように、数体の火狐たちが、おとなしく控えていた。


「・・何だありゃ。

あんなの、今まで見たこともねえぞ」


源がかすれたような小声で言う。


「・・でかいですな。

あれに真正面から来られたら、ひとたまりもありませんな」


影鞆が、冷や汗でも流していそうな表情で呟く。

他の者達も、その圧倒的な威圧感に圧されて、完全に萎縮してしまっている。


「・・あやめ、槍を捨てて短刀に切り替えろ。

奴とまともにやりあうのは無理だ。

・・こいつらとは、本来の、忍びのような戦い方をするしかない。

志野と喜三郎も、一太刀入れたらすぐ距離をとれ。

尻尾の一撃だけでも吹っ飛ぶぞ」


源の、それでも向かって行こうとする意志ある言葉に、自分達の役目を思い出した他の5人も、気を取り直して油断なく武器を構える。

何としてでもあと2体倒さねば、多くの村人達が鉱山送りになる。

そしてその、選ばれた者達を、2度と帰れぬ死地へと向かわせる人選を行うのは、他ならぬ紫桜なのだ。

以前、彼女の祖父や父が亡くなって間もない頃、1度だけ、規定数を倒せずに、村人数人を鉱山送りにせねばならなかった時がある。

その際、指名された者が浮かべた、何とも言えない表情を見た紫桜は、その後自室に籠もり、3日間食事を取らなかった。

あやめと志野が、部屋の扉を壊し、強制的に食事をさせなければ、もしかしたら、動けなくなるまで食べなかったかもしれない。

もう2度と、彼女にあんな思いはさせてはならないのだ。

その時まだ島にいなかった菊乃と喜三郎を除き、考えたことは皆同じなのか、それぞれが武器を握り締める音が、不思議な程の静寂に満ちた周囲に響き、そしてそれが、戦いの合図ともなった。



 「・・門の結界を再起動せずともよろしいのですか?」


役人の上役が、遠慮がちに紫桜に尋ねる。

彼もこの島にかれこれ10年近く通って来ているが、あんな巨大な火狐は見たことがない。

しかも、その後ろには、さらに数体の火狐がいるのだ。

全滅してしまうのではないかと心配するのも無理はない。


「今、門の結界を再起動させれば、あの火狐を閉じ込めることになり、村の安全のためには、倒す以外の方法がなくなります。

それに、他にも数体の火狐がいますから、再起動のためにあの門を1度閉じなくてはならず、そのための兵士達を送り出すにしても、少なからずの犠牲が出ますよ?

1番良いのは、あの一際大きな火狐が逃げてくれることですが、今年はまだ何の獲物も得ていないですから、それも無理でしょうね」


いつもなら、村人の内から10名弱の犠牲が出るため、それで満足してくれることも多いが、今年はその村人達を大事にして、精鋭のみの出撃にしたため、結果的に最も頼りとなる彼らを危険に晒してしまっている。

穏やかに言葉を紡いではいても、彼女の内心では、相当な焦りと不安を抱えている。

上辺だけでも落ち着いていられるのは、和也から貰った言葉のおかげでしかない。


「とりあえず、すぐに結界の再起動ができるよう、準備だけはしておいてください。

・・あと2体。

あの火狐は無理でも、後ろの数体だけなら、何とかなるかもしれません。

その時は、たとえあの火狐が逃げなくても、結界を再起動させてください。

・・あれを倒すためには、あなた方の兵達の力を、かなりお借りすることになりますが」


それは暗に、倒すために大勢の兵達を犠牲にしろと言っているのだが、村人達が鉱山送りになるのを避け、なおかつ源達の安全を少しでも確保するためには、彼女には他に言い様がなかった。

兵士達が倒した火狐の数は、当たり前だが、納税対象とはならないからである。

上役の男が、他の役人の1人に、目で指図を送る。

するとすぐにその男は席を立ち、観戦所の外で待機している兵達に、指示を出しに行く。

その姿を目の端に捉えると、紫桜は、全意識を闘技場の彼らへと向け直すのであった。



 バシッ。

ザシュッ。

源とあやめ、志野の3人が、火狐の王らしき魔獣の相手をし、他の火狐たちの攻撃を、喜三郎と影鞆が1人ずつで何とか防ぐ。

菊乃は状況を見ながら、後方から援護が必要な仲間に手を貸し、予備役達は、自分達の身を守るので精一杯だ。

火狐は共食いを嫌うので、倒した骸は隅に放置されている。

皆が走り、飛び回り、一撃当てては距離をとるが、源達3人の攻撃は、相手に全くダメージを与えられない。

女性達はもとより、源の拳でさえ、その硬すぎる毛皮に阻まれて、傷すら付けられない。

喜三郎と影鞆、そして菊乃が、あと2体を何とか倒してくれるのを期待しながら、自分達は時間稼ぎをすることしかできない。


「くっ」


火狐の尻尾の強打に、身体をかすられた志野が呻く。


「ゴフッ」


源がカバーに入るが、その源も、前足の攻撃をまともに受け、肋骨の1本でもへし折れたような嫌な呻きを洩らしながら、後方にふっとぶ。


「あんたっ!!」


あやめが火狐の注意を引くべく、猛然と襲いかかるが、リーチの長い敵の攻撃の前に、ろくに近付くことすらできない。


「きゃっ」


菊乃が源にヒールをかけるべく動きを止めたところに、他の火狐が襲いかかる。

直撃は避けたが、その爪で脇腹を抉られ、忍び装束の下に着込んだ鎖帷子に、貫通はしないまでも大きな傷跡が付く。

よろめきながらも何とか次の攻撃をかわし、影鞆の援護で距離をとる。



 「・・さすがに、もう無理では?」


観戦所で戦いを見ている役人が、紫桜の顔色を窺いながら、遠慮がちにそう洩らす。

このままでは、全滅は免れない。

ここで彼らの全てを失えば、来年以降は、ほとんど火狐を倒すことができなくなるだろう。

租税を全く納めることができなくなれば、本国は彼女を強制送還するはずだ。

どうやら村人達の鉱山送りを防ぎたいようであるが、主力の精鋭全てと引き換えでは、意味があるとは思えない。

火狐の攻撃を受けて傷つく、背後で観戦している彼らの身内である綾乃達から、悲鳴のような声も漏れ聞こえる中、紫桜は、両手の拳を膝の上で強く握り締めて、懸命に不安と戦っていた。

役人の言う通り、このままでは全滅だ。

自分の指示が少しでも遅れれば、家族のように大切な彼らを全て失ってしまう。

・・でも、あの人は約束してくれたのだ。

自分だけでなく、自分の大切な人達も守ってくれると。

そして自分は彼に言ったのだ。

あなたを信じる以上に、”愛している”のだと。

叫びたくなる気持ちをどうにか抑えて、頭を上げ、しっかりと前を見据える。

ちょうど源に向かって、火狐の王が炎を吐く寸前だった。



 「・・このままでは、全滅でござるな」


影鞆が、近くで戦う喜三郎に声をかける。


「相打ち覚悟で仕留めに行くしか、打つ手はないかもしれません」


2体の火狐と1人で戦っていた喜三郎は、手傷を負わせた1体を見ながら、影鞆に、そう提案する。


「とにかく、数を減らさないことにはどうしようもありません。

たとえ深手を負ってでも、数さえ減らせば、余裕のできる菊乃さんのヒールに頼れる可能性が増えます」


その彼女の方をちらっと見ると、脇腹を押さえながら、口から血を滴らせた源に、どうにかヒールをかけ終えたところだった。


「それしか、ないようです・・なっ!」


別の火狐からの攻撃に、カウンターの一撃を浴びせながら、影鞆が同意する。


「では、あちらの奴から」


手傷を負わせた方に目を向け、呼吸を合わせて仕掛ける2人。


「ふんッ!」


「はっ!」


2方向からの刃が、火狐の傷ついた腹と胸を襲う。


「ぐうっ」


「がっ」


火狐の苦し紛れの攻撃が、彼らの肩と腕を抉るのも気にせず、力任せに刃を押し込む2人。


「「ウオーッ!!」」


渾身の力が込められた、その肩の傷口から鮮血が噴出し、腕の傷が血飛沫ちしぶきをあげる。

確かな手ごたえを感じた2人が、残された力で血に濡れた刀を引き抜く。

源達の援護をしていた菊乃が、それを見て急いで駆けつけようとするが、別の火狐が邪魔をして、ヒールをかける隙が作れない。


「・・あと1体」


痛みと出血で、かなりの体力を消耗した2人が、気力だけで他の火狐に刃を向けた時、森の奥から、新たな火狐たちがやって来るのが視界に入る。

・・2人の顔に、絶望の影がぎった。


 同じ頃、菊乃のヒールである程度まで回復した源は、疲労で動きが衰えつつあるあやめと志野をかばい、先の見えない消耗戦を余儀なくされていた。

女性2人の攻撃は、この火狐には傷すら負わせられず、逆に、時間が経つごとに、彼女らの傷ばかりが増えていく。


「おまえらは、影鞆たちの援護に回れ。

ここは俺が1人で引き受ける」


「無理を言いでないよ。

あんなの相手に、1人ではどうしようもないだろ?」


「このままじゃジリ貧だ。

残りを少しでも早く倒して、外の兵達の力を借りるしかない」


「・・分かったよ。

だけど、死ぬんじゃないよ?」


あやめがそう言い、無言の志野に合図してその場を離れた時、王たる火狐が纏う、赤いオーラが急速に膨れ上がる。


「まずい。

炎を吐くぞ!」


普通の火狐とは比較にならない、強大な魔力がオーラを増幅させ、その衝撃に備えるかのように足を止めた奴が狙う先は、何とか4体目を倒し終えたが、なぜか呆然としている影鞆と喜三郎達だ。

あやめと志野は、傷ついた彼らを見据えていて、それに気付いていない。


「・・すまん、あやめ。

もし子ができていたら、強い子に育ててやってくれ。

・・御屋形様、今そちらに参ります」


呟きを終えるや否や、猛然と加速した源が、右の拳にありったけの力を込めて、火狐を殴りに行く。


「守りたい者のいる人間を、あんまりなめるんじゃねえーッ!!」


源に気付いた火狐が、彼に向かって特大の炎を吐き出す。

炎というより、マグマの奔流のようなその攻撃が、源に届こうとする寸前、蒼き暴風が闘技場に吹き荒れた。



 蒼き光が辺り一帯を包み込み、まるで時が止まったかのように、周囲の全てから音と動きが消え去る中、源達6人は、意識はありながらも、その場で身動きもできぬまま、訳が分からず呆然としている。

他にも唯一人、紫桜だけが意識を保てているが、こちらは、長い間待ち望んでいた愛しい相手に、やっと巡り会えた時のような、弾けるような喜びが、隠し切れずに口元に出ている。

広い闘技場の1点に、光り輝く門が現れ、そこから妙に響く、1人の足音が聞こえてくる。

コッ、コツ、コツン。

その足音が次第に大きくなり、門の手前で止んだ後、扉を開く軋んだ音と共に、全身黒ずくめの男が姿を見せる。


『・・御剣様!?』


菊乃が、影鞆と喜三郎に襲いかかろうとした火狐に、飛苦無を投げつけようとした固まった姿勢のまま、心の中で驚く。

その男は、ゆっくりと源達の側まで来ると、徐に口を開いた。


「・・皆、よくぞ頑張った。

たゆまぬ努力を重ね、大切な何かのために、力の限りに戦う姿を、存分に見せてもらった」


和也から発せられる、いつもと違う厳粛な言葉の響きに、戸惑う6人。


「先に詫びておこう。

おまえ達が苦しむことは、この島に来る前から、予め分かってはいた。

だが、我は無制限に人に力を貸しはしない。

懸命に努力し、死力を尽くし、それでも届かぬ純粋な魂の慟哭にしか、本来は耳を傾けない。

そしてそれすらも、時には知らぬ振りをする」


一見穏やかそうに見える彼の表情とは大きく異なり、その身体からはとてつもない力の波動が溢れ、止まった時間の中で呼吸すらできないのに、何だか息苦しさを感じる菊乃達。


「我はこの島に、紫桜の、魂からの絶叫によって導かれた。

我がここに来たことで、その原因は違う未来へと改変され、彼女がそうする必要もなくなったが、本来ならば、おまえ達全員はここで死に、紫桜もまた、その跡を追って自害する定めであった」


それを聴いた全員が、ひどく驚くも、今の状況を考えれば、すんなりと受け入れられた。

紫桜だけはその中でただ1人、別のことをも考えていた。


『わたくしだったのね』


誰が和也をこの島に呼んだのか、ずっと教えてはもらえなかったが、そういうことだったのだ。

確かに、自分に身に覚えの無い、未来のことを言われたとしても、あの時は信じなかったかもしれない。

でもそうすると、彼は最初から、自分のことを助けに来てくれたことになる。

お風呂で裸を見られて、それがきっかけで仲良くなって、そして恋に落ちたのは、・・運命だったのね。


「・・我は人の世に関わりを持って、まだ短い。

遥か彼方から見てはいたが、生きとし生けるもの、その全ての息吹を肌に感じ、直接触れることは、つい数か月前までなかったことだ。

想像していた通り、おまえ達人間は、温かな温もりと思いやりに溢れ、血縁なき他者や、弱き小さき存在にまで、慈しみと労りの目を向けることができる。

・・だが、悲しいことに、そうした人の世にも、自己の欲望のみを優先し、他者の幸せを踏みにじる悪は存在する。

様々な人種、種族が共存し、自らが生き残るために、互いに殺し合うこともある」


そう言いながら、6人の傷を完全に治し、その傷跡と共に、彼らの身体に長年に渡って染み込んだ、火狐の毒まで消し去る和也。


「世界は無数にあり、生命が生まれ、育まれる星も数多ある。

我はあまり勤勉ではない故、その視線から外れ、救いの手から零れ落ちる者も出る」


和也が源に尋ねる。


「力が欲しいか?」


『欲しいです。

・・俺はもう、嫌なんでさあ。

大事な人が苦しむことが。

それを、ただ見ていることしかできないことが。

俺にもっと力があれば、御屋形様だって、あんなに早く、お亡くなりにならずに済んだ!!

・・力が欲しい。

何者をも打ち砕く、強い拳が。

大事な人を守りぬく、鋼のような足腰が』


止まる時の中で、流せぬ涙を流しているような、源の、嗚咽を伴う強い渇望。


和也が影鞆に尋ねる。


「おまえも力を欲するか?」


『はい。

頂けるなら喜んで』


「何のために?」


『命の心配なく、気が合う仲間と楽しく余生を送れるために。

そして何より、受けたご恩に、最大限に報いるために。

人の命に差異はなくとも、失われてはならない命も多いはず。

わたくしは、そういう命を守っていきたい』


誰とはいわなかったが、彼もまた、源と同じ者のことを指しているのだろう。


「菊乃、おまえはどうだ?」


先程から、和也の変わり様を1番気にしている彼女に、そう尋ねてみる。


『え?

私ですか?

あの、私は、私も・・欲しいです』


何故なぜだ?」


理由を問われ、少し恥ずかしそうに口ごもりながらも、どうにか思いを告げる菊乃。


『・・御剣様の、皆さんの、お役に立ちたいんです。

この島に流される前の私は、どこにでもいる普通の、平凡な人間でした。

何も望めない代わりに、ろくな努力もしない、日々をただ徒に過ごすだけの女の子でした。

・・でも、生き残る以外に何の楽しみもない、もがかなければ生きてはいけないこの島で、私は初めて他の人から頼りにされ、そして、自分の力を認めていただきました。

霜の降りる寒い日々に、毎朝走る長い距離も、炎天下で何時間も苦無を投げ込む腕の痛さも、それまで全く鍛えてこなかった私には、本当に辛いことでした。

戦うことのできない母を、鉱山に送らせまいという強い気持ちがなければ、きっと、続けられなかったと思います。

そんな島の暮らしの中で、姫様や精鋭の皆さんに努力が認められ、自分に少し自信が持てて訓練がさほど辛くなくなり、御剣様に出会えたことで、人としての喜びも感じられました。

・・離れたくないのです。

できることなら、ずっと御剣様のお側にいたい。

私にもっと力があれば、お忙しい御剣様の手足となって、そのお手伝いができるかもしれない。

・・随分都合のいい考えですが、あなた様と出会ってしまった今の私には、そんな厚かましい願いがあるのです』


自分の前では明るく笑い、時には不満さえぶつけてくるようになった菊乃が抱えていた意外な思いに、和也は少し嬉しくなる。


「傷付いた心が、大分癒されてきたようだな。

願い、欲し、それに向かって手を伸ばそうとするのは、人である以上、むしろ当たり前の姿だ。

自分をそんなに卑下する必要はない」


あやめ、志野、喜三郎にも順に問い質した和也は、皆同様に力を求める答えを受けて、一旦何かを考えるようにゆっくりとその瞳を閉じる。

やがて再び開かれたその瞳は、どこまでも澄んだ青空のごとく、どこまでも清い湖のように、青く光輝いていた。


「認めよう。

その思い、その願い、そしてその渇望を。

・・この世界の唯一の神にして創造主たる我は命ず。

その命尽きるまで、風のように走り、いかずちのごとく切り裂き、大地のように堅牢なその身体で、自分なりの正義を貫き、己の大切なものを守っていくがよい。

・・時限補助魔法、神兵!!」


時が止まった蒼き光の中で、6人の身体が、一瞬光輝く。


「この力は、普段は効力を発揮しない。

だが、命の危険に晒された時、真に大切なものを守る時、己の信じる正義を貫く時、ひとりでに発動する。

おまえ達が寿命を迎えるまでの、おまえ達1代限りの力だ。

・・さあ、行くが良い。

長き禍根の根を絶ち切って、おまえ達が望む未来を手にするがいい」


辺りを包む蒼き光が次第に晴れていく。

そして、止まっていた時が動き始めた。


 ドバン。

源に届こうとしていた火狐の炎を切り裂き、その拳が、火狐の王の頭を打ち砕く。

ズバンッ。

菊乃が放った飛苦無が、小型のものとは思えない程の威力で、火狐たちの身体を貫いてゆく。

観戦所から見ていた者達は、紫桜を除いて、突然の彼らの変わり様に、皆暫し呆然となる。

いつの間にか、和也が闘技場に立っていることにも、ひどく驚いていた。

精鋭6人の身体からは、蒼い光のオーラが、周囲に拡散する陽炎のように、ゆらゆらと揺らめいている。


「・・これが俺の拳?

・・すげえ。

今なら岩さえ楽に砕けそうな気がするぜ」


「力が、気力が、後から後から漲ってくるでござるよ。

・・身体が軽い。

高い塀でもゆうに飛び越えられそうですな」


「非力な私の苦無に、あんな威力が?

ちょっと怖いですね」


そう言いながらも、菊乃の浮かべる表情は、喜びのそれだ。


「・・さて、それじゃあ行くとするか。

今日中に全部狩っちまわねえとな。

・・この後、何かと忙しそうだしよ」


源につられて皆が振り向いたその先には、観戦所の中で、両の眼から零れ落ちた嬉し涙を、人差し指で何度も拭っている、紫桜の姿が見える。

その眼差しは、血に濡れた闘技場で、一際威勢を放っている、和也の姿に釘付けだ。

あやめと志野の口元が、笑顔で僅かに緩む。


「いくぞ、おめえら。

突撃だーっ!!」


源の合図で、6人が風のように疾走する。

通常の人間なら、視界に捉えるのも難しい程の勢いで、その背後に蒼き光の残像を残しながら、森へと入って行く。

もし森全体を見渡すことができれば、20km以上に亘る深い木々の中を、蒼き残像を漂わせてゆらゆらと漂うように見える、彼らの姿を見ることができたであろう。


 木々の間を抜け、邪魔な枝を切り裂いて、破竹の勢いで進む源達。

途中で襲いかかってくる火狐たちを、一撃一刀で瞬殺し、火山の中腹にある、大きな洞窟に辿り着く6人。

その勢いのまま、そこに横たわる大きな火狐を瞬殺しようとして、・・全員の攻撃がピタリと止まる。

どうやらその火狐は、あの王のつがいらしく、しかも、子供を産んだばかりで、ろくに動けないようであった。

力が入らないその身体で、何とか首だけを動かし、まるで何かを守るように、威嚇して睨んでくる。

後ろでは、産んだばかりの小さな2体の火狐が、まだろくに見えもしない眼で、母親の姿を懸命に探そうとしていた。


「殺らなくて、いいのかい?」


火狐を見ながら、あやめが、直前で拳を止めた源に尋ねる。


「おめえだってやいばを止めたじゃねえかよ。

・・それにな、抵抗もできない奴を、殴る拳は持ってねえよ。

昔も、そして今も・・な」


「生まれたばかりの子供はともかく、この火狐は、人の味を覚えております。

・・このまま見逃してもいいのでしょうか?」


喜三郎が、自分も刃を止めたにもかかわらず、自信なさげにそう尋ねてくる。


「野暮なこと言うもんじゃねえよ。

また襲って来るようなら、その時に倒せばいいだけじゃねえか。

それにな、こいつらだって、ママのおっぱいが欲しいに決まってんだろ。

なあ?」


母親の後ろで、じゃれつくように動き始めた火狐の子供たちを見ながら、そう話かける源。


「言いたいことは分かるけど、もっと上品にお言いよ。

恥ずかしいじゃないか」


あやめが、顔を赤らめながら文句を言う。


「生娘じゃあるまいし、何恥ずかしがって・・痛てっ」


言葉の途中で、あやめに頭を叩かれる源。


「帰りましょう。

姫様がお待ちです」


志野の言葉に、皆がきびすを返す。

ここに、長かった火狐との生存競争が、一応の決着を見るのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ