記念すべき最初の星にて、その5
この男は一体何を言っているのだろう?
エリカは、男の話す内容を懸命に理解しようとしたが無駄であった。
ただ、その表情から男がふざけているのではないという事は分るし、王女として、様々な人物と会い、人を見る眼を磨いてきた自分の勘が、男を悪人だとは告げていなかった。
また、魔の森を1人で抜けて来るような実力者なら、こちらに対して敵意がないのであれば、是非懇意にしておきたい。
そう考えたエリカは、男を城壁の中に招いても良いと判断した。
本当は、他にも自分が男に対して好意的な感情を持っているという理由もあったのだが、王女という立場上、それは考えないようにしていた。
このまま男に話をさせておいても埒が明かないと、エリカは再度、男に質問を投げかける。
「お仕事をお探しに来られたと仰いましたが、それはこの国に暫く滞在する積りがあるという事ですか?」
自分の話を遮って、女が再度問い質してきたことに、それまでかなり焦りを感じていた男はほっとして、気分を切り替え答えた。
「その積りだ」
男は、今の自分では長く話しても逆効果だと判断し、要点だけを話す事にする。
男が冷静さを取り戻した事を理解したエリカは、話を進めていく。
「その場合、あなたの滞在先はこちらで指定させていただきますが、それでも宜しいですか?」
「宿を紹介してくれるという意味ではないよな?
監視が付くという事か?」
「そう理解して下さって構いません。
何分、この国はエルフの国ですので、見知らぬ人間族の方を1人で放っておくと、住民の皆さんが不安に思う事もあるでしょう。
この国に慣れるまでの処置とご理解下さい。
その代わり、ある程度のお仕事はこちらでご紹介致します」
今の自分にとって、破格の条件であり、何ら不利益な事はないと考えた男は、即答した。
「宜しく頼む」
エリカにしてみれば、男に色々と仕事を与える事で、その能力を多少なりとも窺い知る事が出来るし、男の住居を自分の城の中に誂える事で、何かと忙しい自分でも、会いに行ける機会が増えるという打算もあった。
「ご賛同いただいたので、今、入り口の封印を解きますわ。
暫くお待ち下さい」
「それには及ばん」
男はそう言うと、飛行の魔法で城壁の上まで飛んで来た。
いきなり王女の近くまで接近した男に対して、護衛のため近くに控えていた衛兵達は即座に行動に出ようとしたが、王女が止める方が早かった。
ただそのエリカにしても、内心ではかなり動揺していた。
男が何の素振りも見せずに、厳重な封印を施してある城壁の内部まで入り込んだのである。
城壁にある扉だけではなく、空からの襲撃に備えて、当然この国を包むように障壁魔法を掛けてある。
かなりの魔力を使う故、王宮の魔術士が数十人がかりで掛ける大規模なもので、簡単には解除する事も出来ないため、、正門とは別に、隠し扉を設けてある。
正門は、魔の森を隔てた丁度反対側にあり、この国は、人間族と魔獣の住む魔の森との境目に位置していた。
この国に来る者達は皆、正門のあるルートを通り、魔の森を抜けて来る者など1人もいなかった。
よって、魔の森側には隠し扉があるのみで、そこを開けねば中に入る事は出来ないはずであった。
女をはじめ、周囲の者達に緊張が走った事に気付いた男は、自分がまた何かやらかした事を理解した。
城壁にある扉が隠された上、厳重に封印されていた意味を失念し、嬉しさのあまり事を急いだ結果である。
ただ、男からすれば、何故そんなに騒ぐのか分らなかった。
確かに、いきなり女の側に移動したのは礼儀に反するかもしれないが、男からすれば、余計な手間を省いてやった程度にしか思えない。
自分の力を未だよく把握していない男であった。