紫桜編その10
菊乃を見送った後、昨日のイベントを通して大体の村人の状況を確認した和也は、早急に必要なお金を稼ぐため、とある世界のカジノの前にいた。
競馬で稼いだお金がまだ半分以上残ってはいるが、今回購入しようと考えた物はどれもそれなりに高価で、紫桜のために買おうとしている物に限っては、500万円以上する。
手っ取り早く何億ものお金を稼ぐには、自分が今選択可能な手段の中では、この場所が最も適していると思われるが、顔を覚えられやすいので、たまにしか使えない。
近年、社会主義国の大国に返還されたその場所に、多数存在するカジノの中から、資金を貯めこんでいそうな大きな建物に順に入って行く。
最初の店では、100万円分の専用チップを購入し、それをルーレットで1目賭けして36倍にする。
その後、200万ずつ1目賭けを2回繰り返したら、チップを換金して、注目を集めだした店を出る。
先日買った大型の旅行鞄にぎゅうぎゅうに詰め込まれた札束を、収納スペースに転移させ、次の店で同じことを繰り返す。
それをさらに別の店を回りながら3回繰り返した後、街のブランドショップで1番大きな鞄を2つ買う。
その後、今回の大本命である、一際華やかな店に向かった。
平日にもかかわらず、人で溢れる店内を進み、1000万をチップに換金した後、迷わずに、大きなルーレットのある席に着く。
ヨーロピアンスタイルを採るこの地域のルーレットでは、アメリカンスタイルと違って控除率が低く、客に人気が高いため、多くの店が機械式の台を置き、複数のディーラーを置いて、1度に数十人の客をさばく。
先程までの、1ベットの金額が200万くらいだった勝負では、和也も皆に混ざって機械式をしていたが、今回は1000万での勝負なので、少人数でやる、ディーラー1人の台に着いた。
黒い衣装に、セクシーな網タイツを身に付け、黒のハイヒールを履いた女性が近付いて来て、飲み物の注文を聴いてくるので、ミルクを頼む。
それを聞いた近くの者達がゲラゲラと笑い出し、女性が困ったように、扱っていないと詫びてきたので、仕方なくオレンジジュースを注文し直す。
・・おかしい。
以前、ある星で見た映画では、酒場のマスターに、主人公の少年がミルクを注文していたのに。
・・気を取り直して、最初の勝負をする。
「1つ尋ねたい」
女性ディーラーに声をかける和也。
「何でしょうか?」
「ここでは、1回のベットは幾らまで可能だ?」
「お幾らでも。
マスに入り切らないのであれば、私に申し出ていただければ、対処致します」
黒いサングラスをかけてはいるが、少年のように見える和也が、まさか1000万ものチップを1度に賭けるとは夢にも思っていない女性が、余裕の笑みを見せて答える。
「ではもう1つ尋ねる。
この店が、即日現金で払うことのできる金額は幾らまでだ?」
ディーラーの女性が、ピクリと眉を動かす。
「・・正確ではありませんが、20~30億は十分可能です」
「それを聴いて安心した。
では、数字の24にこれを全部賭ける」
そう言って、1000万分のチップを差し出す和也。
先程、和也を笑っていた者達がどよめいた。
女性ディーラーが、和也のことを、いいカモが来たとでもいうような目で見る。
皆が賭け終り、静かになったテーブルで、ルーレットが回され、玉が投げ入れられる。
周囲の客達の、好奇心に満ちた眼差しを、一手に集めた玉が落ちたその場所は、和也が賭けた、数字の24だった。
見ていた客達が大歓声をあげ、ディーラーが、信じられないものでも見るかのように、玉の落ちた場所を呆然と眺めている。
暫くして、我に返ったディーラーが、チップを山のように和也の前に移動させる。
その時、椅子に座る和也に、1人の女性がわざとらしくぶつかってきて、手に持っていたグラスから、和也の服に飲み物をこぼした。
「御免なさい。
あまりの大勝ちにびっくりしてしまって。
服を弁償しますから、後であなたの連絡先を教えてくださる?」
胸元を強調したドレスを着た、色気たっぷりのその女性は、妖しく微笑みながら、そう言ってくる。
「気にするな。
安物だし、これだけの金があれば、いくらでも買えるから」
ろくに自分を見もせずにそう言ってくる和也に、プライドを害されたのか、
「そうですか。
ではせめて、お拭きさせてください」
と事務的に言って、ハンカチで和也の服を拭う。
その際、和也のジャケットの襟の中に、極小さな何かを忍ばせてきたことを、和也は当然気が付いていた。
「次は数字の3に、これ全部だ」
山と積まれたチップの3分の1を、ディーラーに差し出す和也。
盛り上がっていた場が、女性のせいで少し白けたが、再び和也が大金を賭けたことで、再度熱狂に包まれる。
ディーラーの顔が引きつる。
この大勝負を邪魔しないように、他の客は誰も賭けない。
やがて、震える手でルーレットを回した彼女が、玉を投げ入れる。
通常の時間の何倍にも感じられた数十秒が過ぎ、カコンという音を残して玉が落ちる。
数字の、3であった。
更なる大歓声。
他のテーブルで遊んでいた客達が、何事かと覗きに来る。
魂が抜けたように呆然とするディーラー。
騒ぎに駆けつけて来た他の従業員達によって、別室に案内された和也は、今すぐ現金で用意できるのは30億しかないが、夜までには残りの14億も揃うと言われ、この店の金庫の中を透視する。
案の定、100億以上のお金が保管されていた。
「では、夜になったらもう1度ここに取りに来る。
その時に全額貰おう」
そう言って部屋を出て行く和也の後姿を、その部屋の者達は、薄ら笑いで眺めていた。
店を出て、人ごみに紛れた和也は、自分の跡をつけてくる者達が、先程の店から出てくるのを遠視で確認すると、自分のすれすれを徐行もせずに走り抜けていく車の荷台に向かって、襟に付けられた発信機を放り投げ、裏路地に入る。
そして、先程の店の金庫から、44億円分の現金を自らの収納スペースに転移させた後、同じ世界の、別の場所に向かって瞬間移動する。
最初の何軒かの店と違い、最後に訪れたこの店は、大勝ちした者が不慮の事故で亡くなったり、強盗に入られて殺されたりといった、以前から、裏社会の組織と関係があるのではないかという、黒い噂の絶えない店であった。
和也は最初に勝った時、もうこれでいいかとも考えていた。
2つ買い足した鞄一杯に札束を入れても、入るかどうかあやしいくらいの金額だ。
だが店側は、そんな和也の気持ちを踏みにじるかのように、罠を仕掛けてきた。
和也が必要以上に資金を巻き上げたのには、そんな理由がある。
あの店の者達が、裏組織の上層部から、なくなった大金の責任を取らされるのは明白だ。
自業自得ではあるが、律儀にも、控除率分の金額だけは取らずにおいた。
また、今回の件で自分に注目した人物の、己に対する認識を操作し、それぞれが全て別の人物を思い浮かべるように記憶操作を行ない、スマホなどを使って動画を撮影していた者の投稿を、拡散した分も含めて全て削除した上、もとのデータを完全に消し去ったのは言うまでもない。
余談だが、この店ではこれ以降、大勝負しようとする際に、なぜかミルクを注文する客が増えた。
あまりに多いので、メニューに加えられたという。
次に和也が訪れたのは、ある国の着物即売会の会場である。
先程稼いだ全部で52億相当のお金を、迷惑料の代わりに、あの国の国営銀行でこっそり円に換金させてもらい、目当てのB反を物色する。
B反といっても、正規品と変わらぬものでありながら、色や柄が市場に受け入れられず、倉庫に売れ残った品々や、倒産した店からやむなく買い取られた品、染めムラやキズのある本来の意味のものまで様々だ。
そんな大量の品々の中から、職人が丹精こめたものでありながら、流行に乗ることのできなかった品や、運悪くキズがついてしまったものの、仕立て次第でどうとでも隠せるものを数十点購入する。
別の会場でも同じことを何度か繰り返した後、本命の品に手を出す。
紫桜に贈る、大振袖。
染め抜き日向紋の五つ紋が入った、漆黒の生地に、鳳凰の絵羽模様がついた着物。
帯や小物を入れると800万以上する。
その他に、三つ紋入りの黒の留袖、同じく三つ紋入りの色留袖を帯や小物と共に購入し、木綿の紬と袴を数点、訪問着を3点買う。
男性用の甚平も、100点ほど購入した。
どれも皆、現金で購入したので、少子化で成人式での需要が減り、着付けなどの大変な和服を避ける傾向が顕著になってきたこの国の苦しい業界に、少しは貢献できたであろうか。
紫桜のいる、元の世界に戻ってこれたのは、日の暮れる、夕食の時間まで残り1時間を切った頃。
風呂あがりに、御剣養鶏場の前で待っていてくれた綾乃に、遅れたことを詫び、握手をして、買ってきたばかりの訪問着を1着渡す。
「こんな高価な着物、受け取れません。
これはどうか姫様に」
手渡された上質の着物に驚き、遠慮してそう告げてくる綾乃に和也は言う。
「紫桜には別の着物を用意してある。
これはあなたに買ってきたものだ。
失礼ながら、ここでは満足な着物を手に入れるのは難しいだろう?
セルフ浄化と保存の魔法がかけてあるから、汗や汚れを気にせず着れて、収納する際にも、虫に食われるなどの心配もない。
・・時にはおめかしして、散歩でも楽しんではいかがかな?
少しは心配事が減るかもしれないぞ?」
まるで自分の心の奥底にある、鉱山送りにされた夫への申し訳ない気持ちを見透かすかのような、和也の穏やかな声。
自分達は、姫様や他の皆のおかげで、なんとかこの島で無事に暮らしている。
でも夫は、有毒ガスが充満する過酷な現場で、日々確実に寿命を減らしている。
3年経った今では、生きているかもわからない。
・・夫が鉱山に送られる日、会いに行った自分に、彼は一言も恨みつらみを口にしなかった。
すぐ後にこの島に送られる自分のことを、心配してくれていた。
娘の前では、これ以上の迷惑をかけないように、敢えて抑えていた大量の涙が、我慢できずに流れ落ち、袖を濡らしていく。
御剣様は、そんな自分の、涙で歪んだ顔を見ないように背を向けて、暫くの間、綺麗な月を眺めてくださっていた。
泣き止んだ綾乃が和也に丁寧にお礼を述べ、帰って行った後、喜三郎がやって来て、昨日のリベンジを試みるも叶わず、顔には出さないが、若干悔しそうな彼にも、母親用の訪問着を1着渡す。
やはり姫様にと遠慮する彼に、綾乃と同じ説明をしてやる。
和服を両手に捧げ持ち、深く腰を折って礼を述べる彼を見送り、領主屋敷への道を歩く。
「誰かいるか?」
「何だい?」
あやめが奥から顔を出す。
「夕食がまだなら共に食べてもいいか?」
「もちろんさ。
あがりな」
好きに入って来いとでもいうように、そのまま奥に引っ込んでしまう。
先日、3人と一緒に昼食をとった広間までくると、紫桜が座るテーブルに、あやめと志野が食器を並べていた。
「いらっしゃい。
あなたのおかげで、最近の食事はすごく豪華なのよ。
遠慮なく食べていって」
紫桜が笑顔で和也に席を勧める。
「今晩のおかずは何だ?」
「ぶり大根とかぼちゃの煮物に、きのこの味噌汁だよ」
あやめが代わりに答える。
「あんたが砂糖や昆布、みりんなんかもくれたから、味付けに幅が出て助かってるよ」
「では、ご馳走になる礼に、自分からはこれを出そう」
和也はそう言うと、各自の前に油をとる紙が敷かれたザルを出し、その上に天ぷらをいくつも乗せていく。
大海老、穴子、きす、アスパラ、蓮根、茄子、椎茸。
別の小皿に塩と天つゆを用意してやる。
「・・何ですか、これ?」
皆を代表して紫桜が聴いてくる。
「これはまだ普及していないのか・・。
天ぷらという。
食感が大事だから、揚げたてを早めに食べた方が美味いぞ」
皆が席に着いたことを確認した紫桜が、食事の音頭をとる。
「では、いただきましょう」
それぞれが食事の挨拶をして食べ始める。
サクッ、カリッという音が和也の周囲から聞こえ始め、初めての食感に驚きながらも、皆美味しそうに食べている。
「本国からここに来て、1番変わったのは食生活だけど、この間のお寿司といい、今日の天ぷらといい、今は逆に、こちらの方がご馳走を食べてるわね。
・・みんな和也さんのおかげ。
本当に有難うね」
箸を止め、懐紙で口を軽く拭った紫桜が、そう言って微笑む。
「礼を言われるようなことではない。
自分が好きでしていることだ。
おまえ達が満足してくれたなら、それでいい」
和也は自分の料理には手をつけず、3人の嬉しそうに食べるさまを、ただ、穏やかに眺めている。
「どうしたんだい?
食べないのかい?」
あやめが不思議そうに聴いてくる。
「今はいい。
自分はいつでも食べられる。
これは後で源に持っていってやれ。
冷めないように、保存の魔法をかけておく」
そう言って、自分の前に置かれた天ぷらを差し出す。
「・・すまないね。
きっと、喜ぶよ」
あやめが、普段はあまり見せない、優しい顔で礼を言ってくる。
「今は精をつけねばならぬのだろう?
せいぜい、励むがよい」
照れ隠しに和也が言った言葉に、彼女は顔を真っ赤にする。
「志野、あんたかい!」
彼女の方を向き、非難するように言うあやめ。
当の志野は、僅かに視線を下に逸らし、知らないふりをする。
そんな彼女たちのやりとりを、紫桜が嬉しそうに眺めている。
この島には、今まで辛いことが多すぎた。
だからもっと、こんな穏やかな時間があってもいい。
願わくば、今この時が、島の皆にとっての心休まる時間であるように。
じゃれあう3人を見つめながら、和也は心からそう思っていた。




