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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き


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紫桜編その4

 「さて、どうするかな」


自分の食い扶持を稼ぐ手段を考えていた和也。

べつに、ものを食べる必要などないのだが、娯楽として取り入れた習慣の中でも、食べること、散歩(人間観察含む)や音楽を楽しむこと、そして風呂に入ることは、3大娯楽として彼の中で定着してしまっている。

いつでも、どこでも、そのどれか1つはないと、退屈でたまらない。

森には入らないことを、紫桜と約束してしまった(させられた)ので、他に手段を講じなければならない。

短い期間の滞在ゆえ、田畑を借りて耕すのも論外だ。

あとは、・・海しかないか。

そういえば、この島の住人は、結界魔法のせいで門の外には出られない。

紫桜もそうなのだろうか?

後で聞いてみるか。

とりあえず外に出て、散歩がてらもう1度島の様子を見ようとした和也の所に、人が訪ねてくる。


「御剣とやら、おりますか?」


がたついた扉を開け、顔を出すと、紫桜との対面の折、側に控えていた2人の内の、あやめとは別の女性が立っていた。

牢にいた時、自分におにぎりを持ってきてくれた人物だ。


「姫様からのご伝言を仰せつかって参りました。

これからは、食事時に、屋敷まで食事を取りに来るようにとのことです」


「源という男から、自分で用意するように言われているが」


「田畑も持っていないあなたでは、それも無理だろうとのご配慮です。

有難くお受けしなさい」


「そうか。

飯時とは何時ぐらいだ?」


「日に2回、朝7時と夜6時です」


「?

1日3食ではないのか?」


「この島で日に3度の食事ができるのは、姫様を除けば、私達、極少数の側用人だけです」


「食料が足りないのか?」


「皆がお腹一杯食べられるわけではありませんが、食料自体は多少の余裕はあります。

ただ、もしもの時に備えて、ある程度の備蓄は必要ですから。

私達側用人も、本来なら2食でいいのですが、そうすると、姫様が3食お食べになりませんので」


「では、あの時紫桜が持って来てくれたおにぎりは、やはりそういうことか」


女性の眉がピクリと動く。


「姫様を呼び捨てにするとは、いい度胸をしていますね。

死にたいのですか?」


「本人の同意を得ているし、呼び捨ては、自分の知る世界では親愛の証だ」


「姫様が同意を?

・・あなた、姫様に何をしたのですか?

もしかして・・」


女性が短刀の鯉口を切る音がした。


「何もしてはいない。

おまえ達が側に控えているのだから、そんなことは不可能だろう?

ただ、歳が同じくらいだから、大目に見てもらっているだけだろう」


「・・そうですね。

まあ、姫様がそう仰ったのなら、目をつぶりましょう。

ですが、あまり調子に乗らないように」


まさか2人きりで風呂に入っているとは夢にも思っていないこの女性は、渋々納得する。


「ご伝言、しかと伝えましたよ。

では」


多くの星で、様々な人種の観察を行なってきた和也は、何でも正直に言えばいいというものではないことくらいは知っていた。



 「ちょっと聴いてもいいか?」


その夜、風呂に入りに来た紫桜に声をかける和也。


「何ですか?」


「君はこの島から自由に出ることができるのか?」


「いいえ、今は領主としてこの地を治めていることになっていますから、本国の許可なしには島の外へ出ることはできません」


「門の外側にもか?」


「ええ。

あの結界魔法はそれ程融通のきくものではありませんから。

単純ですが、その分、強力なのです」


「では海の魚はどうやって食べているのだ?」


「ほとんど食べられません。

年に2度、年貢の受け取りと罪人の家族を輸送してくる本国の船が来た時、そこに積んである生活物資を余った魔獣の素材と交換する際に、鰹節以外にも何かあれば買うくらいです」


「魚をほとんど食べないのか?

森に入らなければ、肉も手に入らないだろう?」


「魚は、島を流れる川の魚を食べます。

それ程量は獲れませんが、週に1度くらいは皆に行き渡ります。

肉は本国との物資交換以外には手に入りません。

野鳥すら、結界があるため、島に入っては来れませんから」


「大豆はあるのか?

塩はどうしてる?」


「大豆は麦と共に二毛作で植えますから。

塩は本国から買います」


「・・・」


海のすぐ側に住みながら、魚も塩もろくに摂れず、肉もほとんど食べられないとは。

この島の住人は、何もせずにただ施しを受けるだけの存在ではない。

魔獣との命を懸けた戦いを強いられ、十分とは言えない耕地を大事に使っている勤勉な者達だ。

少し怒りが湧いてくる和也。


「そういえば、君がここで身体を洗っているのを見たことがないが、浄化魔法で済ませているのか?

それとも、石鹸がないのだろうか?」


いきなり紫桜に睨まれた。


「あのね、殿方の前で、そんな恥ずかしい真似まねができるわけないでしょう?

ここに来る前に、内風呂で洗ってきてるのよ。

それと、石鹸くらいあるわ。

・・本国から買うしかないから、わたくし以外はあやめさん達しか使えず、大事に使っているけれど」


頬を朱色に染めながら、視線をそらして、だんだんその声が小さくなっていく。


「恥ずかしい?」


「当たり前でしょう」


自分の前で、惜しげもなくその裸身を晒しておきながら、身体を洗うところを見られるのは恥かしいというその感覚が、今ひとつ理解できない和也であった。


「だいたい、それを言ったらあなただって身体を洗っているのを見たことないわよ?」


「女性の前で、そんな恥ずかしい真似ができるわけないだろう。

君が来る前に、素早く洗っているのだ」


真顔で平然と言い放つ和也。

まさか、新陳代謝がないとは言えない。


「嘘をつきなさい!

手ぬぐい1つ持っていないではないの!

・・明日、石鹸を持ってきて、背中を流してあげる」


そういえば、様式美として作り出した手ぬぐいは、いつも脱衣所に置いたままだ。

紫桜と一緒に風呂からあがるので、魔力で身体を乾かすことをせず、いちいち拭いているからだ。


「嫁入り前の、うら若い乙女のすることではないぞ」


「・・わたくしの裸を見たくせに」


呟くように言う紫桜。


「?

すまん、もう1度言ってくれ」


「責任とってと言ったのよ!」


「何のだ?」


「それくらい自分で考えなさい!!」


この日の紫桜は、なぜかずっと不機嫌だった。



 風呂から戻った後、和也はずっと考えていた。

この島のために何かしてあげたい。

他ならぬ、紫桜のために。

日に2食のこの島で、自分のために慣れない手つきでおにぎりを握り、わざわざ牢まで持って来てくれた彼女。

風呂に共に浸かっている間は、領主としてではなく、只の少女のままで笑える彼女。

高貴な生まれにもかかわらず、島のみんなと貧しさを分かち合える彼女。

外見の美しさは言うに及ばず、その心まで美しい彼女。

その彼女のために、自分ができることをしよう。

本格的に挑戦するのはまだずっと先のことかもしれないが、とりあえず、今は行動の時。

言葉が通じないわけではないのだから。



 秋晴れの爽やかな日差しを浴びて、10万以上の人々が訪れる、とある星の競馬場。

そこのパドックで、周回する馬を見ながら、溜息を洩らす女性がいた。


「は~。

今日負けたら、暫くご飯が食べられない。

なんであの時、ちゃんと断れなかったのかな」


20代後半に見える、きちんとしたスーツ姿の女性は、己の過去を振り返り、そう言葉を洩らした。


 彼女は約1か月前、それまでこつこつと貯めてきた、400万のお金を全て失った。

早くに親を亡くし、親戚中をたらい回しにされた後、奨学金を借りて必死に勉強し、やっと教師の職を得た。

奨学金を返しながらの生活は、あまり豊かではなかったけれど、それでも必死に貯金して、やっと全額返済できる程のお金を貯めることができた。

だが、そこで魔が差した。

奨学金を全額返済するために、銀行の窓口でお金を下ろそうとした彼女に、担当した行員が小声で話しかけてきた。


「お客様、今なら超お得な投資信託が1口空いているのですが、いかがですか?」


「いえ、これはすぐに必要なお金ですから」


「この投資信託は、本来なら個人のお客様にはお売り致しません。

利率が年10%もあり、しかも元本保証なので、絶対に損をしません。

当行が、限られたお得意様にのみ、極秘に売り出すものです」


「年10%?

この超低金利の時代に、そんなものがあるんですか?」


頷く行員。


「この商品は、当行の利益を度外視した、お得意様へのサービスなのです。

それがたまたま、お一人だけ資金の都合がつかず、直前になってキャンセルされました。

今日が申し込みの最終日です。

1口400万円。

いかがですか?」


いつもの冷静な彼女なら、こんな話には騙されなかっただろう。

だが、借金の全額返済の目処がつき、心にゆとりが生まれた彼女の頭に、これまで我慢してきたいろいろなことが浮かび上がる。

学生時代、部活や異性との付き合いを満喫している同級生達を尻目に、少しでも上位の大学に合格するために、脇目もふらず、勉強してきたこと。

第1志望の大学に合格し、周りがサークルや旅行などの娯楽に勤しむ中、奨学金では足りない分の学費と生活費を稼ぐために、夜遅くまでバイトをしなければならなかったこと。

何倍もの競争率を勝ち抜いて、やっと高校教師の職を得てからも、ボーナスを貰う度、飲み会や欲しいものを手に入れていく同僚を羨ましく思いながら、全額を、返済のための預金に充てねばならなかったこと。

私だって、もっとおしゃれしたかった。

綺麗なお店で、美味しいものを食べてみたかった。

いろんな所を旅行して、美しい自然や歴史ある建物を肌で感じて、心を豊かにしてみたかった。

・・・こんなに頑張ってきたのだもの、少しくらい、いい目をみても、罰は当たらないよね?


「その投資信託は、どのくらい預けないといけないんですか?」


「1年経てば、いつでもご解約いただけます」


この言葉が決め手になり、彼女は400万を預けたのだった。

そして、1週間が経ったある朝、出勤前に朝のニュースを見ていた彼女の目に、信じられない画面が映る。


『〇〇銀行女子行員、詐欺の疑いで逮捕。

顧客から預かった金を交遊費に充てる。

被害総額は数千万か』


その後に映った女性の顔は、自分の知る、あの女性のものだった。


 その日は1日授業にならなかった。

昼休み、スマホで調べた弁護士の無料相談にも電話を掛けてみたけれど、加害者の手元にお金が残っていなければ、まず戻って来ない。

残っていた場合でも、裁判で取り返すには、初期費用だけでも50万くらいかかると言われて諦めざるを得なかった。

体調不良を理由にして、3日間の有給をとり、部屋に引き籠って泣いた。

あんな話に騙された、自分が情けなかった。

楽していい目をみようと考えた、自分が許せなかった。

思い切り泣いて、週末の人気ひとけの少ない電車に乗って、目的もなく、行ったり来たりを繰り返していた彼女の目に、どこかの乗客が置いていった、スポーツ新聞の1面が映った。


『〇〇〇〇、断然の1番人気。

単勝1、8倍。

鉄板か』


競馬か。

そういえば、大学生の頃、同じゼミの男子が3万儲けたって、大喜びしていたわね。

いいなあ。

自分の財布の中身を見る。

もう数千円しか入っていない。

本来なら完済していたはずの奨学金の、今月分の返済をしたからだ。

次の給料日まであと5日。

少しやけになっていた女性は、その新聞に手を伸ばすのだった。


 競馬場って、こんなにも人が集まるの?

駅で電車を降りた時から、競馬場まで、人の波が途切れることなく続いていた。

おかげで迷いはしなかったが、その人の多さに、少し息切れしそうになる。

馬券の買い方もろくに知らない女性は、とりあえず、馬を間近に見て、心を和ませようとした。

手にしたあの時のスポーツ新聞の印を参考に馬を見ても、どれがどう違うのか全然わからない。

諦めて、印の通りに買いに行こうとした時、男性から声をかけられた。


「そこの綺麗なお姉さん、よろしかったら、少し自分の話を聞いてみませんか?」


最初、自分に声をかけているのではないと思って、通り過ぎた私の後を付いて来たその男性が、もう1度声をかけてくる。


「そこのスーツ姿の凛々しい綺麗なお姉さん、よろしかったら、少し自分の話を聞いてみませんか?」


立ち止まり、振り向いたその先には、全身黒ずくめの服を着た、若い男が立っていた。


「あの、私のことですか?」


学生の頃は、よく男子からお誘いを受けたが、お金がない上、勉強が忙しくて、1度も誘いに乗ったことはない。

社会に出てからも、何人もの人が様々な言葉で誘ってきたが、今まで、こんな陳腐な表現で誘ってきた者は1人もいない。

よく見ると、緊張で、がちがちに固まっている。

少し可笑しくなって、ちょっとだけなら付き合ってあげようかな、なんて思えてしまった。


「いいわよ。

でも、忙しいから、ちょっとだけね」


かちこちに固まって、次の言葉が出せない男に、こちらから、声をかけてあげる。

私の言葉に力が抜けたように全身を弛緩させ、ほっとしたように見えた男が、かけていた黒いサングラスを取る。


「え?」


サングラスにごまかされていたが、まだ自分の教え子達のような、少年の顔つきだった。


「時間がないので、歩きながら話そう」


多少落ち着きを取り戻した少年が、そう告げてくる。

確かに、買おうとしていたレースまでもう20分くらいしかない。


「ええ。

言いたいことがあったけど、後にするわね。

それで、話って何?」


「君は次のレースを馬連の5-8で勝負しようとしていたな?」


言葉が出なかった。

その通りだからだ。


「でも、それはやめた方がいい。

3連単の4-12-7にするべきだ」


「3連単?」


「1着、2着、3着を着順通りに当てる馬券の種類だ」


「それってかなり難しいんじゃ」


「そうだ。

だが、その分配当がいい」


馬券売り場に着いて、電光掲示板でオッズを確かめる。

834倍って表示されていた。

新聞の印を見る。

彼が言った番号の馬には、どれもあまり印がついていなかった。


「きっと当たらないわよ」


「いや、絶対に当たる」


彼の口にした、”絶対に”という言葉に反応してしまう自分。

つい3週間前も、その言葉に騙されて、なけなしのお金を失ったばかりだ。


「私は買わないわ」


「・・そうか。

では、君に1つお願いがある。

・・お金を両替してくれないか?」


「両替?」


「そうだ。

これを1000円札にしてくれないか?」


そう言って、100円玉や10円玉を出してくる。


「・・いいけど、1枚だけよ?」


「それでいい」


私から1000円札を受け取った少年は、すぐに券売機まで馬券を買いに行く。

そして、2人でテレビモニターでレースを見た。

印の沢山付いた馬達は、いつでも勝てると思ったのか、みんな後ろから走ってきて、最後の直線で周りの馬に邪魔されて、思い切り走れなかった。

その結果、1番前をすいすいと走っていた馬達が、そのままゴールする。

その順番は、4、12、7。

嘘。

隣の少年の顔を見ると、当たって当たり前だという顔をしている。

834倍の馬券を1000円買えば、83万4000円。

信じられない、本当に来るなんて。

呆然としている私を尻目に、少年が換金を終えてくる。


「次のレースもやるが、君はどうする?」


「・・100円だけ買うわ」


悔しいけど、そう言うしかなかった。

そして、レースが始まる。

その結果は、やはり、彼が言った通りの順番で、1、2、3着が決まる。

予想オッズを見る。

382倍だった。

100円買ったから、3万8200円になる。

隣の彼は、10万円分の馬券を持っていた。

10万円?

3820万円!!

冗談でしょう?

なのに彼はこう言った。


「あまり買いすぎてもオッズが下がるからな。

ちょっと換金が面倒くさくなった」


ブチッ。

私の中で何かが切れた。


「ちょっと来なさい」


彼の腕を取り、強引に、人気ひとけのあまりない場所まで連れて来る。


「何事だ?」


「あなた、まだ高校生よね?

未成年は馬券を買えないの知ってるでしょう?」


「高校生?

違う。

もう大人だ」


「嘘仰い。

どう見てもまだ二十歳はたち前じゃない。

・・いえ、今はそんなことどうでもいいわ。

よくはないけど、他にもっと大事なことがある」


彼女が正面から和也を見る。


「何で、当たり馬券がわかるの?」


「理由などない。

ただ、わかるだけだ」


「自信満々だったじゃない。

まるで未来がわかるみたいに」


・・未来がわかる?

自分で言ってて、少し肌寒くなる。

そういえば、どうして彼は私に声をかけてきたのだろう?

しかも、まるで私に損をさせないで済むような言い方だった。


「なんで私に声をかけてきたの?

あなたのこの能力があれば、女なんて選り取り見取りでしょう?」


「・・真面目に、懸命に生きてきた君が受けた仕打ちを、少し憐れに思った。

・・それだけだ」


『!!!』


「怒らせてしまったのなら、申し訳ない。

自分は、まだあまり人とのコミュニケーションがうまくとれないようなのだ。

・・邪魔してすまなかった」


衝撃を受け、何も言えずにいた私が怒っていると勘違いした少年が、目の前から去ろうとする。


「待って!!

・・御免なさい。

あなたは何も悪くない。

悪くなんてない。

・・酷いこと言って本当に御免なさい」


泣きながら、そう謝る。


「だから、もう少しだけ、私に付き合ってください」


少年が立ち止まり、優しい眼で私を見る。


「お願いしたのは自分の方だ。

・・自分もまだ、君との時間を過ごしていたい」


あんなに泣いたのに、まだ涙が残っているなんて。

私が泣き止むまでの僅かな間、彼は、ただ黙って見守ってくれていた。


 「さて、では最後の勝負をしに行こう」


「ええ。

あなたの不思議な力のことは、もう何も聴かないけれど、私まで得をさせてもらってもいいのかな?

絶対当たるってわかってるものにお金を賭けるのは、少し気が咎めるわね」


「こういったギャンブルのシステムは、賭けられたお金の中から、予め運営者の儲けを抜いて、その残りを当てた者に分配している。

損する者は誰もいない。

まあ、強いて言えば、当てた者の受け取る額が下がるのが損と言えなくもないが、それは早めに買うことで予想オッズで確認できるから、許してもらおう」


「・・神様も、許してくださるかしら?」


「・・・ああ。

きっと許してくれるさ」



 今日のメインレース。

大勢の競馬ファンの目当てのレースだけあって、その盛り上がりが凄い。

さっさと馬券を買って、喫茶室のモニターからレースを見る。

彼の予想は7-2-16の3連単で、174倍。

それに、私はここで儲けた分の金額に少し足して、4万円を賭けた。

当たれば696万円。

失ったお金の倍近い。

果たして、結果はその通りに的中し、私は今までで最高の金額を手にした。

彼はというと、100万円の束を100個以上も受け取っていたから、怖くて聴けなかった。

お金を入れる大きな鞄を持っていなかった私達は、彼の助言で、各地の馬券売り場で分散してお金を受け取ることにして、競馬場からすぐタクシーに乗り、デパートのブランドショップで鞄を買って、その中にお金を詰め込んだ。

高級ブランドの鞄なんて、私には縁のないものだと思っていたけれど、彼がどうせ買うなら良いものを買って長く使う方がいいと背中を押してくれたので、思い切って買ってしまった。

受け取る金額の大きかった彼が、タクシーで何箇所も馬券売り場を回る頃には、日が暮れて、街に灯りが点り始める。


「まだ時間あるかしら?

・・今日のお礼に、夕食でもご馳走したいわ」


正直、まだ彼と別れたくなかった私は、遠慮がちに、そう尋ねてみる。


「時間はまだあるが、いいのか?」


「ええ、勿論」


嬉しくて、つい声が高くなってしまう。

頑張った自分へのご褒美に、年に何回か訪れる、お寿司屋さんに彼を連れて行く。

お金の心配がないので、いつもはあまり食べないネタまで思う存分食べられる。

隣に座る彼も、意外にも、あまりこういう場所には来たことがないのか、いろいろなネタを頼んでは、珍しそうに食べていた。

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

店を出て、言うべき言葉を捜していた私に、彼は言った。


「大金を持っているし、危ないから、家の近くまで送ろう」


「・・有難う。

是非お願いするわ」


もう1度タクシーに乗り、自分のアパートの近くで降りる。


「では、ここでお別れだ。

今日はいろいろと勉強になった。

貴重な時間を有難う」


「・・私こそ、こんなにいい目をみさせてもらえて、とても嬉しかったわ」


寂しいのを我慢して、やっとそう告げる。

本当は、このまま彼を家に招待して、朝まで一緒にいたかった。

この歳になるまで、誰とも付き合ったことなんてなかったけれど、この少年ならいい。

心から、そう思った。


「これは貴重な体験をさせてもらった礼だ」


少年が、両手に下げていた鞄と手提げ袋の内から、高級ブランドで買った袋を差し出してくる。

中を見ると、私が買おうとして、2つも買うのは贅沢だからと諦めた、小振りのハンドバックが入っている。

反射的に身体が動いてしまった。

いきなり彼の頭を両手で引き寄せ、その唇に自身のそれを強く押し当てる。

初めてのキスで、ろくな技術もなく、夢中で押し当てるだけの、少女のようなキス。

数十秒、そうしてから、少し驚いている彼に言う。


「私の初めてのキス。

ファーストキス。

こんな歳のおばさんからされても、嬉しくないかもしれないけれど、よかったら、貰って」


恥ずかしかったけど、彼の眼をしっかり見て、それだけを伝える。


「自分をそんなに卑下してはいけない。

君はまだ若く、そして、美しい」


「・・ならもう1度、してもいい?

今度は大人のキス」


「君からなら、断る理由はない」


今度はゆっくりと、深く唇を重ねて、別れまでの僅かな時間を、思い残すことなく楽しんだ。


 背を向け、静かに去っていく彼の背中を見つめながら、貰ったハンドバックに違和感を感じ、そっと中を確かめてみる。

そこには、100万円の束が4つ、収められていた。

思わず、彼の背中に声をかけようとして、その姿が見えないことに気付く。

目を放したのはほんの一瞬のことでしかない。

目の前の道は長い直線の一本道で、視界を遮るものは何もない。

まるで消えてしまったかのように、その姿を見失う。

私は彼の前で、1度も、お金を騙し取られたなんて口にしなかった。

ましてや、その金額なんて、決して言っていない。

それなのに、全てを知っているかのように、400万のお金が入っている。

溢れ出る涙を止めようともせずに、彼の去って行った道を暫く見つめながら、私はこの日、神様を信じることにした。



 「おっと、忘れるところだった」


競馬で稼いだ2億の金で、大量の石鹸と数百枚のタオル、醤油、味噌、昆布、わさび、コショウなどの調味料、海苔10キロ、米1トン、黒い柄の振袖一式を買い、異次元の収納スペースに放り込んだ和也は、次に訪れたある島の養鶏場で、20羽の阿波尾鶏を購入した。

文明のそれ程発達していない世界の島に、プラスチックなど処理に困るゴミを持ち込むわけにもいかず、醤油や味噌は木の樽ごと、米は紙の袋のものを、わさびやコショウなどは現物のまま購入し、細かなものは、それぞれを自身で創った環境にやさしい特殊容器にまとめた。

正規で購入しようにも、夜間で誰もいないので支払いができず、仕方がないので、申し訳ないが、相場の2倍の料金を置いてメモを残し、黙って持ち去ることにした。

その後、元の場所に帰ろうとして、大事なことを思い出す。

まだお金を返していなかった。

和也が最初に馬券を購入するために使った小銭。

それは、和也がこの国の全域を神の瞳で見通し、道端に落ちているお金を拾い集めたものだ。

全部で3000円。

1円玉や5円玉は集めなかったし、短時間で集めたので、このくらいにしかならなかった。

その分を、どうやって返そうか考えた和也は、育英会に寄付を送ることにした。

先程まで一緒だった彼女も、それに助けられて大学卒業まで学べたことは、彼女に声をかける前に密かに行なったジャッジメントで分かっている。

育英会の本部に匿名の封筒を送り、勉学に励む者達の糧になればと祈りながら、その中に30万を入れておいた。


「これでよし」


密度の濃い半日を憧れの星で過ごし、元の世界に帰って行く和也であった。


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