エリカ編その33
「お待たせ致しました。
わたくしの方の引継ぎ作業は全て終わりました。
これで、いつでもあなたと旅に出られますわ」
夕食前に和也が王宮に戻ると、部屋で待っていたエリカがそう言って微笑んだ。
「そうか。
・・今から2人で行きたい場所があるのだが、夕食まで、30分くらい時間が取れそうか?」
「フフッ、デートのお誘いですか?
勿論、喜んでお供致しますわ」
「それと、女王に伝言を頼む。
夕食にマリー将軍を同席させてくれ。
王家の人間を交えて話がある」
「分かりました。
少しお待ちください」
そう言って、エリカは自分担当の侍女に和也からの伝言を伝えに部屋を出ていく。
「ついでに、夕食の時間を少し遅らせて欲しいとお母様に言伝を頼んでおきました」
程無く戻ってきたエリカは、そう言って和也と腕を絡める。
「それで、どちらに連れて行ってくださるのですか?」
「魔の森だ」
「え?」
エリカの驚きの声と同時に、2人の姿は部屋から掻き消えた。
夜の帳がおりつつある魔の森の一角、今は廃墟と化した建物の側に和也は転移する。
「姿を見せるが良い」
和也がそう言うと、付近の空間がぼやけ、何もない空間からエレナが姿を現した。
あの後、事後処理が落ち着くまで、エレナを眠らせたまま、異空間に留めておいたのだ。
和也によって眠りを解かれたエレナが瞼を開ける。
「エリカ様・・・」
エリカを一目見るなり、それしか言えず、エレナは俯いた。
パァン。
エリカの平手打ちの音が、夜の森に響く。
「言いたいことは沢山ありますが、既に和也様のお裁きを受けたようですし、これで勘弁して差し上げます。
・・別に、わたくし達のことが憎いわけではないのですよね?」
「・・はい。
私はただ、エリカ様のお側に居たくて。
和也様が現れて、エリカ様をどこかに連れて行ってしまうのではと・・そう考えたら、もうどうしようもなくて。
・・申し訳ありません」
エレナが涙を流す。
「・・もういいわ。
それに、わたくしも、あなたがそこまでわたくしのことを考えていてくれるとは、思っていなかったのですもの。
・・御免なさい。
あなたがわたくしの担当を外されたのは、わたくしの力不足。
あの時、思っていたことの半分でもあなたに伝えていれば、あんなことにはならなかったのだから」
そう言って、エリカはエレナを抱き締める。
「御役目を果たした後は、ずっと一緒にいられるわ。
だから、頑張って」
「はい」
暫し、お互いの気持ちを落ち着ける時間が必要だった。
「落ち着いたか?」
頃合いを見計らって、和也はエレナに声を掛ける。
「はい、和也様。
これで心置きなく御役目に励めます」
「では、始めるぞ」
和也の瞳が蒼く輝き、エレナの身体を作り変えていく。
蒼い光が、エレナの胸の中心に生まれ、潮が満ちるかのように、ゆっくりと広がっていく。
やがて、右の薬指に、眷族の証であるリングが形成され、光は治まった。
エレナの瞼がゆっくりと開かれる。
その濁りのない瞳が和也を捉えると、徐に跪き、和也に忠誠の言葉を捧げた。
「和也様、いえ、ご主人様。
これからは永遠の忠誠を誓い、エリカ様同様、精一杯お仕え致します」
「おまえにやってもらう仕事は主に3つ。
この世界の管理人として、人々の声なき声を聞き、必要あらば、我に届けること。
魔の森の管理者として、この森の保全に努めること。
セレーニア王家と我との仲介者として、その要望を聞き、逆に、我の言葉を届けること。
この3つだ。
1000年の間、確と頼む。
見事役目を果たした暁には、約束通り、我が居城のメイド長兼エリカ専属の世話係に任ずる。
休暇は以前伝えた通り。
その際は、エリカと2人で存分に楽しむとよい」
「かしこまりました。
ご配慮、有難うございます」
「住む場所は、ここにするがいい。
結界を張って、他者の目に触れず、おまえ以外は入れないようにしておく」
そう言うと、和也は廃墟に再生の魔法をかける。
一瞬で、廃墟が新築同様の美しさを取り戻した。
「今のおまえに与えた力は、思念の海、万能言語能力、不老不死、この世界限定での瞬間移動、それと魔力の泉だ。
肉体と精神は、我の眷族となった故、最低でも、人の数万倍の強度がある。
また、おまえが元から持っている、魔獣を操る能力。
それも、眷族化によって数百倍にはなっているはずだ」
「・・・そんなにですか?」
「もうあの秘薬は作成不可能だし、この森を管理する上でも都合がよかろう。
1000年は短くはない。
他者とは住めぬが、ペットくらいなら飼ってもかまわん」
「わたくし、あなたのそういう優しいところ、大好きですわ」
それまで沈黙を守っていたエリカが、嬉しそうに口をはさむ。
「・・・さて、そろそろ夕食の時間だな。
エレナ、おまえも来るがいい。
今後は王家とのパイプも頼む以上、女王とも話をする必要がある」
エリカの言葉に照れて、少し横を向きながら、そう告げる和也であった。
瞬間移動で部屋に戻った和也は、再びエリカに女王への伝言を頼み、人払いをしてもらう。
先の騒動の張本人でもあるエレナの姿を、他の者に見せるわけにはいかなかったからだ。
和也達が出向くと、夕食のテーブルには、マリー将軍を含め、既に皆が揃っていた。
席に着くなり、和也が話し始める。
「エリカの準備が整ったので、近い内にこの国を出ようと思う。
だがその前に、自分の関係者にのみ、今後のことについて話をし、確認を取っておく。
・・まず、エレナ。
女王に謝罪を」
「はい」
エレナが椅子から立ち上がり、ベルニアに深く頭を下げる。
「この度は私の身勝手な思い込みから、この国の皆様に多大なご迷惑をお掛けしたこと、心からお詫び致します。
申し訳ありませんでした」
「よい。
既に御剣殿より罰も受けたようであるし、幸い1人の犠牲者も出さずに済んだ。
わらわのダークエルフに対する扱いにも反省すべき点は多い。
今後は御剣殿の眷族として、この世界を見守ってくれるとのこと。
こちらからもよろしく頼む」
「はい。
有難うございます」
「では、次にマリー」
「はい」
続いて、マリー将軍が立ち上がる。
「改めて皆に伝えておく。
マリーは、エリカ同様、自分の妻となった。
だが、未だ政情が安定していない近隣諸国に対する守りの要として、暫くこの国に残り、目を光らせてくれる。
今の彼女は、既に自分の眷族として、人の域を遥かに超えている。
例えエルクレール帝国が再び攻めてくるようなことが起きたとしても、彼女1人でおつりがくる」
和也の「妻」という単語に、エリカを除き、3人が3様の驚きを見せたが、その後の、エルクレールに1人で立ち向かえるという話を聞いて、押し黙った。
「和也様の妻として、恥じない働きをして参ります。
皆様、よろしくお願い致します」
「ちと驚いたが、マリーなら納得じゃ。
エリカと共に御剣殿を頼むの」
マリー将軍の言葉に、そう応える女王。
「わたくしなどエリカ様の足下にも及びませんが、精一杯尽くして参ります」
女王に認められ、嬉しそうにそう答えるマリー。
エレナはちらりとエリカを見たが、エリカ自身が嬉しそうに微笑んでいたので何も言わなかった。
2人の紹介が済むと、和也は皆に今後のことについて話を始める。
リセリーの説明と10年後の教団の設立、職人組合への楽器の製作依頼の件。
アンリと自分の関わり。
ミューズの紹介と教団の大聖堂建設に関すること。
エレナの役割について。
マリー将軍の待遇など。
それらを一通り話した後、女王の質問にいくつか答え、皆で食事をとる。
その際、エレナが退出しようとしたが、和也が止めるより早く、女王が言った。
「大丈夫じゃ。
王家直属のメイドに、気にする者も秘密を洩らす者もいない。
それに、そなたはもう、御剣殿の眷族。
いわば来賓じゃ。
共に晩餐を楽しんで欲しい」
恐縮するエレナの手を、隣に座るエリカが優しく握る。
「あなたはもう、わたくし達の仲間なのだから」
言葉に詰まり、ただ、頭を下げるエレナを、穏やかな空気だけが包み込んでいた。
「エリカ、おまえ個人の部屋は、今、他の者が入っても大丈夫か?」
夕食を終え、それぞれが食後の飲み物を楽しんでいた時、和也がそう尋ねる。
「?
私物の整理などは済んでおりますので、差し支えありませんが」
「では、最後にもう1つだけやっておくことがある。
すまないが、エリカの部屋まで皆で来てくれ」
エリカを先頭に、6人で彼女の部屋に入る。
さすがに王女の部屋だけあって、かなり広い。
和也はその部屋を見渡し、大きくスペースの空いた壁に目を留める。
「皆で写真を撮らないか?」
「?
写真、ですか?
それは一体どのようなものなのでしょう?」
和也を除く全員の疑問をエリカが代表して尋ねる。
「皆そこに一列に並んでくれ」
エリカの問いに直接答えず、指示を出す和也。
言われた者達は、半信半疑で並び始める。
中央に女王夫妻、その左、女王の隣にエリカ、その隣にエレナ。
宰相の隣にはマリーが並ぶ。
「では、撮るぞ。
そのまま、動かないでくれ」
和也が右手の指をパチンと鳴らす。
その瞬間、先程和也が見ていた壁に、大きな額縁に納まった、等身大の写真が現れる。
「まあ!
まるでわたくし達がもう1人いるみたいですね」
「魔法であろうか。
絵画とは比べ物にならん精密さじゃ」
「あら、あなたがいませんよ?」
エリカが和也を見やる。
「これはおまえがいなくなった後でも、女王達が寂しくないようにと残したものだ。
自分は必要あるまい」
「あなたはもうわたくしの家族です。
一緒に写らないと駄目です」
「自分の姿はあまり写真に残したくないのだが」
「旦那様、わたくしからもお願い致します。
しばらく離れてしまうので、ぜひ記念に」
控え目ではあるが、マリーも懇願してくる。
「・・・では、おまえたちにも恥ずかしさを共有してもらおう。
まずはエリカ、そこに立て」
エリカを1人、壁際に立たせると、自分も並ぶ。
それと同時に、2人の足下から黄金色の光が生じ、その衣装を純白のウエディングドレスとタキシードに変えていく。
「おお!!」
女王が感嘆の言葉を洩らす。
宰相は感涙で言葉も出ないようだ。
「では、撮るぞ」
パチン。
先程と同様に和也が指を鳴らす。
2人の写真がエリカのすぐ前の空中に生じた。
「飾るのはさすがに恥ずかしい。
自分で持っていてくれ」
エリカの隣を離れ、女王夫妻をその場所に案内する。
家族3人の写真も写してやった。
「次、マリー。
そこに立ってくれ」
「はい」
和也のタキシード姿に見惚れていたマリーが寄って来る。
今度は2人とも、薄い青系の衣装。
マリーのプラチナブロンドの髪と碧い瞳の色が、そのウエディングドレスを引き立てている。
彼女はその写真を大事そうに受け取り、暫く眺めた後、左手のリングに収納した。
「エレナ、エリカの隣に並べ」
「・・よろしいのですか?」
「もちろんよ。
いらっしゃい」
遠慮しながらやってきたエレナと手をつなぎ、写真に写るエリカ。
「会えない間は、この写真を見て我慢してくれ」
和也に渡された、エリカと2人だけの写真。
今までどんなに望んでも手に入らなかった光景が、そこに写っている。
「・・有難うございます」
涙を耐える身では、それしか言えなかった。
やるべきことを全て終え、皆が帰っていった後、和也は1人で女王の私室を訪ねた。
部屋を出る時、エリカが付いて来ようとしたが、女王と2人で大事な話があると言うと、遠慮してくれた。
「少しおまえ達に話がある。
今、大丈夫か?」
都合のいいことに、宰相もそこに居てくれた。
「もちろんじゃ」
そう言って、部屋に通してくれる。
豪華なソファーに案内されるや否や、和也は用件を切り出した。
「まず、おまえ達に礼を言う。
今回の件では、大分面倒な仕事を押し付けてしまった。
急いでいたとはいえ、国を治めるおまえ達の仕事をさらに増やす結果となってしまった。
すまない」
「任された仕事は、どれもこの国、ひいてはこの世界のためになることばかり。
礼を言うのはこちらの方じゃ」
「おまえ達には、もう1つ借りがある。
エリカのことだ。
・・自分さえ現れなければ、おまえ達はずっとエリカと暮らせたかもしれない。
国の跡継ぎでもあるエリカを連れて行くことで、世継ぎの心配もかけてしまった。
・・エリカも、本当はもっとおまえ達といたいのだと思う。
食事を共にする時間を、あんなに楽しんでいるのだから。
・・どうやって償おうと考えていたが、1つしか思いつかない。
おまえ達が望むなら、2人の内のどちらかに寿命が訪れた際、2人の前に扉を開こう。
おまえ達にしか見えない、我が眷族へと至る扉だ。
その扉をくぐれば、人生で最も美しい時の状態で我が星に招待される。
そこで、エリカに会いながら永遠に過ごすもよし、様々な星を旅して2人の時間を楽しむもよし。
好きなように暮らすがいい」
「わらわ達を御剣殿の眷族に?
・・・そなたはどう思う?」
女王が傍らの宰相に尋ねる。
「正直、実感が涌きませぬな」
「わらわもじゃ。
じゃが、またエリカと暮らせるというのは心引かれるものがあるの」
「・・まだ数百年先のことでもあるし、ゆっくり考えるがいい。
それと、この部屋に像を1体置いてもいいか?」
「何故じゃ?」
「旅先などで、いいものがあればエリカに送らせようと思う。
像はその仲介だ」
「それは有難いの。
ぜひ、お願いしたい」
「わかった」
部屋を見回し、窓際の、日差しが漏れ、月光が差し込む場所に目をつける。
和也がパチンと指を鳴らすと、その場所に1体のブロンズ像が浮かび上がる。
「おお!
・・あの写真とやらといい、御剣殿の表現されるエリカの表情はすばらしい。
本当に、エリカを好いてくれておるのじゃな」
「・・気に入ってくれたようだな。
では、失礼する」
照れ隠しに視線を逸らせたまま、足早に自分の部屋に戻る和也であった。
その表情は穏やかに微笑み、胸の高さに掲げた両手には、楕円の皿のようなものを持っている像。
人の手では到底不可能な程、細部まで精巧に表現されたその像には、ある仕掛けが施されていた。
それは、贈り物を転送する際の魔力に乗せて、その時のエリカの姿と声が届くというもの。
ほんのひと時のことではあるが、その仕掛けは、後に女王夫妻を大いに喜ばせたという。
「お母様、お父様、お元気ですか?
今は〇〇に来ております。
こちらでは、桜の花がちょうど見頃ですのよ。
その花のお香があったので、お送りしますね」




