記念すべき最初の星にて、その3
その男は城壁の前で戸惑っていた。
中に入ろうにも入り口がないのである。
街の周囲は高く広大な城壁で覆われているが、そこに出入りするための門はなく、当然、門番も居ない。
門番に会ったら、身分証を持っていない事など、色々と言い訳を考えていた男は肩透かしを食らうと同時に、これからどうしようか考えていた。
よく見れば、城壁に一箇所だけ人が1人通れるくらいの扉があるが、明らかに外からは見えないよう偽装されているし、その上、魔法で厳重に封印されているので、流石にそこから入る事は躊躇われた。
因みに、男の眼には、どんな魔法でも仕掛けでも、自分が意図的に見ないようにしない限り、見える。
段々面倒になってきて、いっそ飛び越えようかと本気で考え始めた頃、城壁に建つ見張り小屋のような場所から声がかかった。
「そこで何をしているのです?」
男にとって、記念すべき他者との初めての会話は、相手の鋭い問いかけから始まった。
その日、いつものように形だけの見回りをしていた衛兵の男は、魔の森からこちらに歩いてくる1人の男に気が付いた。
全身黒ずくめではあるが、如何にものんびりと歩いてくるその姿からは、緊張感が感じられない。
見た所まだ20歳にも満たない年若い人間族のようだが、とても魔の森を1人で抜けてこられる実力があるようには見えない。
魔の森は高レベルの魔獣の棲み処であり、自分たち精霊魔法に秀でたエルフでさえ、上位者でパーティーを組まねば入り口付近すら危ないのだ。
それに、魔の森から人間族がやって来るのも初めての事だ。
少し考えて、自分には判断出来ないと思った男は上司に判断を仰ぐべく、詰め所へと急いだ。
男が詰め所に駆け込むと、そこには上司と話をしているこの国の王女の姿があった。
名をエリカ・フォン・セレーニアといい、王位継承権第1位の次期女王である。
慌てて跪こうとした男を制して、エリカは男が駆け込んできた理由を尋ねた。
変化に乏しいこの国で、衛兵が駆け込んで来る事など滅多になく、礼儀よりその理由を優先させたのだ。
元々この国は、子供の出来難いエルフの国というだけあって、人口も3万人程度しかなく、国といっても大きな街くらいの規模しかないため、王家と他の住民との距離が近く、また、同族意識が強いせいも相俟って、比較的アットホームな雰囲気の国なのだ。
「どうかしたのですか?」
「はい。
魔の森から人間族と思われる男が1人、こちらに向かって来ております」
「魔の森からですか?
人間族がたった1人で?」
エリカにしては珍しく、思わず聞き返してしまった。
そのくらい非常識な事だったのだ。
人間族はエルフ族より魔素を貯めておける器がかなり小さく、その結果、自分達に比べれば大した魔法は使えない。
そのエルフ族でさえ、上位者でパーティーを組まねば魔の森を探索出来ないのに、人間族の、しかも男が1人でとなれば驚いて当然である。
「はい。
全身黒ずくめの、まだ年若い男と思われます。
自分で判断出来る事ではないと考え、報告に参りました」
衛兵の男は、若干緊張しながらも、要点だけを述べていく。
エリカ王女といえば、その美貌と知性、一般の市民とも気さくに話されるその性格から、この国で最も人気のある人物であり、エルフでいえばまだ17歳くらいではあるが、将来を期待された次期女王なのだ。
ほとんどのエルフ男性の憧れの的でもある。
当然、男も例外ではない。
そんな王女から、例え職務に関する事であっても、声をかけられ嬉しくないはずがない。
後で他の同僚に自慢しようと密かに考えていた。
その一方で、エリカは報告を聞きながら、その人間族の男に興味が湧いてきた。
元々好奇心は旺盛な方であるが、変化に乏しいこの国に、何らかの風を起こしてくれる、何故かそんな気がしたのである。
そう思うと、自分の目で確かめたい気持ちを抑えられず、引き止めようとする周囲の衛兵達を振り切って、その男の居る場所へと急ぐのであった。