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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き


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エリカ編その25

 和也の発した、たった一言の厳かな呟きが、天地さえをもひれ伏させ、蒼き風が、数万の軍勢とその上空で停止している魔導船に向かって吹き抜けてゆく。

一見何の変哲もない、何も危害を加えないただの風のように思えるそれは、通り過ぎた者の、これまでの行いを全て和也へと知らせる、まさに裁きの風であった。

風が兵達の間を吹き抜けるにつれ、和也の両目に変化が現れる。

普段、漆黒の色をしたその瞳は、右目が蒼く、左目は紅く輝いている。

裁きの風がもたらした、数万の兵の膨大な情報を瞬時に判別し、それぞれの兵にマーキングを施していく。

善なる者は右目に、悪しき者は左目に、それ以外の者は、個別の行いを振り分けた後、天秤の傾きに委ねた。

そしてその過程で、和也の興味を惹いた者達には、その者達の想いを辿り、想いの対象の現状へと目を向けていく。



 ある男の想いの先には粗末なあばら家があった。

その庭先で、薄汚れた衣服に身を包んだ1人の少年が、一心不乱に剣を振るっていた。

剣を振るうその掌からは、肉刺が潰れて血がにじみ、よく見れば、その剣も所々刃こぼれしている。

けれど、その少年の瞳には、少しでも強くなろうとする強い意志の輝きがあり、現状を決して諦めてはいなかった。

何が少年にそこまでの意志の強さをもたらしたのか?

興味が湧いた和也は、ここ暫くの少年の生活を覗いて見た。


 少年の朝は早い。

まだ日が昇る前に起き出して、剣の修行をした後、とある宿屋に出向き、その厨房で朝食作りの手伝いをし、それが終われば汚れた皿を洗う。

その後、冒険者ギルドに足を運び、依頼を受けたパーティーの荷物持ちを引き受ける。

日帰りの依頼しか受けることができず、しかも、戦力にならない少年の取り分は極僅かだ。

宿での賃金を含めても、1日銅貨40枚足らず。

本当は、もう少し貰えるはずだが、どうやら足下を見られているらしい。

夕暮れ時、手にした銅貨で一番安いパンを買って、家へと帰って行く。

立て付けの悪い扉を開けて、最低限の物しかない家の中に入れば、そこには少年より4つくらい年下の妹がいた。


「お帰りなさい、お兄ちゃん」


「ただいま。

今日もいい子にしてたか?」


「またそれ?

もう子供じゃないといつも言ってるのに」


「俺から見れば、お前などまだまだ子供だ。

パンを買ってきた。

一緒に食べよう」


そう言ってズタ袋から取り出したパンは見るからに固そうで、どうするのかと見ていたら、同じ袋から、宿屋の手伝いの際に貰ったくず野菜を取り出し、それを煮込んで、その中に入れて食べていた。


「勉強は進んでるか?」


「うん、買ってもらった本はもうだいたい覚えた」


「そうか。

じゃあ父さんからの仕送りがきたら、新しい本を買って来よう」


「でもお兄ちゃん、本ってすごく高いんじゃない?

無理しないで」


「大丈夫だ。

余計な心配をするな。

お前は頑張って勉強すればそれでいい。

この国は試験にさえ合格すれば、俺達平民でさえ役人になれるいい国だ。

俺と違ってお前は頭がいい。

お前には試験に合格して、もっといい暮らしをして欲しいんだ」


「お兄ちゃんと一緒なら、今のままでも十分幸せだよ」


そう言って笑う妹を見る少年の顔が、まるで何かを堪えるように少し歪んだ。

この少年は知っていた。

妹には友達の1人もいないことを。

同世代の女の子達が、楽しそうに初等学校に通うのを、切なそうに眺めていたことを。

女の子だから、もう少し綺麗な服を着たいだろうに、たった2つの薄汚れた服を大事に着ていることを。

せめて母さんさえ生きていたなら、少しはまともな暮らしができたであろうが、妹を産んだ時の産後の肥立ちが悪く、妹が5歳の時に、あっけなく死んでしまった。

治癒術士に診てもらうためのお金もなく、日に日に弱っていく母さんを、黙って見ていることしかできなかった自分達。

母さんが死んだ後、それまで頑なに戦争への参加を拒んでいた父さんは、志願兵に応募した。

兵士になれば、毎月人並みの給金が国から支給される。

この国の未来のために意義ある研究をしたいと常々口にしていた父さんは、志だけでは生きていけぬと戦争へと赴いて行った。

出かける間際に、妹のことを頼むとすまなそうに言う父さんに、任せておけとしっかりと約束した自分。

あれから5年、赴任先の砦から、毎月必死に仕送りをしてくれる父さんのためにも、妹は自分が守るのだ。

 その父さんからの仕送りは、ほとんどが妹の本代に消える。

任官試験用の本はどれもみな高価で、それでも月に1冊買うのがやっとだ。

高等学校に通えれば、図書館で無料で閲覧できるものばかりだが、妹が入学できる歳になったとしても、通わせるだけのお金がなかった。

仕送りの余ったお金は、妹の任官試験の受験費用と、その将来のために貯めている。

再来月の妹の誕生日には、せめて新しい服を買ってやりたい。

それには自分がもっと強くなって、1人でも迷宮に潜れるようにならないと。


 そこまで少年の近況を覗いていた和也は、少年が剣を落とす音で再び今の少年に目をやった。

荒い呼吸で、大地に倒れているその姿は、かなり苦しそうだ。

無理もない。

日の出前から起き出して、剣の修行後、すぐに宿屋で働き、迷宮で荷物持ちをして、粗末な食事を妹と摂った後、夜遅くまで、さらに剣の修行をしているのだから。

どうやら自己流らしく、無駄な力が入っているようで、その分余計に疲れるのだろう。

所々刃こぼれした、安物の剣を杖代わりに、何とか立ち上がろうとしているその姿が、不思議と和也の心を打った。

少年の身体を、優しい光が包んでいく。

それと同時に、少年の身体から疲労が消え失せ、掌ににじんだ血は止まり、刃こぼれした剣は新品のごとき美しい輝きを取り戻した。

後になってわかることであるが、この剣は普通の鉄剣でありながら、以後、決して折れたり刃こぼれしたりせず、その後の少年の迷宮探索に大いに役立つことになる。

さらに、少年の頭の中に、いくつもの剣の型が入り込んでくる。

何が起きたのかわからず、混乱している少年の頭を、風が優しく撫でていく。


「将来を楽しみにしているぞ」


風に乗ってそう囁き声が聞こえた少年の傍らには、異国の金貨が2枚と、焼きたての美味しそうなパンが数個、見知らぬパン屋の袋の上に置かれていた。



 次に想いを辿った先は、とある貴族の館であった。

貴族といっても下級貴族らしく、帝都の中心付近にある大貴族が住む場所からはずっと離れた、平民区との境目に程近い場所に、その館はあった。

その館の1室で、当主の奥方と思しき、うら若き女性が1人、ベットに身を横たえていた。

どうやら何かの病気を患っているらしく、時折激しく咳き込んでいる。

ベットの脇に備え付けられた小さなテーブルには、薬と水差しが置かれている。

かの者の想いの理由を確かめるべく、和也は、この女性とその者の過去へと目を向けた。


 2人は俗に言う幼馴染らしく、子供の頃はよく一緒に遊んでいたようだ。

女性の方は平民の出であったが、男の方も貴族とはいえ下級であったため、特に問題はなかった。

男が高等学校に通い始めると、女性は昼間に仕事を始め、自分も翌年同じ学校に通うべくお金を貯め始める。

なかなかの器量良しで働き者の女性はすぐに職場で人気者になり、お金は順調に貯まっていった。

だが、1年が経とうとした頃、男の家が家業で大きな損を出す。

隣国との貿易を家業にしていたのだが、大貴族から請け負った品を盗賊団に奪われ、すでに料金を受け取っていたため、巨額の賠償金が発生した。

先祖伝来の品まで売り払い、どうにか払い終えたものの、男の家には最早、男を学校に通わせるお金すら残っていなかった。

貴族といえど、下級であれば、高等学校を卒業しなければろくな職業にありつけない。

領地も持たず、任官試験にも受からなければ、待っているのは平民と同じ仕事だけだ。

さらに不運は続く。

男の両親が、失意のあまり、相次いで亡くなる。

数少ない親類も、男の家とは付き合いを避けるようになり、男は館で1人になった。

女性の両親は、娘に男との付き合いを止めるように説得したが、女性は聞き入れず、ついには、男の家の借金が、自分達に降りかかることを恐れた両親に、家を勘当されてしまう。

そして、その足で男の館まで来た女性は、男に、自分が働くから、男には学校に通い続けて欲しいと告げるのであった。


 それから2年の月日が流れ、人が変わったように学業に打ち込んだ男は、女性の援助を受けて、学校を優秀な成績で卒業し、任官試験にも上位合格して、今度は自分が女性を幸せにする番だと、女性と籍を入れ、結婚する。

だが、やっと幸せをつかんだと思えた矢先、今までの心労がたたり、女性が病に倒れる。

男の学費や生活費を稼ぐため、それまで以上に無理をした女性の身体は、限界をとうに超えていたのだ。

名のある治癒術士に診てもらおうとしたが、とても今の自分達に払える額ではなかった。

絶望が男の脳裏をよぎったその時、1人の男が近づいてきた。

その男は、任官試験での成績が自分のすぐ下だった男で、自分がいなければ花形の部署に仕官できた男であった。

その男は、笑いを耐えるのが精一杯だとでも言いたげな顔で、こう言った。

『自分に仕官先を譲ってくれれば、治癒術士の費用を持とう』と。

その話を聞いた男に、迷いはなかった。

すぐさま仕官先を断り、唖然とする係りの者を尻目に、代償として受け取ったお金で女性を治癒術士に診せた。

しかし、ここでも不運に見舞われる。

その治癒術士はちょうど大きな治療を施したばかりで、高位の魔法を使うには魔力が足りなかった。

だが、名声を得て、世俗にまみれたその治癒術士は、それを事前に告げることなく魔法を行使し、その結果、当然のごとく失敗した。

男がもし上流貴族であったなら、この治癒術士もそんなことはしなかったであろう。

下級、それも貧乏貴族であったが故に、ぞんざいな扱いを受けたようだった。

愕然として、うなだれたまま言葉もない男を前に、さすがに悪いと感じたのか、その治癒術士は、次に施術をするようなことがあればきっと成功するだろう、その時は料金も半額でよいと告げて、逃げるように去って行った。

当然、全てをなげうった今の男にそのようなお金があるはずもなく、傍らで、落胆を感じさせまいと気丈に微笑む女性の顔を見ることすらできず、男は最後の賭けにでる。

花形の部署を断った時点で、役人になる夢は潰えた。

今の自分に残された、たった1つの道は、軍人になることだ。

幸い、帝国は領土の急拡大により、志願兵を常時受け付けている。

下級とはいえ、貴族の自分なら、戦で功績を挙げれば出世や報奨金も夢ではない。

自分の命の灯火が、もう長くはもたないことを何となく悟っていた女性の、側にいて欲しいという願いを受け入れず、館を担保に女性の世話をその両親に頼むと、男は戦地へと旅立った。


 女性が突然、激しい咳を繰り返し、血を吐いたことで、和也は現在の女性へとその意識を向け直した。

その女性は瞳に涙を浮かべ、愛する男の名を口ずさみ、今にも息を引き取ろうとしていた。

女性の瞳から、涙の雫が零れ落ちようとしたその刹那、弾丸のごとき蒼き光が女性の身体を駆け抜ける。

光が過ぎ去った後には、長い患いで艶のなくなった髪が以前の輝きを取り戻し、仕事で無理を重ね、張りや潤いが失われ、痩せこけた女性の身体がその本来の美しさを回復し、何より、これ以上ないくらいに元気を取り戻した女性がいた。

そしてその頭の中に、治癒術の高位術式が、強大な魔力と共に流れ込んで来る。


「男は無事に帰って来る。

君はもっと幸せになっていい。

この力が、これからの君の人生を、実り多きものにしてくれることを祈る」


そう、女性の耳元で囁く声を聞いた気がした。

あまりのことに思考が停止した女性の、ベットの側の小さなテーブルには、いつの間にか、セレーニア金貨が2枚と、見たこともないパン屋のロゴが入った袋の上に、美味しそうな香りを漂わせたパンが数個、置かれていた。



 さらに数名程、その想いを辿った後に、キーネルの審判が巡ってきた。

風がもたらした彼のこれまでの行いは、生まれや権力を笠に着た、決して善とは言えないものだが、かといって、人として踏み越えてはいけないラインは越えてはおらず、本来なら、個々の行いを振り分けて、天秤の傾きに委ねるはずであった。

だが、キーネルには、これまでとは逆の、彼へと伸びる強い想いがあった。

意外に思った和也は、その想いを辿っていく。

その先に見えたのは、エルクレール帝国の王宮にいる、1人の女性であった。


 王宮の、いわゆる後宮と呼ばれる場所の一画に、他と比べてかなり見劣りのする部屋があり、その部屋の主は、飾り窓から差し込む光に照らされながら、物思いに耽っていた。

一見したところ、後宮にいるだけあってそれなりに美しい女性ではあるが、取り立てて他に特徴があるわけではないこの女性に、何がそこまでキーネルを想わせるのか、和也は気になった。

彼女の過去を注意深く遡ってゆく。


 この女性はどうやら平民の出身らしく、ろくな後ろ盾もないことが、この部屋に住む理由のようだ。

後宮に入ることになったのも、同じ学校の上級生であったキーネルが、気まぐれに彼女に手を出したのが主な理由のようである。

代々女児に恵まれず、近隣諸国では珍しい男系王族のエルクレール帝国では、僅かな可能性さえも取り零さぬよう、王族の手がついた女性は皆、後宮へと迎えていた。

もちろん、年々増える女性達をいつまでも囲っているわけではなく、3年経っても懐妊の兆候を示さなければ、僅かな手切れ金で追放されることも多かった。

大貴族の出身や、その後ろ盾があれば、政治的理由もあり、追放されることはないが、この女性のように平民出身で何の後ろ盾もなければ、ほぼ間違いなく追放された。

そして、この女性が追放される期限まで、あと半年もなかった。

女性の身体に問題があるわけではない。

キーネルがこの女性を後宮に迎え入れてから約2年半、その間に彼女のもとを訪れたのは僅かに5回だけ。

しかも、抱いたのは1度だけだ。

これでは余程運に恵まれない限り、子を授かることはできないだろう。

そんな扱いを受けながら、この女性にはキーネルを恨む気持ちが欠けらもない。

むしろ、戦地へ赴いたキーネルのことを心配している。

新しい女性を後宮に迎えるための戦争だと知っているのにだ。

この女性にますます興味を持った和也は、さらに女性の過去を辿っていく。

彼女の学校での出来事が、いくつも流れ込んで来る。

貧しい家に生まれたものの、働き者の両親と、彼女の懸命な努力のおかげで高等学校に通え、両親の期待に応えるべく学業に励んでいたこの女性は、決して天賦の才があったわけではないが、成績も良く、教師陣の覚えもよかった。

だが、それを妬む者達がいた。

上流貴族の生まれというだけで、何の努力もせずに、プライドだけは高い数人の女生徒達から、いじめを受けていたのだ。

最初は、彼女の生まれに関する厭味をいう程度であったが、どんどんエスカレートしていき、最後には、彼女の両親の働き先にまで圧力をかけて、クビにしようとさえした。

そんな時、たまたま沈んでいた彼女を見つけ、暇つぶしに彼女の話を聞いて、気まぐれに助けてくれたのがキーネルだった。

それ以来、キーネルはこの女性を学校では側に置くようになり、彼女をいじめていた者達も、皇太子のお気に入りに手を出すわけにもいかず、いじめは沈静化した。

キーネルが彼女を手折ったのはそれからまもなくであるが、この女性は嫌がるそぶりも見せず、何の抵抗もしなかった。

半ば無理やりに近いかたちで純潔を散らされておきながら、なぜそこまでキーネルに想いを寄せるのか?

この女性の心の内を探っていく和也に、彼女の様々な想いが流れてくる。

自分が沈んでいた時、暇つぶしに話を聞いてやると言ってきた彼の眼が、決して笑っていなかったこと。

両親を助けてくれた後も、気まぐれを装いながら、自分を側に置いて守ってくれたこと。

学費が苦しくて、昼食を節約していた自分に、食事に付き合えとぶっきらぼうに言いながら、美味しいものをお腹一杯食べさせてくれたこと。

自分に余計なお金を使わせないように、もういらないから捨てておけと言って、学校の教科書をくれたこと。

さらには、卒業しても守れるようにと、無理やりを装って自分を抱いた時の、彼の悲しげな瞳。

後宮に入れられた後も、強引に入れたことで自分に負い目を感じながらも、後ろ盾のない自分に気を遣い、自分の誕生日や国の祝い事の際には、素敵な贈り物をくれたこと。

我が儘で、自分勝手なところも少しはあるけれど、自分にとっては大切な人。

今はセレーニア王国の王女様に夢中だけれど、あの御方は、見た者全てを虜にすると評判の美姫だから、仕方のないことなのだ。

せめてその御方が、強い皇太子であろうと無理をされてるキーネル様の癒しになってくだされば。


 ここまで彼女の想いを辿ってきた和也は、苦笑いと共にその行いを止める。


「残念だが、それはないな。

その代わり、キーネルには、やり直しの機会を与えよう」


耳元で、いきなりそう囁かれた女性は、驚いた様子で周囲を見回すが、見つけることができたのは、飾り窓の窓辺にいつの間にか置かれていた、セレーニア金貨が2枚と、見知らぬロゴの入った袋の中の、美味しそうなパンだけだった。



 裁きの風がもたらした全情報を処理し、気になった想いを辿ること僅かに数分。

そこで得られた情報を基に、今、神の裁きが始まる。


「センテンス」


和也の厳かな呟きと共に、上空に、いつの間にか現れた7色の巨大な魔法陣。

その輝きが一段と激しさを増したその瞬間、エルクレール帝国の兵達に向かって、天から7色の光の雨が降り注ぐ。

和也の左目にマークされた者達は、容赦なくその身体を光の雨に貫かれて死んでいく。

善悪の区別が明確につかず、天秤の傾きに委ねられた者達は、その傾きの程度によって、死なない程度に傷を負った。

そして、その右目にマークされた者達は、・・・。



 「・・・どうやら父さんはこれまでのようだ。

済まない」


周りの兵達が次々に倒れていく様を見ながら、帝国に残してきた2人の子供達に詫びた男に向かって、光の雨が降り注ぐ。

観念して目を閉じた男が感じたものは、痛みではなく、在りし日に妻に抱きしめられたような、優しい温もりだった。


「いい息子をもったな」


頭の中に直接流れ込んで来た声を聞いて、驚いて目を見開いた男の視界に入ったその光景は、それまでいた戦場ではなく、粗末ながらも懐かしい、2度と帰れぬと諦めていた我が家のものであった。


 

 「リサ、結局僕は最後まで運がなかったよ。

君との限られた時間を捨ててまで、僅かな可能性に賭けたのに。

・・・先に行って待ってるよ。

なるべくゆっくり来て欲しい」


俯いてその時を待った男を、光の雨が貫く。

覚悟していた痛みがなく、むしろ癒されるような穏やかな感覚に、不思議に思って顔を上げると、そこには、最愛の妻を置いてきた、見慣れた館が建っていた。


「天命とは、人事を尽くした後に下されるもの。

おまえのこの数年の努力に報いよう」


頭の中で、そんな声がした。



 こんなはずではなかった。

セレーニア王国ごとき、1日で占領して、念願のエリカ王女をやっと手に入れるはずであった。

それが、たった1人の見知らぬ男のせいで、完全に潰えてしまった。

深緑竜の本気のブレスも、自分達の切り札である魔導砲の、それも3船分の最大攻撃でさえも、傷1つ付けることができなかった男。

その男が今、人外の力でもって、我が軍を壊滅させていく光景を呆然と見つめる。

自分の乗る旗艦の左右に展開する魔導船が、光の雨に打ち落とされていく。

爆発もせず、ゆっくり降下していく様を不思議に思いながら、これまで弱者を好きにしてきた自分が、今度は逆の立場に立たされたことを理解したキーネルは、きたるべき衝撃に備えて、静かに目を閉じた。

その直後、無数の光の雨がその魔導船を貫き、乗組員共々、キーネルに襲い掛かる。

胸を打ち抜かれたキーネルが死を予感したその時、頭の中に声が響いてきた。


「案ずるな。

死にはせん。

ある者に免じて、おまえにはやり直しの機会を与えよう。

・・今後暫く、おまえには辛いことも多かろう。

だが、それを乗り越え、さらに成長して見せろ。

人として、為政者として、我を納得させて見せろ。

・・大丈夫だ。

おまえは決して1人ではない。

何もかも1人でやる必要はないのだ。

多くの優秀な人材が、おまえに声をかけられるのを待っている。

本当に辛い時、苦しい時にこそ、側にいてくれる者達を大切にせよ。

人の上に立つ者として、他人の心の痛みに敏感であれ。

帝国あっての人民ではない。

人民あっての帝国であることを確と心に刻め。

・・彼女を大切にな」


その言葉を最後に、キーネルの意識は途絶えた。



 「さて、残るはエレナだけだな」


今回の騒動の最大の原因たるエレナを探した和也は、思わず顔をしかめた。

魔の森の一角にある廃墟の傍らで、エレナは毒を煽って死にかけていた。


「愚か者!!」


和也の怒声と共に、蒼き光がその身体を貫く。

口から血を流し、今まさに死ぬ寸前であったエレナは、何が起きたのか判らず、はっきりしない意識を周囲に向ける。

そんな彼女に、天上から、先程とは打って変わって穏やかな声がかけられる。


「おまえが死んだらエリカが悲しむだろうが」


死ぬ前に何を思っていたのか、涙の残るその瞳が、黄金色の魔法陣の上に立つ和也をゆっくりと捉えた。


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