エリカ編その23
話は少し遡る。
深緑竜が怒りに任せて巣穴から飛び出そうとした時、1体の地竜が訪ねて来た。
見覚えのあるその竜は、念願の子を授けてくれた自分の番だった。
「何の用?
今忙しいのだけど」
本来なら、こちらに用がない時は相手にもしないのだが、子供が出来た事で多少は話を聞く気になった。
「特に用がある訳ではないんだ。
あ、怒らないでくれ。
子供に一目会いたいと思っただけなんだ。
君の子なら、さぞ可愛らしいだろうと思ってね」
「そう。
でも残念ね。
今居ないわ」
「こんな夜遅くにかい?
まあ、一目で君の子だと分るだろうから、他の魔獣も手出しはしないと思うけど」
「魔獣ならね」
「?
どういう意味だい?」
「エルフに捕まった可能性があるわ。
黒い方の。
200年振りくらいかしら。
またあの嫌な臭いを嗅がされたの」
「エルフ?
・・・ああ、例の魔獣を操るとかいう秘薬か。
でもあれ、俺達竜族には効かないだろう?」
「・・私としたことが。
じゃあ、まさか人間族に?
あの子は凄く可愛いからペットにでもする積りで?」
その瞬間、巣穴の雰囲気が一変する。
強烈な殺気が周囲に撒き散らされ、番の竜も思わず身を竦ませた。
「その可能性は少ないと思うが、念のため俺達も出向こう。
故郷の森に顔を出そうと思って、ちょうど仲間達を連れて来ているしな。
今日はその途中で寄らせて貰ったんだ」
「必要ないわ。
あんな小さな国、私1人で十分よ」
地竜は、会話するのももどかしく、今にも飛び立とうとする深緑竜を必死に引き止める。
子供が出来た事で、自分がもう用済みになる事を恐れ、何とか自分の有用性を売り込もうと言葉を続ける。
「エルフの国だけなら確かにそうだろうが、もしかしたら、既に何処かに運ばれているかもしれないだろう?
その時は各地に分散して探さねばならない。
数が多い方が良い。
幸い、俺には仲間が沢山いるしな」
「・・確かにそうかもしれないわね。
分ったわ。
付いて来なさい」
普段はそれなりに思慮深い深緑竜だが、頭に血が上ると思考が単純になる。
その事を熟知していた地竜は、その言葉にほっとした。
本来、自分より遥かに格上の深緑竜が、地竜の自分を番に選ぶ事など有り得ない事である。
深緑竜の個体数が極めて少ない事を考慮しても、それは破格の扱いだった。
それを可能にしたのは、どんなに邪険にされても、相手にされなくても、ひたすら通い続けた地竜の根性と、力押しが多い竜族には珍しく、相手をよく見て、物事を効率よく運ぼうとする観察眼だった。
「有難う。
では、俺は仲間達を呼んで来る。
君は先に向かっていてくれ。
直ぐに追い付く」
これ以上、引き止めるのは無理だと判断した地竜は、深緑竜を先に行かせ、自分も全速で仲間達の所に向かうのだった。
セレーニア王国まであと少しの所で、王国の中央付近から、轟音と共に、光の柱が天に向かって伸びるのを見た私は、何事かと、空中で停止して見守った。
眩い光が収まると、自分と同じくらいの上空に、黄金色の魔方陣の上に立つ、白銀の鎧に身を包んだ1人の人間族と思しき男が現れた。
その男は、自分に眼を向け、こちらが様子を窺っているのを理解すると、徐に視線を下に向け、王国の障壁に突進しようと突き進んでいる魔獣達に目をやった。
そして直ぐに、その視線が険しいものになったような気がした。
魔獣達に攻撃しようとしているのかと考えた私は、彼らを無駄に殺させぬべく、咄嗟にその男に向けてブレスを吐いた。
スピードを重視したので、威力はそれ程でもないが、人間族の男一人を殺すには十分過ぎる力を持ったそれは、信じられない事に、その男がブレスに向けて煩わしげに開いた掌に、簡単に防がれてしまった。
未だ嘗て、私のブレスを防いだ者は1人もいない。
仮令、本気で放ったものでなくても、弾かれた事があるのはこの国の障壁くらいだ。
その障壁とて、片手間に放ったブレスの3~4発で砕け散る。
なのに、あの男はまるで虫けらを払うかのように私のブレスを防いでみせた。
只でさえ、我が子を拉致された怒りで沸騰寸前だった私は、自分のプライドを傷つけたこの男に、いとも簡単にキレてしまった。
自分の持てる最大威力のブレスを放つべく、魔力を身体中に漲らせていった。
王国の上空へと舞い上がった和也は、数百m先で、深緑竜がこちらを窺っているのに気付いたが、仕掛けてくる様子もないので、先ずは魔獣達をどうにかしようと考えた。
そして、視線を向けたその中に、自分に親切にしてくれた樹人族の魔獣がいるのに気が付いた。
あんなに温厚で親切な樹人まで、その意に反して襲撃させるダークエルフの秘薬と術式。
和也はそれに怒りを覚え、先ずは魔獣達に掛けられた術を解こうとした時、突然、深緑竜がブレスを吐いてきた。
本気ではないようなので、片手で払いのけ、魔獣達に術式解除の魔法を使おうとした際、深緑竜から急激な魔力の上昇を感じた。
自分の邪魔をする深緑竜に苛立ちを感じながら、そちらに再び目をやると、今将に、深緑竜が最大威力のブレスを吐く所だった。
先程のブレスとは比べものにならない、ブレスの周りを雷光が螺旋状に纏わり付いて迫ってくるそれを、和也はまたしても片手で払い除ける。
だが、その後に見せた表情は前回と大きく異なっていた。
「お前が今、我に放ったブレス。
それをもしこの国に向けて放っていたら、セレーニア王国は無事では済まなかっただろう。
我の大切な人達が、只では済まなかっただろう。
頭では大丈夫だと分ってはいても、もしエリカに何かあったらと考えると、我はこの怒りを抑える事が出来ない。
力ある者は、その力の行使に常に責任と自覚を持たねばならない。
故に、その考えなしに力を振るったお前には罰を与えよう。
あの者の母親のようだから、殺しはせん。
だが、相応の報いは受けて貰うぞ」
湧き上がる怒りを、低く、平坦な声音に変えてそう言った和也は、今の自分が直接手を下すのは、手加減が面倒だと判断し、少し考えた末、ある者達の事を思い出した。
「・・・お前達、起きているか?」
まるで、独り言のように呟いたその言葉は、時空を超え、次元を超え、意図した相手に正確に届く。
その瞬間、世界が震えた。
そして、何処からともなく複数の声が響いてくる。
「初めまして、お父様。
やっとお声をかけていただけましたわ」
「遅い、遅過ぎます。
もう少しで、あと1万年は口を利いてあげない所でしたわ」
「我が創造主にして全能なる神よ、貴方様のお力になれる事を、心待ちに致しておりました」
「お声をかけていただけるまで、この世界の魔素の一部となって、陰ながらお姿を拝見致しておりましたわ」
「遅いです、お父様。
私の事を忘れてしまわれたのかと、心配致しておりました」
「・・寂しくて、引籠りになる所だった」
「済まんな。
皆の成長を心から嬉しく思うぞ。
よく働いてくれているようで何よりだ」
和也が声をかけた相手、それは、彼が様々な惑星を創造した際、生命の宿る可能性を秘めたものに限って、その後の成り行きを見守らせていた6人の精霊王達である。
光、闇、火、水、風、土を司るこの6人は、和也によって特別に自我を与えられ、人の子が成長するように、長い時間をかけてゆっくりとそれを育んできた。
彼女らが、和也の事を父と呼ぶのはそれ故である。
「早速で悪いが、お前達の力を借りたい。
成長したお前達にも会いたいしな」
逆手に持った剣を再び魔方陣に軽く打ちつけながら、和也は言葉を発する。
「我は命ずる。
世界の根源たる6名の精霊王よ、我が下に集いてその力を示せ」
刹那、足下の黄金色の魔方陣の輝きが激しさを増し、和也を中心とした光輝く曼荼羅がその背後の空間に出現する。
そして、和也を囲むように存在する6つの円形の空間、その中心にある、各精霊を象徴する紋様が輝くと、その扉がゆっくりと開かれ、6人の美しい女性達が姿を現した。
もっとも、人間のように実体がある訳ではない。
各精霊を象徴する色彩が、人の形態を取っているだけだ。
「こんなに嬉しい日が来るなんて・・・お待ちしていた甲斐がありましたわ」
「想像していた通り、お父様は素敵な方です。
お慕いしています」
「何なりとお申し付け下さい。
この力は、全てお父様の為に」
喜びを表現する精霊王達に和也は告げる。
「我の大切なものを傷つけようとした存在、あの深緑竜に罰を与える。
今の(腹を立てている)我では加減が難しいのでな。
お前達の力の一部を借りるぞ。
・・風よ、天駆ける自由な風よ、刃となりて我が敵を切り裂け。
烈風刃」
その言葉と共に、曼荼羅を構成する円の1つが輝きを増す。
指名を受けた風の精霊王が優雅に一礼し、その顔を上げた直後、暴風と呼ぶには生易しい程の威力を持った風刃が、深緑竜目掛けて襲いかかっていった。
信じられない。
信じたくない。
私の最大威力のブレスが、堅牢な城壁で守られた都市でさえ、容易く破壊出来る私のブレスが、・・防がれた。
いとも簡単に、まるでハエでも追い払うかのように。
しかもその後、雰囲気が一変したあの男は、何やら得体の知れない者達を召喚した。
精霊のように見えるが、纏っている力が尋常ではない。
私では足下にも及ばないだろう。
それが、・・6体。
どうやら私は、決して手を出してはならない相手に、喧嘩を売ってしまったようだ。
6体の内の1体が輝いた。
これまでのようだ。
あの子を取り戻す積りが、こんな事になるなんて。
私は、迫り来る突風に目を閉じた。
直後、何かにぶつけられる衝撃に目を見開く。
すると、番の地竜がずたずたに切り裂かれて血だらけになりながら、静かに落下していく所だった。
そういえば、後から追い付くと言ってはいたが。
・・私を庇った?
いつもぞんざいな扱いしかしてこなかったのに?
・・思えばいつも、彼は私の事をよく考えていてくれた。
中々子供が出来なくていらいらして、彼を殴った事もある。
暴言を吐いた事は数え切れない。
それでも彼は、必要だと思った時にはいつも側に居てくれた。
そこまで考えた時、先程とは別の1体が輝いた。
後ろを振り向くと、彼が連れてきたであろう仲間達が空中で平伏している。
下位の地竜でも、あの男の危険性が理解出来るようだ。
私は、考えるより先に体が動いていた。
傷つき、今にも死にそうな自分の番を、新たな攻撃から守るために。
地面に横たわって動かなくなった彼の前に立ち塞がった時、蒼い波動が周囲を包みこんだ。
「むっ、お父様のご指示通り、かなり手心を加えたのに、死んでしまいそうだな」
風の精霊王が酷く驚いている中、和也は別の事を考えていた。
そうか、あいつにも守ろうとしてくれる存在がいるのだな。
ならば、そう悪い奴でもあるまい。
あの者の母親でもあるし、この辺で許すとするか。
そう思い、再び地上を見やると、多くの魔獣達の死に物狂いの突進で、障壁には罅が入り、その魔獣達も傷だらけで、全身から血を流していた。
ゆっくりはしてられんな。
「水よ、生命を育み、全てを癒す恵みの水よ、傷付き、傷付けられたもの達を回復せよ。
天癒」
曼荼羅を構成する、先程とは別の円が輝き、指名を受けた水の精霊王がにこやかに微笑んだその瞬間、魔の森を蒼い光が包み込んでゆく。
魔獣達の傷は一瞬で消え去り、今にも息絶えそうであった地竜は、何事もなかったかのように身を起こした。
魔獣達の突進で踏み潰された草花は、その姿と瑞々しさを取り戻し、幹や枝を折られた木々は、嘗ての若葉を蘇らせた。
羽を折られた蝶が再び花々を舞い、小鳥達がさえずりを再開させる。
楽園としての一面を持った魔の森が、完全に蘇った瞬間であった。
和也はそれに満足すると、魔獣達に掛けられた術式を解除する。
暫く、何故そこに居るのか分らないような素振りを見せていた魔獣達だが、やがてゆっくりと、元の森へと帰って行った。
「さて、深緑竜よ、我が声が聞こえるか?」
いきなり頭の中に響いてきた声に、酷く驚いた様子ではあったが、深緑竜は素直に頷いた。
「声に出す必要はない。
頭の中で念じれば良い。
お前は何故、この国を攻撃しようとした?
子供を連れ去られたからか?」
以前の深緑竜からは考えられない程素直に、彼女はその理由を語る。
ダークエルフの秘薬が齎す効果と、過去の経緯。
やっと産まれた我が子を連れ去られたと思った事。
それらを聞き終えた和也は、少し苦笑いをして、先ずはこれ以上、同じ事を繰り返させないように手を打った。
ダークエルフの秘薬の核となる植物、その成分を少しいじって、全く無害なものに変化させる。
そして、深緑竜に子供を返すべく、王宮の自分の部屋を透視すると、寝ているはずの小竜が、自分のベットで匂いを嗅いでいる所だった。
まるで、何かを記憶に留めるように熱心に嗅いでいる。
猛烈に嫌な予感がした和也は、直ぐに小竜をその親元へと転移する。
いきなり我が子が目の前に現れ、驚きはしたものの、深緑竜は、透かさずその子を包み込む。
「済まんな。
散歩の道連れとして、我が少しばかり借りていたのだ。
目覚めたら返そうと思っていたのだが、遅くなって申し訳ない」
深緑竜の放ったブレスで、もしエリカが傷付けられたらと、自分でも意外な程熱くなった事を考えれば、彼女のした事をそう責められはしない。
自らの非を詫びて、もう一方の敵に向き合おうとしたその時、初めて小竜の声が頭に響いた。
「私、大人になったら貴方様のお嫁さんになりたい。
また、お会い出来ますよね?」
「・・・え、縁があればその内な」
成竜になれば、人間族とそんな事をしようとは思うまい。
そう考えて、適当な返事をしてしまう和也であったが、高位の竜には、人化の秘術が使える者が極希に出る可能性があるという事を後で知り、盛大に後悔する羽目になるのはもっとずっと先の事である。
番と我が子を連れて去って行く深緑竜を、少し疲れた眼で見ていた和也を、背後から、エルクレール帝国の魔導砲が襲ってきたのは、将にそんな時であった。




