記念すべき最初の星にて、その2
その男にとって、自らの足で何時間もの距離を歩くのは初めての事であり、かつ、ただ歩くだけなのに、他の生命体の息吹を感じられる非常に心躍るものであったが、何故か一向にその姿に出くわす事はなかった。
その理由を考えるべく周囲の気配を注意深く探っていくと、周辺のあらゆる生命体から恐怖に怯えるような感情が伝わってきた。
しかも、その対象はどうやら自分のようである。
ほんの一瞬戸惑ったが、直ぐに理解した。
自分の力を抑えていなかったのだ。
創造神としての力の波動がだだ漏れになっていた。
流石にこれには男も苦笑する。
まるで初めての遠足に行く子供のように、行き先での事ばかり考えていたので、自分自身が周りからどう見えるかまで考えが及ばなかったのだ。
少し考えてから、自分から漏れ出す力の波動を完全に抑え込み、次いで攻撃能力をこの星の人族の10万倍程度に調整する。
今の自分のままでは、剣を一振りしただけで、この星全てを破壊しかねない事に気付いたからだ。
攻撃能力を人族の10万倍程度にしたのは、観察していた際、この星の国家や帝国が所有する兵力が、大体その程度だったからである。
気が付いて良かったと、人知れず冷や汗をかく男であった。
気を取り直して歩き出すこと約3時間、到頭初めての生物に遭遇した。
体長3m程度の狼に似た魔獣である。
力の波動を完全に抑え込んだせいか、こちらを格下の獲物と狙って襲ってきた。
調整した能力の確認作業も兼ねて相手をしたが、剣の一振りで呆気なく終わってしまった。
魔獣といってもこんなものかと考えながら、街に行ったら売ろうと思い、逆に獲物となった魔獣の毛皮を魔法で剥ぎ取っていると、中から直径10㎝程度の蒼い魔素の塊が出てきた。
どうやら魔素が魔獣の体内で結晶化したものらしい。
これも売れるだろうと判断し、毛皮と共に終おうとして、自分が収納するための物を持っていない事に気付く。
今の自分の服装は、黒のシャツに黒のズボン、黒の靴、そして黒のジャケットである。
その他は一振りの剣しか携帯していない。
己の居城にいた頃は、必要な物は何でも創造していたし、他者との交流などなかったため、他人との行為を前提にものを考える事がなかったせいもある。
背負い袋のような物を作ろうかとも考えたが、常に背負っているのも煩わしいので、異空間に専用スペースを設け、空間ごと時間凍結の魔法を掛けて、生ものでも腐らないようにして、そこに全てを放り込む事にした。
取り出す際は、その物を念じるだけで良いようにする。
複数ある場合は、個数指定も出来るようにしておく。
因みに、服装が黒ずくめなのは、着こなしを考えるのが面倒であるのと、この星の文明の程度を考えて、汚れても良いようにである。
自分だけの事には、結構いい加減であった。
余談であるが、男が魔獣を倒した際、あまりの呆気なさに少し驚いたが、それは男が基準とした人族がこの世界ではかなりの上位者であった事が原因で、その能力の10万倍なのだから、当然といえば当然である。
また、男が時間や大きさの単位などに地球のものを使うのは、この星がそこと、何処と無く似ていると思うからであり、何故地球に行かなかったのかと言えば、その星は、そこの言葉を借りれば、女子力が異様に高過ぎて、対人経験のない男には、未だ太刀打ち出来ないと考えたからだ。
俗に言う、ヘタレであった。
移動を再開した後も数時間置きくらいに様々な魔獣に襲われて、仕方なく倒しながら進む。
手間を取らせた腹いせに、倒した魔獣は当然、解体の魔法でさばき、売れそうな物は収納スペースに入れていく。
自分の気配を消す隠密の魔法を使えば良いと思い当たった時には、既に30体程倒した後だった。
隠密魔法の使用後はさくさくと移動が進み、更に数十時間を経過した頃、やっと、強固な石造りの城壁のある街へと辿り着いたのだった。
1度に沢山の人族と接する前に、森の中で1人でも誰かと出会って、人付き合いを練習しておこうと考えた男の思惑は見事に外れ、最後まで誰とも出会う事はなかったのである。
セレーニア王国と隣接する魔の森の広さは、だいたいオーストラリア大陸と同じくらいです。