エリカ編その15
「この鳥はこの辺りに生息しているのか?」
ペンダントから目を離さず和也が問う。
「それはここよりずっと北の極寒の地に住むといわれる伝説の鳥です。
見たことはありませんが、私なりのイメージで作成しました」
「何という名の鳥だ?」
「ほぼ全身が真白いので白鳥と言われています」
「・・・このペンダントは幾らだろうか?」
「こちらは、貴重なプラチナを使い、細部を精密に作るために全て手作業で、1つ作るのに6日程かかる物ですので、本来なら金貨5枚頂くところですが、1点もので、もう作ることも出来ないでしょうから、お客様のような方に購入して頂きたいのです。
ですから金貨3枚で結構です」
確かに、顔の表情や羽の1枚1枚に至るまで本物そっくりに表現されている。
それだけではない。
ただ真似るだけではなく、そこから躍動感や緊迫感が伝わってくる。
イメージだけで作ったというが相当の腕前だ。
ただ、1つ気になることを言っていた。
「もう作れないとはどういう意味だ?」
「・・・材料が手に入らないのです。
実は、私は職人ギルドに所属していた者なのですが、自分で作った物を、自分で、納得のいく方に売りたくて、商人ギルドにも入ろうとしました。
でも、両方のギルドに入るという前例がなく、双方のギルドの利益を脅かすという理由で、職人ギルドまで除名されてしまいました。
今は個人で手に入れた材料でやっていますが、それももう限界にきているのです。
遠からず、店を閉めることになるでしょう」
そう言われて、改めて店を見回してみる。
ショーケースもなく、装飾品を売る場所としては何の飾りもない寂しすぎる店内。
そういえば店名を表す看板すらなかった気がする。
だが、自らの居城で美しいものを集め続けてきた自分の審美眼が、彼女の作品を認めている。
手放してはいけないと言っている。
恥をかいた自分に優しい言葉をかけてくれた彼女に、温かな手の温もりと共にこの店まで案内してくれたこの女性に、何か手助けをしてやりたかった。
少し考えて、和也は店主の女性に声をかける。
「骨細工もできるのか?」
「今、商品の在庫はございませんが、材料さえあれば作ることは可能です」
「このペンダントは買わせてもらう。
あと、どこか材料を置けるスペースはあるか?」
「?
有難うございます。
資材置き場兼作業所はこの奥になりますが」
女性店主は疑問に思いながらもその場所まで案内してくれた。
自分を信用してくれているようだ。
和也は、収納スペースから2体分の高位魔獣の骨を取り出すと、空いている場所に積み上げた。
突然、山のように骨が出てきたことに店主が目を丸くしている。
「これは魔獣の骨だ。
代金はいらないから素材として役立てて欲しい」
和也がそう言うと、店主は急いでこちらにやって来て、その骨を検証する。
「これ全部、高位魔獣の物ですよね?
しかもこんなに沢山。
素材として優に10年分以上ありますが、本当にこれをただで頂けるのですか?
ギルドに売れば金貨1000枚位になりますよ?」
「でも、今日初めて会った私にどうしてそこまでしていただけるのですか?」
女性店主は、素材の評価額を聞いても少しも態度を変えない和也に、新たな疑問を口にした。
「1つには、君の親切が心に染みたせいもある。
もう1つ挙げるなら、君の才能に対する投資の意味もある。
折角の豊かな才能を、つまらないことで潰したくない」
「親切って。
私はただ、あなたに声をかけて店まで案内しただけなのに」
「心に優しさを持っている人は確かに多いだろう。
だがそれを行動に移せる人はあまり多くはない。
見知らぬ人に声をかける勇気が必要であり、自分が嫌な思いをするかもしれない不安に打ち勝つことが求められるからだ。
君はそれらを乗り越えて、自分に声をかけてくれた。
それで十分だ」
そう言って、ペンダントの代金の金貨5枚をその手に握らせ、和也は店を出ようとする。
「待って。
金貨3枚でいいと言ったのよ?」
瞳に涙を溜め、感情の高ぶりで敬語さえ使うゆとりのなくなった女性店主に和也は言う。
「いい仕事には相応の敬意を払いたい。
それに、素材だけで暮らしてゆけるわけではないだろう?」
「せめてあなたの名前を聞かせて。
私の名はミューズ。
必ずもう一度あなたに会って、私の最高の作品をプレゼントしたいの。
お願い」
ほとんど叫びに近い声でそう言ってくる店主に、和也は振り向きざまに自らの名前を告げて店を出た。
「そろそろ時間か」
エレナとの約束の時間にはまだ早いが、王宮でエリカにペンダントを渡してから向かおうと、一度戻ることにした。
その頃、正門を少し離れた森の中で、エレナはエルクレール帝国の間者と連絡を取っていた。
もうすぐエリカが婚姻すること、急がないと手遅れになることなどを少し大袈裟に伝える。
エレナ自身、エリカが既に和也と結婚の約束をしていることまでは知らなかったが、和也の部屋から出てきたエリカの表情から、その時期は近いはずだとの確信があった。
皇太子から連絡の催促があるのか、慌てて戻っていく間者を見つめながら、エレナは次の準備をすべく、その段取りを頭の中で確認していた。




