エリカ編その12
部屋に戻った和也は、先程の己の不甲斐無さを深く恥じると共に、まもなくやって来るであろうエリカについて考えていた。
こんな自分にあれ程までの愛情を示してくれる女性。
今までずっと渇望してきたものを惜しみなく与えてくれる存在。
そしてこれから、おそらく自分に抱かれるために来る、自分に恋というものを教えてくれた最愛の人。
そんなエリカに対して、今の和也には1つの負い目がある。
エリカに自分の正体を正確に伝えていないことだ。
万能にして不老不死の、全宇宙の創造神。
幸い、エルフ族であるエリカなら、一緒に過ごせる時間は他の種族より遥かに長い。
だがそれとて永遠ではない。
やがてエリカと別れなければならない時が必ず来る。
その時、自分はエリカを手放せるだろうか?
寿命だからと見送れるだろうか?
きっと、いや間違いなく無理だろう。
己の力を躊躇うことなく注ぎ込むであろう確信がある。
自分と共に永劫の時を彷徨う宿命を強要するであろう自信がある。
そんな、ある意味残酷な宿命を、エリカに何も知らせることなく押し付けても良いのか?
・・本当は、答えは分かっている。
知らせるべきなのだ。
ただ、自分は怖いのだ。
自分の真の姿をエリカに打ち明けて、拒絶されるかもしれないことが。
たった1日とはいえ、自分はこの幸せな感覚を知ってしまった。
味わってしまった。
知らなければ、今まで同様、耐えられたかもしれない。
我慢できたかもしれない。
だが、自分は知ってしまった。
人から求められる喜びを。
抱きしめられる嬉しさを。
その温もりを。
全能の神である自分が、こんな些細なことで悩んでいる。
初めは、ただ話し相手が欲しかった。
誰かと言葉を交わしてみたかった。
その内、自分にも仲間が欲しくなった。
嫁が欲しくなった。
そして、今度はそれを手放したくないと思っている。
自分も人間と同じ、欲深い、我が儘な存在だった。
未だ結論を出せないまま、とうとう扉の向こうから声がかかってしまった。
「和也様、入ってもよろしいでしょうか?」
「・・どうぞ」
僅かな間を置いて、和也は答える。
結論が出ていない焦りはあるが、エリカを通路で待たせるわけにはいかない。
すぐにエリカが音も立てずに入ってくる。
薄い、絹のような光沢を纏ったドレス仕立ての寝間着に、純白のガウンを身に付けている。
俯いた顔の表情は分からないが、ガウンの裾を握る手が微かに震えている。
それを見た瞬間、和也は激しい怒りに襲われた。
一体自分は何をしていた、何を悩んでいた。
自分に比べれば遥かに脆弱な存在でしかないエリカが、何度も何度も勇気を振り絞って行動してくれている。
なのに自分はどうだ?
エリカのために何をした?
つまらない指輪1つあげて満足していただけではないか?
今まで悩んでいたのが嘘のように、和也の覚悟は固まった。
「エリカ、君に話さなければならないことがある。
少し、散歩をしよう」
何を思ったのか、不安げな表情で見つめてくるエリカの腰を抱き、和也は、この国を一望できるほどの上空へと転移し、そこに魔法でソファーを作ると、驚いて何も言えないでいるエリカを座らせる。
眩いばかりの月の光を背に浴びて、自分もその隣に腰を落ち着けながら、穏やかに話し始めた。
「自分にはまだ、君に言っていないことがある」
そう言った途端、エリカの肩がビクッと震えた。
かまわずに続ける。
「自分は人ではない。
勿論、人間族ではない、という意味ではない。
自分はこの世界を創造した唯一の神だ」
まだ僅かに灯る街の灯りを眺めながら、何かを諦めたように言う和也を、エリカはじっと見つめている。
見ているだけで何も言わない。
和也は言葉を続ける。
「今まで黙っていたことは謝る。
だが、自分に抱かれ、自分の嫁として生きることになるなら、知っていて欲しいし、知らなければならないと思った。
一度でも君を抱けば、自分はきっと君を放さない。
自分と共に、未来永劫、果てしない時の流れの中を彷徨う宿命を強要するだろう。
だから、たとえ今君が、やっぱり自分の嫁にはならないと言ったとしても、それは仕方のないことだ。
そのことで君のことを責めたりはしない。
君の中の、自分に関わる記憶を消して、すぐにでも立ち去ろう。
・・この話を聞いた今でも、君は自分の嫁になると言ってくれるだろうか?」
「話というのはそれだけですか?
マリー将軍や母のことではないのですか?」
「?
意味が分からないが」
「マリー将軍が好きになり、あの方を私の代わりに嫁にするというお話ではないのですか?
母のことを気に入ったというお話では?」
小さな声で、何かを探るように言ってくる。
やっとエリカが言わんとしていることに気が付いて、和也は慌てて訂正する。
「君は何か勘違いをしている。
確かにマリー将軍とはいろいろあって、友人になった。
女王のことなら、たぶん祝福を与えた時のことを言っているのだろう。
自分達がこの国を離れても良いように、子供を授かりやすいようにしておいただけだ」
エリカはじっとこちらを見ている。
自分の僅かな表情の変化さえ見逃さないような、穏やかだが、嘘を許さない瞳で。
暫くそうして自分を見ていたが、やがて、そっと呟いた。
「もっと魔素を感じられる場所に連れて行ってください」
それに何の意味があるのか分からなかったが、言われた通り、魔の森の奥深く、魔素が濃い場所の上空に瞬間移動する。
エリカが少し歩きたいと言ったので、ソファーを消して、上空に魔力で道を造る。
二人でその上をゆっくり歩きだすと、エリカが話し始めた。
「わたくしは、あなたが心変わりしたと思っていました。
他に好きな方ができたのだと。
だから、とても恥ずかしかったけれど、一緒にお風呂に入ってまで、あなたに抱かれてまで、あなたをつなぎ止めようと思いました。
自分でも、出会ったばかりのあなたに、なぜこんなに心惹かれるのか分かりませんでした。
でも、今やっとその答えが分かりました」
そう言って、自分のことを見るエリカの顔に、笑顔が戻っていた。
「わたくしは、この世界が、創造主であるあなたのために創りだした、あなたのためだけの存在。
世界を見つめる孤独なあなたに、この世界が用意した癒しの器。
魔素の多いここなら分かります。
わたくしの身体を構成する細胞の1つ1つが、身体を流れる魔素の全てが、あなたを祝福しています。
ほら、ご覧ください」
そう言って、エリカは両手を広げた。
すると、エリカの身体が淡く光り始め、それに呼応するかのように、魔の森から、無数の色とりどりの魔素の輝きが、まるで蛍の光のように立ち昇ってくる。
その光は、二人の周囲を緩やかに回りながら、やがて消えていった。
和也は、信じられない思いで、その光景を眺めていた。
エリカが何らかの魔法を使ったのではないということは、自分がよく分かっている。
自分の眼を盗んで魔法を使うことなどできないのだから。
だとすれば、本当にこの世界が自分を祝福してくれたというのか。
星を誕生させただけで、あとはただ、見守るだけだったというのに。
未だ半信半疑の和也の腕を、エリカがその豊かな胸に抱え込んで、囁く。
「夜はまだ長いわ。
部屋に戻りましょう。
先程のあなたの問いかけ、そのお答えはベッドの中で致します。
せっかくの決心を無駄にしないためにも、きちんと抱いてくださいね?
身も心もあなたに捧げてこそ、堂々とあなたの妻を名乗れるのですから。
お風呂の時のように何もなさらなかったら、わたくしの方から襲って差し上げます」
全身から妖艶な雰囲気を放ちつつ、あどけない顔でそう言ってくるエリカに、最早、和也が敵う術はなかった。




