エリカ編その7
エリカが公務に戻った後、とりあえず街の中を見て回ろうと部屋を出た和也を、まるで待ち構えていたかのように、エレナが声をかけてきた。
「和也様、マリー将軍からのご伝言で、討伐報酬の件でお話があるので、申し訳ありませんが兵舎までお越しくださいとのことです」
慇懃無礼に言ってくるエレナに返事を返し、マリーの下へ出向くと、最初とは打って変わって柔らかな笑みで迎えられ、個室に通される。
「早速ですが、先程の報酬についてご相談があります。
実はお支払いする金額が膨大で、金貨だけだと1万2000枚程になり、軍に今あるだけではとても足りないので、できれば宝石か金塊でお渡ししたいのですがいかかでしょうか?」
そういえば、まだこの世界の貨幣価値についてよく知らなかったと思い出した和也は、マリーに尋ねる。
「ちなみに金貨1枚でどれくらいの価値がある?」
「え?
ご存知ないのですか?」
和也が異世界人だと知らされていないマリーは驚いて尋ね返す。
「今まであまり金に縁のない生活をしていたからな」
和也の言葉を違う意味で捉えたマリーは、とても意外そうな顔をしたが、質問に答えてくれた。
「そうですね、ここの兵士の1か月の給金が金貨1枚程です。
わたくしで10枚になります。
パンが1つ銅貨3枚くらいです。
銅貨が100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚になります。
ただ、我々エルフ族は必要以上に金銭に執着しない傾向があるので、他国ではもっと物価が高い場合もあります。
実際、エルクレール帝国などでは金貨の上に大金貨が存在し、その価値はやはり金貨100枚分です」
兵士の給金から考えれば、銅貨1枚で、だいたい地球の30円くらいだな。
「宝石や金塊の価値はどのくらいだ?」
「宝石の場合は、それがどんな物かによってかなり差が出ます。
ただ、安い物でも金貨10枚くらいはするでしょう。
金塊は1本でおよそ金貨1000枚分です。
いずれにしても、お支払いには国から追加予算を頂かないとなりませんので、少しお時間を頂くことになります」
「報酬は金貨100枚でいい。
残りは全て王家に寄付する」
「は?
今何と仰いました?」
「金貨100枚以外は王家に寄付すると言った」
マリーが信じられないものでも見るかのようにこちらを見てくる。
和也としては、エリカとの婚姻を認めてもらうための実績の1つにでもしようと考えていたが、これまで何度か人間族の冒険者や商人達と報酬のやり取りをしてきたマリーには、和也が何か別の存在にしか見えなかった。
未だ嘗て、報酬の増額を要求されこそすれ、減額、それもほとんどいらないと言われたことなどないのだから当然である。
エルフとしては年頃のマリーも、既に200年程度生きている。
その中で初めての経験なのだ。
驚くのも無理はないだろう。
和也はふと、魔素の結晶のことを思い出し、折角なので尋ねてみる。
「魔素の結晶は金になるだろうか?
10㎝くらいの物だが」
暫し呆然としていたマリーが、その眼を大きく見開く。
「まさかお持ちなのですか?
魔素の結晶は高位の魔獣が極稀に落とすか、ダンジョンの最奥に位置するダンジョンコア以外に入手手段がないと言われ、各国の王家がお金に糸目をつけずに集めています。
それでも10㎝の大きさなど聞いたこともありません。
我が国でも、3㎝くらいの物が国宝として5つあるだけです。
値段など付けられないでしょう」
それを聞いた和也は、エリカへの贈り物に相応しかったと自画自賛するとともに、新たな疑問を尋ねてみる。
「だが、魔獣の素材や魔素の結晶に何でそこまでの値が付く?
珍しいだけではないのか?」
「失礼ですが、もう少し常識をお持ちになられた方が良いかと。
高位の魔獣の革は、魔法防御に大変優れた性能を発揮します。
その上、軽くて丈夫なので防具としてはミスリルの鎧と共に最上級に位置します。
しかも、まれにその魔獣の属性効果の付いた物があり、そうなると値段は破格になります。
魔素の結晶は、それ自体が永久機関のようなものです。
わたくし達は日々様々な魔法を使用しますが、当然、無制限に使用できるわけではありません。
自身の魔力保有量と相談しながら、なるべく節約するよう心掛けています」
そこまで言って、先程の自分の暴走を思い出したのか、少しバツの悪い顔をしながら話を続ける。
「ですが、魔素の結晶は、それ自体が超高濃度の魔素であるばかりでなく、自らが周囲の魔素を吸収し、自己回復を行い、場合によっては成長していくので、その力を利用できれば、わたくし達魔法士にとってこの上ない物になります。
今の段階では、残念ながらそこまでは至らず、エルクレール帝国以外では、宝飾品としての域を出ませんが」
その言葉を聞いた和也は、自分の実績作りに役立つヒントを得たような気がした。
「それはそうと、実はあなたにお願いがあるのです」
言いにくそうにマリーがこちらを見ている。
何事かと話を促すと、躊躇いがちに話してきた。
「わたくしが気を失っている際、下に敷いて頂いた毛皮、あれをお譲り願えませんか?
勿論、できる範囲でお支払いは致します。
金貨1000枚までならすぐお支払いできますが、それ以上は暫くお待ちくださいませんか?
わたくしの魔力にとても相性が良いみたいで、できれば側に置いておきたいのです」
確かにあの魔獣の毛皮には、氷の属性が付いていたな。
だとすれば、氷魔法の得意なマリーには相性がいいだろう。
そう考えた和也は、伏せ目がちのマリーを見やる。
自分でもかなり高価なものだと理解しているのだろう。
先程の説明通りなら、高位の魔獣で、しかも属性付なら、相当な値がするはずだ。
それを僅か金貨1000枚程度しか用意できずに譲れと言っている自分が情けないのかもしれない。
「あれは既にマリーにやった物だ。
金などいらない」
「え?」
またしても、信じられないような眼で見てくる。
「この国に来て以来、エリカに次いで、自分に優しく接してくれた2人目の友人に対する、ささやかな礼だ。
貰ってくれ」
少し照れながら、視線を微妙に逸らして話す和也を、マリーは熱い視線で見つめる。
「勝手に呼び捨てにしたことと、友人扱いしたことは謝る」
マリーが何も言わないので、もしかしたら怒らせたかと勘違いした和也が、急いで付け足すように言うより早く、マリーが胸に飛び込んで来た。
「有難う。
毛皮のことも、そしてあなたの友人になれたことも、本当に嬉しい」
そう囁くと、マリーは暫く和也を抱きしめ続けるのであった。