エリカ編その6
エリカの口付けは、長く激しいものであった。
途中から舌で唇をなぞられ、驚いて口を少し開くと、すかさず口内に入り込まれて思う存分蹂躙された。
やっとお互いの唇が離れた時には、その激しさを示すかのように、互いの唇に唾液の橋が架かっていた。
エリカはその痕跡を隠滅するかのように再び軽く口付けると、自分でもやり過ぎたと感じたのか、視線を逸らし、その赤らんだ顔を見せないように抱き付いてきた。
「嬉しさで、自分を抑える事ができませんでした。
幻滅なさいました?」
恥ずかしげに、小さな声で尋いてくるエリカに、和也は答える。
「エリカがしてくれる事に、嫌な事など1つもない」
今まで自分がどんなに求め、どれほど願っても得られなかったものを、エリカのような素晴らしい女性が、彼女の方から与えてくれるのだ。
例えそれが言葉1つでも、和也にとっては何物にも代え難かった。
「フフッ、そんな事を仰ってよろしいのですか?
わたくしはまだ自分のしたい事の半分もあなたにしていませんわよ?」
可愛さの中に妖艶な響きが混じったエリカの言葉に、大きな期待とわずかな不安を感じる和也であった。
柔らかな抱擁で口付けの高揚を静めた二人は、今後の事について話し合う。
エリカお気に入りの紅茶を淹れ、テーブルを挟んで向かい合った。
隣に座らないのは、また甘えたくなってしまうかららしい。
笑ったら軽く拗ねられて、慌てる和也であった。
「先ず、自分達の関係だが、暫く皆には内密にしておこう」
「わたくしもその方が良いと思います。
何れは知らせなくてはなりませんが、今はまだやめておいた方が良いです」
てっきり反対されると思っていたので、エリカがすんなり同意した事に和也は意外だったが、エリカにしてみれば、自分の母である女王がいかに自分を大切にしているかをよく知っていたので、せめて和也にもう少し何かの実績を積ませてからにした方が良いと考えていた。
まさか和也が、軍の精鋭でも手をこまねいていた討伐依頼を既に6つもこなしているとは夢にも思っていない。
「王女を娶るにはどのくらいの功績がいる?
幾ら自分が強くても、それだけでは一国の跡取りを嫁にはくれないよな?」
「それについてですが、和也様はこの国の王になって国を治めるつもりがあるのですか?」
建国当初から女王が治めるセレーニア王国ではあるが、エリカは和也が望むなら喜んで王位を譲るつもりでいた。
周囲がかなり煩いだろうが、これだけは断固として実行するつもりでいた。
「いや、そのつもりは全くないな。
エリカには申し訳ないが、エリカを嫁に貰ったら、直ぐに他の国を見て回ろうと思う。
この国がどうこうの話ではなく、自分はあまり長く一箇所に留まらず、色んな世界を見に行きたいと思っている。
もっとも、エリカとの事を皆に納得させるのに、暫くはこの国に滞在する事になるだろうが」
「それはわたくしを置いて行くという事でしょうか?」
「すまない。
エリカがこの国の次期女王である事は分かっている。
だが、エリカを手放す事は決してしない。
常に自分の側に居てもらいたい。
我が儘だとは理解しているが」
和也の言葉を噛み締めながら、エリカは、和也と初めて会った時の事を思い出す。
エルフという人種故、停滞しがちなこの国に、変化のない日々を物足りなく感じている自分に、新たな風を吹き込んでくれる、そんな気がした時の事を。
「謝る必要なんてありません。
わたくしの方こそ絶対にあなたの側を離れません。
フフッ、後で後悔してももう遅いですよ。
しっかりとあなたの言質を取りましたからね?」
その愛嬌あふれるエリカの表情に見とれて、話をろくに聞いていない和也であった。
「話を戻しますが、この国は王国といってもせいぜい3万程度の人口しかおりませんし、王家以外に貴族もおりません。
我がセレーニア家が国の象徴であり、その家族のみが王位継承権所持者なのです。
ですから、わたくしを娶るには、本来なら要求されるべき、国を任せられる能力や度量があまり重視されず、わたくしの気持ちが最優先されます。
王家に嫁を迎えるならともかく、婿の場合は、歴代の王が全て女王である事からも、あまり問題になりません」
「自分は婿に入るつもりはないが?」
「今のは和也さんがわたくしを娶ってこの国を治める場合のお話です。
ですが、わたくしを娶り、その上で2人とも国を治めないとなると、前例がないので何とも言えません。
それが許されるとすれば、母にもう1人子供ができる以外にないように思いますが。
それと、自分で言うのもなんですが、母はわたくしをとても可愛がっていますので、普通に婚姻を認めさせる事さえ、必要以上に大変かもしれません」
それを聞いた和也は、国の統治問題に関しては、最後の手段として女王とその夫との間に子供をでき易くする事を考え、とりあえずはエリカの夫として認められるよう、自分の実績作りに励もうと、あれこれと考え始めるのだった。