エリカ編その3
門番の男に、ここで待つように言われてから暫くして、その門番が1人の女性を伴って戻って来た。
見るからに値段と階級が高そうな鎧を身に纏い、それでいて品のなさを少しも感じさせないその女性は、鎧を纏っている者独特の動作の硬さがなく、滑らかな歩みでこちらに近づいて来る。
ただその表情に笑顔はなく、心なしか睨まれているように見える。
思えばエリカ以外、まだ自分に好意的な存在はいないな、などと考えていると、その女性から声がかかった。
「あなたがエリカ様の大切なお客様である御剣和也殿ですか?」
「確かに自分は御剣和也だが」
そう名乗ると、あからさまではないにせよ、こちらを品定めするような視線を向けてくる。
「魔獣討伐の報告にいらしたとお聞きしていますが、回収された素材はどちらに?
それに、共に討伐に参加されたお仲間はどうされたのですか?」
「素材は収納スペースの中に入れてあるので、広げてもいい場所を指定してくれ。
それと、・・自分に仲間はいない」
最後の言葉は自分で言ってて少し情けなかったが。
「それはつまり自分1人で倒したと仰っているのですか?」
「そうだが」
一瞬、女性の視線の険しさが増したが、すぐに元に戻り、身振りと共に和也に付いて来るように促す。
「素材を改めさせていただきますのでどうぞこちらに」
女性はそう言うと、こちらを待たずに歩き出した。
暫く歩くと倉庫のような大きな建物に辿り着き、見張りの兵に素材処理班を呼んでくるよう命じた女性は、倉庫の一角を指し、そこに素材を出してくれるように頼んできた。
言われるままに和也は異空間の収納スペースから6体の魔獣の素材を取り出すと並べていく。
本気で和也が討伐したとは考えてなかった女性は、和也が素材をどこかから取り出しては並べていくその姿を、驚愕に大きく見開いた瞳で、ただ呆然と眺めていた。
「これでいいか?」
和也の声で我に返った女性は、慌てて1体1体確認していく。
どれも自分達が討伐できなかった魔獣に間違いない。
その大きさ故、ちょっとした小山の連なりのようになっている側で、所在無さげに立っている和也を、女性は、初めに見た時とは全く異なる眼差しで見つめた。
興味を持って観てみると、清潔感のある精悍な顔立ちに、髪や瞳の色と同じ漆黒の衣装が良く映える。
今まで何度か目にした人間族の男性は皆、不精髭を生やした身なりのだらしない者が多く、そうでなくても、こちらを見る眼差しに、色欲の濁りが混ざるのを抑えられない者ばかりで、正直、人間族に会うのはうんざりしていたが、思えばこの男にはそういうものが欠片もない。
吸い込まれそうな澄んだ瞳に映るのは、強いて言えば僅かな倦怠感であろうか。
こちらの今までの態度を考えれば無理もない。
ここに来る前、エレナから和也について色々話を聞いていたが、随分と違うものだと少し呆れた。
エレナのエリカ姫に対する忠誠心は盲目的なところがあるので、姫に近づく者を冷静に見れないのかもしれない。
自分でも知らない内に、和也に対して偏見に囚われていたことを恥じ、女性はまだ自分が和也に名乗ってもいないことを思い出すと、姿勢を正し、穏やかな声で話しかけた。
「確かに討伐依頼の魔獣のものばかりです。
それも6体も。
ご協力有難うございます。
わたくしは、セレーニア王国の将軍を拝命致しておりますマリーと申します」
僅かに頭を下げながら、先程までとは口調の温かさがまるで違う声色で話すマリーに対し、和也は彼女がそうする理由までは分からなかったが、嬉しさが込み上げて来た。
自分に対して好意的に接してくれた2人目の女性であり、エリカ程ではないにせよ、マリーもかなり魅力的な女性だったからだ。
エルフ特有の、やや薄い肌色をした、しなやかな肌と、背中まで伸ばしたプラチナブロンドの髪をした、青い瞳をもつマリーは、胸のサイズこそエルフ族の平均をやや上回る程度だが、十分に美しい存在だった。
和也が何か言おうと口を開きかけた時、呼びに行かせていた素材処理班が到着し、検分を始める。
処理班のメンバー達はまず、魔獣の素材が6体もあることに驚き、次いでその状態の良さに驚愕した。
精鋭部隊や他国の冒険者達がこれまで倒した魔獣の素材は、所々に穴や傷があり、お世辞にも綺麗とは言えない物ばかりだ。
和也のように一撃で倒せる力はないから、何発も何発も魔法や矢を打ち込まなければならず、その分どうしても傷が多くなる。
だが、魔の森の大型魔獣の素材は他では入手できず、背に腹は代えられなかった。
それが、ほぼ無傷の状態で、しかも6体もあるのだ。
処理班の者達の興奮は凄まじかった。
検分には少し時間がかかるとのことなので、和也は一旦部屋に戻ろうとしたが、そこにマリーから声がかかった。
「もしよろしければ、この後少しお時間を頂けませんか?
これだけの魔獣をお一人で倒すあなたのお力を是非見てみたいのです。
わたくしとお手合わせ願えませんか?」
ほんの少しだけ期待してしまった和也のことを、誰も責められはしないだろう。