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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き
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アリア編、その34

 パラッ、・・パラッ。

深夜、誰も居ない校舎の自室で、ジョアンナは魔法書と格闘する。

ベイグ家に(いとま)を告げ、正式に和也の下で働くようになった彼女は、暇さえあれば、魔法書を読み耽っていた。

持ち前の勤勉さで、教養科目は既に高等学校のものを全て習得し、残るは少し苦手な魔法のみ。

苦手とはいえ、初等学校で学ぶものには苦労しないが、流石に中級以上の魔法となると、魔力がそれ程高い訳ではないので、思うように練習出来ないせいもあり、苦戦していた。

せめて、知識だけでも先に習得しようと、日々何冊もの魔法書を読んでいる。

ここは時間の流れが外の5分の1なので、読み込んだ本は、部屋にうず高く積まれ、彼女が今読んでいるのは禁呪の書物である。


 メイドとしての仕事を終え、ここの教師以外にやる事がなくなった彼女は、がむしゃらに勉学に励んだ。

家が貧しかったせいで、貴族であるのに高等学校に通えなかった彼女は、その無念の思いをここで晴らすと共に、1日も早く和也に必要とされるよう、必死に勉強した。

和也から与えられた本を全て読み終えた後は、経済や政治を中心に、あらゆる類の知識を求めて、国の大図書館へと通い、そこで目星い本を見つけては、後で和也に頼んで複製品を手に入れた(そのためだけに、和也にわざわざ転移先を増やして貰ったほどだ)。

そんな彼女を、和也は嬉し気に見はしても、相変わらず、手を出してはこない。

エリカに申し訳ないとは思いつつ、隠れて何度かキスをしたが(既にエリカは念じるだけで和也のいる場所を視覚に収め、その会話すら聴けるので意味はないが)、それさえ常にこちらからだ。

何のストレスも感じず、栄養価の高い上質の食事を取り続け、将来的にも不安のなくなった彼女は、それまで以上にお洒落にも気を配った結果、今や女ざかりの真っ最中であるはずなのに。

それだけが、不満と言えば不満であった。

だが、勿論彼女はそんな事を(おくび)にも出さない。

日々明るく品のある笑顔を振り撒きながら、その視線は和也だけに向けられていた(勿論、授業以外で)。


「魔物の使役ねえ・・。

心が通じていなければ、虚しいだけだと思うけど・・」


強制的に従わせても、自らの意思が加わらない限り、その魔物の本来の力は出せないのではないか。

催眠術の類のような、偽物の情報を与えたり、精神を操って従わせる行為は、本当には自分の事を好いている訳ではないから、何だか寒々しい。


「私には向いてないわね」


一通り読み終え、無造作に積み上げる。

やはり自分自身の魔法を強化した方が良い。

そう考えた彼女は、後で和也に相談する事にして、遅すぎる睡眠へと向かった。



 その日、本の複製を頼んだ和也と共に、大図書館へと来ていたジョアンナは、見知らぬ男性から声をかけられる。


「失礼だが、君は何処かの貴族の方だとお見受けするが」


「はい?

私ですか?

・・一応、貴族ではありますが、どのような御用件でしょうか?」


「いきなりで申し訳ない。

私は陛下より伯爵の位を賜っている、〇×家の□□と申す者。

もし宜しければ、この後少し、お時間を頂けないだろうか?」


見るからに品の良い、自信に溢れた壮年の男性が、そう告げてくる。


「済みません。

今日は主人と来ておりますから・・」


「既にご結婚なされておりましたか。

それは大変失礼致しました。

・・お相手の方が羨ましいですな」


男はジョアンナに丁寧に詫びると、直ぐにその場を去って行く。

少しして、頼まれた本の複製を終えた和也が戻って来る。


「・・もしかして、ご覧になっていました?」


「ん?

先程の件の事か?

・・あの男の気持ちも分らんではないがな。

中々に紳士的ではあったし。

ああいう事、結構あるのか?」


「・・ええ、まあ」


「あの男、何か誤解していたようだが?」


「私は間違った事を申してはおりません。

貴方が私の主人であるのは、本当の事です」


「その言葉に錯誤があったのでは・・いや、何でもない」


終始笑顔の彼女から、何だか変なオーラを感じて、それ以上の言葉を飲み込む和也。


「帰るか」


「ご主人様、お時間がございましたら、この後少しお付き合い願えませんか?

魔法をみていただきたいのですが・・」


「魔法?

・・別に構わないが。

とりあえず一旦戻ろう」


校舎にある彼女の部屋まで転移し、そこで詳しい話を聴く。


「それで、一体何の魔法をみて欲しいんだ?

下位のものではないよな?

何かに必要なのか?」


「中級の攻撃魔法を幾つか覚えたいのです。

今日はまともな方でしたが、あそこで声をかけてくる人の中には、かなりしつこい方もいて、しかも、事もあろうにご主人様を愚弄する者も偶にいるので・・」


どうやら、1人の時はかなり頻繁に声をかけられているらしい。

以前と違い、屋敷の中で働いている訳でも、メイド服に袖を通している訳でもないので、何処の家の者か分らない者達が、彼女の美しさに惹かれて寄って来るのだろう。

彼女に断られた際、汚い捨て科白を吐く者もいるようだ。


「私だけが罵られるなら良いんです。

でも、思い通りにならないからといって、ご主人様を口汚く侮辱するのだけは許せません。

彼らに罰を与えるためにも、自身の身を護るためにも、強力な魔法を覚えたいのですが、中々思うように発動出来なくて・・」


「暴言のみに、中級魔法で制裁するのはやり過ぎだぞ。

普段の君なら、その程度、笑って往なすだろうに・・」


「・・ご主人様を、好きな殿方を侮辱されれば、幾ら私でも怒ります」


「それでも、中級魔法は駄目だ。

身を護るためなら構わないが、中級以上は攻撃に使えば相手を殺しかねない。

悪意ある接触を弾く障壁を、常に君の身体に張っておいてやるから、殺傷能力の高い魔法は今は使えなくて良い。

・・自分に向けて、何か攻撃魔法を放ってみろ。

威力は気にしなくて良い」


「え?

ご主人様にですか?

・・何故ですか?」


「魔法の発動過程を見てやる。

何と無くだが、君が攻撃魔法が苦手な理由が分る気がするのでな」


暫く躊躇っていたが、自分如きの魔法で和也が傷つく事など有り得ないと考えたのか、渋々風刃を放ってきた。

目前で消滅するまで、和也はその一部始終を具に見ている。


「今度は中級魔法を使ってみろ。

攻撃系のな。

成功するしないは関係ないから、好きなので良いぞ」


あまり乗り気がしないのか、緩慢な動作で発動に入る。


「自分を、君に暴言を吐いた、嫌な奴だと思って放つんだぞ」


何かを思い出したのか、瞬間的に威力が増すが、成功する前に魔力が霧散する。


「今度はヒールを使ってみてくれ」


これは慣れてでもいるのか、とてもスムーズに発動する。


「・・大体分った。

ほぼ思った通りだな」


「一体何処が悪いのでしょう?

知識や理論に問題はないはずなのですが・・」


「結論から言うと、今の君には攻撃魔法は向いていない。

相手を殺せない程度の弱い魔法ならともかく、中級以上はほとんど無理だろう」


「・・やっぱり、私には魔法の才能が無いのですか?」


選りに選って、その事を和也の前で晒した事に、情けなくて下を向くジョアンナ。


「そうは言っていないぞ。

・・例えばだな、もし自分が君を捨てて、その後、君の大切な家族や友人達を誰かに皆殺しにされたりしたら、物凄く上達するかもしれん。

そんな顔をするな。

あくまで譬え話だぞ。

自分から君を手放す事なんて、絶対にないから」


「・・つまり、どういう事なのですか?」


「端的に言えば、君の性格に攻撃魔法は向かないという事だ。

君は優し過ぎる上、心も非常に澄んでいる。

主に相手を傷つけ、殺す事を目的とした魔法を放つ際、それがブレーキとなって邪魔をするようだな。

だから、攻撃に用いない、水や土魔法の中級なら、魔力量さえ問題なければ恐らく使えるはずだ。

試した事あるか?」


言われてみれば、これまでは中級魔法を、攻撃に使うものだとばかり考えていた。

嫌な人を撃退したり、より多くの、強力な魔物を倒すためのものだとばかり・・。


「魔法というのは、理論や形式面さえ理解すれば発動すると考えられがちだが、感情や性格、経験等が、実はとても大きく作用する。

より大きな魔法を使う際は特にそうだ。

勿論、だからといって、別に攻撃魔法が得意な者を、性格が悪い奴だと貶めている訳ではないぞ。

あくまで向き不向きの問題なのだ。

・・お前達の魔法を手助けする精霊や魔素、彼女達にも、極僅かながら感情や意思があり、その得意とする魔法も違えば、好みも異なる。

術者の意思に、その魔法に対する躊躇いや嫌悪が少しでもみられれば、彼女達の興味は薄れ、本来の威力を失うだろう。

上級未満の精霊など、子供と大差ない。

術者に共感すれば、より大きな効果を生むが、気に入らなければ、大した効果をもたらさない。

自分(や眷族達)のように、強制的に彼女らを従わせるだけの理由や力があれば、別だがな」


「・・私、そんなに優しくも純粋でもないですよ?

心の中では、色々と真っ黒な事も考えてます」


「ほう、例えば?」


「言わないと駄目ですか?

・・ご主人様を、どうやって籠絡しようかとか。

あ、勿論妻になろうなんて考えておりませんよ?

ただ、もう少し積極的に、手を出してはいただけないかな、なんてくらいしか・・」


そう言って、上目遣いに自分を見てくる。


「・・君の仕事に、そういったものは含まれていないのだが・・」


「仕事じゃありません!

願望です!」


「・・もう少し待って欲しい。

あと1年経ってもまだそう言ってくれるなら、以前にも言ったように、今とは別の選択肢を設けるから。

そのお詫びと言っては何だが、望むなら、今から君に新しい魔法を授けよう。

君の性格等を考慮し、最適かつ将来的にはとても有益になる魔法だ。

どうする?」


「・・それを受け取ったら、キスも駄目になりますか?」


「・・いや、そのくらいなら構わないが」


「なら喜んで」


「では、もっと傍に来て、自分と両手を繋ぎ合わせてくれ」


和也が前方に伸ばした両手に、ジョアンナのそれがしっかりと結びつく。

俗にいう、恋人繋ぎというものだ。


「目を閉じて、こちらが送る魔力の流れを感じ取り、そのイメージを膨らませてみてくれ」


そう言うや否や、和也から大量の魔力が送り込まれ、自分の体内を巡り始める。


「この魔法は攻撃用ではない。

君のこれまでの人生や、読んだ書物なんかを参考にすれば、イメージし易いはずだ」


目を閉じた暗闇の中から、和也の声が聞こえてくる。

より神経を研ぎ澄ます。

暫くして、送り込まれた魔力の一部が十分に身体に浸透すると、心の視界が急に開けた。

頭の中に、青空が広がる。

春。

待ちわびた季節を求めて、子供達が外を駆け回る。

雪解けの水はまだ冷たく、日差しは心地よい温かさを以って、頬を照らしてくる。

土から芽を出したばかりの山草の匂い。

蔵書や衣類等の虫干しで、ほんのり漂う黴臭さ。

お花見の中で、家族皆の笑い声が弾ける。

夏。

容赦ない日差しの中、少しでも涼を求めて近くの小川へ。

足下の小石が心地よく足裏を刺激し、命の限り鳴き続ける蝉の声に、水の流れる音が伴奏を施す。

天に向け、精一杯花を開く植物。

蛍の幻想的な光を浴び、見上げる星空。

時々、魔物の不躾な鳴き声が、折角の時間を邪魔する。

秋。

夏の間に刈っては干した草の山。

枯草の、良い匂いに包まれて、その上で昼寝する。

滋味溢れる野菜やキノコ。

収穫を祝うお祭りで、口にするご馳走。

村人の、恋が芽生える時期でもある。

冬。

厳しい寒さと、外出を阻む雪。

静かな室内で、薪をくべる音を背にして内職に励む。

暖炉の前に、家族で集まり、ゆったりと過ごす時間。

祖母の昔話に耳を傾け、母の膝の上で微睡んでゆく。


『懐かしい。

私の子供時代は、今思えば随分幸せだったのね。

貴族といっても名ばかりで、十分な教育さえ受けられなかった事を、ずっと残念に感じてはいたけれど、書物を読むだけでは得られない、素敵な経験を積ませて貰ってた。

貴族という、華やかな世界の裏にある、黒く醜い側面を見る事もなく、心を育てていただいた。

・・有難う、お父様、お母様、そして大切な人達。

大人になり、日々の(せわ)しさの中で忘れがちなこの想いを、もっと大事にしないとね』


そう思った彼女の中に、1つの歌が生まれる。


『え?』


その歌は、ジョアンナの心を楽譜にでもしたかのように、身体全体に響いてくる。

思わず目を開けて、ご主人様の顔を見る。


「どうやら生まれたみたいだな。

・・人は誰しも、心の中に、其々の原風景を持っている。

それはともすれば、より大きな出来事によって描き替えられてしまう事もあるが、死にゆくその時まで、その者と共に在る大切な心の拠り所だ。

君に与えた魔法は、術式などでは発動しない。

君の心が、世界に漂う精霊や魔素の共感を得た時、その力を借りて世に広がる。

この魔法は、強いて言えば統治魔法。

そこに住む民の心に芽生えた負の感情を、歌の波動で消し去るものだ。

永続的な効果はなく、その場限りのものでしかないが、暴動やパニック等を鎮静化するには最適と言って良い魔法だし、聞いた者達は、暫く安らかに眠れる。

唯一の難点は、あらゆる邪な感情に作用するので、1日か2日、夫婦生活に支障が出る者もいる、というくらいだな。

もっとも、そこに純粋な愛情しかなければ、恐らく影響はないはずだが・・。

マイナスに分類されるものでも、正当な理由がある感情、例えば処罰や敵討ちなどには、ほぼ影響力はない。

仮にあっても、その日に行おうという気がしない程度だな」


「有難うございます、ご主人様。

とても素敵な魔法ですね。

でも、私の将来に、この魔法がどう絡むのでしょう?」


「それはまだ秘密だ」


「・・それとですね、私の今の気持ちから、ご主人様に対する願望の幾つかが消えているのですが、もしかして、この魔法のせいですか?」


ジョアンナの笑みが濃くなる。


「純粋なものなら消えないはずだぞ。

変な事でも考えていたのか?」


「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?

フフ、フフフッ・・」


「あ、しまった。

今日はこれから用事があるのだった。

済まんジョアンナ、また後でな」


転移していく和也を見送り、彼女は独り言つ。


「・・そんなに変な事は考えていませんでしたよ?

せいぜい、ああしてこうするくらいしか。

・・多分、他の皆さんもやってますよ。

普通ですよ、ふ・つ・う」


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