表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き
122/181

アリア編、その31

 「ヴィクトリアさんの花は何でしょう?

その花の匂いを嗅ぐようにしている女性も見覚えないですね」


今日も遅い朝食を取りながら、アリアがヴィクトリアのリングに現れた絵柄を見て、そう尋ねてくる。

因みに、材質は同じミスリルだ。

エリカは既に授業に行っていて、この場には居ない。


「オールドローズのレディ・ヒリンドンという花だな。

女性の方は、地球で主に古代に信仰されていた、イシスという女神だ」


「どんな女神様なんですか?」


「色々説があるが、魔女の元祖とまで言われる強力な魔術師、といったところだな」


「へえ、魔法の得意なヴィクトリアさんにぴったりですね」


「貴女のは何か、まだ聴いてないわよ?」


「えっとですね、・・人の気持ちや情欲を操る魔神だそうです」


「・・意外だわ。

清純そうに見えるのに、結構黒い所があるのかしら。

わたくしには使わないでね。

貴女と愛を語る気は無いわよ?」


「酷い。

私だって無いですから」


「フフフッ、冗談よ。

そんな風には思ってないわ」


「・・ヴィクトリアさん、一晩で変わりましたね。

やはり綺麗になってますけど、雰囲気も随分柔らかくなった気がします」


「旦那様からゆとりを頂いたから。

それと、沢山の想いも。

・・貴女と同じ様にね」


アリアの顔が赤く染まる。


「・・それは、まあ、沢山貰いましたけど」


「そういえば、エリカさんのリングは普通に宝玉しか付いてないけど、何でなの?」


思い出したように聴いてくるヴィクトリアに、珈琲を飲んでいた和也は答える。


「エリカは自分が直接守護しているからだ。

あいつに何かあった時、あいつが困った時、たとえ助けを求めてこなくても、常に自分が見ているからな」


「「・・・」」


アリアとヴィクトリアが絶句する。


「もしエリカに何かあれば、自分は平気でこの世界を消滅させるくらいの事はするぞ?」


冗談を言っているようには見えない和也に、2人は、『エリカさんだけは絶対に守らねば』と、内心で冷や汗を流す。

アリアは和也が怒ったところを見てはいるが、その際の怒りは、あの時の比ではないだろうから。


「・・貴方の他の妻の方々にもお会いする機会はあるかしら?」


ヴィクトリアが話題を変える。


「その内、自分の城に場を設けよう。

互いに親睦を深めた方が良いだろうしな」


その後、ゆっくり食事を楽しんだ3人は、それぞれの時間を過ごしに行く。

城に戻るヴィクトリアを見送り、アリアは描き始めた和也の肖像画を進めるべく、自室に籠る。

目を閉じればその姿が浮かぶくらいに見慣れた彼を、カンバスに起こしていく。

一心不乱に描いていた彼女を、何処かから静かに見つめる視線にたまたま気が付いたのは、和也の眷族として莫大な力を得たからに他ならない。

その視線は、この世界とは異なる場所から、じっと彼女を、より正確には、その描く絵を見つめていた。

視線に悪意が無いので、怯える事はなかったが、和也がこの家に張った簡易結界を通して見つめてくる以上、それなりの実力者ではある。

牽制する意味も兼ねて、思わず口に出す。


「誰?」


『私の視線に気付いたんだ?

それお父様よね?

完成したら、私に頂戴』


まだ子供のような声が、淡々とそう彼女の頭に響いてくる。


「あの、・・どなたですか?」


『私を知らないなんて潜り。

お父様の妻に相応しくない』


「御免なさい。

まだなったばかりで、知らない事も多いんです」


『・・その絵、くれたら許してあげる』


「これは既に予約が入ってて・・。

エリカさん、知ってます?」


『・・あいつか。

あいつだけは無理だ。

お父様が常に見張ってて何もできないし、もし手を出したら凄く怒られる』


「やっぱりそうなんですね。

・・ところで、貴女一体誰なんですか?」


『・・ディムニーサ。

お父様が1番可愛いと言ってくれる娘(他の精霊王達から大いに異論あり)』


「和也さんに子供はいないはずですが・・」


『口を慎め。

私達はお父様の子供。

お父様によって生み出され、自我を与えられ、共に悠久の時を過ごしてきたかけがえのない家族。

お前ら下等種とは違うのだ』


「御免なさい!」


強烈な怒りが感じられるその響きに、思わず本気で謝るアリア。


『・・特別に許してやるから、私にもお父様の絵を描いて』


「時間がかかっても良いなら描きますけど?」


『どれくらい?』


「う~ん、半年から1年弱ですかね」


『何だ、そんなの待つとは言わない。

それでいい』


「折角なら、ご一緒の絵を作られては如何です?

家族なら、同じ枠に収まってみては?」


『・・それ()い。

凄く良い!

是非そうして』


「分かりました。

後で貴女の姿を拝見できますか?

無理なら画像や映像でも良いですが・・」


『ちょっと待って。

お父様と並ぶには準備が必要。

後で送るから』


「はい。

では、お待ちしてますね」


アリアを見つめていた視線はそこで途切れる。


「どんな人なんだろう?」


話し方は独特で、声は子供みたいだけれど、彼の眷族になった私でも無視できない程の威圧感がある。

興味津々で待っていた彼女の下に後に送られてきた映像は、無表情だが凄く可愛い少女が、精一杯のお洒落をしてきたような、とても微笑ましいものであった。




 『また迷宮散歩の護衛をお願い。報酬は金貨1枚、そしてあと2枚分で、家の皆に何かサービスするわね』

オリビアからの依頼を手にした和也は、少し考える。

そうだな、そうしよう。

独り頷く和也を、受付の女性が微笑んで見ている。


「ギルド登録しませんか?

この依頼はかなりランクが高いので、すぐ上までいきますよ?」


「何故だ?

只の探索だろう?」


「地下迷宮の4階層以降に行ける方は少ないです。

それも、ほぼ1人か2人の護衛だけで、泊りがけで行ける方なんて、そうはいませんよ?

依頼主がご領主様のご家族という点からも、評価が高くなります。

必ず無傷で連れ帰る事が前提ですから」


オリビアから報告でも受けたのか、意外に詳しい事まで把握しているようだ。


「自分は登録には興味ない。

だが、今回の依頼はアリアをメインにするから、評価は彼女に付けてくれ」


「!!

・・それは少し無謀では?

監視カメラがある1~2階層ならともかく、3階層以降にも足を運ぶのですよね?」


受付嬢の眼が険しくなる。


「大丈夫だ。

全責任は自分が持つ。

何なら、ヴィクトリアに確認を求めてもいいぞ。

彼女もきっと、問題ないと言うはずだ。

急ぎだから、手紙は自分が彼女に届けてやろう。

自分なら、今日中に彼女に手渡せる」


周囲に聞かれぬよう、彼女だけに聴こえるような声量で、そう告げる。

受付嬢が目を大きく見開く。

その言葉に含まれた様々な情報を、どうやら正確に理解したらしい。

この女性もかなり有能だ。

和也は少し感心しながら、彼女に暫しの時間を与えるため、奥の空いたテーブルに着いて、本を読む。

それを視線だけで見送りながら、受付嬢は頭の中で考えを整理する。


『つまりこういう事よね。

アリアはこの1年弱で相当に強くなっている。

第一王女とアリアにも、直接的な強い接点がある。

あの人と王女の関係は、かなり深い所まで進んでいる。

そしてあの人は、何らかの能力を持っている。

そうでなければ、Eランクのアリアを短期間でそこまで強く鍛える事なんてできないし、遠く離れた王都まで、1日で行けやしない』


自分の窓口に事務処理中の札を出して客を他の窓口へと誘導しながら、彼女はどうしたものかと考える。

前回、ベイグ家より送られてきた事後報告書には、どの階層まで行き、彼の態度がどうであったかしか書かれていない。

あとは特記事項として、オレア家の息女と接触を持った事だけが添えられていた。

彼女の他にはギルドの幹部しか知らされていないが(何を隠そう彼女は幹部社員。現場の細かい様子を探る目的を兼ねて、1人だけ受付として働いている)、彼は前回、何と5階層まで行ったそうである。

たった3人、しかも戦力になるのは彼くらいという状況で。

そして驚くべきは、戦闘らしい戦闘をほとんどしなかったという記述。

その理由までは明記されてなかったが、たった2日で、5階層を往復できるという事も信じられない。

・・ヴィクトリアは王位継承権第2位の王女だ。

ただの飾りではない。

その彼女と太いパイプを持つ彼の言葉を、軽んじる真似はできない。

領主様にはまだ伏せて、とりあえず第一王女にお伺いを立てる事にした彼女。

もし何かあっても、それさえしていれば、ギルドは罪は負わないで済む。

早速手紙を書き、ギルド印の付いた蜜蠟で封をして、和也に渡す。


「よろしくお願いします」


「確かに預かった。

今日中には返事を貰って来よう」


「!!!」


青ざめる彼女を残し、和也はギルドを出る。

さっさと人気のない路地裏まで来ると、その場でヴィクトリアの部屋に転移する。


「仕事中すまない。

直ぐにこれの返事をくれないか?

少し急ぎの案件なのでな」


「何だ。

てっきり夜まで待てなくて、新妻に会いに来たのかと思ったのに」


読んでいた書類から顔を上げ、そう言って微笑むヴィクトリア。

和也から手紙を受け取り、ざっと読んで、さっさと何かを書き込んでいる。


「はい、これで良いわよ。

でももうアリアの力を見せてしまうの?

ギルドに知られると、色々と利用されるのではなくて?」


「別にリングの力まで必要になる訳ではない。

今のあいつなら、素手だけでも御釣りがくる。

お前だって、既に眷族以外で相手になる者はいないぞ?」


「そうよねえ。

今までは少しでも魔力を強くしようと励んでたのに、これからは手加減する術を学んでいかないと駄目だものね。

嬉しいけど、ちょっとだけ面倒だわ」


「ストレスが溜まったら、自分が相手をしてやる。

思う存分、好きなだけ魔法を撃ち込んでいいぞ」


「・・そうね、その時は貴方に思いきり相手をしてもらう。

ただし、魔法とは違う、別の事でね」


彼女の瞳が艶を帯びる。


「さて、用も済んだし、邪魔しては悪いからもう帰るな。

仕事、頑張ってくれ」


転移しようとする和也に、後ろから声がかかる。


「愛してるわ」


「・・有難う。

その言葉は、何時聴いても心が和む」


そう告げて姿を消した和也に、ヴィクトリアは独りごつ。


「本当よ。

魂の底から、そう感じてるわ」


恋は盲目というけれど、わたくしのは、それよりずっと高みにある愛。

やるべき事、守らねばならぬ事、その全てをきちんと理解した上で、彼を最上位に置いている。

彼の為になるなら、わたくしは彼を戒め、時には手を出すことも厭わない。

でも、彼を真に傷つける事だけは、それがどんなものでも決して許さない。

そうエリカさんとも約束したし、たとえ口に出さずとも、アリアもそう考えている事は理解できる。

徐に椅子から立ち上がり、窓辺に寄って外を見る。

わたくしの大好きな国、その街並みと、そこに住む人々。

それら全ての素を彼が創り出したかと思うと、嬉しさで身が震える。

僅かに目を細め、口元を緩めたのは、窓から差し込む光のせいだけでは、決してなかった。



 「待たせたな。

返事を貰って来た」


「・・今度、当ギルドからの依頼も受けていただけませんか?

緊急の手紙の配達や、連絡事項の伝達だけでも結構です。

1回につき、金貨2枚お支払い致します」


渡された手紙を読み、ヴィクトリアの花押を確認した受付嬢が、そう頼んでくる。


「それなら金貨200枚で、王宮と何度も遣り取りできる装置を作ってやるぞ?

その方が、好きな時に使えて便利だと思うが。

手紙の他にも、装置に載せる事の可能な、小さな物なら送れる。

生き物は駄目だがな」


「・・上に相談する時間を頂けますか?」


「ああ。

・・それで、オリビアの依頼の件は問題ないのか?」


「はい。

ヴィクトリア様の保証が得られましたので、問題ありません。

ただ念のため、オリビア様に事前にその旨をお伝えし、同意を得てください」


「分かった。

ではこれからアリアを連れて、先方に依頼を受けに行く」


「よろしくお願いします」


和也がギルドを出て行くと、自分の窓口に休止の札を出し、大急ぎでギルド長他幹部連中との話し合いを始める彼女であった。




 「依頼を受けに来た、アリアとその連れだ」


例によって門番にそう告げる和也。

今回は隣にアリアがいるせいか、少し顔を顰めただけで取り次いでくれる。

残ったもう1人の方は、更に美しくなった彼女に見惚れて、ぼけっと口を開けている。


「・・お通り下さい」


戻って来た方も、今その事に気が付いたのか、アリアしか目に入らずに、彼女だけにそう告げる。

無視された形の和也は、門番達に礼を述べて通る彼女の後ろを、黙って付いて行く。


「いらっしゃい!

・・会いたかったわ」


応接室で待つ和也達の下へ、急いでおめかししてやって来たオリビアは、ドアを開け、アリアを一目見た瞬間、急に大人しくなって頬を染める。

挨拶するアリアに、どうにか平静を保って告げる。


「アリア、また貴女と遊びに行きたいの。

・・付き合ってくれる?」


「良いですよ。

ただ、その事で和也さんからお話があります。

先ずはそちらを聴いていただけませんか?」


居並ぶ2人の関係は、以前よりずっと落ち着いて見えるのに、何だか妙に親し気に感じる。

嫌な考えを振り払うように、その連れへと目を向ける。


「何かしら?」


「今回から、迷宮探索の依頼は、主にアリアと2人だけで行ってもらう。

勿論、突然そう言われても納得できないだろうから、迷宮に潜る前に、今の彼女の力を少し見せてやろう。

・・これから少し時間取れるか?」


「いきなりどうしたの?

アリアと2人だけなんて、私は凄く嬉しいけど、3階層以降に行くつもりなら、貴方が必要よ。

私だけでなく、アリア自身も危険に晒す。

前回の事、忘れた訳ではないでしょう?」


「その不安を払拭するために、事前に力を見せておくのだ。

自分も何かと忙しい。

お前の依頼が来た時に、いつも同行できるとは限らんからな。

ただ、どうしても不安だと言うのなら、自分も最後まで同行する。

その代わり、今後は依頼を出されても、直ぐに対応できるかは保証できない」


オリビアは、アリアの方を見る。


「貴女もそれでいいの?」


「ええ、構いません。

6階層以降でも大丈夫だと思います」


普段、自分(オリビア)に対して控え目な彼女から、自信を持ってそう告げられる。


「一体何があったの?

・・分かったわ。

貴女の今の力とやらを見せてもらう。

支度するから少し時間を頂戴」


部屋を出ていくオリビアを見つめ、アリアが口を開く。


「やっぱりいきなり過ぎたんじゃない?

私も貴方から言われた時に思ったけど、どうして突然そんな事するの?

彼女、貴方の事もちゃんと評価してるじゃない」


「・・お前独自の軍団を作るそうだな?

女性だけの、お前専属の軍を。

なら自分は極力邪魔しない方がいいだろう?」


「何で知ってるの!?

・・エリカさんね?

違うの、あれは只の冗談なの。

たとえ女性でも、貴方以外とはそういう事はしないから!」


真っ赤になって、慌ててそう否定するアリア。


「エリカは何も言ってない。

ヴィクトリアが意識を失っている間、お前達の会話を聴いていただけだ。

・・あいつも言ってたが、自分は、女性ならば割と寛容だ。

エリカだけは認めないが、他の皆には、各自の判断に任せる。

だからといって、決して他の妻を蔑ろにする意思は無いし、当然だが、手当たり次第に認めると言っている訳でもないぞ。

その選択が、お互いの未来にプラスにしかならない場合だけだ。

・・以前、エリカとも話した事があるのだ。

己の愛した者が、既に誰かの伴侶となっていた場合、普通の者ならそれで諦めるのだろうが、中にはどうしてもその相手しか愛せない者もいるだろう。

その場合、重婚の認められない世界では、泣く泣く他の者に嫁ぎ、相手を愛せぬまま精神面で不幸になるか、一生独り身でいるかのどちらかになる。

婚姻とは無関係の事が多い同性同士でも、愛した相手にその気が無ければ成立しないという意味で、似たような苦しみを味わう。

その属する社会が、そうした関係に不寛容なら尚更だ。

・・自分は我が儘だ。

己は数多くの妻を娶っても、その妻達には決して逆を認めない。

長く独りだった自分は、己だけのものを集め、それに固執する癖が付いた。

だから基本的に、一旦手に入れたものに、他者の手がつく事を嫌う。

妻に当てはめ辛うじて許容できるラインは、手を出す相手が美しい女性のみ。

これは全くの主観だが、見ていて美しければ、そこに純粋な気持ちしかなければ、まあ、ある程度は許容できる。

取られたという気が起きないし、その妻が自分を第一に想ってくれている事が大前提だがな。

・・自分が見るに、オリビアはお前に対して純粋で真っ直ぐだ。

無理に囲う必要は無いが、彼女の気持ち次第では、意に添わぬ政略結婚をさせて悲しませるより、側に置いて笑いながら生を送らせるのも手ではある。

彼女には、それに値するだけの価値があるのだから。

何れにせよ、お前の気持ち次第だな」


「・・貴方は私が、女性とはいえ他の誰かとキスしても、嫉妬したりしないの?」


「言っただろう。

美しい女性なら、カウントしないだけで、無関心ではないのだ。

それに、相手が受け入れれば、別にプラトニックでも良い訳だし」


「彼女と2人だけで行動して、その辺りを計れと言っているのね?」


「そうだ。

何度も言うが、別に強制してはいないぞ?

お前が嫌なら、側に置く必要は無い」


「分かったわ。

彼女の事は嫌いじゃないし、これまでの恩もある。

確かめるくらいの事はするわ」


アリアが和也をじっと見る。


「何だ?」


「私が心から愛してるのは貴方だけ。

その事を忘れたら許さないから」


「お前もちゃんと覚えていろ。

お前は自分の妻だぞ」


「フフフッ、今凄くときめいた。

今夜、・・良い?」


「いい加減、やりたいゲームがあるのだが・・」


「駄~目!

妻をその気にさせた夫の義務よ。

連日で大変だろうから、あまり無理させないわ」


オリビアが戻るまで、2人はずっとそんなじゃれ合いを楽しんでいた。



 「・・前から思ってたけど、貴方、人間じゃないの?」


自分とアリアを連れて、別の大陸へと転移した和也を、真剣な表情で見つめるオリビア。


「その問いに答えられるかどうかは、まだ分からん」


「アリアは知ってるの?」


「ああ。

自分と行動を共にする時点で伝えてある」


「ならいいわ。

彼女を騙しているのでなければね。

・・それより、ここ何処?」


見慣れない風景に、辺りを見回す彼女。


「エスタリアにある、獣人族が作っている国の、村の前だな」


「やっぱり別の大陸なのね。

貴方、国に仕える気は無いの?

王位以外なら、どんな地位でもくれるわよ?」


「興味ない」


「女とお金にしか関心無いの?」


「人聞きが悪い事を言わないで欲しい。

娯楽や芸術にも、大いに興味がある」


「和也さん、向こうから人が来るわよ」


アリアが前方を見つめ、真面目な声を出す。

和也達は、村の入り口へと繋がる森の中で立っている。

その逆側から、数十人の武装した男達が、荷を運ぶ馬車を伴って歩いてくるのが見えた。


「彼らは?」


オリビアの問いに、和也は答える。


「後ろにある村から、獣人の女子供を攫っては売りさばく、つまらない破落戸だ。

アリアのお披露目を兼ねて、奴らに罰を与える事にした」


「あの人数を、アリア1人に相手させるつもりなの?」


オリビアの声に怒りが混じる。


「大丈夫だ。

アリアは自分の大切な存在。

その彼女を、自分が危険に晒す訳がなかろう」


「でも!」


「・・アリア、3人以外は皆殺しで構わん。

その3人は奴隷として、村に渡してやる」


瞳を真紅にした和也が、怒りを抑えてそう告げる。


「分かった。

・・ここで待ってて」


破落戸との距離を詰めていく彼女を、オリビアは祈るように見ていた。



 「おい、誰か来るぞ!」


「凄えいい女だ!」


「獣人なんてどうでもいい!

あいつを売れば、一生遊んで暮らせるぜ。

・・もっとも、それは俺達が、散々楽しんだ後だがな」


徒党を組んで気が大きくなっている彼らは、その容姿に見合う下卑た笑いを張り付かせ、小汚い服から剣を抜く。


「おっと、ここは行き止まりだ。

運が悪かったな。

あんたみたいな上玉は、昼でも一人で野外を歩いたら駄目だぜ?

俺達みたいな商人に、捕まっちまうからよ、ギャハハハ」


「・・念のために聴きますね。

あなた達、私に何かするつもり?」


「はは、そりゃそうだろう。

森で極上の得物を見つけたんだ。

捕まえて、犯して、何人か子供を産ませた後で売りつける。

それが俺達の商売だからよ」


「それを聴いて安心しました。

・・初めて人を手にかけるのです。

やはり、躊躇いはありました。

でも、あなたの言葉が、それらを吹き飛ばしてくれた」


俯いて怒りに耐えていたアリアが、その顔を上げる。


「さようなら」


「ギャッ」


「ヒッ」


「グハッ」


目に見えない速さで繰り出される、アリアの拳。

風を切る音より先に到達する蹴り技。

その1つ1つが相手に当たる度、拳は身体を貫通し、蹴りは胴体を拉げさせる。


「ば、化け物だ。

全員で攻撃しろ!」


四方から、アリア目掛けて飛んでくる攻撃。

数発の魔法は障壁の前に消え去り、矢は届く前に折られ、剣や槍は刃先を砕かれる。

何十もの死体が横たわり、残された者達からは、助命を求める声がする。


「た、助けてくれ!

俺は今日が初めての仕事なんだ。

まだ誰にも手を付けてない!」


「知ってます。

だから、まだ生きているでしょう?」


「ヒイイッ」


そう口にするアリアの表情を見て、3人の男達は白目を剝く。

彼女の他に動く者がいなくなると、和也はオリビアを連れ、その近くまで転移する。

返り血で穢れたその身を浄化してやり、所持金と武器を没収した死体を、ダンジョンCへと転移させる。

伸びている3人は、縄で拘束した。


「こんな姿を見ても、まだオリビア様は、私を好きだと言えますか?」


大きく目を見開いて自分を見つめる彼女に、そう問いかけるアリア。

その瞳には、親しい者を失うかもしれない悲しみが、儚さとなって揺れている。

突然、オリビアがアリアに抱き付く。


「良かった。

アリアが無事で、本当に良かった」


「私が怖くないですか?

人殺しですよ?」


「だから何なの!?

私達だって、生きるために、何の罪もない動物や魔物を殺すわ。

その方が、ずっと酷いわよ!」


「・・有難うございます」


その頭を、優しく撫でるアリア。

そんな2人を尻目に、和也は獣人の村の、その門の向こうに、メモを添えて、3人の身柄と没収した所持金、装備の全てを転移させる。


「・・帰るぞ」


アリアの肩に優しく手を添え、3人で元の場所に戻る。


「これで分かったか?」


屋敷の正門近くに転移した和也は、オリビアにそう確認する。


「・・ええ。

貴方が私のアリアに何をしたかは、後で直接本人から聴く。

2人だけで迷宮に潜っても問題ない事も理解した。

ただ、事情を知らない家の者達が心配しないよう、貴方も一緒に迎えには来て。

今度からはそれで良いわ」


「分かった。

明日でいいのか?」


「ええ、お願い」


彼女を門まで送り、アリアと2人で家路につく。


「・・御免なさい。

今夜は貴方を放さないかも。

今頃になって、自分の力が少し怖くなっちゃった」


「構わん。

それは夫の務めでもある」


「何日も貴方を独占して、エリカさん、怒らないかな?」


「大丈夫だ。

エリカは自分には過ぎた妻だから。

きっと何も言わずに背中を押してくれる」


「羨ましいな。

いつか私も、貴方にそう言ってもらえる日が来ると良いけど」


和也が徐にアリアの肩を抱く。


「まだ至らない妻には、今自分がどう思っているかを、その身体に教えてやろう」


今宵もまた、それぞれの時間が過ぎていく。

明日は寝坊ができない2人がどんな時を過ごしたかは、他の誰にも分らない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ