エリカ編その1
エリカからの信じられない言葉を聞いた和也は、その瞬間意識がフリーズしていた。
果てしなく長い、気の遠くなるような時を経て、やっと叶ったその願いは、創造神をして一時的に己の思考を停止させるに十分な程の力を持っていた。
一方で、和也からの返事をいつまでも貰えないことに不安を覚えたエリカは、寄せていた身体をそっと離し、その顔を覗き込んだ。
そこには、瞬きもせず、焦点の合っていない眼から静かに涙を流す和也がいた。
ただその表情は悲しみのものではなく、まるで美しい光景を見て、その情報を心に刻み込んでいるような、穏やかな優しいものであったので、エリカは一先ず安心し、もう一度そっとその唇に口づけると、『お返事をお待ちしています』と囁いて部屋を出て行った。
和也が意識を取り戻すのはその少し後である。
気が付くと、目の前にいたはずのエリカの姿はなく、自分の頬に涙の痕跡がある。
どうやら一時的に意識が飛んでいたらしい。
涙を流すなど今まで一度もなかったことだが、その理由を思い出し、ぶり返す大きな喜びと若干の情けなさで苦笑いする和也であった。
テーブルの上にある、エリカが淹れてくれた紅茶の残りを口に含みながら、和也は今後の予定を考える。
まず何より大切なことは、エリカに返事をしなければならないことだ。
次いで、何か仕事を貰ってお金を稼ぐ必要がある。
折角だし、この国を色々見て回るのもいいだろう。
観察では得られない何かがきっとあるはずだ。
多くの人々と接して、人付き合いを学ぶことも重要だ。
頭の中を整理した和也は、誰かを探そうと部屋の外に出ようとしたが、こちらに向かってくる人の気配を感じ、一歩下がって待つことにした。
程なく、扉がノックされ、声がかかった。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
扉を開けて入って来たのは、メイドが着る黒の衣装を身に付けた20代後半くらいの、知的な印象の中に僅かな色気を纏った美しい女性であった。
「失礼致します。
今回、あなた様の王宮でのお世話を仰せ付かりましたエレナと申します。
よろしくお願い致します」
「自分の世話?
どんな?」
「滞在されるお部屋の掃除やお食事のご用意、王宮内でのどなたかへのご連絡など必要とされることなら何でもお申しつけ下さい」
「エリカの指示か?」
王女を呼び捨てにされ、少し表情を強張らせたが、すぐに表情を戻し答える。
「いえ、女王陛下のご指示です」
「部屋の掃除は浄化の魔法であらかた済むし、食事は外で取るつもりだ。
エリカへの連絡は助かるが、あとは聞きたいことがあるだけなので、わざわざ専任の人材を就けてもらう程ではないが」
「申し訳ありませんが、あなた様の王宮での監視も兼ねておりますのでご了承下さい。
エリカ様の大切なお客様ではありますが、まだ全面的にあなた様を信頼するには時間が必要ですので」
「了解した。
ではまず何か仕事を紹介してもらいたいが、誰に頼めばいい?」
「どのような仕事をお望みですか?」
「逆にどんな仕事ならある?」
「国としては魔獣の討伐とその素材の徴収、各種土木作業。
個人では素材探しに病人の治療、商人の護衛が主なものでしょうか」
「国や個人は問わないが、魔獣の討伐と素材探しを希望する」
「かしこまりました。
すぐに揃えて参ります」
一礼して部屋を出て行こうとするエレナに、もう1つ尋ねる。
「エリカに連絡をつけるにはどうすればいい?」
「私がエリカ様の担当係に話をしますが、エリカ様はご多忙故、いつお越しくださるかは分かりません」
こちらを振り返り、型通りの返答をしたエレナは、すぐに部屋を出て行った。
あまり良い印象を持たれてないようだと少し落胆した和也であった。