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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き
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アリア編、その27

 『御剣グループ社員の皆様へ』

ある男性のPCアドレスにそう題されたメールが届いたのは、今年もまた、嫌な花粉症が始まる頃であった。


「何だろう?」


開いてみると、以下のような文面が現れる。

因みに、御剣グループ社員には、入社時に同グループ専用のセキュリティソフトが無料配布されるので、詐欺や迷惑メールに悩む事はない(ただし、定年ではない理由で退社した際は、そのソフトは強制削除される)。


『この度、当グループは、忙しくてろくに家事もできない独身社員の方を対象に、家事代行サービスを始める事に致しました。

このサービスは、当社が独自に選んだ社員の方に、お部屋の掃除、洗濯、ゴミ出し行為を無料で提供するものです。

このサービスは任意ですので、勿論拒否する事も可能ですが、常に申し込める訳ではありません。

当社が必要と判断した時のみ、このメールをお送りしておりますので、申し込み期限を過ぎた際は、次のサービスをお約束するものではありません。

女性の方のお部屋は、女性スタッフのみで作業致しますので、「男性が部屋に入るのはちょっと・・」という方にも、ご安心いただけます。

ただし、機密保持のため、作業はご不在の間のみに行いますので、貴重品や見られたくない物がある場合には、皆様の方で管理をお願い致します。

作業員の質と仕事には万全の注意を払っておりますので、もし何かあっても、当社は一切の責任を負いません。

その旨、ご了承いただける方のみご応募ください。

なお、当サービスの管理責任者は、社長秘書である立花皐月です』


「え、うちのグループ、そんなサービスまで始めたの?

・・只か」


男性は自分の部屋を眺める。

丁度大きなプロジェクトを任されている最中で、ここ2か月、家には寝に帰るだけ。

掃除や洗濯はおろか、ごみまで出している時間が無い(朝ぎりぎりまで寝ていて出せないから、深夜寝る前に出そうとすると、自治会の暇なご老人達に、鳥に荒らされると文句を言われる)。

18禁のポスターが貼ってある訳でもなし、貴重品は通帳と印鑑くらい。

別に見られて困る物は無い(PCの中身はロックしてある)。

申し込み期限は、何と今のプロジェクトが一区切りつく前日だ。

自分のような若手の事まで、本当によく調べてあるなあ。

責任者の名前が決め手となり、男性はこのサービスに申し込んだ。



 「喜べ生徒諸君。

次の仕事が決まったぞ」


エリカの授業を終えて、皆で給食を食べていた所に、和也が入って来る。

食堂には大きなテーブルが2つあり、1つは教師用、もう1つが生徒用だ。

エリカはジョアンナと2人で優雅に食事を取りながら、隣のテーブルで旺盛な食欲を見せる生徒達を微笑ましく眺めている。

ジョアンナは、和也が現れるとナプキンで口を拭いて直ぐに席を立ち、彼の為に珈琲を淹れ始める。

彼女に与えた2週間の休暇は、殊の外その家族達に喜んでもらえたようで、本人も大分ゆっくりできたと言っていた。

彼女を実家まで送り届けた際、和也は、ジョアンナが土産を選んでいる間を利用して、先の王室御用達の店で購入しておいた、彼女の家族全員と執事用の服を、挨拶代わりに当主にプレゼントした。

既製服だが、皆のサイズに合うよう、和也の魔力がかかっている。

ジョアンナばかりがいい服を着ていては、彼女が家族に気を遣う。

たとえ社交界には出ずとも、きちんとした礼装の1つくらい、貴族なら持っていた方が良い。

そう考えて贈ったのだが、全部で金貨12枚にもなる贈り物に、皆は恐縮頻りであった。

また、彼女が休みの間、和也は暇を見つけては、ヘリ―家が治める他の村にも顔を出した。

そしてその3つの村にも、村の特性に合わせて、大量の椎茸の原木や陶磁器制作用の窯、100本の林檎の木を、それぞれの栽培方法や作業に関する資料と共に貸し与えた。

勿論、『きちんと管理しないと直ぐ没収する』、『毎年ヘリ―家に納める税額を、今より必ず増やす事(物納可)』という条件付きで。

自分が納得する物を作っていれば、1年後に共同浴場を建ててやると言ったら、どの村も凄く真剣になっていた。

村の囲いを強化してやると共に、各村の入り口には目に見えない魔法陣を敷き、邪悪な意思を持つ者が村から出入りしようとすれば、瞬時にダンジョンCへと転移させられる。

1年後、それぞれの村が独自の浴場を持った後には、4つの村に転移魔法陣を設け、お互いの村への行き来を瞬時にできるようにもしてある。

和也はこれらの事をヘリ―家には伝えなかったが、援助をする際、村人を信用させるためその名を借りたので、どうやら喜んだ村人達が代表を送って礼を述べたらしく、休暇から帰って来たジョアンナと会うや、『エリカさんには内緒にしてください』と言いつつ、しっかりと抱き締められ、深く唇を重ねられた。

『異性を思い切り抱き締める事、男性と口づけを交わす事、そしてその先も、私の初めては常に御剣様と・・』

離された唇から紡がれる言葉は、普段は穏やかな彼女からは考えられない程、熱い震えを帯びていた。


「ジョアンナ、すまないが、午後の授業を少し遅らせてくれ。

食べ終えたら直ぐに彼らに仕事をさせる。

今回は時間指定があるからな」


珈琲を運んでくれた彼女に礼を言い、そう伝える。


「畏まりました」


「食べながらでいいから聞け。

今回の仕事は、ある男性の部屋の掃除、洗濯、及びごみの始末だ。

前回と違ってそれ程の仕事量ではないが、気を遣わねばならぬ面は多々ある。

掃除は掃除機を使って埃等を吸い込んだ後、浄化で壁やタイル、床等の黴や汚れを落とす。

洗濯も、洗濯機を使って洗った後、同じく浄化で残った黄ばみや臭いを取る。

ごみは前回同様、自分が創ったホールに投げ込め。

場所は異世界、制限時間は60分、報酬は1人銀貨5枚だ。

普段ジョアンナ先生から学んでいる事を存分に発揮せよ。

食事を終えた者から、順次用務員室に向かえ」


子供達にそう説明した和也に、マサオが挙手して質問を求める。


「何だ?」


「ごみをどうやって判別したらよろしいでしょうか?

前回は全てごみという認識でしたが、今回は違います。

異世界の物は、僕達にはごみかどうかの判別が難しいと思われます」


「良い質問だ。

簡単に見分けられるよう、物に色を付けてやる。

青は捨ててはいけない物、無色は持ち主に判断させるため隔離、赤はごみだ」


「散らばっていた場合、物を1か所にまとめる事は可能でしょうか?

それとも、物の場所は動かさない方がよろしいですか?」


同様にアケミも質問してくる。


「部屋の主が、何らかのコレクターや趣味人の場合、その者拘りの配置がある可能性がある。

掃除をする際以外で場所を移して良い物も、黄色に色付けしておく」


その後、全員が用務員室に集まったところで、1人ずつロッカーで作業服に着替える。

部屋の様子を映した壁で最終確認をした後、そこに生じた歪みに入って行く子供達。

今回も和也が同伴する。


「ミッションスタート」


8畳1間の1Kマンションで、先ず山と積まれた洗い物を洗濯機で洗いながら、キッチンや風呂場、部屋、トイレに分かれて作業が始まる。

因みに、作業で使われる洗濯機は、和也が空間を繋げて創った専用置場に設置された大型の物で、3つある投入口は、それぞれがハウスクリーニング用、色物、通常の物とに分かれ、その洗い方、使用される洗剤等が異なる。

どれも洗濯物に最適な温水、水の質や洗剤等が自動的に選択され、最後は乾燥までしてくれる、所謂オーパーツである。

彼らは仕事のために、ジョアンナから自分達の世界には存在しない機器の扱いについても学んでいる。

教える彼女もそれらの製品を自在に扱えるよう、事前に和也から製品の提供及び説明を受け、空いた時間に色々と学習している。

実際、校舎内の彼女の部屋には洗濯機があり、押し入れ代わりの収納場所に、掃除機やアイロン等が置かれている。

ただし、異世界に溢れる洗剤や清掃液等については、手の荒れる物、環境に良くない品は授業で用いない。

子供達の身体に悪影響を及ぼす物は、厳格に授業で使う品から排除されている。


 マサオが室内の掃除機をかける。

使用している掃除機は、これまた特殊仕様のオーパーツ。

その吸引力はかのダイ〇ンも真っ青ながら、吸い込んではいけない物、貴重品や繊細な素材に向けられると、自動的に停止したり、吸引力が弱まったりする。

その重さは女子でも軽々と扱えるくらいに軽い。

ベットの下をかけている時、その吸引力が弱まり、吸い込み口に何かが引っかかる。

無色のそれを取り出した彼は、『うわあ、これはちょっと・・』と呟いて、専用の黒ビニール袋に終い込んだ。


 アケミが風呂場を掃除している。

タイルの隙間に生じた黒黴、バスタブや洗面器等にこびりついた水垢を、根こそぎ浄化する。

排水溝の管の中まで浄化を施し、嫌な臭いを防ぎ、詰まりの素となる髪の毛等を取り除く。

換気扇にも目を向け、枠の向こう側にある金属の羽の部分まで、しっかりと汚れを落とす。

脱衣所の手洗い場に置いてある、男性用の様々な品に、珍しそうに目を向けていた。


 タエがキッチン周辺を受け持ち、流し台に山と積み重ねられた汚れた皿を洗い、ステンレス部分の水垢や黴を浄化し、排水溝のごみと汚れを取る。

洗剤やクレンザーの容器に積もった埃を奇麗に流し、切れ味の落ちた包丁を研ぎ、換気扇周りの油汚れや埃を完全に浄化し尽くす。

収納扉の表面を拭き、内部の汚れを取った際、消費期限を何年も過ぎた調味料を分別して、透明なビニール袋にまとめておく。

一通り終わると、満足げに、装備の中で『フウ』と息を吐いた。


 トイレ担当はトオル。

周囲の壁紙の黄ばみや汚れを浄化し、便器に接続しているホースやコンセントに被った埃を取り除く。

本命の便座は、側に置いてあったブラシを借りて、専用液で磨き上げる。

縁の内側もしっかりブラシを入れ、ざらざらした汚れをこそぎ落とす。

何度か水を流しながら繰り返す内に、そのブラシに付いた汚れまで奇麗になり、最後は陶器の周辺をアルコールで磨いて終える。

確認作業で換気扇をやってなかった事に気付き、慌てて浄化する。

危ない危ないと苦笑いする彼であった。


 乾いた洗濯物を取り出し、全員で畳む。

シャツはハンガーにかけ、和也がサービスで瞬時にアイロンがかった状態にする。

最後にマサオが黒ビニールに入ったある物を置いていくと、和也が『これを傍に置いておけ』と言って、2つのフィギュアを渡す。

犬と熊であった。


「よし、撤収!」


4人全員が壁の歪に入って行く。

残った和也は室内を見渡し、ゴミが捨てられた小型のブラックホールを消し去ると、満足げに、自らも歪みに入っていった。



 部屋の主である男性が、深夜までの自主的残業(勿論有給)を終え、へとへとになって帰って来る。

玄関の鍵を開け、中に入ってびっくり。

築20年の賃貸マンションである彼の部屋は、業者に高額の料金を支払っても不可能なくらい、とても奇麗に掃除されている。

思わず、コンビニで買って来た夜食の袋を落としてしまった程だ。

ただ、テーブルの上に置いてあった、黒ビニールとフィギュアに首を傾げる。


「何だろう?」


中を覗くと、青白い黴で覆われた、自分のパンツが入っている。

結構高かったブランド物だが、これでは洗っても、また穿く気にはならない。

前足を1本前に出した犬と、両手を上げて攻撃態勢を取っている熊の意味を即座に理解する。


「お手上げね。

・・確かに」


男性は笑って黒ビニールの口をしっかり縛り、忘れないよう鞄に入れる。

明日、申し訳ないが、これだけはコンビニのごみ箱に捨てさせてもらおう。

この男性は、すっかり奇麗になった部屋を再度汚すのが嫌になり、プロジェクトが無事片付くと、こまめに部屋の掃除をするようになるのだった。




 ある若い女性社員の下にもメールが届いた。

運良く入社試験に受かり、地方から上京してきて早数か月。

最初は何もかもが目新しく、浮かれていたが、次第に都会の人込みとペースに疲れ、気力を減らしていった。

心身に妙なだるさを抱え、気分も塞ぎがちで、部屋の掃除も片付けも億劫になる。

いつしか、彼女の部屋は他人に見せられないような有様となった。

良く考えもせず、サービスに応募する。

その時は、只でやってくれるなら儲けもの、くらいの気でいた。


 重く感じる足を引き摺るように、何とか部屋まで帰り付く。

鍵を開けて部屋に入れば、朝とはまるで違う光景がそこにある。

ごみどころか埃一つなく、部屋に漂う空気からして異なる。

ピカピカになったテーブルの上には、失くしたと思っていた彼の写真が。

入社試験に受かった時、親の面倒を見るため地元で就職する彼と、泣く泣く別れてきた。

嫌いじゃなかった。

好きだったのに、遠距離恋愛に耐えられないからと、自分で自分を否定した。

いつも私を支えてくれたのに。

彼の方がずっと優秀だったのに、『俺はここで生きて行くよ』という言葉の裏に込められた、その無念の思いを考えてあげられなかった。

都会には都会の、田舎には田舎の良さがあるが、結局、私は田舎暮らしに向いていたのだ。

彼に会いたい。

せめて1度連絡したい。

そう思いながらも、折角今の会社に入れたのだからと未だ踏ん切りがつかない私の視界に、写真の側に置いてある、1枚の紙が映る。

『御剣グループより社員の皆様へ、〇〇子会社への長期出向者募集のお知らせ』

心に潜むある期待感が、その紙に手を出させる。

よく読んでみると、果たして出向場所は、実家のある場所から車で40分くらい。

一定以上のパソコン技能があれば、出社は月に1~2度で、在宅勤務でも可と書いてある。

グループでは、親の介護や出産などを理由に、働きたいのに辞めざるを得ない方々に、別の働き方を提案することで、貴重な人材の流出を避けたいと記載されていた。

今後、こうした試みを全国に広げていくという。

勤務時間は選択制なので、労働時間によっては給料が下がるが、時間数は毎月変更できる上、グループの正社員扱いだから、きちんと退職金や厚生年金が出る。

しかも、そこだけ何故か手書きで、こう書かれていた。

『新規事業を含むため、地元に詳しい若手を若干名募集』

私は心の迷いを払い除け、直ぐに彼のスマホにメールを送る。

少ししてからかかってきた電話の声は、あんな別れ方をしたのに優しく、聴くだけで私のだるさを取り除いてくれる。


「あのね、私、そっちに戻ろうかと思うんだ。

・・ううん、会社を辞める訳じゃないよ。

そっちにある子会社に、出向するつもり。

・・うん、そう。

それでね、こんな事、言える立場じゃないんだけれど、・・もう1度、あなたとやり直したいの。

・・駄目かな?

・・・有難う、凄く・・嬉しいよ。

グスッ・・今の仕事はどう?

楽しくやってる?

・・スン、え?

・・泣いてるけど、悲しい訳じゃないから。

スン、そう、・・あそこら辺、何もないもんね。

実はさ、今、うちのグループが、スン、人材募集してるの。

・・うん、そうだよ、同じ職場。

あなたなら、スン、きっと受かると思うけど、・・どうかな?」


この電話の2か月後、私は件の子会社に出向した。

住み慣れた家と吸い慣れた空気、そして見慣れた風景に、私の心は軽くなる。

笑顔の数がずっと増えたのは、同じ職場に採用された彼と、そして、2人でいる事の有難味を学んだせい。

田舎といえど、仕事はハード。

首都圏に何かあった際の、素早いバックアップシステムの確立と、それに関するデバイス造り。

でももうへこたれない。

だって私の隣には、彼が居てくれるから。


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