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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き
113/181

アリア編、その22

 「もう12月かあ。

・・今年もまた、あの日がやって来るのね」




 「香月先生、その服何処で買ったんですか?

私も欲しい。

今度のクリスマスプレゼントに、父におねだりしようかな」


「う~ん、あなたくらいの年齢ではまだ早いんじゃないかしら。

色々探せば、若いあなたに似合う服は、幾らでもあるわよ?

今しかできないお洒落を楽しんでみたら?」


「先生、そのボールペン、もしかしてWATARM〇Nですか?

私もそのブランド好きなんです。

ただ、少し重いのが難点ですけど」


「フフッ、私はそれがいいの。

勿論、デザインも好きよ」


昼休み、学食で食べる時は、周囲の席が直ぐに生徒達で埋まる。

男子生徒は遠慮して中々寄って来ないけど、女子達の行動はとても素早い。

あの人に会うまでは、職員室で自作のお弁当をつまむ事が多かったけれど、何かと忙しい今では、お弁当を作る手間さえ惜しい。

100を優に超える大企業の筆頭株主として、その情報処理や経営への助言を求められる事も多く、御剣グループ主要4社では、何と社長も兼任している(まだなり立ての頃、学校にそれを報告し、就業規則に反するかを尋ねたら、ただ笑顔で、何時までも居てくださいとだけ言われた)。

なのに彼は日々の莫大な稼ぎで遠慮なくどんどんその数を増やしていくから、正直、普通の人間だったら、睡眠不足で肌が荒れるくらいはしただろう。

この身体と今の生活に慣れるまでは、他の妻の方々よりもずっと一緒にいられる時間が多かったが、この半年、彼は家を空ける事が多くなり、特にここ3か月は、1度も顔を見せていない。

その存在上、仕方のない事ではあるが、この星はカップルが楽しむイベントが多く、そんな時には、彼の温もりが欲しくなる。

出会う以前は、10年近く独りで暮らしてきたのに、随分贅沢になったものだ。

今度家に帰って来たら、時間が許す限りベットから出さない。

そんな、生徒達の前では口に出せない事を考えながら、一方で、夢と希望に満ちた若い世代の話に相槌を打つ。


「先生、ほとんどお化粧なさってませんよね?

それでその肌って、何か秘訣でもあるんですか?」


「私もお聞きしたいです。

どうしたら、そんなに髪に艶が出るんですか?」


「そんな事聴いて、さては誰か好きな人でもできたのかしら?

あなた達はまだ10代なんだし、ストレス溜めずに健康に気を配っていれば、自然とそうなるわよ」


「え~、無理ですよ~。

勉強が大変だし、スマホやお洒落に時間を取られて、最近はお母さんも忙しいから、ご飯も適当なんです」


「そうですよ~。

それに、そのくらいで先生みたく綺麗になれるんなら、世の中美人で埋まってますよ~」


「フフフッ、実際そうじゃない。

あなた達だって、随分可愛いわよ」


「またそうやってはぐらかす~」


「だって実際、何もやってないんだもの(彼に愛してもらう以外はね)」


「世の中不公平~」


「ぶ~ぶ~」


「じゃあ、お先に。

早く食べないと、もうすぐ予鈴よ」


午後の授業の準備をするため、職員室へと向かいながら、頭の中では別の事を考えていた。


『あと何年、こうしていられるかしらね』




 思っていたより、ずっと時間がかかりそうだ。

少女を魔獣界に送った後、夜の湖水を見つめながら、和也は今後の事を考える。

初めは軽く済ませるつもりだった下準備も、アリアと出会ったことで、大分違う方向へと進んでいる。

アリアだけじゃない。

ジョアンナも、もしかするとヴィクトリアでさえ、これからの選択次第では、ずっと関わっていきそうな気がする。

エリカに贈る星で、一体何をやっているのかとも思うが、縁ができ、自分を慕ってくれる者達を、そう無下にはできない。

抱える者が多くなれば、それだけ責任と気配りが増えるが、嘗て人との遣り取りに飢えていた自分には、むしろ望む所だという気もしている。

ただ、こちらでやることはまだまだ多いから、一旦地球の有紗の所に顔を出し、その旨を伝えておく必要がある。

もうじきあちらはクリスマス。

彼女を妻にしてから、その日だけは彼女のために大事にしてきた。

金に任せて豪遊したこともあれば、2人きりで部屋で過ごしたこともある。

毎回同じなのは、最後はベットで想いを伝え合うということだけだ。

これだけは、毎年欠かさず彼女が求めてくる。

今年も彼女のために時間を作るため、翌朝から、動き出す和也。

先ずはジョアンナに会いに行く。


「ジョアンナ、オリビアから休暇の件はもう聞いたか?」


「はい。

有難うございます。

明日から2週間のお休みを頂けることになりました」


「既にやる事は決まっているのか?」


「いえ、ここでの授業がありますから」


「それなら心配ない。

子供達にも2週間の休みを取らせる」


「・・では、久しぶりに実家に顔を出そうと思います。

随分帰っていないので、家族の様子も見てみたいですから」


「そうか。

では、今日の授業後に、直ぐ近くまで送ってやろう。

それとも、一旦町に戻って、土産でも買っていくか?」


「よろしいのですか?

でしたら、家族と執事の皆に、何か買っていきたいです」


「分かった。

右手を出せ」


言われるままに、右手を差し出すジョアンナ。

和也は、その薬指にはめられたリングに、新たな機能を付け加える。


「このリングに、アイテムボックスの機能を付けておく。

君の魔力に影響を受けずに使えるから、色々入れておくといい。

それから、これは支度金だ。

来年度から、自分の下に来てもらうからな」


そう言って、彼女の手首を返し、侯爵の娘から得た、金貨の袋1つを掌に載せる。


「お心遣い、有難うございます。

・・ですが、かなり重い気が致しますが」


あまり力を入れていなかった腕に、ずしりとくる重さを感じて、思わず落としそうになった袋を、慌てて両手で支え直す彼女。


「金貨100枚入っている」


「・・金貨、ですか?」


てっきり銀貨だとばかり思っていた彼女は、あまりの事に一瞬思考停止状態となる。


「・・・そんな、多過ぎます!」


「自分はそうは思わない。

君はきっと、自分にとって、なくてはならない人材になる。

だから寧ろ、安いくらいだ。

正式に自分の下に来てくれた際には、給料も月に金貨3枚、ボーナスとして年に5か月分払う。

・・人の好意はお金では買えない。

お金がある時だけ、調子が良い間だけの好意は、その相手にとって、真の気持ちとは言い難い。

君なら、たとえ自分が貧しくとも、落ちぶれようとも、きっと最後まで付いてきてくれる。

そう思えるからこそ、君を高く評価するのだ。

実家にも1人、ずっと仕えてくれてる者がいるのだろう?

もし余ったなら、その者にも少し分けてあげるといい」


「・・・」


何も言えず、笑顔で静かに涙を流すジョアンナ。

そこに、エリカの授業を終えて、休み時間になった子供達がお茶を飲みにやって来る。


「ああっ、御剣様が、ジョアンナ先生を泣かせてる!」


「御剣様、何で先生を泣かせてるの?」


子供達が騒ぐ中、後からやって来たエリカがしたり顔で言う。


「トオル君、マサオ君、ああいう男性になってはいけませんよ?

無自覚に、さらっと女性の心を揺さぶる男性を、専門用語でジゴロと言うのです」


「分かりました」


「覚えました」


既にエリカに心酔している彼らは、一も二もなくそう口にする。


「お前達、明日から2週間は授業はお休みにする。

親の手伝いをするなり、好きな事をして過ごしていろ。

ただ、ここには来れるようにしておいてやる。

食事や自習がしたければ、いつもの時間までは、好きに使っていいぞ」


「「はい、有難うございます」」


「後で迎えに来る」


ジョアンナにはそれだけ告げると、和也は早々にその場を後にした。




 「ユイ、ユエ、少しは強くなったか?」


「御剣様!

いらしてくれたのですか?」


午前は筋肉と体力の強化に励んでいる2人が、互いのメニューをこなしながら、いい汗をかいていた。


「頑張るお前達に差し入れだ。

訓練を終えたら食べられるよう、部屋に冷蔵庫を設置してやる。

・・前回見に来た時よりも、またさらに身体が締まったな」


動き易いよう、スポーツブラとブルマーのような衣類のみしか身に着けていない彼女達。

腕や腹、太股などが丸見えなので、その筋肉の付き具合がよく分かる。

少し考えて、和也は、彼女達の胸の膨らみだけは、どれだけ筋肉を付けようとも、形が変わらないようにしてやる。

若い彼女達は、プライベートではお洒落だって楽しみたいはず。

着こなせる服が限定されてしまうのは、幾ら強くなる為とはいえ、可哀想に思える。


「有難うございます。

もう終わりますので、お時間があれば、一緒にお茶などいかがですか?」


「少しくらいの時間はあるが、・・いいのか?」


「勿論です。

私達は御剣様の部下。

遠慮なさらず、是非」


「なら、言葉に甘えよう」


少しして、既定の訓練を終えた2人と、扉の裏にある生活スペースへと入って行く。


「ユエ、私先にさっとシャワーを浴びるから、準備をお願いしてもいい?」


「うん」


そう言うと、ユイは風呂場へと入って僅かな衣類を手早く脱ぎ、全裸になってシャワーを浴び始める。

中の見えないトイレと違って、浴室は、少しでも解放感を出すため、透明な強化プラスチックで造ってあるので、ここからその姿が全て見える。


「念のため伝えておくが、彼女の姿、ここから丸見えだぞ?」


お茶の準備をしているユエにそう告げる和也。


「・・御剣様には、もう隠し事を一切しないと2人で誓ったんです。

あなた様のお命を狙うなんて愚かな事をした私達には、今はそれくらいしか、こちらの誠意を示す事ができません。

本当は、2人であちらのご奉仕をとも考えたのですが、マリー先生のような美しい奥様達を既にお持ちの御剣様にはご迷惑でしょうし」


「自分は既に、お前達を微塵も疑ってはいない。

マリーの訓練は過酷だろう。

これまでの苦労や苦しみは、この短期間で作り上げた、お前達の肉体が証明している。

その顔つきだって、以前とは見違えるようだぞ?

だから、そんな事までしなくていい。

お前達は、ただでさえ男性が苦手ではないか」


「御剣様だけは別です。

あなた様にだけは、全てを委ねられます。

それに、嫌々やっている訳ではありません。

・・もしかして、かえってお見苦しかったですか?」


「いや、そこまでは言ってないが・・」


「あ、すみません。

隠し事、1つだけありました。

おトイレだけは、今後もお見せできません」


「それはこちらからお断りする」


「ユエ、お待たせ。

シャワー空いたよ?」


「うん。

もう葉が開く頃だから、御剣様に先にお出ししてて」


「分かった」


そう言うと、今度はユエが浴室に行き、同様に裸になって湯を浴び始める。


「・・・」


「すみません、ご気分を害されてしまいましたか?

・・決して誘っている訳ではございません。

私達は、ただ、御剣様に末永くお仕えしたいだけなのです。

そのために、精一杯の誠意をと・・」


下着姿で出てきたユイが、手早く服を着て、和也に紅茶を出す。


「自分がお前達に課している訓練は過酷だ。

普通の人間なら、まず1か月は持たないだろう。

それを耐え、長期間この狭い空間から出さない自分に、何故そこまでできる?」


「あなた様のなさる事は、厳しいながらも必ずその人の為になる。

そう信じられるからです。

最近になって、ベニスさんも訓練に加わる事が増えましたが、彼女も初めは、先生にしごかれて泣く事もありました。

でもやっぱり、ずっと続いています。

訳をお聴きしたら、御剣様の事を、沢山話してくださいました。

『あんな男、他にいねえよ』

彼女、何度も繰り返しそう仰ってましたよ?

自らの経験と重ね合わせて、私達2人は、ここに来た当初よりもずっと強く、切に願いました。

もう2度と、あの方に隠し事すらしない。

身も心も曝け出して、その上で、末永くお仕えしたいと」


「・・何かあちこちで過大評価されているようで、その反動が怖い気もするが。

・・仲間だから、部下だから、(しもべ)だからという理由で、性的な事まで共有する必要はない。

そういう事は、義務や習慣などではなく、心が求める相手とするもの。

それをきちんと理解しているなら、自分の方からはもう何も言わん」


「その点は大丈夫です。

私達は、今までまさにその”心”を守るために、頑張ってこれたのですから」


「お待たせ致しまして、申し訳ありません」


シャワーを終えたユエが、やはり下着姿で出てきて、傍らで素早く服を着る。


「そこに設置した冷蔵庫に、ある世界(ばしょ)でこの時期だけ作られるケーキを入れてある」


2人がその場に視線を向けると、確かに、何時の間にか、新しい機械が置いてある。


「だが、今はそれより・・」


2人の、まだ少し濡れた髪を魔力で乾かしてやりながら、和也は各自の右手、その薬指に、リングを生じさせる。


「そのリングには、転移とアイテムボックスの魔法が付加してある。

転移は、今はまだ、こことキンダルの町の往復用だ。

どちらの魔法も、消費する魔力はリング自体に備わっているから、お前達の魔力残量を気にせず何度でも使える。

今後は、暇な時間はここから出て、町で過ごしても良い。

訓練はまだまだ続けるが、少し外の空気を吸わせないと、思考が偏り過ぎるみたいだからな」


和也は苦笑しながら続ける。


「まだ支払っていなかった給料、2か月分を、それぞれのアイテムボックスに入れてある。

金貨1枚ずつだな。

ただし、まだギルドには接触するな。

お前達に正式に仕事を与え始めるまでは、2人だけで買い物や気分転換するくらいにしておけ」


「有難うございます。

ですが、・・何故いきなり?」


ユエが遠慮がちに尋ねてくる。


「信頼には、信頼で応える。

もうお前達は、自分の下を、黙って去ったりはしないだろう。

だから、魂の制約も解除した。

・・明日から3日、特別休暇を与えるから、自由に過ごしていいぞ。

マリーには、自分の方から伝えておく。

お茶、有難う」


椅子から徐に立ち上がり、礼を言って、何処かに転移していく和也。

2人はそれを、深いお辞儀と感謝、その信頼を得た大きな喜びでもって、見送るのであった。




 「久しぶりだな女王」


セレーニア王宮のベロニカの下に、和也は転移する。


「おお、御剣殿、よく参られた」


「今大丈夫か?」


「大丈夫じゃ。

私室にて話そう」


宰相を連れ、奥の私室で話をする。


「いきなりだが、明日から3日間の予定はどうなっている?」


「ん?

・・どうであったかな?」


ベロニカが、隣に座る宰相を見る。


「特に何もない。

今は至って平和なものだ」


「なら神ヶ島の花月楼に、温泉に浸かりに行くのはどうだ?

実は今、エリカとマリーに仕事を頼んでいるのだが、自分が所用でいなくなる間、少し労ってやりたくてな。

エレナを含め、彼女らと過ごしてくれるなら、自分が宿に伝えておく」


「おお、それは楽しみじゃ。

エリカが仕事とな?

何をしておるのじゃ?」


「学校で、数人の子供達を教えている」


「エリカが教師を!?

それは1度見てみたい光景じゃの。

マリーは何を?」


「自分の個人的な部下として使う人間を、しごいてもらっている」


「あやつは自他共に厳しいからの。

御剣殿という伴侶を得て、大分融通が利くようになり、丸くはなったが、大丈夫なのかえ?」


「ああ。

細心の注意を払って鍛えてくれてる」


「そうか。

任せておけ。

妾が責任を持って、相手をしよう。

とても楽しみじゃ」


「何かとお願いばかりですまないな」


「何を言う。

今のこの平和があるのは、偏にそなたのお陰じゃ。

平和なだけじゃなく、民が皆楽しく暮らして()る。

礼を言わねばならぬのは、こちらの方じゃ」


「そう言ってもらえると助かる。

では、自分はこれで失礼する。

後程、宿から予約の連絡を入れさせよう」


和也は静かに腰を上げると、同様に立ち上がった2人に、封筒を渡して転移する。

和也が立ち去った後、2人がその中を覗くと、そこには、教室で子供達を教え、食堂で皆と一緒に給食を食べる、エリカの様々な写真が入れられていた。




 今日もまた、深い森に建つ家の窓辺で、この世界に満ちる声に耳を澄ます。

ご主人様から頂いた力、思念の海。

そこには本当に、ありとあらゆる声が流れてくる。

聴き始めた当初は、流石に休み休みでないと耐えられなかったが、今ではそのチャンネルを加減することで、日によっては1日中聞いていられる。

ご主人様が魔獣界をお創りになったことも大きい。

怒りや憎しみ、怨嗟の内、聴く価値も無いものは、全てあちらで処理される。

窓枠に置かれたハーブティーの立てる湯気が、窓から見える何時もの世界を、ほんの僅かに優しく見せる。

楽しかった、ご主人様の居城での日々を思い出していると、家のすぐ前に、当のご主人様が姿を現した。


「めげずにやっているか?」


「元気に」、とは聴いてこない。

私達は病気やケガとは無縁だから。


「はい、お陰様で大分楽になりました」


家の中にお招きし、久しぶりのお客様に、取って置きのハーブティーをお出しする。


「エレナ、お前に冬の休暇をやる。

明日からエリカやベロニカ夫妻、マリー達と一緒に、花月楼に泊まりに行け」


「!

・・有難うございます。

ですが、ご主人様は?」


少し目を見開いて驚きながらも、自分の都合を確認してくる。


「自分は毎年恒例の用事がある」


「ああ、もうそんな時期なんですね」


エルフという、元から月日には疎い種族であったが、ご主人様の眷族になってから、それが一層酷くなっている。

毎年冬の同じ日に、ご主人様は、妻のお一人と、2人だけの時間をお過ごしになる。

お二人にとって、とても大切な日なのだそうだが、エリカ様の専属メイドをも自認する私としては、ご主人様に、是非、「エリカ様記念日」もお創りいただきたい。

その日に、私にお二人のお世話をさせていただけたなら、どんなに幸せだろう。


「エリカ様は今、如何お過ごしですか?」


「数人の子供達の教師をしている」


「!!!

エリカ様が教師を?

その子供達、何か特別な存在なのですか?」


「いや、極普通の人間の子供達だ。

・・そんな目で見るな。

別に強要などしてはいない。

エリカが自分からやりたいと言ってきたのだ」


私の目が、鋭く細められたのを見たご主人様が、苦笑しながら告げてくる。


「エリカ様が?」


「この星では、その名ばかりが独り歩きして、少し息苦しかったようだ。

誰も自分を知らない世界で、今は伸び伸びと暮らしている」


「・・そうですか」


「詳しい事は、あいつから直接聴くがいい。

お前もゆっくり休めよ」


「はい。

お心遣い、有難うございます」


ハーブティーを美味しそうに飲んでくれたご主人様は、去り際に、『そういえば、お前には何も与えてなかったな』と口にして、雪月花の焼き印が付いた、金の延べ棒を3本置いていかれた。

ご主人様、有難いのですが、両替が面倒です。




 「あやめは居るか?」


花月楼の玄関で、出てきた仲居の者に、和也は尋ねる。


「はい、呼んで参りますので、少々お待ちくださいませ」


初対面で、和也の事は知らないであろうが、そこは高級旅館としての教育が行き届いている。

言葉遣いも仕草も、非常に丁寧である。

暫くすると、奥からあやめが顔を見せる。


「御剣様、ようこそおいでくださいました。

どうぞ、お上がりください」


「忙しい所を悪いな。

直ぐに帰るから、茶はいらん」


広間に通されると、お茶の用意に立とうとしたあやめを引き留める。


「そんな、お久し振りですのに、皆に会われていかれないのですか?」


「すまん。

今日はかなり忙しくてな。

早速だが、明日から3日間、例の部屋に、セレーニア王宮の面々と、エリカ、エレナを受け入れてくれ。

全部で5人だ」


花月楼には、和也がらみの突然の予約に対応するため、いつもは使われない貴賓室が1棟ある。

ベロニカなどの夫婦と、それ以外の独身者でも一緒に使えるよう、何部屋かに分かれた離れを、丸々1つ、空けてある。


「畏まりました」


「支払いは、いつものように、酒や野菜、その他の補充で頼む。

もし現金が必要なら、後で請求してくれ」


「御剣様から頂くお酒やシャンプーは、他では決して手に入りませんし、野菜や米、調味料も逸品揃い。

それらで商売させていただけるだけで、お金は貯まる一方です。

本来なら、余計に頂いた分を、こちらからお返ししなくてはならないのですから」


「子供も増えたし、金は幾らあっても困るまい。

志野や影鞆達も元気か?」


「はい、勿論。

志野は相変わらず独身を通し、最近、女子(おなご)の養子を取りました。

影鞆さんは、奥方との間にできた2人のお子を、雪月花の白雪さんの下に送り、色々学ばせています。

この島も大分人口が増えましたから、役場の奥様の仕事を手伝ってもいます。

・・菊乃も、変わりませんね。

旅館の若女将をしながら、友人達とファンクラブとやらの活動に勤しんでいます。

たまに白雪さんに呼ばれて、未だに世直しごっこをしてますね。

喜三郎さんも、道場が軌道に乗り、向こうで所帯を持ちましたし」


「そうか。

・・時の経つのは、早いものだな」


「・・もう24年ですからねえ。

初めてお会いした時は、菊乃なんか、まだ15の子供でしたのに・・」


懐かしそうに過去を振り返るあやめに、和也も当時を思い出し、頬を緩める。


「これはお前達への土産だ」


帰り際、和也は広間に多くの品を並べる。

着物に帯、櫛や化粧箱など、昔ながらの職人が、丹精込めて作った逸品を見つけると、その都度買い集め、収納スペースに入れておく和也。

そういった物は、今の地球より、この島で使われた方がより味が出る。

そう考えてのことだ。

ついでに、この島、この時代で読んでも違和感がないような本を、書かれている文字を変換して、これまた大量に積んでいく。

未だ娯楽に乏しい島では、和也がこうして持ち込む本が、将棋や囲碁と並んで、宿泊客や村人達の楽しみの1つとなっているのだ。


「いつも有難うございます。

今度はお暇な時、ゆっくりおいでくださいね。

皆も喜びますから」


あやめに見送られ、玄関先で転移する。

その後、エリカとマリーに休みの事を告げ、買い物を終えたジョアンナを実家に送り届けて、和也は、有紗の下へと急ぐのであった。


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