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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き
112/181

アリア編、その21

「ねえあれ、何とかならないの?」


オリビアが、珍しく気不味げな表情で言ってくる。

和也達が朝起きると、障壁にへばり付くようにして、4人の男女がこちらを見ていた。

皆が皆、中々の衣装と装備を身に着け、容姿も並以上で、迷宮内でもきちんと身だしなみを整えている。

普通なら、そんな彼らに驚いて、いなくなるまでテントの中に居るか、障壁を解除して理由を尋ねるなりしそうなものだが、そこは和也なので、まるで彼らが目に入らないかのように、テントの外にテーブルを出して、朝食の準備をし始める。

アリア達女性陣は、彼らを気にして、トイレ以外はテントから出ず、和也がベットを終って代わりに出した流し台で、洗顔や歯磨きをして、髪や服装等を整える。

和也がテーブルに、珈琲と3種のパン、ローストポークと温野菜にオムレツ、2種類の果物を並べ終える頃には、しっかりと身支度を整えた2人がテントから出てきた。

例によって熱々の食事を取っている最中、相変わらずへばり付くようにしてこちらを見ている彼らに耐えられなくなったオリビアが、小声で和也に告げる。

安眠できるように、障壁外部の音は遮断してあるので、彼らが何を言っていても、こちらには届かない。


「気にするな。

その内いなくなるだろう」


「気になるわよ!

さっきからずっとこっちを見てるのよ?

私達に何か言いたいんじゃないの?」


「敵に襲われてる訳ではないし、身なりも良いから飢えてる訳でもないだろう。

なら、死にはせん」


そう言いながら、和也は呑気に珈琲を飲んでいる。

自ら進んで助けてやることもあれば、乞われても知らんぷりすることもある和也を見てきて、オリビアも、その境界線が何となく分かってきた。


「・・つまり、彼らは貴方の基準に満たない人達なのね。

でも、ずっとああしていられると、落ち着いて食事もできないわ。

助けないまでも、せめて追い払って頂戴」


「仕方ないな」


アリアまでそうして欲しそうな顔をするので、和也は渋々席を立ち、1人だけ障壁の外に出る。


「何の用だ?」


「遅いぞ!!

一体何度言わせれば気が済むんだ!

人を無視して呑気に食事などしおって。

早くそこのトイレを貸せ」


「ほう、あれがトイレだと分かるのだな。

やっと認知され始めたか。

だが断る」


「何!?

それは公共の物だろう。

勝手に周りに障壁など張りやがって!」


「あれは自分の所有物だ。

迷宮に点在する他の物とは違う」


そう言って、和也はさっさとトイレを終ってしまう。


「ああっ!

貴様、俺達に喧嘩を売るつもりか!

何処へ隠した?

早く出すんだ!」


「用くらい、その辺の茂みで足せば良いではないか。

これまで一体どうしていたんだ?」


「下賤な庶民ならそうするのだろうが、俺達は上流貴族だ。

ましてこの方は・・。

迷宮に潜って2日、運よくどんどん下へ降りる道が見つかり、調子に乗ったのが不味かった。

それまでは良く目にしたトイレが、急に見つからなくなって・・」


気遣わし気に後ろを見る男。

釣られて和也も視線を向けると、そこには今にも漏れそうなのを必死に我慢している女性がいた。

言葉を紡ぐだけでも危ないのか、物凄い視線だけを和也に向けてくる。

別にそこまで悪い者達ではないので、女性の隣にトイレを出してやる。

和也とて、彼らに恥をかかせるのが目的ではない。

ただ少し、礼儀を教えるだけのつもりだったのだ。

出てきたトイレに大急ぎで入る女性。

暫く、双方無言の時が過ぎる。

やがて女性が出てくると、今度はもう1人の女性も入る。

2人の男性は、口は悪いが意外と紳士的であった。

少し離れて、トイレとは逆に身体を向けている。

和也は1人、障壁内のテーブルに戻って再度、珈琲を飲み始める。

オリビアが、『何だ、トイレを借りたかったのね』と、苦笑いしていた。

女性の後に、少し間をおいて2人の男性も使用し、それから、テーブルでそれを眺めていた和也に、来い来いと指で指図してくる。


「何だ?

使用料は特別に只でいいぞ」


「これを買い取ろう。

迷宮で使った物とは異なり、これは持ち運びができるのだな。

幾らだ?」


「それは非売品だ。

売り物ではない。

それに、買ったところでアイテムボックスに入るのか?」


「入るわ。

辛うじてね。

だから早く売りなさい。

お幾ら?」


先程真っ先にトイレに駆け込んだ女性が話に入って来る。


「・・金貨500枚ならいいぞ」


「なっ!」


「それは特注品扱いだから、他より高い。

本来なら、それでも安いくらいだぞ。

この大陸では、他に作れる者などいないのだから、持っているだけで自慢の種にもなる」


相変わらずの上から目線で、しかも強引に話を進めようとする相手に、和也はかなり金額を上乗せして伝える。

しかも、微妙に自尊心を擽ってもやる。


「・・少し高過ぎるのではなくて?

200枚くらいが相場ではないかしら」


市場(しじょう)に出ていないのだから、そんなものはない。

売るならこちらの言い値だな」


「私はオレア侯爵の息女よ。

仲良くしておけば、いいことあるわよ?」


「生憎、貴族の友人には困っていない」


「・・・」


先程までの我慢が余程応えているのか、簡単には諦められないようだ。


「意外だな。

戦って負けたら安く売れと言ったり、勝手にアイテムボックスに入れたりはしないのだな。

まあ、自分の物は、許可なく入れることはできないが」


「オレア家の名に懸けて、そんな泥棒のような真似はできないわ。

それに貴方、かなり強そうだもの。

私よりアイテムボックスの容量がずっと大きいようだし、強固な障壁を、長時間張り続けているしね」


「思った程馬鹿ではないのだな」


「貴様!!

この方に何て口の利き方だ!」


男達2人と、もう1人の女性が色めき立つ。


「止めなさい。

あなた達では多分彼に勝てない。

ここに監視カメラは無いのよ?」


「しかし・・」


納得のいかない連れを宥めて、その女性は尚も交渉してくる。


「金貨300枚。

今までのこちらの非礼はお詫びするわ。

だから、それでどう?」


その態度から、どうやら和也が何を求めているかを察したらしく、口調も穏やかに、そう言ってくる。


「少し利口になったようだな。

それに免じて、金貨200枚にしてやる。

持って行け」


金貨100枚入りの袋2つと引き換えに、制約を解除し、アイテムボックスに終えるようにしてやる。


「有難う。

良い買い物ができたお陰で、以後の迷宮探索に不安はないわ。

私はミレニー。

・・貴方のお名前、聴いてもいいかしら?」


「和也という」


「・・覚えたわ。

また会えるといいわね」


そう言うと、直ぐに4人は去って行く。

金貨の袋を抱え、障壁内に戻って来た和也に、オリビアが声をかける。


「トイレを売ったの?

ちゃんと予備を持っているんでしょうね?

それで、幾らで売ったの?

まだあるなら、私にも売って頂戴」


「金貨200枚だ」


「はあ!?

ちょっと、あれそんなにするの?

確かに凄い機能だけど、幾ら何でも高過ぎない?」


「300枚で買うと言ったが、礼儀を学んだようなので、100枚負けてやった」


「・・彼女、名前言ってなかった?」


「ミレニー・オレア、侯爵の娘だそうだ」


「道理で・・」


「知っているのか?」


「私はあまり社交界に出ないから、名前だけ。

経済の規模では、(うち)に匹敵する家よ。

でも、あんな遠くからここまで来るなんて、一体何の用事かしら?」


「意外だな。

あまり社交界に出てないのか?

華やかな場所が好きなのかと思ったぞ」


「嫌いじゃないけど、あんまり顔が売れると、求婚相手が増えるでしょう?

お父様はまだ好きにさせてくれるけど、婚約なんてされたら嫌だし」


「トイレの件に戻るが、家にでも置くのか?」


「そうよ。

私の部屋に置くの」


「あれをか?」


「ええ。

全く臭わないし、デザインだって、シンプルだから部屋の調和を壊さない。

寒い時は、わざわざ部屋から出てトイレに行くのが面倒なのよ。

だから、知り合いの誼で金貨100枚で売って?」


「・・ジョアンナに2週間の休みをくれたら、只でいいぞ」


「本当!?

そんなに彼女を気に入ったんだ?」


「ああ。

来年度から、正式に自分の下に来てもらう」


「ちょっと、聞いてないわよ?

家のお客にも、彼女のファンは多いのに・・。

密かに嫁に欲しいと言ってくる貴族だって多いんだから」


「そんな()に、よくあんな短いスカートで茶を運ばせたな」


「あれは彼女が自分から志願したのよ。

貴方を見て、自分がその役をしたいって。

・・でもまあ、仕方無いか。

彼女の気持ちが最優先だしね。

もう手を出したの?」


「君達貴族と違って、自分は見境なく女性に手を出さない」


「失礼ね!

貴族だって、上になればなる程、そういう事には慎重よ。

家族が知らない所で、どんどん子供ができてたら、色々争い事が起きるんだから」


「アリア、これは当座の”生活費”だ」


オリビアの抗議をスルーして、金貨100枚入りの袋を1つ、彼女に渡す。


「!!

・・嬉しい」


受け取ったアリアが涙ぐむ。


「ちょっと、彼女泣いてるわよ?

まさか今まで給料払ってなかったの?」


「まあ、そういう事にしておこう」


すっかり冷めた珈琲を魔力で温め直して、それを飲みながら、暫し、時を過ごす。

その傍らでは、未だ涙を浮かべるアリアを、オリビアが、『可哀想に。酷い男よね』と慰めていた。



 4階層ともなると、随分人が少なくなる。

1時間歩いて、3組出会うかどうかだ。

その分、魔物の数が多くなり、質もぐっと高くなる。

だがこのパーティーは相変わらずだ。

頻繁に出会う魔物を、和也は視線だけで撃退する。

彼らは思考が人より単純な分、危険の察知にだけは長けているようである。


「貴方と歩いていると、ここがまるでその辺の森みたいね」


最早魔物と出会っても驚きさえしなくなったオリビアが、アリアにべったりくっ付きながら言う。


「退屈そうだな。

湖がある5階層に降りるか?」


「いいの?

でも、今日中に帰れるかしら?」


「それは問題ない」


「なら行ってみたい。

湖なんて、子供の頃、移動途中の馬車から見ただけだし」


「結構箱入りなんだな」


「皆が皆、貴方みたいに非常識でないだけよ」


透視で5階層への道を見つけ、時々邪魔な魔物を赤い球体に吸い込みながら降りて行く。

到着すると直ぐ、今までとは一変した景色が現れる。

ひたすら広い湖。

それが、疎らな木を従えて、2㎞先まで続いている。

水の色は濃い青色。

穏やかな水面に、時々何かが跳ねて波紋を作る。


「奇麗」


アリアとオリビアが感激したように言葉を漏らす。

どうやらアリアも、ここまで大きい湖は初めてのようだ。


「少し遊んでいくか?」


周囲を透視し、この辺りの水中に魔物が居ないことを確認した和也が、2人に声をかける。


「何して?」


「この湖の水は、飲めるくらいに澄んでいる。

その気があるなら、泳ぐ準備をしてやるが」


「私が泳げると思う?

でも、アリアと水の中で戯れるのは魅力的ね。

着替えはどうするの?」


「自分が2人分用意してやろう。

アリアもそれでいいか?」


「いいけど、あなたは?」


「自分は見張りだ。

それに、少しこの景色を眺めていたい」


湖の向こう岸には、小高い山が聳え、水によって浸食された岩肌が、荒々しくも芸術的な造形を創り出している。


「とか言って、本当は私達の水着姿をじっくり見るつもりね。

いいわよ、好きなだけ見てね」


笑ながらそう告げるアリアの側に、着替え用のテントを出し、その中に数種類の水着を揃えてやる。

中に入った2人が、時々楽しそうに騒ぎながら、着替え始める。

暫くして、アリアは赤いビキニ、オリビアは、水色のワンピースで出てきた。

その手には、泳げない2人のために和也が配慮した、浮き輪が握られている。


「・・もう少し胸があれば、アリアと同じような水着が着れたのに」


若干悔しそうに言うオリビアの手を引いて、アリアが水の中に入る。

火の精霊に指示して、一時的に周囲の気温を数度高めにした和也は、おっかなびっくり浮き輪で浮かぶ彼女達を視界の片隅に捉えつつ、腰を下ろして、木の幹に背を預け、暫し心を空にした。



 「いいなあ、アリアは。

そんなに胸が大きくて」


水上で、浮き輪代わりの、その背丈と同じくらいのマットの上に横になって寛ぐ彼女に、同様のオリビアが羨ましそうに声をかける。


「今まで、大きい事でいい思いをした事はない気がしますが、あの人が好みだと言ってくれたので、最近ではこれで良かったと考えています」


僅かに顔をオリビアの方に向け、まだ少し濡れた髪から水滴を頬に滴らせたアリアが、そう言って微笑む。

人工の太陽が穏やかに照らし出す彼女の顔は、水面の青と良く映える。


「胸の大きなメイドの娘も、『肩が凝って大変なんです』なんて言ってたけど、貴族が着る服って、何故か胸があった方が似合うのよね」


アリアの表情に見惚れながら、オリビアは何とか会話を続ける。

正直、今回の迷宮散策は大正解だった。

初めは、護衛とはいえ邪魔者が1人いる事に、あまりいい気はしなかったが、今では彼が一緒で本当に良かったと思っている。

アイテムボックスが使えない者なら大荷物で、実力に不安がある者なら隊を成して挑む、地下迷宮の3階層以降。

それを、然したる危険もなく、まるで自宅の庭のように闊歩し、出される食事は平時の家のものの上を行く。

風呂だけは無いが1日くらいなら浄化で補えるし、眠ったベットも快適で、トイレは家を凌ぐ。

そして何より、彼と一緒にいる事で、アリアが普段自分と2人きりの時には見せない、物凄く魅力的な表情をする。

ベットで隣に寝た時も、その匂いと柔らかさ、温かさに自分を抑えるのが大変だったが、今は別の意味でくらくらする。

大好き。

本当に、心からそう言える。

男のものになってしまった彼女だが、その相手が彼ならまあ許せる。

あらゆる意味で有能だし、欲がなく、目下の者にもちゃんと気配りができる。

この依頼の間も、極力、私の邪魔をしないように配慮してくれてる。

依頼料の金貨1枚なんて、200枚をポンと稼ぐ彼には、大した額でもないだろうに。

本気で怒らせると相当危ない事も分かったし、彼にも言ったけれど、これからは仲良くしていきたい。

それが、アリアとずっと付き合っていける、唯一の道だろうから。


「・・ねえアリア、私の事、何番目に好き?」


1番にはなれなくても、2番目には・・。

そう期待して、勇気を出して問うた質問に、彼女は答える。


「今の所、3番目でしょうか。

・・今後(彼の他の妻の方々にお会いすれば)、どうなるかは分かりませんが」


何時の世も、真実は非情だった。


「もう知らない」


マットから転げ落ちて、水中にぶくぶく沈む。


「!

何やってるんですか」


アリアが潜って来て、抱き締めながら引き上げてくれる。

その首に、思い切りしがみ付いて、水着越しに肌を触れ合わせる。

『今はこれで勘弁してあげる』

そう思えるくらい、素敵な体験だった。



 じゃれ合う2人を眺めながら、和也はもう一方で、離れた場所から自分達を見つめる視線に気が付いていた。

ただ、その視線には悪意が全く感じられなかったので、今は放置しておく。


「そろそろ帰る準備をしよう」


立ち上がり、水辺に近づいてそう声をかける。

やがてやって来た2人に、浄化をかけてから、濡れた肌と髪を瞬時に乾かしてやる。

着替えを終え、名残惜しそうに地上への道を歩くオリビア。

和也の案内で最短コースを進み、向かってくる魔物がいれば、余計な戦闘を省いて赤い球体に吸い込む。

途中1度の小休止を入れて、体力のないオリビアに回復を施しながら、僅か4時間で5階層から地上へと帰って来る。

5階層での長時間戦闘に耐えうる者が、国にさえほんの僅かしかいないことを考えれば、これは驚異的なスピードであった。

陽が落ちる前にオリビアを屋敷に送り届け、出迎えたメイド達に、移動の傍ら和也が魔法で採取した、大きなざる一杯の、高級キノコや果物等を、土産として渡す。


「また是非付き合ってね」


オリビアの満足げな表情と声に見送られ、屋敷を出る。


「自分は少しやる事がある。

お前は先に帰ってていいぞ。

ご苦労だったな」


人気(ひとけ)の無い道で、和也はアリアにそう声をかける。


「そう?

じゃあ、エリカさんも待ってるし、先に帰るね。

それと・・」


アリアが近寄って来て、ゆっくり、しっかりと唇を重ねてくる。

舌でノックされた自己の唇を緩めると、すかさず入り込んできて、口内を執拗に愛撫される。


「生活費を貰ったし、これは恋人の、ううん、夫へのキス。

・・想像していたより、ずっといいものだったわ」


そう告げて、はにかみながら転移していく彼女。

和也は暫くそこに立ち、アリアがいなくなった場所をぼんやりと眺めていたが、やがて少し嬉しそうに唇を歪めて、自身もまた、地下迷宮の5階層へと転移した。



 「ル~ル~ルルル~・・・」


人工の月明かりを浴びて、広い湖に顔を出す岩場の上で、歌を歌う少女。

周囲に他の存在は無く、たった1人で、誰にともなく歌っている。

その湖水のように澄んだ歌声は、強い魔力を伴い、常人が聞けば、忽ち虜にされてしまうだろう。

奇麗な長い髪が、裸の上半身と共に、歌の魔力に反応して、ぼんやりと光っている。


「良い歌だ。

君のオリジナルかな?」


水深がかなりある湖水の上に、いきなり現れた少年。

それに驚いて水に飛び込もうとした少女は、己の身体が言うことを聴かない事に愕然とする。


「怖がる必要は無い。

自分は君に、何の危害も加えない。

だから、少しだけ、話に付き合ってはくれないか?」


月の光のような、穏やかな声。

自分を見つめる、蒼穹のごとき瞳と、水中から太陽を見るような、仄かに温かく、優しい笑顔。

昼間垣間見た表情とはまた違った意味で、孤独な少女の心に、嘗てない程の好意をもたらす。


「あなたは、・・誰?」


「御剣和也という」


怯えが取れ、身体から緊張が抜け落ちた少女が、静かに尋ねてくる。


「水の上に立てるなんて凄い魔力ね。

それに、もしかして、昼間私があなたを覗いていたのを知ってるの?」


「ああ」


「この階層で、無邪気に肌を晒して泳ぐ人なんて、初めてよ?」


「予め透視して、水が奇麗な事も、危険が無い事も分かっていたからな」


「人間じゃないの?

私と同じ、人工生命体かしら?」


「そのどちらでもないな。

・・君はずっと独りでここに?」


「そうね。

初めは、私を生み出した魔術師達が、近くの場所に屋敷を構えて数人で住んでいたけど、その内仲間割れして、お互いに殺し合った挙句、誰もいなくなってしまったわ。

以来数百年、もっとかな、ずっと独りでここに居る」


「寂しくはないのか?」


「もう慣れた。

水のない場所では長くは生きられないし、その水も、魔素が濃く溶け込んでいないと駄目だから」


どうやらそれが、彼女の食事代わりらしい。


「・・それに、こんな姿だしね」


そう言いながら、視線を自身の足へと向ける。

奇麗にくびれた腰の下、そこには、瑠璃色の鱗に覆われた、魚のような下半身がある。


「君の歌は、とても澄んだ音色で、聴いている者を夢や幻へと誘う。

だが、本気で魔力を込めなければ、それは心地よい子守歌だ。

どうだろう、自分の創った世界に来ないか?

ちゃんと海や湖もあるし、まだ僅かだが、そこには仲間がいて、きっと君と友達になってくれる」


「あなたが創った?

・・・条件が2つあるわ。

1つは、私の本気の歌を聴いてくれる事。

もう1つは、時々はそこに顔を見せに来てくれる事。

それを聴いてくれるなら、行ってもいいわ」


「分かった。

では、先ず君の本気の歌とやらを聴こう」


目を閉じて、聴く態勢に入った和也に、静かに深呼吸した少女が、ゆっくりと歌を紡ぎ出す。

これまで過ごしてきた、長く孤独な時間。

他人と接したくても、怯えと諦観で避けてばかりいた自分。

歌だけが、そんな自分の支えであり、唯一の友達だった。

今日、あなたに出会うまでは。

そんな意味合いの歌詞が、凄まじい魔力の波に乗って、和也の耳朶に届く。

心を込め過ぎた少女の瞳から、感情に押された涙が流れ落ちる。

和也はそれを聴きながら、少女の下半身を、人のそれへと作り替える。


「!!!」


彼女の流す涙が、熱く大きな雫となって、どんどん零れ落ちて行く。

最後の言葉を紡いだ後、少女の魔力に反応していた湖水が次第に輝きを失い、やがて普段の穏やかな水面に戻る。


「・・いい歌だった。

自分の心に、しっかりと響いたぞ」


優しくそう告げる和也に、少女は暫く、泣き続けるのみであった。



 「これを着るがいい」


時が立ち、落ち着いた少女に、和也はビキニの水着を渡す。

流石に、何も身に着けていない状態で送るのは、気が引ける。


「それから、君の下半身だが、君の意思で自由に変化可能だぞ。

水中では、元の方が良い場合もあるだろうからな」


「有難う。

凄く嬉しかった。

足で立つって、こんな感じなのね。

今はまだ、何のお礼もできないけど、もっと上手に歌えるようになるから、必ず顔を見せにきてね」


「ああ。

・・では、そろそろ送るぞ」


掌に黒い球体を浮かべた和也が、穏やかに少女を見つめる。


「お願いします」


球体に吸い込まれた先は、薄暗い、でも、とても長閑で暖かい場所。

自分を待ち構えていたような魔物たちが、私を見て、一瞬人間かと驚いたようだが、下半身を元に戻すと、直ぐに近寄って来て、話しかけてくれた。

どうやらこの世界では、どの種族にも言葉が通じるらしい。

これなら、私の歌を聴いても、きっと理解してくれる。

微かな潮の香りと波の音、それから水量の豊富な、大きな河川。

時々濃い魔素に乗って、変な声が何か言ってくるけれど、子狐らしい魔物が、直ぐに撃退してくれる。

御剣様、神様は、私の初めてのお友達で恩人、そしてとても大切な御方。

何時かきっと、あの方に最高の歌が届けられますように。

そう強く願う私の周りで、何故か闇の精霊が、大きな溜息をついた気がした。


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