アリア編、その14
「給料についてだが、オリビアには幾ら減額されるか聴いているか?」
紹介が終わり、再度2人だけで廊下に出ると、和也はジョアンナに尋ねる。
「私は1日12時間勤務で、月に銀貨90枚ですので、その2時間分、銀貨15枚を減らすと伺っております」
「12時間?
住み込みなのか?」
「はい。
仕事上、その家の秘密を知る機会もございますから、誘拐などの犯罪から身を護るためにも、その方が良いのです。
お家賃も食費もかかりませんし」
「休暇はあるのか?」
「はい、勿論。
1日1時間の休憩と、週に1日、年に6日の有給休暇がございます」
「結構きつい仕事なのだな。
君は貴族なのだろう?」
「下級貴族の、しかも後継ぎ以外の身では、何処もこんなものではないでしょうか。
ベイグ様のお屋敷で働かせていただいている私は、寧ろ恵まれていると思います」
「ベイグ?」
「キンダルのご領主様です。
ご存じなかったのですか?」
「ああ。
『それはそうか。
オリビアに苗字がないわけないよな』」
「・・では、ここでの仕事の報酬は、月に銀貨70枚でどうだろう?」
「ええ!?
2時間でそんなに頂けるのですか?」
「教えてもらうことは多岐に渡るし、手間を取らせる詫びでもある。
それと、ここでの時間は現実の時間の5分の1の速度で進む。
ここで10時間過ごしても、実際には2時間しか経たない。
子供達に指導して余った時間は、君の好きに過ごしていい」
「・・・時間を操ることなんてできるんですか?
スロウの魔法は超高難易度ですが、それでさえ、時間ではなく、相手の身体能力を一時的に下げるだけだと言われていますが」
「・・内緒な」
「・・はい。
『この方、もしかして・・』」
「君にこれを渡しておく」
和也はジョアンナの右手の薬指にリングをはめる。
「これは、ここへの転移魔法陣を開く鍵だ。
帰りは、屋敷のすぐ近く、人のいない場所へと転移する。
この仕事に就いてもらってる間は、何時でも何度でも使えるから、好きに活用して欲しい。
必要な魔力はリング自体に込められているから、君の魔力には影響ない。
それと、ここでは食事もお茶も自由に取れるから、その時は食堂に行ってくれ。
毎日十分な量を用意しておく」
「・・有難うございます」
深く丁寧にお辞儀する彼女は、まるで何かに気付いたようであった。
『地下迷宮の5階層、屋敷を守るゴーレムの退治』
例によって掲示板を見ていた和也の眼に、新しい依頼が飛び込んでくる。
最近見つかった太古の魔術師の屋敷に、侵入を拒む厄介なゴーレムがいるそうだ。
特殊金属で作られているから魔法も効き難いとのこと。
金貨50枚。
屋敷で手に入れた宝やアイテムは、優先的にギルドに売却せよと書いてある。
早速、和也は現場に向かう。
5階層をざっと透視すると、入り口から20㎞程先の森に、小さな屋敷がある。
そこまで飛び、玄関のドアを開けると、すぐ正面に件のゴーレムが鎮座していた。
和也を見て、ゆっくりと動き出す。
だが、こちらが攻撃する素振りを見せないと、何もしてこない。
和也はゴーレムを分析する。
どうやら、動力となる魔力が残り少ないようだ。
相手の魔法攻撃を自分の動力として変換する機能が付いているから、こちらが魔法を使うのを待っているのだろう。
「ジャッジメント」
和也の頭に、このゴーレムの過去が次々と入り込んでくる。
創られた経緯、主人との思い出、その主人を失ってから。
子供のいなかった魔術師夫婦が、その代わりにと作ったこと。
夫婦との日課だった散歩。
本当の子供のように話しかけられ、可愛がられた日々。
彼らが相次いで亡くなると、他の魔術師達にその遺産を漁られ、思い出の品を幾つも奪われたこと。
その後、僅かに残った品を守るために、1000年以上も、ずっと1人で屋敷を守ってきたこと。
和也のその双眸が、蒼穹の如く輝く。
「なあ、この屋敷ごと、うちのダンジョンに来ないか?
そこで働いてくれれば、この屋敷の保全と、お前への魔力供給を保証しよう。
攻撃されてもお前が傷つく訳でもないし、何より、友達になってくれる仲間がいるぞ」
和也はゴーレムの人工知能にそう話しかける。
ゴーレムは何かを考えているが、決め手に欠けるようだ。
和也は自分の側に、彼の亡くなった主人達を映し出す。
途端にゴーレムが震えた。
まるで泣いているようにも見える彼に、和也は語り掛ける。
「嘗ての思い出を大事にするのはいい。
それはとても素敵なことだ。
何気ない日常で、ふと浮かんでくる数々の記憶に、思わず笑みが零れ、或は懐かしくて涙する。
そうした心の動きは、確かに己を支える要素の1つであるが、これから出会う者達と作る新たな思い出もまた、お前の心に確実に何かを刻んでくれるぞ。
・・一緒に来ないか?」
ゴーレムが、ゆっくりと、こちらに向かって頷く。
「そうか」
和也は笑顔になり、彼を屋敷ごと自分のダンジョン内、その居住区へと転移させる。
次いで自らもそこへ転移して、気配を感じて出迎えに来たルビーに、事情を説明する。
「仲良くしてやってくれ」
「かしこまりました」
「メイはどうしてる?」
「私と過ごす以外は、今の所、鍛錬と昼寝を繰り返しております」
「何か言っていたか?」
「またパンが食べたいそうです」
「これを渡してやってくれ」
和也は収納スペースから、銀のブレスレットと、アンリのパンを幾つか取り出してルビーに渡す。
「それから、お前にはこれな」
ルビーを引き寄せ、口移しで、その精気を流し込んでやる。
「有難うございます、ご主人様」
眼をとろんとさせて、礼を言う彼女。
和也は、ゴーレムの屋敷を置いた森の周辺を、嘗て彼が主人達と散歩した場所に似せて造りかえると、ルビーに見送られ、静かにその場を後にした。
「あんた、いつもここで掲示板見てるけど、今まで1度も達成してないんだって?
よかったら、1度あたいのとこで仕事してみないか?
簡単な護衛だから、そんなに実入りは良くないけど、途中に森があるから、その気になれば色々手に入るかもしれないぜ?
アリアに給料払わなきゃならないんだろう?」
討伐系の掲示板を眺めていた和也に、採取、労働系の掲示版を見ていた女性が声をかけてくる。
30前後だろうか、筋肉質の、バランスの取れた豊満な身体を、厚めのレザーアーマーに包んだ、中々に魅力的な女性だ。
長く茶色い髪が、彼女の小麦色の肌とマッチして、唇に引かれた紅と共に、大人の色香を放っている。
「・・誘ってくれて有難う。
君のパーティーは何人なんだ?」
「3人だ。
戦士のあたいの他に、神官、魔術師がいる」
「神官?
初めて聞くが、何の神を信仰しているんだ?」
「魔法の神さ。
この大陸では結構メジャーだから、あんたも知ってるだろ?」
「・・いや」
「そんな形して結構田舎もんなんだな。
この国の人間なら、子供でも知ってると思うぜ?
・・そういやあんた、魔物が金落とすと思ってたんだっけ」
あの場に居たのか、クスクス笑っている。
「一時的とはいえ、君の所に男性の自分が加わっても平気なのか?
きっと他の2人も女性なのだろう?」
「あたいのパーティーに男を入れるのは初めてだが、既にその了解は取ってある。
寧ろあいつらも乗り気だったぜ?
アリアを落とした男がどんな奴か知りたいんだとさ」
「日程はどれくらいだ?」
「目的地で1泊するから、往復で5日だな。
報酬は4等分で1人銀貨15枚。
出る魔物は下級ばかりだから、まあ、こんなものだな。
依頼主とも顔馴染みだから、気を遣わない分楽だぜ?」
『ジャッジメント』
「・・分かった。
今回は世話になろう」
ユイ達の件があるので、念のため彼女の過去を見た和也は、瞳を蒼くしつつも、苦笑しながらそう答えた。
「そう来なくちゃな。
この後時間大丈夫か?
他の2人にも紹介したいんだが・・」
「大丈夫だ」
「じゃあ、付いて来てくれ。
馴染みの店で、2人が待ってるんだ」
何だか嫌な予感がしつつも、嬉しそうにそう告げる彼女の後を付いて行く和也。
「・・・この町での会合には、ここは定番スポットなのだろうか?」
目の前に建つ店を見ながら、諦めたように和也が言う。
「ん?
あたいら冒険者には、定宿みたいなもんさ。
寝泊まりはできねえが、酒と飯は大体ここで取るぜ」
中に入ると、案の定、女主人が出迎える。
「先に2人来てるはずなんだが、何処だい?」
「・・奥の個室よ」
この女性と顔見知りらしい女主人は、笑顔で彼女にそう告げた後、一転して無表情な目で和也を見る。
「・・ほんっとうにお盛んですこと」
和也が目を逸らして彼女の脇を通り過ぎる際、彼だけに聞こえる声でそう言ってくる。
聞こえない振りをして、さっさと移動した先では、2人の若い女性が和也達を迎え入れる。
「紹介するぜ。
こっちが神官のミー、その隣が魔術師のケイだ。
ほんであたいが戦士のベニス。
改めてよろしくな」
個室の席に和也と並んで座ったベニスが、向かいの2人を指して、そう告げてくる。
「和也だ。
よろしく頼む」
ドアがノックされ、酒とつまみが運ばれてくる。
女主人が直々に運んできて、それぞれの前に飲み物を置く。
和也はそれとなく自分の前に置かれた酒の成分を分析するが、おかしなものは何も入っていない。
どんなに自分を嫌ってはいても、出す料理や飲み物にまで、嫌がらせはしないようだ。
プロとしての自覚はきちんとあるらしい。
「ベニス、あなたこの人と知り合いだったの?」
珍しく、彼女が客に声をかける。
「ん?
話したのは今日が最初だ。
今度一緒に仕事をすることにしたんだ」
「ふ~ん、皆、一体この人の何処がそんなにいいのかしらね?」
去り際に、そう言いながら、和也に一瞥をくれてドアを閉める。
「・・あんた、あいつの尻でも触ったのか?
あいつはあんなエロい身体してるけど、身持ちはかなり固いぜ。
アリアがいるんだから、その身内にまで手を出すなよ?」
ベニスが呆れたように言ってくる。
「自分はそんなことはしない。
不幸な誤解が積み重なっただけだろう」
「・・まあいい。
話を戻そう。
ミー、ケイ、彼に自己紹介してやれ」
「私はミー。
魔法神の神官で、中級までの回復魔法と、火と水の初級魔法、それに浄化とライト、解除が使えるよ。
歳は23で独身。
よろしくね」
女性らしい柔らかな曲線と雰囲気を持つ、愛嬌のある顔立ちの女性が挨拶してくる。
「私はケイ、魔術師です。
攻撃魔法は火と風が中級、水と氷が初級。
あと、浄化とライト、精神系の魔法を幾つか。
それも全て初級。
年齢は22で、独身です。
よろしく」
真面目そうな、地味ではあるが、中々に目鼻立ちの整った女性がその後に続く。
「和也だ(苗字は言うと色々面倒なので省略)。
魔法は、まあ人並みには使える。
武器は大体何でも使える。
パーティーでの役割は、恐らく、どれもこなせるだろう。
年齢は数えたことがない」
「おいおい、それじゃ良く分からんぞ。
何の魔法が使えるんだ?」
ベニスが再度呆れたように言ってくる。
「だから普通の者が行使できる魔法なら何でも使える。
程度は良く分からんがな」
「本当ですか!?」
ミーが激しく反応する。
「ああ、多分」
「じゃあ、アイテムボックスはどうですか?」
「当然使える」
「どのくらいの量が入るんですか?」
「・・家3つ分くらいかな」
本当は制限などないのだが、流石にそれは言えないので、極控え目にそう告げる和也。
「!!!」
周りの空気が変わる。
「・・マジか?」
和也は知らなかった。
この世界におけるアイテムボックスの魔法とは、自身の魔力に応じた大きさの異空間を生み出すもので、そこに入れた物が劣化しないのは、単にその空間に、空気や水、細菌などの余計なものが存在しないからである。
人には寿命があるので、入れたまま数百年、数千年と経ったものを、出したこともない。
和也のように、流れる時間さえ止めて、無秩序にポンポン放り投げて入れられるものでは決してない。
普通なら、何かを入れる前にその空き状況を頭の中で確認し、置く場所をイメージしながら入れるし、容量を超えて入れようとしても、魔法自体が発動しない。
自身に付着した空間に入れる訳ではないから(異空間にコインロッカーのようなものが沢山あって、それぞれが空いているスペースに物を終うような状態)、中に物を入れたまま転移しても平気だが、己の魔力が少なくなれば当然その作り出せる空間も狭まる訳だから、転移で魔力が減れば、その分入り切れなくなった物が何処かに放り出される結果となる。
ダンジョンや迷宮などの道端に、たまにお金や物が落ちているのは、太古に慌てて逃げた魔術師達が、転移で減った分の魔力では維持できなくなった中身を、溢して行った物なのだ。
だからこの時代の転移者も、その魔法を行使する際には、着替えや食料など、最低限の物しかアイテムボックスに入れておかない。
自分達の部屋の家財道具を全て入れたまま、おまけに彼女ら2人を伴って長距離転移をした和也を、ユイとユエがどう思ったかは、推して知るべしである。
「マジだ」
「・・あの、もしかして転移も?」
ミーが恐る恐る聴いてくる。
「勿論使える」
「!!!」
「・・どのくらい飛べるんですか?」
彼女が興奮で掠れた声で尋ねてくる。
「・・多分、隣町への移動分位だな」
何だか雲行きが怪しくなってきたので、さらに控え目にそう告げる和也。
だが、ここでもまた、彼は選択を誤った。
この国に限らず、通常、町と町の間には、かなりの距離がある。
町と言っても、それは地球の行政単位での話ではない。
この世界の町は、地球で言う所の大都市、数十万から数百万の人々が住む、その国の主要都市なのだ。
町と町までの間には、数多くの村が存在し、今回依頼で行く場所も、当然その中にある。
ヴィクトリアが王都からキンダルまで2回の転移で来れたのは、町が隣同士だからで、しかもそれでさえ、この国で数人しかいない実力者の彼女だからできたことである(彼女はそこまでの魔力を溜めるのに4日以上かかる)。
「・・1度転移を見せてくれないか?
何処でもいい、好きな所へ飛んで見せてくれ」
静まり返った室内に、同様に声を掠れさせたベニスの声がする。
「分かった」
和也はベニスの肩を抱き、事前に現場を透視で確認してから、彼女の部屋へと2人で転移する。
あちこちに服や物が散らばった部屋、その空いたスペースに2人で現れる。
呆然と周囲を見回す彼女の肩から腕を放し、距離を取ろうとするも、足元に脱ぎ捨ててある下着を踏みつけそうになり、その場で動けずにいる。
「ここ、あたいの部屋だよな?
・・2人で飛んで来たってことか?」
「そうだ。
他の2人が待ってるからもう帰るぞ」
色々面倒になってきた和也は、再度彼女の肩に腕を回し、強制的に元の場所へと転移する。
そこで、今度は両目を見開いた2人と向かい合う羽目になる。
「・・もしかして、2人で飛んだんですか?」
震えながらそう声に出すミーに、ただ頷く。
「結婚してください!」
「何!?」
意表を衝かれたその言葉に、今度は和也が驚く。
ミーの隣では、ケイが怒ったような顔で、彼女を睨む。
最早混乱は最高潮に達していた。
暫くして、何とか平静を取り戻した室内。
辛抱強く彼女に謝るミーの隣で、ケイはまだ少し面白くないような顔をしている。
「あいつら、付き合ってんだよ。
・・この国には、同性同士での秘め事を嫌悪する宗教もあるけどよ、そんなことには目くじら立てない場所もある。
まあ、知られると厄介なこともあるから、他の奴らには内緒な。
ミーの奴は神官だけあって、珍しい魔法に目が無くてよ。
時々ああして暴走するが、一過性のものだから許してやってくれ」
こちらも落ち着きを取り戻したベニスが、2人を見ながらそう執り成してくる。
「ところで、どうしてあたいの家を知ってたんだ?
それに、転移って、一度行った場所でないと飛べないんじゃなかったか?」
テーブルの下で、ベニスが和也の太股を撫でながら、耳元で妖しい声を出してくる。
「もしかして、あたいに惚れて、こっそり跡をつけていたとか?」
「それはない。
自分の転移は、未知の場所でも問題ないからな。
君の家に着いたのは、君の魔力を辿って行った先にあったからだな」
適当に誤魔化しを入れてそう話す和也を、またしてもベニスが真剣に見つめる。
「未知の場所でも飛べる?
魔力を辿っただと?」
気が付けば、2人の世界に入っていたミーとケイも、こちらを凝視している。
「あんた、マジであたいらのパーティーに正式加入しないか?
アリアにはない、大人の女の味をたっぷりと教えてやるぜ?」
「和也さんはきっと魔法神の申し子です。
是非我が教団に入ってください!」
「・・いや、どれも間に合っている」
一度落ち着いた場の雰囲気が、またしても騒がしくなる。
どうにか彼女らを宥めて、これからの話をし終えた頃には、既にかなりの時間が経っていた。
和也の両脇を抱えるようにして店を出て行く彼女らを見て、女主人が理解不能といった目で和也を見る。
余談だが、後に転移のことをべらべら喋ったことを知ったヴィクトリアに、和也は酷く叱られるのであった。