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創造神の嫁探し  作者: 下手の横好き
100/181

アリア編、その9

「待ちなさい。

・・お願い、待って!」


すたすたと通りを歩く和也を、先程の女性が小走りで追いかけてくる。

面倒なので無視して、速足で歩き続ける和也を、その女性は執拗に追いかけてくる。

一向に2人の差が縮まらないことに業を煮やした彼女は、とうとう最終手段に出ようとする。


「誰か、その人を捕まえて!

その人ちか・・」


和也はダッシュで彼女の口を塞ぐ。


「嘘はいけないな。

世界が違えば、その行為は笑い事では済まないのだ」


「あなたがわたくしを無視するからよ。

場所が違えば、笑い事では済まなくてよ」


口に当てた手を放した途端、ぎろりと睨みながらそう告げてくる。


「自分の知る世界では、街角で見知らぬ女性から声をかけられても、チラシを配られても、無視して構わないようなのだ」


「あなたはわたくしを知っているでしょう!?」


「知っている内に入らん」


がしっ。

腕を思い切り摑まれる。


「じゃあ、これから知り合いましょう?

・・あそこがいいわ。

大事な話だから、あまり人に聞かれたくはないの」


自分の良く知る店に連れて行こうとする。


「いや、あそこはやめた方がいい」


「大丈夫よ。

支払いはわたくしがしてあげる」


「個室をお願い。

1番いいワインを持ってきて。

その後は誰も来ないように」


店に入ると、出迎えた女主人にそう告げる彼女。


「・・・」


女主人の、それだけで人を殺せそうな視線に目を合わせずに、和也はすごすごと、彼女の後を付いて行くのであった。



 「やっとまともにお話できるわね。

わたくしは、ヴィクトリア・ベノア・ビストー。

ビストー王国第一王女で、王位継承権は第2位です」


注文したワインが届くと、彼女はドアにサイレントの魔法をかけ、室内の音が外に漏れないように配慮してから、そう告げてくる。

その名を聴けば、誰もが跪くのが当然とばかりの態度に、和也は興ざめしながら応える。


「それで?」


「それでって、あなた、それだけなの?」


「どういう意味だ?」


「わたくしは、この国の王女なのよ?

もっとこう、何かないの?」


「自分はこの国の人間ではない。

単に仕事に便利だから、ここにいるだけだ。

故に、君に常識の範囲を超える礼儀を払う必要はない。

自分にとって、君はただの少女Aと変わらん」


普段なら、こういう状態でもそれなりの礼儀を払う和也だが、今日は少し気分がやさぐれている。


「もしかして、育ちが悪いのかしら?

見たこともない衣装を身に着けてるから、何処かの貴族だとばかり思っていたけど」


馬鹿にされたと感じたのか、挑発的な口調で言ってくる。


「親がいなかったからな。

そうかもしれん。

全て独学で学んできたから」


虚空を見据え、何かを思い出すかのように、寂し気な表情でそう告げる和也。


「・・少し言い過ぎたわ。

御免なさい。

でも、あなたも悪いのよ?

わたくしを、どうでもいいような言い方をするから」


気分を落ち着けるつもりなのか、ワイングラスに注がれた、深紅の液体を口にする彼女。

揺らされたグラスから、芳醇な香りが漂い、彼女の付けている香水と混じり合って、男の官能を刺激する。


「・・あなたに聴きたいことがあるの。

ガルベイルは、本当に巣を引き払ったの?

ギルドの報告を受けて、城からも調査させたけど、彼が巣を飛び去ったところを、近隣に住む者達が誰も見ていないというの。

国境の反対側に飛び去った可能性もあるけど、今まで100年以上も棲んでいた場所を捨てる理由が分からない。

以前と比べて、討伐しようと赴く者も大分減ったしね。

そうなると、可能性は凄く低いけど、他に1つだけ考えられることがある。

誰かに倒されたという、その可能性が。

アイテムボックスが使える人なら、死体を収納してしまうことも不可能ではない。

・・ねえ、私のこの考えは、間違っているかしら?

あなたはどう思う?」


じっと自分の眼を見て、そう言ってくる。


「自分の読んだ本では、1人でそんなことができる者は、大抵何処かのお姫様と結婚して、幸せな人生を送ることになるが?」


「そうね、もし本当に倒したのであれば、それは決して絵空事ではないわ。

そんな人材なら、娘の1人や2人、平気で差し出す国王もいるでしょうね」


和也のからかうような言葉に、気を悪くするでもなく、そう言って退ける。


「君の所はどうか知らんが、王族も大変だな。

国のためには、好きでもない男に身を任せるなんて」


メイの母親の件を思い出し、顔を顰める和也。

アリアに言われるまでもなく、和也は強姦という行為が大嫌いである。

そして、何かを得るために、好きでもない相手に嫌々身を任せるという行為も、彼の中では和姦と呼ばない。

生物が、欲しいものを得ようとする際、己の得意な分野や、持って生まれた才能を用いようとするのは、極自然なことだ。

賢者なら知識を、富豪ならお金を、容姿が優れていればそれを用いて望みを遂げることに、本来なら何の問題もないはずである。

だからこれは、単なる和也の好みの問題でしかない。

どうでもいい相手でも、嫌な奴でも、性行為そのものが好きで、若しくは、それ自体にたいした価値を置かず、そうしても別に何とも感じない者だって数多く存在するのだ。

長く傍観者でしかなかった和也は、性行為に関しては、自分の視点のみで好き嫌いを判断するため(アダルトビデオを見て、作品を区別するような状態)、愛情の存在しない性行為を行える者を自分の側に置かないし、そうした者に、それに関連する問題が起きても、手を貸さない。

いきなり平手が飛んでくる。

視線を逸らしていたせいで、僅かに反応が遅れるが、それでもどうにか交わし切る。

代わりに叩かれた和也のグラスが、床に飛んで砕け散った。


「平民のあなたに、一体何が分かるのよ!?

私達王族は、国民の税金で暮らしてるの!

その彼らは、何かあったら自分達を守ってくれるから、私達にお金を納めてくれる。

国民を守れない王なんているだけ無駄だし、自身に何の力もない姫なら、その身を以て、国に尽くしてくれる相手を得るしかないのよ!!」


これまでにない、強い怒りを伴った物言い。

その深い怒りが、彼女の異なる色の双眸を、激しく燃え上がらせている。

たとえ自分はそれを甘受せずとも、そうしなければならない者達の気持ちを考える時、和也のこの物言いは、余りにも無神経すぎた。


「・・後継ぎならともかく、そうでない女性なら、王族を辞めることだってできるだろう。

要は、身を犠牲にしても、今の地位を手放したくないのではないか?」


「そんな簡単に辞められるなら、随分楽でしょうね。

散々税金で飲み食いしてきて、好きに暮らしてきて、いざとなったら逃げ出すなんて、最低だとは思わない?」


「成る程、矜持はあるというわけか。

『だが、生まれは本人の責任ではない。

分別の付く年齢まで育てられたからといって、それに恩を感じて身体まで差し出すことを、自分は良しとしない』

それで、話を戻すが、君は一体自分に何を望んでいるのだ?

もし仮に、自分がその魔竜とやらを倒していたとして、君は自分の妻にでもなりに来たのか?

それとも、何かに力を貸して欲しくて訪ねて来たのか?」


例の件がまだ尾を引いているとしても、少し言い過ぎた感はある和也は、やっと彼女の話をまともに聴く気になる。

和也の頬を張ろうと腰を浮かせていた彼女は、その言葉に再び腰を下ろすと、怒りを鎮めるかのように、呼吸を整えた。


「あなた、外国の人だと言ったわね。

この国のことは、どれくらい知ってる?」


「地下に迷宮があることと、地上にも至る所に魔物の生息地があるということくらいしか知らん。

あとはせいぜい、この町とその領主の娘の名前くらいだな」


「あら、どなたを知ってるの?」


「オリビア。

面識はないが、助手を通して名前だけ」


「助手?

・・ああ、アリアのことね。

ギルドの報告書にあったわ。

そう、それも聴いておきたかったのよ。

どうやって取り込んだの?

彼女、どんな貴族やお金持ちからの誘いにも、今まで1度も『うん』と言わなかったのよ?

なのにこの町に来たばかりのあなたに、すぐに付いて行ったらしいじゃない。

一体彼女に何をしたの?」


「自分は何もしていない。

ただ、助手を募っただけだ。

その後のことは、強いて言うなら、彼女の一目惚れだな」


「・・確かにいい男には違いないけど、・・それだけなの?」


「ああ、多分」


「国1番と言われる彼女も、所詮は只の女だったのね」


「惚れた男の側にいるなら、好きでもない相手と一緒になるより、多少はまともなんじゃないか?」


「まだ言うの!?

だいたいわたくしはね、一言もそうするなんて言ってないわよ?

わたくしは、たとえ国のためにはその方が良くても、嫌な相手に抱かれるなんて、絶対に御免だわ!!

忙しいわたくしがここまで足を運んだのは、自分ではなく、妹達のことを考えたからよ!

彼女らのために、もしあなたが有能なら、力を借りたいと思ったの」


「・・・それは、すまなかった。

どうにも後味の悪い出来事に拘ったせいで、自分は今、その類の話に敏感になっている。

自己犠牲の中でも、己の貞操を差し出してするものは、自分が最も嫌いなものの1つだ。

それは、その者を大切に思う他者の気持ちを、完全に踏みにじっている。

自己満足?

自己陶酔?

どちらでもいいが、見ていて気持ちの良いものではないし、自分はそういう人間を信用しない。

君がその類の人間ではないと言うなら、今まで君に述べた失礼な言葉の数々を撤回し、謝罪しよう」


そう言って、和也は頭を下げる。


「・・分かってくださればそれでいいわよ。

わたくしも、かなり感情的になってしまったし。

あなたとの交渉を優位に進めたくて、身分をちらつかせたこちらも悪かったわ」


美しいだけあって、怒っている姿も様になっていたが、やはり彼女は笑っている方が断然魅力的だ。


「じゃあ、これで完全に仲直り。

・・御免なさい。

グラスがないわね。

新しいのを頼むから、2人で乾杯しましょう」


彼女がドアにかけた魔法を解いて、店員に呼び鈴で知らせる前に、和也は魔法で砕けたグラスを修復し、浄化する。

目を丸くして驚く彼女だが、すぐにボトルからワインを注いでくれる。


「何にしましょうか?

・・わたくしとあなたのこれからに、お互いのより良い未来に、乾杯」


手首を上手に利用して、チンとグラスを軽く打ち鳴らす彼女。

安心したのか、肩の力を抜き、テーブルの上で両手を組み合わせて、少し前屈みになる。

部屋に入った際にマントを脱いでいるので、衣服によって強調された胸の深い谷間が、和也の視線を誘って止まない(勿論、TPOを弁えた彼は、そこに目を向けないが)。


「・・自分のせいで、大分時間を取らせてしまったが、話を聴こう。

ガルベイルの件なら、理由あって殺しはしていないが、確かに自分がその巣から排除した。

だがこのことは、内密にしてくれ。

ばれると色々と面倒だからな」


「!!!

・・やっぱり。

どうやってとは聞かないけど、よくあのブレスに耐えられたわね。

本気で吐けば、山さえ崩すと言われてるのに。

1人でどうにかしたの?」


「ああ、アリアも連れては行ったがな」


「あなた、まだお若いわよね?

わたくしは今年で18だけど、もう結婚はされているの?」


「妻が4人いる」


「ええ!?

やっぱり何処かの貴族なの?

それとも、まさか王族?」


「違う。

肩書は色々あるが、階級はない」


「・・ギルドで日々お仕事を探していると聴いてるけど、あなたを雇うことはできるのかしら?

もし可能なら、その金額も教えていただきたいわ」


「期間と内容によるな。

何をさせたいんだ?」


「・・ガルベイルがいなくなったせいで、今我が国は、ある隣国と緊張状態にあるの。

国境付近に巣を構えていた彼の存在は、ある意味で抑止力ともなっていたわけ。

軍の大群が巣の近くを通ろうものなら、彼を刺激して、我が国を攻める前に大打撃を受けるから。

・・我が国には、隣国にはない特産品がある。

紫水晶。

時計や監視カメラ、通信機など、様々な機械の部品に用いられ、魔力伝達が良いことから、魔術師の武器やアクセサリーなんかにも使われる。

純度の高い物は、宝石としての価値も高いわ。

だからそれを狙って、時々他国が圧力をかけてくるわけ。

この大陸には、大小11の国があり、我が国は、国土の広さで言えば2番目、兵力で言えば4番目、経済力なら1番なの。

国境を5つの国と接しているけど、巣があった場所を除く4つの国とは縁戚関係にあるから、今の所心配はいらない。

問題なのは、残りの1つ。

最大の国土と最強の兵力を持つ国、オルレイア。

かの国は、徴兵制で兵数を維持し、国家予算の4割を軍備に当てている軍事国家。

今までにも、何度か我が国に、婚姻による縁戚関係を迫ってきたけど、歴代の王が、女性の立場が極端に低いあの国に、娘達を嫁がせることを拒んできた。

だけど今回、ガルベイルという障害がなくなり、軍の派遣に不安のなくなったかの国が、強硬に婚姻を要求してきたの。

今この国にいる未婚の王女は、わたくしと、2人の妹達だけ。

わたくしは、兄に何かあれば王位を継ぐ位置にいるから、婚姻の相手は、残りの2人の内から選ばれる。

でもね、正直、2人共気が弱い子だから、あの国ではやっていけそうもないわ。

しかも、嫁ぐ相手は15も年の離れた、あまりいい噂を聞かない既婚の男性。

わたくしとは別腹の妹達だけど、ただ仕方ないと見捨てるのは気が引けるのよ。

・・わたくしの目、変わっているでしょう?

わたくしの母は魔術師で、強い魔力を持っていたから、家柄はそう高くはなかったけれど、父に気に入られたの。

その強い魔力はわたくしにも受け継がれて、国では数人しかできない、長距離転移もできる。

王都からここまで、普通なら馬車で4日かかる所を、2回の転移で来れるわ。

まあ、そのせいで今は、魔力が底をついているけどね。

母が死んで、父以外の後ろ盾のない私に、妹達はとても懐いてくれたのよ。

だから、どうにかして助けてやりたいの」


「縁戚関係にある4つの国は、味方してくれないのか?」


「向こうも馬鹿じゃないからね、同じようにその4つと縁戚関係を持ってる。

つまり、他の国は皆中立というわけ」


「断れば、攻めてくるのは確定なのか?」


「先ず間違いなくね。

過去にも他国で例があるわ。

あの国は、そうやって国土を広げてきたの」


「戦えば勝てないのか?

兵力は劣っても、資金は豊富なんだろう?」


「負けると決まったわけではないけど、なるべくなら、戦争はしたくはないわ。

国民にも多数の犠牲が出るし、長引けば、国土はどんどん荒廃し、復興にも時間がかかる。

魔物だって、抑えきれなくなる可能性が高い」


「・・仮に自分がこの件を何とかできるとしたら、君は自分に何の対価を支払える?」


「・・お金なら、父と相談しないといけないけれど、金貨1万枚までなら出せると思う。

あとは、地位か領地、それくらいね。

王族の我が儘で起きる戦争の回避だから、払えるのはそこまで。

他に何か欲しいものでもあるの?」


「君の体が欲しいと言ったら?」


「!!!

・・・嫌よ」


暫く和也の眼をじっと見つめた後、彼女はそう言葉を絞り出した。


「交渉決裂だな」


そう告げる和也の顔は、久しぶりに曇りのない笑顔であった。




 深夜の2時。

交代で見張る兵士を除き、誰もが寝静まるオルレイア王宮。

その地下金庫に、1人の男が潜入していた。

和也である。

小さな家が丸々2つは入る大きさの金庫に、麻袋に入れられた数十万枚の金貨が置かれ、宝石や、宝飾品が飾られている。

和也はそこから、金貨だけを9割貰って行った。

去り際に、1枚の紙を残していく。

『怪盗黒マント参上。戦争する程金があるなら、自分が貰って行く』

そして今度は食糧庫へと転移する。

やはりそこに積んであった兵糧の9割も、さっさと収納スペースへと放り投げる。

金庫と同様に犯行声明を出しておく。

『怪盗黒マントより哀を込めて。戦地で無駄に消費するくらいなら、自分が有効活用してやろう』

やることをやると、和也はさっさとその場から姿を消した。



 所変わって、ここはオルレイアの中心地から少し離れた田舎町。

戦争準備のために普段の倍近い税を取られて、住民達はひもじさに耐え、早めの床に就いている。

そんな家々の片隅で、深夜に微かな音が聞こえる。

コトッ、ドサッ。

住民達がその音の正体に気付くのは、空が明るくなってから。

1枚の金貨と、余計に取られた分の米や小麦が置かれている。

そしてその上に紙が1枚。

『他の人には内緒だよ』

役人に知られれば、没収されるのは目に見えている。

その恩恵に与った人々は皆、決してこのことを外に漏らさなかった。

実はオルレイアの各地で同様に起きていたこの現象。

ひもじさや辛さに耐え、日々を何とか暮らしていた者達に、例外なく与えられた贈り物。

誰とも知らない、でも感謝せずにはいられないこの出来事を、彼らはずっと忘れなかった。




 数日後、ビストー王国王宮内。

あれから無言で部屋を出て行った彼を、ヴィクトリアは何とも言えない気持ちで見送った。

あの時自分が頷きさえすれば、もしかしたら妹達は助かったかもしれない。

でも、それだけはどうしても嫌だった。

別に彼がそこまで嫌いだったというわけではない。

むしろ、何度も喧嘩しながら話してる内に、不思議と好意さえ感じられるようになったのだ。

今まで異性と付き合った経験が無い彼女だけに、もし誰かとそういうことをするなら、しっかりと想いを確かめ合ってからにしたかった。

何かの代償で、仕方なく差し出すような真似はしたくなかった。

ゆっくり、じっくり、気持ちを育てて行きたかった。

だから、悩んだ末に、断った。

傷心で王宮に帰った自分を待っていたのは、妹の内のどちらを差し出すかの議論だった。

今回は戦争を回避する。

それは決定事項のようだった。

会議に出席した誰も、明確な答えを口にできない重苦しい雰囲気。

父も兄も自分も、娘や妹が不幸になると分かっている選択を、決められない。

そんな時、会議室のドアを遠慮がちにノックする音がした。

緊急時以外は誰も通さないよう厳命してあるので、それは何か重要な知らせだ。

大臣の1人が椅子から立ち上がり、報告に訪れた兵士から密書を受け取る。

それを、父である国王が受け取って読んだ。

その顔が、見る見る内に破顔して行く。


「皆喜べ!!

戦争は回避された。

娘を差し出さずに済む!」


いきなりの展開に、会議室が歓声に包まれる中、父が皆に説明する。

かの国に放った密偵によると、オルレイアの財政が急に傾いたのだそうだ。

おまけに、戦用に蓄えていた兵糧も、そのほとんどが失われたらしい。

今かの国は、財政の立て直しに懸命で、戦どころではない。

よって、婚姻の申し込みは、断っても大丈夫。

報告書には、そう書かれていたそうだ。

ただ、いきなり財政が傾いた理由を、報告書を書いた密偵は疑問視していた。

なんでも、当時金庫を警備していた者達(責任を取らされ解雇)から聴いたところ、誰かに持ち去られたという。

盗まれたのは金貨だけだが、数十万枚に及ぶその重さは相当なもの。

それを持って(アイテムボックスに入れたとしても)、転移防止の魔法が施された金庫内から転移するなど、人間にはほとんど不可能。

食糧庫も同じ犯人に荒らされ、犯行声明まであったらしいが、その文面すら疑わしいと。

『怪盗黒マント』

犯人は、そう名乗っていたそうである。


「!!!」


ヴィクトリアは、驚きを隠せなかった。

何故なら、その犯人に、心当たりがあり過ぎるから。

初めて会った時、彼は自分の黒いマントに目を遣っていた。

その彼も、全身黒尽くしの衣装であった。

戦争を回避するのに最も有効な手段は、相手の兵糧を失わせること。

どんな屈強な兵士でも、腹が減っては戦はできない。

只の盗人なら、金目の物だけしか奪わない。

お金と一緒に、兵糧まで盗んでいったのがその証拠だ。

こみ上げてくる嬉しさと、溢れ出そうな愛しい気持ち。

心にもないことを言って、自分からは報酬を受け取らず、きっと盗んだお金だって、何か良いことに使っていそうな気がする。

魔力が回復したら、真っ先に彼に会いに行こう。

ギルドでぼんやりと掲示板を眺める彼に、この気持ちを正直にぶつけよう。

有難う、妹達を救ってくれて。

有難う、このわたくしの期待に、最高の形で応えてくれて。


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