プロローグ
その男は、広大で贅の限りを尽くした居城の中で、1人、玉座のような椅子に座って物思いに耽っていた。
周囲に他の生命の存在を感じる事は出来ない。
そのせいか、他者が見れば思わず溜息が出る程の荘厳な空間も、どこか寂しく感じられる。
男にとって時間の感覚は有って無いようなものであるが、随分長い事そうしていたように思われる。
やがて、ゆっくりとその瞼を開くと、一言、呟いた。
「探しに行くか」
男が身動きをした事で、まるで止まっていたかのような時間がゆっくりと動き出す。
そして、彼の創造した世界もまた、大きな変動を迎えようとしていた。
その男は、数多の世界を創造した唯一の神であった。
男の自我が生まれた時には、その周囲にはただ何もなく、自分の中に感じられる力を用いて光と闇を生み出し、次いで火、水、風、土を創り出して、それらを素に無数の惑星を創造し、その幾つかに生命の誕生に必要な様々な要素を色々な割合で送り込んで、他の存在を創る事にした。
暫く探ってみたが、自分以外の存在を感じられなかったためである。
そうして時間という観念が存在しなかった空間に時が流れ始め、昼夜の区別が出来、途方もない時の流れの果てに、多くの惑星に多様な生命の息吹が感じられるようになると、男は観察を止め、自分の身の回りの環境を整え始めた。
やがて迎え入れるであろう自分の仲間達の為に。
男は初めに、専用の惑星を1つ創り、そこにこれまで観察してきた星々の、美しいと思える自然の造形や建造物を取り入れて、その中に己の居城を構えた。
細部にまで拘り抜いたその建造物は、ある世界の人々から見ればまるで中世の城のようであったが、素材も大きさも別次元の物であったため、そう断定出来る者は少ないだろう。
男にとって自らの居城を造る事など瞬きする程の手間ですらないが、ここまで拘ったのは当然迎え入れる仲間の為である。
自分以外の存在を感じられない事に、男は当初、愕然とした。
初めから非常に高度な知能を有した男にとって、他者との会話は捨て難いものであり、そのため最初は自らの力を用いて仲間を創ろうとしたが、何か違和感のようなものを感じ、多少の手間と時間をかけてでも、自然に生み出される生命体を待つ事にしたのである。
万能で不老不死の創造神として時間は限りなく有り、待つ事も楽しみの1つだと当初は考えたからである。
だが、それにも限度はあった。
観察と称して見てきた様々な星での多様な生命体の生活を、段々と羨ましく感じるようになり始め、ある惑星で偶然目に留めた男女の営みに衝撃を受け、自分も体験してみたいと思うようになる。
そう思うと益々自分で創り出した者では物足りなく感じ、仲間にしようとする生命体の進化を待とうとするがそれも我慢出来なくなり始めて、長い長い葛藤の末、欲求に勝てずに進化の途中でも探しに行く事にしたのである。
観察していた時は、勿論良い事ばかりがあった訳ではない。
人の愚行や暗部、エゴ丸出しの醜い部分を嫌という程見せつけられ、怨嗟の声や助けを求める叫びを幾度となく浴び、何もしない負い目に苦しみ、人に幻滅した事さえある。
それでも観察を止めず、今こうして行動に出るのは、それらを遥かに凌駕する、心の美しさ、愛情の素晴らしさを、人が見せてくれるからだ。
一旦決断すると、男の行動は早かった。
自らが創造した居城のある惑星の時を止め、封印した上で、予てから羨ましく思っていた惑星の1つへと降り立った。
ただその理由が、当初の仲間探しから、俗に嫁と呼ばれる存在を探す事へと微妙に変化していたが。