後編
「おい、忌来」
聞こえた声に思わず肩が跳ねた
止めてしまった足をまた動かす
返事は返さない
「おい、何無視してんだ、忌来」
ガシッと腕を掴まれた
それだけで泣きそうになった
…嬉しくて
そんな自分に吐き気がした
「忌来、返事しろ」
「………燎」
無理やり相手の方へ身体を向かされれば、自分は震える声で相手の名を呼んだ
でも、顔は見ない
見せない
「やっと返事したか」
相手の溜め息交じりのその言葉に知らずに深く俯いた
恐い、恐い、恐い
「お前最近俺を避けてるだろ、どうしてだ」
既に自分が相手―燎を避けていることが断定されてることに、少し笑みが零れた
そんな自分に危機を覚えた
大分危ないとこまでハマってる
「………離してくれないかな?」
顔を俯けたまま、燎の問いかけには答えずにそれだけ告げた
と、燎の腕を掴む力が強くなった
自分の顔が微かに歪む
「…逃げる気か」
「あはは、何を言ってるのさ燎。逃げるも何も、自分はこれから帰ろうとしてたんだけどなあ?」
燎の少し傷付いたみたいな声に思わず笑ってしまった
ホントに危ない
情緒不安定?
なんというか、感情が落ち着かない
「お前、いつもはこんな早く帰らねえだろ」
「今日は帰りたい気分なんだよ」
恐い、
でもなんでだろう
今は少しの高揚感がある
さっきまで、あんなに怯えていたのに
本当に、自分は大丈夫だろうか
ちらりと燎を見れば、いきなりスラスラ言葉を発するようになった自分に驚いてるかのように目を丸くする燎が見えた
「…それは、俺を避けてるってことだろ」
「燎の勘違いでしょ、いい加減離してくれないかな。帰りたいんだけど」
「忌来!」
燎の手を振りほどこうとすれば大声で怒鳴られた
ビクッと肩が跳ねる
ああ、一気に高揚感が失せた
また恐怖が自分を埋め尽くす
「逃げんな、答えろ。なんで俺を避ける?」
ああ、ああ、あああ
やだ、恐い
泣きたい
「忌来」
優しく、どんな返答でも受け入れるとでも言うかのような声で呼ぶな
嫌だ嫌だ嫌だ
もうホントに、自分に吐き気がする
グルグル無駄に考える
そして大事なとこでどうでもよくなる
あとで後悔するって分かっているのに
「燎、そう言えば言い忘れてたね。良かったね、好きな人と付き合えて」
ようやく自分は顔を上げる
燎に顔を見せてやる
燎の表情が固まるのを見た
それにさらに口角を上げてしまう
もう、自分でもよく分かんないや
「ずっと好きだったんでしょ?良かったね、成就して。自分と知り合う前からずっと好きだったんだよね。長い片思い期間だったねえ。それだけに成就した時、凄く嬉しかったでしょ。一日中嬉しそうだったもんねえ」
燎の顔が青くなる
何を焦ってるんだろうね
何にヤバイと思ってるんだろうね
というか、知らないとでも思ってたのかな
…思ってたんだよね
だって自分は気付かないふりをしてた
「……なんで」
「知ってるよ?知ってるに決まってるじゃない」
だって燎、自分に触れた時はいつも自分を見なかったじゃないか
「ねえ、燎さ、前言ってくれたよね。俺も溺れかけてるとか、お前といると心臓がドキドキするとか。あれ、ホントは自分じゃなくて、好きな子に言いたかったんでしょ?」
いつだってそんな甘いセリフを言ってくれてる時は、自分の顔を見てくれなかった
「あのセリフはやばかったよねえ。もう、こっちは凄くドッキドキしちゃった」
いつの間にかさっきの高揚感が戻ってきた
こんな短時間に上がったり下がったり
ちょっと気持ち悪いかも
「それにしても凄いよね、燎。好きな子いるのにさ、好きな子に言いたかったこと、これから言ってくんだろう言葉をさ、好きでもない子に惜しみなく言っちゃうなんて」
ケラケラ嗤ってやる
グルグル回る、心の中が
なーんて言ってみる
「ホント罪つくりだよねえ、好きでもない子に軽く言っちゃうんだから。あーあ、彼女さん可哀想ー。こんな軽い男に好かれてさー」
あはは、ヤバイヤバイ
今凄く気持ちいいかも
久しぶりだなー、ここ最近はずっとつらかったし
「燎ってそんな奴だったんだねー、知ってたけどさ。でもさ、少しはさー。その自分宛じゃない言葉を受け取る側の気持ちを考えたらどーなんですか?」
クスクス嗤いながら燎の手を振りほどく
今度は簡単に離れる
怒鳴られる事もない
燎の顔をホントに真っ青で可哀そうなほどだった
「それじゃバイバーイ。彼女さんと仲良くねー」
そう言って自分は燎から離れる
少ししていきなり涙が零れたけど、拭く気はなかった