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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第3章∞ 勇敢に人生と向き合う
8/31

家を買って!

 商店街で買い物の帰り道……洋館へ続く坂道の入口辺りからずっと誰かにつけられている。

 振り向くとサッと物陰に隠れる得体の知れない人物。

 不気味に思うけど恐怖心は無い……如何しようか?…このままわからない振りをして家の中に入ってしまった方が良いかな……

 ……もう直ぐ門の前に着いてしまう。

 立ち止まり後ろを振り返る。

 得体知れない人物は慌てて木の陰に隠れる……はぁ……丸分かりなんだけど。

 どうも尾行は下手みたいね。


 門の扉は夜以外はいつも開けっ放しになっている。

 前に不用心だから閉じていた方がいいと進言したが他のセキュリティーが万全だから問題無いと言われた。

 どうも、主人の東條竜也とうじょうたつやも執事の丸岡さんもこういう事には呑気だ。……だからこんな訳のわからない輩が家を覗きに来るんだわ。

 ずっと私の後をつけていた輩の首根っこを押さえた。


「うわぁ!」

「……此処に何の用で来たのかな?少年。」


 私の右手に捕らえられているのは小学生位の男の子で手をバタつかせて喚いている。


「離せよぉ!……離せって!」

「何でつけて来たかちゃんと話すなら解放してあげる。」

「話す……話すから……」


 少年の顔を見つめて蛇に睨まれたカエルみたいな……〈そんな場面に遭遇したことないけど……〉情けない表情をしていたので解放してあげた。

 少年は乱れた服を直し首の後ろを摩っている……口を尖らせ面白く無さそうな顔。


「さぁ、話して頂戴。」

「……お姉ちゃんこのでっかい家に住んでる人?」

「えっ?……えぇ、そうだけど……」

「じゃあ、俺の家買っくれよ。」

「はぁ⁈」

「金持ちなんだろ……買ってよ!」


 何なのこの子……突然やって来て家を買ってくれって?


 その時丸岡さんが声を掛けてきた。


「薫さん?……そんな所で何……おや?お客様ですか……」


 小さな珍客にやや驚いた様に瞬きしている。


「おじさんこのお姉ちゃんの父親?……だったら俺の家を買ってくれよ。」

「……私がですか?……薫さん、此れは何の冗談ですかね。」


 のんびりとした声で穏やかな笑みを見せ首を傾げた丸岡さんは少年の前に屈んだ。


「……私達をお金持ちと勘違いしているのではないですか?」

「だってこんなに大きな家に住んでいるんだから大金持ちに違いないよ。…子供だと思って馬鹿にするな!」

「此れは失礼しました。決して馬鹿にした訳では無いですよ。

 この家は私がお仕えしている方の家です……わかりますか?」


 例え相手が子供だろうと丸岡さんの言葉使いは丁寧で態度も紳士で何時もながら関心してしまう。

 少年は丸岡さんの言葉を理解できたのか、唇を噛んで家の方に首を伸ばして視線を送っている。


「ね…わかったでしょ……家なんて買えないから、もうお帰りなさい。お母さんが心配してるわよ。」


 私のどの言葉が少年を怒らせたのか、一瞬にして炎の様な怒りを表し私の足を思いっ切り踏み玄関の方へ走って行った。


「痛っ!……何するの!」

「薫さん!……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。其れよりあの子捕まえなきゃ……丸岡さん!…追いかけましょ。」

「おお……そうですね。」


 私達は追い掛けた……少年は玄関ドアに手を掛けるとチラッと此方に顔を向け、眉間に皺を寄せ舌を出して勢いよく中へ入って行った。


 ……何なのあの子!




 ◆◆◆◆◆




 少年は靴を履いたまま家の中に進入してドアというドアを開けて中に誰か……この家の持主を探しまわる。


 ……ああああ!

 もう土足で走り回らないで…

 綺麗に掃除した床に足跡がベタベタとつき私は顔を顰めた。


「チョット!……靴くらい脱ぎなさいよ!」


 その言葉に少年は立ち止まり自分の足に視線を落とすと靴を脱いで追いかけてくる私達に投げつけた。


「きゃっ!」


 かろうじて避ける。

 丸岡さんは飛んで来た靴をナイスキャッチ……しかしその靴を如何しようかと立ち止まってしまう。


「其れはいいですから!早く捕まえないと!」

「そうでした。」


 少年は一階に誰もいない事が分かると今度は二階を目指した。

 階段を飛び跳ねる様に軽やかに登り切ると、階段下で息を切らしている私達を見て馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


 悔しい…でもなんて身が軽いの……羨ましい。……ってそんな事どうでもいい捕まえなきゃ……


 クルリと背を向けて走り出した。


 二階に辿り着くと書斎のドアが大きく開け放たれていた。

 私は額に手を当て溜め息を吐いた……もしかしたら息切れかも……

 等々見つけたのね。


「……書斎に入ってしまいましたか……」


 そんな呑気に……でも此れで慌てて追い掛ける必要も無くなったわ。目的の人物を見つけたんだから……

 私達は書斎に向かった。


 少年は入口とデスクの丁度真ん中辺りに立っていた。


「ねぇ、お兄ちゃんがこの家の持主?」


 彼は少年の言葉に少しも反応を示さないで、パソコンに向かい指を動かしている。

 少年は険しい表情をして唇を噛み、自分を見ようともしない彼に向かって更に大きな声でもう一度言った。


「聞こえてる?……この家の持主かって聞いてんだけど、耳悪いのか?……答えろよ!」


 余りに失礼な言い方をするので私は後ろから少年の口を押さえて、丸岡さんと部屋から連れ出そうとした。

 当然少年は手足をジタバタさせ抵抗するが、さすがに大人二人に押さえられると簡単には逃げられない。


「………そうだよ、僕がこの家の持主だ。」


 彼は首を傾げ不思議そうに少年を見る。


「君は誰?」


 少年はまた私の足を思いっ切り踏み、怯んだ所で腕を振り払い彼の前に走って行った。


「僕の家を買って!」

「…買う?……君の家を僕が?…何故?」


 彼は突然押しかけてきた少年を怒るでもなく、不快に顔を顰める訳でもなく、ただ不思議そうに見つめている。

 其れから、優しく少年っぽい笑顔でデスクから離れ顔を覗き込んだ。

 少年は車椅子に乗った彼を見て驚き一歩後ろへ下がる。


「君の名前は?」

高坂慎吾こうさかしんご……」

「慎吾君……そう。

 でもよくわからない……何故、僕に家を買えと迫るのか。」


 慎吾と名乗る少年はじっと彼を見つめ話し出した。


 自分は児童養護施設で他五人の仲間と暮らしていて……しきりに家と言っていたのはその施設の事だった。

 そこが後二ヶ月程で閉鎖され、今迄一緒に暮らしてきた仲間とそれぞれ別の施設に預けられる事が決まり、全員で反対したが子供の言うことなど市の職員は耳も貸してくれず、それならばと……阻止する事を決め考えた末に何処かの金持ちに家を買って貰い、今迄通りそこで暮らせる様にしたかったらしい……


 子供が考えそうな単純で、でも大胆な行動……余程その施設の居心地が良く、愛着があるのだど思った。


「お兄ちゃん、お金持ちなんだろ?……施設くらい買えるよ…ね。」


 彼を前にして慎吾少年は強い者の顔を伺い、そして媚びるみたいな態度に変わっていた。


「なるほど……」


 ……顎に手を当て暫く彼は考え込んでいる。

 おもむろに時計に目をやり丸岡さんに言った。


「……少し早いけどお茶にしようか。」

「かしこまりました。」


 丸岡さんが穏やかに微笑んで書斎を出て行くと、彼は慎吾少年に向かって話の続きは下で聞くと言った。


 ぐぅ〜と慎吾少年の身体から音が鳴った……恥ずかしそうにお腹を押さえる姿を見て口元を綻ばす彼は書斎の入口で止まり、〝何か丸岡に作らせよう″と言って出て行った。

 私は慎吾少年の肩に手をやり一緒に下へ降りた。




 ◆◆◆◆◆




 慎吾少年の前にオムライスが置かれた。

 ゴクリと唾を飲み込みスプーンを手にしたが直ぐに食べないで、丸岡さんとオムライスを見比べ眉を寄せる。


「……これ、このおじさんが作ったの?」

「はい。私が作らせて頂きましたが……オムライスはお嫌いですか?」

「好きだけど……美味いの?」


 丸岡さんが目を丸くしてから苦笑いをした。

 彼は可笑しそうに肩を震わせ、持っていたティーカップをソーサーに戻し私をちらりと見る。


 ……えっ?


「ここに居るお姉さんよりおじさんの方が料理の腕前は確かだから食べてごらん。」


 私は頬を引きつらせながら彼を睨めつけた。


「……ふう〜ん……お姉ちゃん料理下手なんだ。」


 決して下手じゃない!

 丸岡さんの腕がプロ級なだけよ!……と心の中で叫び今度は生意気な慎吾少年を睨んだ。


 慎吾少年は頂きますと手を合わせオムライスを口にした……


「……美味い!……おじさん、凄いよ……凄く美味しい。」

「これは嬉しいお言葉……恐縮です。」


 パクパクと勢いよく食べながら言った次の言葉で私は慎吾少年を殴りたくなった。


「……お姉ちゃん…顔、顔が…ブスになってるよ。そんなんじゃあ男にもてないぜ……うん、美味い。」


 その言葉で彼は吹き出しお腹を抱え身体を揺らしながら笑った。

 丸岡さんは横目で一瞬私を見て笑うのを堪える様に肩を小刻みに震わせている。


 顔面の筋肉が収縮する……口を横に開き無理に笑って見せた。


 慎吾少年は綺麗に平らげ一緒に出されたオレンジジュースを喉を鳴らしながら飲み干した。


「……美味しかったぁ……おじさん、店出せるよ。」


 生意気!……グルメ評論家気取りかっ!


「また嬉しい事を…有難う御座います。

 ……お代わりは宜しいですか?」


 丸岡さん……そんに喜んで、媚びないで!


「もう、お腹いっぱい……ご馳走様でした。」


 ふん……食に関しては礼儀をわきまえているのね。

 ……偉いじゃない。


 他人の家に土足で勝手に踏み込む様な事をしたけど、案外躾はキチンとされているのかもしれない。


「では、慎吾君の空腹も満たされた所で話の続きをしようか。」


 その言葉で慎吾少年は姿勢を正し真剣な顔で口を開いた。


 慎吾少年はこの町から電車で三十分程離れた町の愛慈園あいじえんという児童養護施設から勝手に抜け出しここまで一人でやって来たそうだ。


 彼が丸岡さんに視線を送ると、軽く頭を下げ応接室を出て行った。


「何故この町の…僕の家がお眼鏡にかなったのかなぁ?」


 其れは、一週間前に学校の遠足でこの近くをバスで通り、丘の上に立派な家がある事に気付いて……こんな大きな家に住んでいる人は金持ちに違いないと思い、施設を買うくらいなんでも無いだろうと考えて押しかけたと言う。


「……随分と無茶をするね。見かけだけでやって来てどんな人間が住んでいるかも確かめず……場合によっては危険な目にあうかも知れないんだよ。」

「でも、大丈夫だった。」

「其れは結果論だ……時には大胆な行動で道を切り開く事も必要だ。でも、其れはただ闇雲に進むと言う事じゃないんだ……事を成すには相手や物を知らなければ成らない。その上で意表をついた行動なり、綿密な計画を立て行動を起こしたり…とね。」


 慎吾少年は眉を寄せて首を傾げてる……子供相手に何ムキになって言っているのか、理解するのはまだ難しいのではと私も首を傾げたくなる。


 慎吾少年の様子に気が付き難しい事を言いすぎたと思ったのか、目を閉じて眉間の辺りを指で押さえた。


「ごめん…難しかったかな。

 つまり……ん…行動する前に少し考えなさいと言うことだよ。」


 彼は上手く説明できたか心配で表情が動くのを待っている。


「……俺、焦りすぎた。」


 唇を噛んで俯き反省しているのを見て彼はホッとした様に微笑んだ。


 其処へ丸岡さんが戻って来て彼に何やら耳打ちし、内緒話しが終わると私の隣に立ちすましている。


 ……何処へ行ってたのかしら?


「……じゃあ次は、何故施設が閉鎖するのか知っている範囲でいいから教えてくれないか?」

「えーと……施設が古くて危ない。新しくするにもお金が無い。後は……園長先生、随分歳で……それに任せる人がいなくてさ……」

「なる程……特に人材不足は深刻だね。」


 公的機関からの補助はあっても其れだけでは賄いきれないのが現実なのかもしれない……ましてや施設の運営側の高齢化、人材不足では新しく建て直しても先が暗い。


 ……まさかこんな少年が〝やっかい事″を持ち込むなんて彼は如何するのかしら?


「……お兄ちゃん、頼むよ。施設を助けて……園長先生や皆んなを助けて欲しいんだ。」


 慎吾少年は椅子から立ち上がると頭を下げた。

 その姿を見ると生意気な子供が急にいじらしく感じて助けてあげたくなった。

 そして彼ならそれが出来ると……取り敢えず資金面を支援してやり、人材面は……東條グループの力をもってすれば見つかる筈。


 でも………彼が出した答えは〝NO″だった。


 私は驚いて慎吾少年をみた。……瞳を大きくして奥歯を噛み締め全身を小刻みに震わせていた。


「……どうして…どうして駄目なんだよ。」


 彼は両手を合わせ其れを顎に軽く当てると、真っ直ぐに慎吾少年を見つめ口を開いた。


「……僕が助ける理由が見つからない。」


 その言葉は余りにも冷たく人としての温かみが一切感じられなかった。


 こんな彼は初めて目にした……一体如何してしまったのだろう。

 私は驚きから次第に薄情な彼に対し怒りが湧いてきて身体が熱くなった。


「そんな言い方酷いです!」


 私の言葉など無視して彼は丸岡さんに慎吾少年を施設まで送る様に言った。


「待って!」

「薫さん……今日はこれで終わりです。

 今何を言っても無駄ですよ。……僕は仕事の続きがあります。」


 取り付く暇も無く彼は応接室を出て行ってしまった。

 私はその後ろ姿を唇を噛み見送った。


 慎吾少年はガックリと肩を落とし丸岡さんと出て行こうとしていた。


「丸岡さん…」


 丸岡さんは穏やかな表情に目を細め首を横に振り、肩に優しく手を添えて連れて行った。


 ……如何して?


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