東條兄妹の秘密?…と天罰
私がゆりなさんを心配する必要なんか初めから無かった。
彼女は婚約者の裏切りに心痛める深窓のお嬢様などでは無くて……ただ別れたくて決定的な証拠が欲しかった女優の卵のお嬢様。
全くあんな風に演技なんかしないで普通に相談しに来ればいいのに、あれこれ心配して私が馬鹿みたいじゃない……彼に〝許してくれる″…なんて言われて頷いたけど…正直、面白くない。
……でも、何事も無く解決したからいいかな……
私は二人の間に挟まれ小さく溜め息を吐いて覗き込む様に両方の顔を少し不満そうに見た。
ゆりなさんはすっきりしたのか満面の笑みを浮かべて立ち上がり、彼と丸岡さんに礼を言い、革の手袋を振って〝じゃあね″と言い〝見送りは要らないから″と言って出て行った。
私は〝やっぱり、お見送りして来ます″と言って二人に背を向け後を追った。
玄関を開けるとバイクにまたがりヘルメットをかぶろうとしていた。
「ゆりなさん。」
「……えっ?……あら、何?」
かぶろうとしていた手を止めヘルメットを置くと、私を不思議そうに見つめた。
何故追いかけて来たのが自分でもよく分からなくて、何を話したらいいか迷いしどろもどろになった。
ゆりなさんはそんな私を見て目尻を下げて笑うと〝可愛い″と言った。
……可愛いって……多分私の方が年上だと思うんだけど……まぁ、そんな事はいい。
何を話せばいいの……
「……丸岡さんから聞いてたよ。色々心配してくれたみたいで……有難う。」
「えっ?」
「昨日かな……電話貰って…薫さんが自分の事みたいに心配してます。って……」
連絡入れてたんだ……なんだ……
ちょっと嬉しくなって、はにかむ様に微笑んだ。
「……さっき話した通り元々増田誠一の事なんか好きでも無かったから大丈夫なの……その事はお兄様も丸岡さんも知ってたから呑気に構えてたのよ……でも、薫さんには申し訳なかったわ……ごめんなさい。」
「……本当に?」
「えっ?」
「あの…少しも増田さんの事……」
ゆりなさんは首を少し傾け目を伏せている。
心に立ち入り過ぎたかな……使用人の私が馴れ馴れしく聞く事ではなかった。
「失礼しました……身もわきまえず。忘れて下さい。」
「……最初はね。」
「はい?」
「最初は……ちょっといいなぁと思ったのよ…増田の事。
見た目も良いし、話しても楽しかったから…
でも、次第にうわべだけの人間じゃないかって思えてきて……其れからは別れる事だけ考えていた。……これ、本当の気持ち。」
「そうですか……大丈夫ですか?」
「そうね……全く傷付いてないとは言えないけど、ちゃんと気持ち切り替えているから…大丈夫。」
ゆりなさんはやはり晴ればれとした笑顔を見せた。
……私が心配し過ぎなのかも、いつ迄もうじうじする様な女性ではないのだ。
お嬢様だけどしっかりと自分を確立している大人なんだ……歳下なのに私なんかよりずっとしっかりしてるわ。
「……余計なお世話でしたね。」
「そんな事ない……心配されるって結構嬉しいよ。」
携帯の着信音が鳴り響いた。
ゆりなさんは画面を見て目を見開き片眉だけ吊り上げると電話にでた。
どうやら電話の相手は東條グループ社長、東條範之つまり、ゆりなさんの父親からだった。
神妙な顔で受け答えし、最後に〝今から行きます″と言って電話を切った。
「父に会いに行って来るわ……ふう……何年経ってもあの人と顔あわすの緊張する。」
「父親に会うのに?」
「……まぁ、血繋がってないからね…」
「えっ?」
「えっ?……って……知らなかったの薫さん。」
そんなの聞いてない…
私は大きく首を振った。
ゆりなさんは少し渋い表情をして唇を軽く噛んだ。
「……マズかったかな?
てっきりお兄様から聞いているかと思っていた。」
ゆりなさんの5歳の時母親が東條範之の後妻になった。
血の繋がらない新しい父親、兄弟……180度違う生活に戸惑うことばかりで幼いながら胃が痛くなりそうだったと、当時を思い出して苦笑いした。
「……私、東條家については何も聞かされていないので、ビックリしました。」
「……そうなんだ。」
「他に兄弟はいるんですか?」
「う〜ん……其れはお兄様から聞いて。私の事は自分が話すんだからいいけど、他の事はね……」
話せない事かしら?……血が繋がってないから話し難いとか……
「……じゃあね薫さん。」
「あ…引き止めてすみませんでした。お気を付けておかえり下さい。」
ヘルメットを被りバイクのエンジン音を鳴らしてあっという間に姿が見えなくなった。
テラスの方に目線を移すと、既に家の中に引っ込んだのか彼の姿はなく、丸岡さんが後片付けをしているだけだった。
……あっ…窓ガラスを磨いている途中だったわ。
気になっていた問題が一つ解決したから、張り切って磨こう!
家の中に戻る私の足取りも心なしか軽くなった。
◆◆◆◆◆
夕食も食べ終え彼は丸岡さんの淹れたハーブティーを静かに飲んでいる。
日中でもこの洋館の周りは静かだけど、暗くなると一層静寂さが増す。
凝った彫刻が施された振り子時計の、時を刻む音が微かに聞こえて、その心地良さに目を閉じると眠くなってしまうのは私だけかしら?
「……薫さん?」
呼ばれて目を開けると直ぐ前に彼が私を不思議そうに見上げてた。
やだ!……立ちながら寝ていたと思われたかな?…チョット寝そうだったけど……
「す…すみません。あの、寝てないです。」
彼はクスリと笑うとテーブルに戻り、少し離れた所にいた丸岡さんは吹き出している。
「……立ちながら寝る特技があるなんて知らなかったです。」
「……あの…目を閉じてただけです。本当に寝てません。」
「……そうですか?……まっ、いいです。
其れより、随分ゆりなと長い間話してましたね。」
……何を話していたか気になるのかしら?
彼の表情を見る限りそんなに知りたそうには感じないけど、表に出さない様にしてるのか、其れともただ流れで聞いただけなのか……違うわ…今の聞き方は気になっているんだ。
話せない内容では無いけど……
私は今回の事でのけ者にされた仕返しをしようと思った。
「内緒です。」
意地悪く微笑んで言った。
彼は面白くなさそうに顎を上げ口を少し尖らせている。
私は更に微笑んで言った。
「女同士の内緒話しですから言えません。」
勝ち誇った様な視線を送ると、彼は尖らせた口を今度は横に曲げて恨めしそうに私を見上げ眉をピクリと動かした。
「……何かの仕返しかな……意地悪ですね薫さんは……」
「そんなつもりは有りません。」
……そんなつもりで言ったけどね。
ふふ…気持ちいい。
「仕方ないですね……そんなに知りたい訳じゃ無いからいいですよ。」
彼はわざとアッサリとどうでも良い様な言い方をして背を向けたが、強がっているみたいに見えた。
……電話が鳴った。
丸岡さんが子機を手にして応対すると、表情が引き締まり〝少々お待ちください″と言って受話器を彼に差し出した。
「……お父上からです。」
彼は受話器を受け取り一呼吸置いてから話し始めた。
お父上って事は東條グループの社長よね。
へぇ……少し緊張してるみたい。
どんな人なんだろう?……大企業のトップだから何時も眉間に皺を寄せて神経質そうに社員にはっぱかけてるのかしら……って、あんなに巨大な会社の社長がそんな訳ないわね
……どんな感じなのかしら……んん〜自分の想像力の乏しさにガックリきちゃう。
電話を手にしている彼を見ると、割と無表情に応対していたが……
「……えっ!僕がですか?……いや、そういった場所が苦手なのはよくご存知でしょう。
……お断りします。」
珍しく声を上げ不機嫌そうな表情をしている。
「他当たって下さい……
確かにそうですが……お父さんの名代は僕では役不足です。」
随分困ってる……
丸岡さんは心配で落ち着かない様子だわ……珍しい。
「……はい、えぇ……」
深く溜め息を吐く。
「……分かりました…仕方ないですね出席します。」
彼はまた溜め息を吐くと受話器を丸岡さんに渡し、こめかみに指を当て揉んでいる。
よっぽど頭の痛い話しだったみたい……不機嫌な表情で天井を見上げた。
丸岡さんはまだ話してる……出席と言っていたから何処かに行かなくてはならないのだろう。おそらく必ず出席させる様に念押しされているのだと思う。
丸岡さんが受話器を置いた。
「……必ず出席する様にと……ドタキャンは無しにしてくれ…と言っておられました。」
「……わかった。」
まるでテレビゲームを親に咎められて不機嫌になった少年の様な顔をしている。
いったいどんな場所に出席するのか分からないけど、私には関係なさそう。
……彼の困った顔を見るのはチョット楽しい。
私をからかった天罰かも…ふふ……気持ちいい。……意外と根に持つタイプかしら私って……
しかし、そんな呑気に言っていられなく成った……後から、〝薫さんも一緒に出席して下さい″……と、丸岡さんに言い渡されたのです。
どうも、お父上の友人の出版記念パーティーで女性同伴じゃなくては駄目らしく私に白羽の矢がたった……?
……同伴ならゆりなさんに頼めばいいのに…妹なんだし……
セレブが集まる様なパーティーに庶民の私が行って自分も恥かきたくないし、かかせたくない。
……勿論パーティーに興味が無いわけじゃない、むしろ覗いて見たいという好奇心はある。……でもあくまで遠くからどんな人達が集まっているのか眺める程度で……参加となると腰が引けてしまう。
彼の困った顔を見て喜んだ天罰かも。
……ああ〜ゆうつになって来た。
そんな私の心配を察知したのか、穏やかに微笑んで〝そんなに堅苦しいパーティーでは無いですから大丈夫ですよ。″と言ってくれた。
私は頼りない返事を返した。