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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第2章∞ 口の良すぎる男には御注意を
6/31

エリート社員の末路

 その日は昼頃から雨が降り出し、乾燥していた空気や大地に潤いを与えていた。


 予定の一週間が経ち丸岡さんが帰って来た。

 午前中はいつも通り仕事をこなし昼食が終わると彼は書斎に居るから後で来る様にと丸岡さんに言い、その時私も一緒にと言われた。


 二人で書斎に入ると彼はデスクの前で難しい顔をしてパソコンの画面を見ていた。

 マウスを動かし小さく頷くとデスクから離れた。


「……じゃあ、報告を聞かせて。」


 まず丸岡さんが話し始めたのは増田誠一の社内での評価だった。

 一週間前にゆりなさんが言っていた様に評判は良く、頼りにされているし、やり手で有能な社員である。

 女性社員に対しても気遣いが出来、モテるが変な噂は立った事がないと言う。


「ふん……やり手の社員で何一つ黒い部分が無い。……余程上手く立ち回っているって事か。」

「その通りです。」

「へぇ…丸岡がはっきり言うからには何か掴んだの?」

「……はい。」


 ニヤリと笑い、彼に一枚の写真を見せた。

 そこにはホテルのロビーで男性から紙袋を受け取る姿と、もう一枚は中身のお金を確認している写真だった。


「その紙袋を渡した男性は、来年着工予定のホテル建設の下請け会社の社員でした。」

「なる程……口を利く代わりに…って事か。」

「おそらく、此れだけでは無いと思われます。」

「だろうね。……女性関係は?」

「はい。」


 丸岡さんは驚く報告をした。


 この話をしてくれたのは、出入りの清掃会社の女性で、増田と女性社員が地下駐車場で何やらコソコソ話しているのを聞いてしまったらしい。

 ……と言うより、聞き耳を立てていたんだと思う。


 内容は、〝探って欲しいと頼まれた時ビックリしたわ″ 〝でも君で良かった。″

 〝増田さんの事凄くいい社員だって言っておいたからね。″ 〝有難う…まさか彼女も後輩が自分の婚約者と出来てるなんて思っても無いんだろうな…お嬢様はチョロいな。″と言って笑っていたそうだ。


 なんて事なのゆりなさんが信じていた後輩が増田とつき合っていたなんて……許せない。

 でも妹が酷い裏切りを受けているのに彼は顔色一つ変えず冷静に聞いている。


「他には?」

「はい……キャバ嬢に、取引先の秘書と関係が有ります。」


 たった一週間で三人の女性との関係が分かったなんて……丸岡さん凄い。

 しかし其れだけ派手に遊んでバレないなんて、どれだけ口が上手いのかしら?

 一度聞いてみたいわ。


「その女性達との写真も撮ってあるんだろ?」

「はい……中々良い写真が撮れています。」

「此れでゆりなも満足するだろうね。」

「そんな!…満足だなんて、ショック受けて寝込むかも知れませんよ。

 お嬢様育ちのゆりなさんには……いいえ、どんな女性だって辛すぎる現実です。

 増田誠一は女の敵です!」


 目を吊り上げて怒る私を見て彼は可笑しそうに肩を揺らす。


 笑い事じゃ無いのに……


「……お嬢様ねぇ……薫さんはとても素直で、優しいね。」


 笑いながら言われても余り嬉しくない……馬鹿にされてる気がする。

 なんかイライラしてきたわ……


「竜也様、どう致しましょうか…今回の結果、ゆりな様にはどの様に……」

「そうだな…手紙に写真を添えて郵送するだけで充分だと思うよ。」

「えっ!……其れでいいんですか?

 辛いけどきちんと口頭で伝えた方が良いと思うんですけど……」


 気の抜けたような、惚けた様な表情で私を見た。


「郵送で充分です薫さん。……後は其れを如何するかはゆりな自信が決めるだろう。

 ……じゃあ、丸岡そうしてくれ。一週間ご苦労様。」


 丸岡さんは一礼して部屋を出て行った。

 私は納得がいかず、頬を膨らませ彼を見たが、もう関係無いみたいにパソコンに向かい指を動かし始めた。


 私は鼻息荒く書斎を出て、先を歩く丸岡さんを追い掛けた。


「……郵送でいいなんて、ちゃんと会って聞かせてあげるべきです。そして慰めてあげなきゃ……妹の事心配じゃ無いのかしら。」


 早口でまくし立てる私を丸岡さんは目尻を下げて笑いながら言った。


「……薫さんの仰しゃる事はもっともだと思いますが、竜也様がお決めになる事ですから、私どもは其れに従わなくてはなりません。」

「分かってますけど……何だかゆりなさんに冷たい様に思えて納得がいきません。」

「ははは……今に分かる時が来ますよ。」


 丸岡さんは気軽に笑っているけど、婚約者に何人も女性がいると知り、ショックを受け変な事考えて取り返しのつかない事態になったら如何するのかしら?

 二人とも余りにも楽観的過ぎる。




 ◆◆◆◆◆




 増田誠一の調査が終了してから四日経ったがゆりなさんからは何の連絡もなく、私はどうなったか心配で仕事が疎かになり失敗ばかりしていた。その度に注意され落ち込んでは、また心配し注意される。

 完全な負のスパイラルに陥っていた。


 此れではいけないと思い、ゆりなさんに電話してみた方が良いのではないかと言ってみたが、丸岡さんは微笑んで首を横に振るだけで、全く取り合ってくれなかった。

 今更遅いのだけど連絡先を聞いておくべきだった。


「ハァ…………あっ!」


 やっちゃったぁ………皿を落とした。


「おやおや…またですか?」

「すみません……」


 丸岡さんは箒と塵取りを持って来て割れた皿を片付けている。

 私は情けない表情でうな垂れた。


「……如何したんでしょうね。

 この所集中力に欠けている様ですね薫さん。……これが続いたら食器棚がスカスカに成りかねません。」

「すみません。」


 うな垂れている私を見て、困った様に眉を寄せ溜め息を吐いた。


「……仕方ないですね。休みは日曜日だけですが明日の土曜日から休んで下さい。

 ご実家でリフレッシュするのが良いと思いますよ。」

「大丈夫です。」

「いいえ駄目です。

 私の居ない間頑張ってくれましたし、そのご褒美という事で英気を養ってきて下さい。

 ……いいですか、此れは命令です。」


 丸岡さんは腰に手をあて真剣な表情で私を見つめた。


「はい…………」

「よろしい。竜也様には私の方から伝えておきます。」




 ◆◆◆◆◆




 丸岡さんの計らいで土日と休みになった私は折角なので横浜の美保の所にでも遊びに行こうかとメールをした。

 前に会った時言った〝離婚″という言葉もずっと気になっていたので様子を見て、話しを聞こうかなという思いもあった。

 しかし横浜まで出掛けるまでもなく、美保はまた実家に戻っていたのだ。


 ……これは…離婚って冗談でもないかも。

 今夜一緒に呑む段取りになっているからその時ちゃんと聞いてみよう。


 ……ん?

 向かいの部屋がうるさい。兄夫婦の部屋から口論する声が聞こえる……夫婦喧嘩?


 ドアを開けて廊下に顔だけ出すと、加奈子さんが何か投げつけたのだろう、ヒステリックな声と一緒にドアに物がぶつかる音がした。


 ……ウワッ!激しい。

 何で喧嘩しているのかな?


 兄貴の声はあまり聞こえないけど加奈子さんは随分興奮しているのは分かる。


 ドアが開いて兄貴が逃げる様に出てきた。


「うるさいんだけど……」

「うわぁ!……あぁ、薫か……そういえば帰って来てたんだな……」


 バツが悪そうにヘラヘラ笑って頭を掻いている。

 部屋で泣き声が聞こえてきた。

 私は目を細め兄貴を冷たく見つめた。


「ははは…たいした事じゃ無いから……」

「ふぅ〜ん。……まっ、いいけどね。

 夫婦喧嘩は犬も食わないって言うし、触らぬ神に祟りなしと言う言葉もあるから何も聞かないけど、……謝った方がいいと思うよ。

 ……以上。」


 そう言ってドアを閉めた。

 我が兄夫婦も赤信号だったりして……まさかね。

 さてと、出かける準備しよう。




 ◆◆◆◆◆




 土曜日の夜という事もあって数少ない町内の呑み屋は何処も混んでいる。


 ここ〝ぽん太″もほぼ満席で私と美保は一番奥のテーブル席でビールを飲んでいた。

 今夜は美保が酔ってしまう前に話しを聞こうと思っていたが、向こうから切り出してきた。


「実はね……私、離婚したくて今話し合っている所なの。」

「……じゃあ前に言ってた事は本当だったんだ。」

「憶えてたんだ。」

「当たり前でしょ……あんな顔で言われたら気になって仕方ないわよ。」

「そっか……」

「其れで原因は何なの?」


 美保は何処からどう話しをしたら良いのか迷っているのか暫く考え込んでいる。

 私はただジッとその口が開かれるのを待っていた。


「……何て言えばいいのかな…母親、母親が絶対で……」

「なにそれ?」


 美保の話しは私からすると信じられない位酷い話で、夫の浜田祐介はまだゆうすけは何かと言うと母親の所に逃げ込み、母親の言う事しか聞き入れないと言う。


 これがマザコンというのかな……

 何度か浮気もし、其れがバレる度実家の母の所に逃げ込み助けを求める。

 息子を嗜めるどころか母親は〝夫の浮気位受けとめる広い心を持ちなさい。″とか、〝本気じゃないのだからいちいち目くじらを立てるのは見っともない″等……到底納得がいくわけ無い。其れなのに、〝浮気するのは嫁がいたらないからだ。″…と、最後には美保のせいにされるという。

 他にも、結婚して二年も経つのに子供ができないのは美保の身体に何か欠陥があるのではないかと、病院にまで連れて行かれたそうだ。


「嘘…そこまで。……それで……聞いていい?……結果はどうだったの?」

「私の身体には問題ないって……」

「良かったぁ。」

「……それでね、私もあんまりだから言ってやったの、私だけ調べるのはおかしい。

 祐介さんも診てもらうべきだって……

 そうしたら平手打ち…〝息子を侮辱するのか!″ってね。

 …………どっちが侮辱してるのよ。」


 叩かれた方なのだろうか、左頬を手で摩り今にも泣き出しそうな目をして笑っていた。


「だから離婚を……」

「他にもあるけどそれ話してたら朝になっちゃうから……」

「実家の両親はなんて言っているの?」

「うん……」


 ……美保の結婚が決まった頃、家業のスーパーの経営に行き詰り数百万の借金を父親が抱えて首が回らなくなっていたという。

 それを祐介の実家が全部立て替え、コンビニにする為の融資を受ける際にも銀行に口添えし、更に現金も幾らか出してくれたそうだ。


 ……それで、スーパーの後に立派なマンションを建てその一階でコンビニ始めたんだ。


 世話になった浜田祐介の実家に頭が上がらない両親は離婚に反対していると、悲しそうに顔を歪めて話してくれた。


 祐介さんの実家が資産家だとは知らなかった……美保にはどこにも逃げ場が無くて随分辛い結婚生活を送っていたのだと……友人として何も知らなかった事が情けなかった。


「……何も知らなくて。

 幸せな結婚生活して居るんだろうなって勝手に思って遠慮して……独身時代の様に気軽に電話したりメールもしなくなって……ゴメンね。」


「何で薫が謝るのよ。今日聞いてくれて嬉しかったよ。ありがとう……少しスッキリした。……大丈夫、何とかなる。」

「美保……私の前では強がんなくていいよ。

 全然大丈夫じゃないんでしょ……」

「薫……」


 ポロポロと今迄我慢していた涙が溢れ両手で震える声をおさえた。


 私は美保の隣に座り、震える背中を摩りながら一緒に泣いた。


 何をしてあげられるだろう……ふっと、東條竜也の顔が浮かんだ。

 彼ならこの問題をどう解決するだろうか?

 其れとも、〝夫婦喧嘩は犬も食わないよ″とでも言って、渋い表情をし取り合わないかもしれない……私がさっき兄貴に言ったように……

 何も思いつかない非力な自分がもどかしい。

 一緒に泣いてあげる事しか出来ないなんて……


 美保は両親に説得され日曜の昼に横浜へ戻って行った。

 その際私にメールをよこし其れにはこう書かれていた。〝聞いてくれてありがとう。

 親に頭下げられて……とりあえず横浜に帰ります。″……と短い文面。

 ……その文面に込められた思いがどれ程のものかと思うと涙が自然に流れた。




 ◆◆◆◆◆




 折角の連休もリフレッシュするどころか美保の離婚話しを聞いて、また悩みが増えてしまった。


 しかし、いい加減仕事に集中しなくてはクビになりかねない。

 少し丸岡さんを見習って何事にも動じない冷静さを身に付けよう……


 そんな訳でまず気分を変える為、窓という窓を磨いている。そしてその窓の向こう側で彼は本を読んでいた。


 濃い緑色の木々に咲き誇る美しい季節の花々が穏やかな太陽の光に包まれ、其れはまるで一枚の絵画で、その真ん中に同化する様な佇まいで彼が存在している。


 私は手を止めて思わず見惚れてしまった……時間が止まった様なこの空間にいつまでも身を置いていたいなんて考えて、少し身体が熱くなるのを感じた。


 彼が本から顔を上げ門の方へ目を向けたので私もその目線の先に目を移した。


 けたたましいエンジン音と共に大型のバイクが入って来た。

 私の位置からは誰なのか確認する事が出来ないが、彼には分かったみたいで本を閉じこちらへ戻ってくる。


 玄関の方で丸岡さんの声が聞こえた。


 突然応接室のドアが勢いよく開いて、身体にぴったりとフィットしたライダースーツに身を包んだ女性が入って来て部屋を見回す。テラスに目が行くと真っ赤に塗られた唇の口角がキュッと上がった。


「あ……あのどちら様…」

「こんにちは、薫さん。」

「えっ!」


 彼女は私をチラリと見て微笑むとテラスにいる彼の元へ真っ直ぐ向かって行った。


 ……誰?


 丸岡さんが苦笑いしながら入ってきた……私は目で誰?と訴えたが答えてくれない。

 ……誰?……何故私の名前知っているの?


 テラスで彼女は彼に抱きついている……ハグと言った方が良いかな?


「……薫さんこっちへ来てもらえる。」

「は…はい。」


 私?……丸岡さんを見たら早く行きなさいと言う様に手を向けられソロソロと足を進めた。


 彼は、此れから話す事を一緒に聞いて欲しいと彼女が言っているので私を呼んだそうだ。

 ……何故?

 私は訳が分からず戸惑いを隠せない顔のうえに間の抜けた返事をした。

 そんな私を見て彼はめい一杯表情を崩して笑って言った。


「……誰かわからない?」


 椅子に座って微笑む女性をジッと見た。

 ……ん?……何処かで会った?

 眉を寄せ穴が空くほど見つめる…………

 あっ!…えっ?……まさか……

 凝らした目がみるみる大きく開くと同じ様に口まで馬鹿みたいに開けた。


「……嘘…もしかして、ゆりなさん?」


 ライダースーツの女性は可笑しそうに表情を崩した。


「当たり!」


 大きな口を開けて笑うゆりなさんを呆気に取られ見ながら口をパクパク動かしたが上手く声が出てこない。

 彼を見たらお腹に手を当てクシャクシャにした顔に涙を滲ませ笑っている。


 ……何なの、どういう事?

 前に来た時と雰囲気が全く違う……婚約者に裏切られているじゃないかと疑い苦しんでいる清楚なお嬢様は何処に行ったの?

 頭の中がパニックで整理がつかない……真っ白だ。


 そこへ丸岡さんがお茶の用意をしてやってきた。


「……竜也様、きちんと説明して差し上げなければ薫さんがお可哀想ですよ。」


 私は声も出さず大きく頷いた。


 其れでも笑いが止まらず暫く大笑いする二人を恨めしそうに眺め待った。


 丸岡さんがハーブティーを出しなから再び彼を嗜め、やっと笑うのを止めて言った。


「悪かったね…薫さんがあんまり素直に…想像した通りに驚くから嬉しくて笑いすぎた。……許して。」


 そう言ってまた肩を震わせて笑う……


「驚かせてごめんなさい薫さん……前に会った私はお嬢様を演じてたの、本当は何時もこんな感じ。」


 こんな感じって……演じてた?

 やっぱり訳が分からない。

 えっ?東條家のお嬢様じゃ無いの?……彼の妹でも無い?……じゃあ、あの相談事は嘘なの?皆んなで私をからかっていたって事?……もっとちゃんと説明して!……頭の中がクエッションマークで一杯……爆発しそう。


「あの……さっぱり分からないです。」

「ごめん……ごめん。

 分かるように説明するから……薫さんも椅子に座って……どうぞ。」


 優しい声で座る様に勧める彼に操られるように二人の間へ腰を下ろした。


「……ゆりなは女優の卵で僕の所に来る時は何時もキャラクター設定して来るんだ。

 ……面倒くさいだろ。其れに付き合わされるこっちの事なんて考えないんだから困った妹だよ。」

「あ…妹さんには間違いないんですか。」

「あれ…そこまで演じていると思ってしまった?」

「はい……」


 二人は顔を見合わせて吹き出した。


 もう、笑いはいいから話しを早く進めて〜


「……まぁ、そんな妹にこの間も調子を合わせたんだ。」


 ……だからか…真面目に相談しているのにやたら笑っていたのは……あの日の事を思い出しやっと納得できた。

 何も知らないで真剣に聞いている私を見て面白がっていたんだ……酷い。


「……知らない私をからかったんですね。」


 口をへの字にして三人に目をやった。

 丸岡さんは口を萎め咳払いをし目を伏せ、ゆりなさんは肩を上下させ舌を出した。

 彼は、我関せずといった表情であらぬ方向に顔を向けて惚けている。


 ……そんな態度を見ていたら抗議するのも馬鹿らしくなって大きく溜め息をついた。


「……それで、何処までが演技で、何が本当なんですか?……いい加減教えて下さい。」


 彼は優しく少年っぽい笑顔を見せた……またその顔……ズルい。


「ゆりなはお嬢様を演じていただけで、持ち込んだやっかい事は真実ですよ。

 だから丸岡に一週間も調べて貰ったんです。」


 よくよく考えれば私をからかう為にあんな嘘つく訳がないわね……それこそ面倒くさいもの……騙される私が間抜けなのね。


「わかりました……もういいです。」

「薫さん……許してくれますか?」


 悪気は全く無かったと言いたげな猫みたいな表情をして私の顔を覗き込む……そんな風に瞳を向けないで、納得いかなくとも〝うん″と頷くしかなくなる。


 …………頷いてしまった。


「良かった……」

「……薫さんも許してくれた所で私の話しをいて良いかな?」

「はい、ずっと気になっていました。」


 そう!……その後の増田誠一がどうなったかが一番知りたい。


 ゆりなさんは話す前に思い出し笑いをして語り始めた。


 ゆりなさんは調査報告書と証拠の写真を受け取り、次の日に増田誠一を自宅へ呼んでそれらを目の前に並べどういう事かと問い詰めたそうだ。

 誠一は報告書と写真を手にとり頬を引き攣りさせ唇を噛んでから、こんなのはでっち上げだと言ったという。


「…そう言うなら私が納得いくように説明してと言ったわ。……彼、なんて言ったと思う?」


 〝君は婚約者を信じられないのか!″と、口の上手い増田にしては情けない台詞だったとゆりなさんはケラケラと笑っていた。

 ……多分、お嬢様だとタカをくくっていたのに、此処まで調べている事に動揺して上手い言葉が思いつかなかったのかも知れない。


「私が其れで引き下がるとでも思っているのかしら?……馬鹿よね。

 だから言ってやったの、説明が出来ないなら婚約は解消だと……」


 ゆりなさんがそう言うと増田は態度を一変させ憐れみをこう様に少し甘えた声を出したという。

 そして、浮気は仕方なかった。キャバ嬢も取引先の秘書も仕事上如何しても断る事が出来なくて自分も辛かったのだと……いや!あれは浮気じゃ無い、仕事を成功させる為の言わば接待だ。

 ……ゆりなさんの婚約者として仕事の出来る男だと周囲に認識して貰いたかった。全てゆりなさんが大切で失いたく無いからやった事なんだ。自分も苦しかった……と目を潤ませながら訴えて来たらしい。


「……男が目を潤ませてもね……全然グッとこないわ…むしろ白けちゃう。」


 足を組み直して呆れたように肩をすくめるとハーブティーを美味しそうに飲んだ。


「……ん、美味しい。さすが丸岡さんね。」

「恐れ入ります。」

「……其れから如何したんですか?」

「一応、他の言い訳も聞いておこうと思って後輩との関係を問い詰めてみたの。」


 増田は報告書が大袈裟に書かれていると言ったそうだ。

 確かに駐車場で話はしたが内容はこれと異なり、後輩の女性はゆりなさんが疑心暗鬼になっているからちゃんと誤解を解いた方が良いと忠告してくれただけだと……


「まぁ、二人の会話が録音されている訳じゃ無いから、そう言われてしまえば絶対嘘と言えないけどね。

 ……でも嘘をつく時、彼ってやたら顎をゆびで触るの、もうバレバレ……随分前に気付いて、其れからはその仕草をした時は何を言っても信じない事にしてた。」

「……じゃあ今回もわかってて調査頼んだんですか?」

「そうよ。」


 ゆりなさんは私の方へ身体を寄せ頬杖をつく様にして楽しそうに言った。


 ずっと沈黙して聞いていた彼が手にしていたティーカップを置き渋い表情をしてうんざりとした口調で言った。


「……全くやっかいな事を持ち込んで来る妹だ。まっ、父さんに頼めないからね……仕方ないか。」


 何故父親に言えないのかしら?……親子関係上手くいってない…とか。


「兎に角ゆりなは好きでもない男と結婚するのが嫌で、婚約解消する理由が欲しかったんだろ……理由も無く父さんに嫌と言えなくてさ…」

「そっ……だから今回あちこちに女がいるって感じた時、〝やった!″…って喜んだわ。」

「じゃあ、婚約者とは…」

「勿論……バイバイ。」


 ゆりなさんに別れると言われた増田は、どうにか丸め込もうと必死に言い訳をしたらしいが、気持ちが変わらないとわかると土下座をして許しを乞いたらしい……


 エリート社員の男がそこまでするとは、見っともないし憐れだわ……自業自得だから仕方ないけどね。


「……あの、不正に受け取っていたお金については?」


 私がそう聞くとゆりなさんはキョトンとした顔をした。


「あ〜……其れね。

 ……私に関係無いしどうでもいいわ。」


 私は彼の方を見た……すましてハーブティーを飲んでいる。

 本当にどうでも良いの?……首をかしげると彼が低く笑い声をあげた。


「……ゆりなにはそうかもね。

 ただ、企業側には問題だからね。社長の方にも報告書を送っておいたよ。

 ……此れで増田誠一は確実にクビ……だな。」

「あら……可哀想。」

「父さんには婚約解消の事言ったの?」

「まだ……此れから……」

「ふっ……父さんの方から連絡寄越すんじゃないか?」

「あぁ……そうだと楽かなぁ。」


 何だか二人とも楽しそう……




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