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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第7章∞ Persona
30/31

錯綜

 11月だというのに気温は24度にも上がり、少し動いただけで汗が流れてくる……暑い。


 私はしっかり帽子をかぶり紫外線対策、首にはタオルを引っ掛け、軍手をはめせっせと花壇の草むしりに勤しんでいた。

 途中から我慢できなくなってカーディガンを脱ぎ捨てTシャツ一枚になったが、それでも汗が背中をつたう。


 ……終わったらシャワー浴びよう。



 テラスから私を呼ぶ声が聞こえた。


「薫さん、お茶の用意ができたので少し休んでください」

「はーい」


 喉もカラカラで腰も痛くなっていたので休憩は嬉しい。

 私は立ち上がり腰に手をあて伸ばした。


 ……ううぅ、ガチガチだ。




 ◆◆◆◆◆




「お疲れ様です。本日はアイスミントティーにしてみました」

「冷たい飲み物はありがたいです」


 キッチンの一角に小さなテーブルと椅子があり、そこで丸岡さんや私は食事を摂ったり、お茶を飲んだりしていた。


「あの……」


 丸岡さんはすぐに察し〝自室にコーヒーを持って行きました″と言いクスリと笑った。

 ……まだ怒っている。…というより拗ねていると言ったほうがいいかもしれない。

 よほど寂しいのだろう。

 ……仕方ないかな。


 私は椅子に座りアイスミントティーを飲んだ。口の中に爽やかなミントが広がって、乾いた喉を潤してくれた。

 私は未来ちゃんの後ろ姿とそれを見つめるリュウの背中を思い出した。


 昨日、未来ちゃんは母親に連れられて、この洋館を出ていった。

 迎えに来た母親の表情は明るく、何か吹っ切れたようで、夫の顔色ばかり伺いオドオドしていた同じ女性とは思えない程さっぱりとしていた。


「あの日から一週間も経ってしましました。

 色々と有難うございました」


 母親は深々と頭を下げた。


「……とてもいい表情をしていますね。未来を返さないといけないようだ」

「はい、連れて帰りたいと思います」


 人は迷いや自分自身で雁字搦めにしていたことから解放されると、こんなにも美しく微笑むのだと知った。それくらい母親の笑顔は優しく穏やかだったのだ。


「じゃあ、今日から一人で寝ることになるのね……寂しいな」


 母親の隣に座っていた未来ちゃんが少し困った表情を見せた。


「薫さん、そんな事を言っては未来様が別れ辛くなりますよ」

「ごめんなさい……そうね、遠くに行ってしまうわけじゃないし、いつでも此処へ遊びに来れるわね」


 母親の表情が曇った。


「それが……」


 次に母親の口から出た言葉は私を驚かせた。


「娘二人連れて実家のある北海道に行くことにしました」

「えっ?…それって」


 母親は少し悲しそうに微笑み話してくれた。

 ご主人と互いの気持ちを確認しながら何度も話した。最終的に、これからは未来ちゃんと次女を、差別するような事はしないと約束してくれたそうだが、人間そんなに急に変われるものだろうかと疑心と不安が頭から離れなかったそうだ。


「私も自信がなかったんです……夫と一緒にいて、また同じ事をしてしまうんじゃないかって……」


 また、同じ間違いをしたら今度こそ未来ちゃんを失う……更に深い傷を負わせてしまう事になる。怖くなったと……正直な気持ちを話してくれた。

 だから、離れて暮らす事を選んだと言う。

 ご主人には反対されたが頑として譲らず、最後にはせめて下の娘だけでも手元におきたいと懇願されたが、それもきっぱり断ったそうだ。


「夫のあんな情けない顔初めて見ました。……少し時間と距離をおいたほうがいいと思ったんです」

「お母さん、私のせいで離婚しちゃうの?」


 今にも泣きそうな目をして母親を見上げている。


「離婚じゃないのよ。暫く別々に暮らすだけ……それに、未来のせいなんかじゃない。

 これは、親としてもう一度やり直すため必要な事なのよ」


 うなだれている未来ちゃんの頭を優しく撫でている。


「未来…環境を変えることは不安や寂しさもあるだろうけど、決して悪い事じゃない」

「うん……」


 浮かない表情の未来ちゃんを少し困ったような笑みで見つめる。


「想像してごらん。

 北海道はこの辺りでは考えられない位の雪が降る。……見た事はある?」


 未来ちゃんは大きく首を横に振った。


「雪が降ったらどんな遊びをしたい?」

「えっと……雪合戦、かまくら?…作ってみたいし、スキーも!」

「いいね……全部できるよ。

 未来、不安ばかりに囚われて、目の前の楽しい事を見逃してしまったら勿体無いし、つまらないだろう?」

「うん」

「お母さんがついているし、友だちもできるだろう。下を見てないで顔を上げてごらん。

 今まで見た事のない世界が広がっているから……未来が笑顔でいる事がお母さんの幸せなんだよ」


 彼の言葉に優しく頷き笑みを浮かべている母親を見て、沈んでいた瞳が徐々に輝きを取り戻していった。


「リュウ…じゃない……えっと、竜也さん」

「竜也でいいよ」

「ありがとう、竜也。私、北海道に行く」


 未来ちゃんは笑った……吹っ切ったように…もしかしたら、吹っ切るために笑ったのかもしれない。


「それで、いつ北海道へ引っ越すんですか?」

「……今日、夕方の便で」

「えっ!今日」


 これには未来ちゃんも驚いた。


 昨日のうちに小学校への届や、役所への手続きを済ませ、身の回りのものなど全て宅配便で実家へ送ったそうだ。


 こんなに行動的な人だったのかと目を丸くした。でも、母親とはそんなものかも知れない……いざとなったら強さを発揮するのだろう。


 私もそうなるのかな?……まだ、結婚もしていないし、相手もいないけどね。


 私は彼を見つめた……

 やだ、なんで見ちゃうの。

 身体が火照ってくるのが恥ずかしくて俯いた。


「……薫さん?」


 私が下を向いているので、涙を流していると勘違いしたのか、丸岡さんが声をかけてきた。


「泣いているのですか?」

「えっと…違います。気にしないでください」


 私は顔を上げる事が出来なくて俯いたまま否定した。


「それでは、これで失礼します。

 本当に色々ありがとうございました。言葉だけでは足りないくらいですが……こんな事しか言えないのが申し訳ないです」

「気にしないで下さい。その言葉だけで充分です」


 二人は深く頭をさげると、しっかりと手をつなぎ応接室を出た。


 玄関でチビと別れる時は未来ちゃんの目にも涙が光ったが、最後は笑顔で優しく抱き寄せ、そして……〝リュウに会いたかったな……ありがとうって私が言ってた事伝えてね″と言って玄関を出ていった。


 彼の腕に抱かれたチビがひとつ鳴き声をあげた。


「未来……」


 靴も履かないまま彼が二人を追った。


「未来!」


 立ち止まり振り向いた未来ちゃんの顔が嬉しそうに輝いた。


「会いに来てくれたんだ」

「チビ……連れてけ……」


 押し付けるみたいにチビを渡すと、わざと怖い顔で〝ちゃんと面倒みろよ″と言い背中を向けた。

 未来ちゃんは愛おしそうに頭を撫でた。しかし、チビをリュウの背中に真っ直ぐ差し出し受け取る事を断った。


「もらえないよ、リュウ。

 チビは友達でしょ……いなくなったら寂しいでしょ…だからもらえない」

「お前だって北海道行けば誰も友だちいないだろ…いいから連れてけ」

「ダメだよ」


 未来ちゃんはチビを返した。


「それに、リュウと違って私はきっとすぐに友だち出来るから……一緒にしないでよね」

「未来……」

「リュウに会えて良かった……私を見つけて、助けてくれてありがとう。バイバイ…リュウ」


 腰に腕を回しギッユと抱きついたと思ったら、直ぐに身体を翻し母親のもとへ走って行った。


 未来ちゃんの後ろ姿に太陽の光があたって、私は【希望】という言葉が浮かんだ。

 逆にリュウの背中はそれを失ったみたいに寂しそうで、頼りなく見えた。


 …………コップの氷が溶ける音がした。

 なんだか夢から覚めたみたいにハッとして周りを見た。

  丸岡さんは新聞を広げ何やら真剣に読んでいた。そして目があうと〝もう一杯いかがですか?″と聞いてきた。


「ありがとうございます。じゃあ、少し頂きます」


 素早く新聞をたたみ立ち上がると、冷蔵庫から作りおきしていたミントティーを取り出し、新しいコップに注いで持ってきてくれた。


「薫さんも寂しいのですか?」

「えっ?」

「何やらボーっとされてた様子なので……」

「私、そんなに長くボーっとしてました?」

「そうですねぇ……まあ、少し…」

「昨日のこと思い出していたんです。」

「そうですか……しかし、長く一緒にいた訳ではないのに一人減ると静かになるものですね」

「……一番堪えているのはリュウでしょうけど…昨日も未来ちゃんと別れた後怒り出して……」


 私は思い出し笑いをした。

 本当に子供みたいに拗ねて、私たちや中にいる彼に悪態をついたのだ。




 ◆◆◆◆◆




 応接室に戻るとリュウは不貞腐れたようにソファへ腰をおろし私たちを睨みつけた。


「なんで、未来が北海道に行かなきゃならないだ!……どうして母親を家に入れたんだよ!」

「えっ……だって会話は彼の中で聞いてたでしょ?」

「竜也の奴、今日は一度も俺を表に出そうとしなかった。……ずっと拒んで…忌々しい」


 拒んでいた……これは彼の精神が強くなったという事なのか、其れともリュウが弱っているのか…どちらなんだろう。


 リュウは悔しそうに爪を噛んでいる。


「今日、母親が迎えに来るの知ってたのかよ」

「いいえ。事前に連絡は受けておりません」

「じゃあ、たまたまかよ……まるで今日だって知っていたみたいだ。弱虫竜也のくせにムカつく」


 私がクスリと笑った。


「何が可笑しいんだ薫!」

「リュウには分からない何かを、見えない何かを感じ取る事が彼にはできるのよ」

「うるさい!そんなもん彼奴に備わっているわけないだろ」

「長い間身体を共有していた貴方が分からないわけないわ……一番よく知っているくせに」


 クッションを投げつけてきたが、それをかわして私はニヤリとした。

 リュウは悔しそうに口を結んだ。


 チビはその様子をソファのしたで眺めていたが、猫も呆れるのだろう……欠伸をするとその場に丸くなり目を閉じてしまった。


「あんな母親について行ったら不幸になるだけだ。そうなったら、竜也も含めお前たちのせいだからな!」

「……まったく」


 丸岡さんが鼻息荒いリュウを呆れたように眺め溜息をついた。


「そんなに渡したくなかったのなら、なぜ連れ去るなりしなかったのですか?

 そのチャンスは有ったはずです」

「それは……」

「リュウも心の中では母親と暮らすのがいいと理解していたから、そんな行動をしなかったのでは?……違いますか」

「…………うるさい…黙れ」

「そうやって拗ねていなさい。そして心の奥に引きこもり、竜也様の中から消えて下さい」


 今度は丸岡さんに向けてクッションを投げたが、それも見事にかわされてしまい、リュウは勢いよく立ち上がると、大股で部屋を出て行きドアをおもいっきり閉めた。


「……いつまで拗ねているつもりでしょう」


 再び新聞を広げている丸岡さんに尋ねると、目だけだして興味なさそうに〝さあ…どうでしょう″と言うだけだった。


 丸岡さんにすれば、このままリュウが弱り消えてしまうことを願っているのかも知れない。

 そう上手くいけばいいけど……一筋縄ではいかないのがリュウ。拗ねている風を装って何かよからぬ事を考えているんじゃないかと勘ぐってしまう。

 でも、今回のことでリュウの心の一片を垣間見る事が出来たのは収穫だった。


 ……さて、作業に戻ろう。

 後少し頑張れば草むしりは終わる。


「丸岡さん、仕事に戻ります」

「まだ外は暑い様ですね……ご苦労ですがお願いします」


 私は帽子をかぶり、首にタオルをかけ〝よし″と気合を入れて11月とは思えない暑さの中へ戻っていった。




 ◆◆◆◆◆




「ごちそうさまでした」


 夕食を食べ終わり手を合わせ食器を片付ける。

 丸岡さんはリュウもそろそろ食べ終わった頃だと言い、食器をさげに行こうと立ち上がった。それと同時にドアが開き、リュウがトレーを持って現れた。


「おや…」

「珍しい……」


 私たちの驚く様子に少々戸惑っているみたいで、ドアの前でトレーを持ったまま立っている。


「ごちそうさま……」

「なんと!」

「うそぉ…熱でもあるの?」

「えっ?……いや」

「……ん?」


 私と丸岡さんは顔を見合わせた。


「竜也様ですか?」

「そうだけど」

「失礼いたしました!」


 二人で慌てて頭をさげた。


「そうか…リュウだと思ったんだ。

 すまない……言えば良かったね」


 彼はクスクスと笑いながら言った。

 私はトレーを受け取りシンクへ持って行った。


「丸岡、お茶を頼む。……話したい事もあるから、三人分用意してくれ」

「かしこまりました」

「ああ…後片付けが終了してからでいいよ」

「お気遣いありがとうございます。その様にさせて頂きます」


 丸岡さんは私を見ると〝そういう事なので早く片付けてしまいましょう″と号令をかけるみたいに言うと、食洗機に皿を手早く並べスイッチを入れた。


「お茶はどれにしましょうか……」


 棚からだした茶葉を並べ、とても嬉しそうに吟味している。




 ◆◆◆◆◆




「久しぶりにロイヤルミルクティーにしてみました」


 上機嫌の丸岡さんは目を優しく細め彼の前にティーカップをおいた。


「ありがとう。……二人も座って」


 秋の夜長に一杯のミルクティー……どちらかと言えばお酒の方がピッタリとくるけど……


「二人には心配ばかりかけてるね。本当にすまないと思っている」

「気になさらないで下さい。竜也様がこうしていて下されば、それで満足です」

「その事なんだけど……」


 私は喉を上下させ彼に集中した。


「二人にリュウを受け入れて欲しいんだ」

「何を仰るのかと思えば…そんな事は出来ません。記憶を取り戻した今リュウの存在は……脅威でしかありません」

「丸岡、リュウの何が脅威だと言うんだ」

「リュウの身勝手さ、非道な所、それらすべて竜也様を苦しめるだけでございます」


 彼は深く息を吐いた。


「確かにそんな面を持っている……でも、一番辛く苦しい僕の記憶を引き受けて守ってくれたのはリュウだ」

「しかし」

「丸岡……リュウはもう一人の僕なんだ。切り離して考える存在ではないんだよ。

 ……あいつの身勝手さや非道な所は、孤独という檻の中に閉じ込めてしまった僕のせいなんだと思う。……事実から目を逸らす僕に悟られないように、ひっそりと…独りで耐えてきた」

「……それでも私は承知致しかねます」

「……リュウが表に出ている間、僕は心の奥でうずくまっていた。暫くは耳を塞いで何も聴こうとはしなかったし、見ようともしなかった。でも……時折り語りかけてくるんだ〝お前はこれでいいのか″ってね。

 ある時は馬鹿にした様に、怒った様に、そして哀しそうに……」

「リュウが?」


 彼が憂いをふくんだ表情を私に向けた。


「薫さん……思うほどリュウは悪い奴じゃないんだ。……二人にはそれを分かって欲しい。」


 悪いとか、そうじゃないとかは関係ない……印象は最悪だし、今更好きにはなれない。だけど本当のリュウは知りたいと思う。

 孤独の中で何を思っていたのか。


 丸岡さんは顎に手を当て伏し目がちで考え込んでいる。


「竜也様がどのように仰っても私には……受け入れる事は出来ません」


 穏やかな表情をしていたが、瞳の奥は強い意志を秘めていて、その意志を変えるのは並大抵な事ではないように思えた。


「どう言ったら分かって貰えるのかな……どうも僕は丸岡を甘く見てたようだ」


 哀しそうに顔を歪め力なく笑った。


「あの…今リュウはこの会話を聞いているんですか?」

「いや……未来の事が結構ショックだったみたいでね…すべての感覚を閉じている」

「リュウにもそんな繊細なところがあるんですね」

「繊細というより純粋なんだと思う。僕の中で他とコミニケーションを取ることはほぼ皆無だったリュウが、自分と似た少女に出会って初めて他人の痛みや悲しみ苦しみを知った。生まれて初めて人の心に触れたんだ」

「その経験でリュウは変わるでしょうか?」

「徐々に変わっていくと思うけど、それにはリュウがもっと人と関わっていく事が大切だと思っている。だから二人にはせめて理解する努力だけでもして欲しいんだ」


 彼は丸岡さんを静かに見つめた。

 普段なら彼の頼みは絶対で意を唱えることなどあり得ないが、リュウのことだけは首を縦に振らない。


「竜也様、何を言われても私の気持ちは変わりません」


 彼は小さく肩を落とし眉間をおさえた。


「……残念だ。

 これからも僕とリュウは入れかわるだろう…あまり邪険には扱わないでくれ、それは頼むよ」

「かしこまりました」


 快くといった表情ではなかったが、丸岡さんは彼の頼みを聞き入れた。


 彼を残して私と丸岡さんはキッチンにさがった。


 食洗機から食器を次々取り出し所定の棚に並べていく。たんたんと仕事をこなしていく姿は少し声をかけずらかった。


「……薫さん、何か言いたいことでもあるのですか?」

「えっ?」

「先程から私をチラチラ見ているので…」

「あ……そのぉ」

「ハァ……だいたい言いたいことは分かります。遠慮しないで薫さんはリュウを受け入れてやって下さい」

「いえ…そういう事じゃなくて…前にも言いましたがリュウを知ることが、人格の安定になる様な気がするだけで、だから……」

「そうでしたね…良いのですよ…薫さんは薫さんの思うようになさって」


 いつもの穏やかな表情をしていたけど、何故かつき離された感じがした。


 ……私が間違っているのだろうか?

 そもそも、正解があるのかも分からない。それなら自分の心に正直でいよう。


 私はトレーを手にして応接室に戻った。




 ◆◆◆◆◆




 彼はソファにゆったりと座り足を組んで考え事をしているようだった。

 ミルクティーのおかわりはいるか声をかけたが、私が部屋に入って来たのに気づいていなかったのだろう、驚いた表情を見せた。


「薫さん…」

「もう一杯如何ですか?」


 彼は疲れた様に首を横に振った。


「あの…大丈夫ですか?」

「ありがとう。大丈夫です」


 私はトレーにカップを乗せ下がろうとした時呼び止められた。


「薫さんはどう思っていますか?」

「……リュウですか?」

「はい」

「……私は、本当の姿を知りたいと思っています」


 私の言葉に安心したような穏やかな笑みを浮かべている。


「……別人格だとしても、まぎれもなく僕の一部なんだ」

「あのぉ…リュウとどうなりたいのですか?」

「今言った通りだよ。リュウも僕もこの身体の、精神の一部で二人で一個体の存在なんだ。」

「それは、共存してい…?……」


 彼は顔を微かに歪めた。額に手をあて辛そうに瞼を閉じている。


「やっぱり少し休んだほうが……」


 頭を振り目を開けると笑顔を見せた。その瞬間金縛りにでもなったみたいに身体が動かなくなった。

 ……闇を思わせる瞳の奥に狂気が見え隠れして妖しく光っている。

 …………リュウ。


「なんか……二人で笑える話してたね」

「笑える話なんてしてないわ」

「俺が知らないとでも思ってんの?

 ふん…俺のことを知りたいだって…笑わせてくれるよ」


 鼻で笑い、暗い瞳を細めて腕組みした。


「お前に理解なんてできない。そんな事思われるのも不快だ…偽善者め!消えろ!」


 リュウは立ち上がりゆっくりと私の首を絞め始めた。

 チロリと赤い舌をのぞかせ、口を横に引き伸ばしジワジワと締め付けていく。


 ……殺される。

 そう思った瞬間リュウの手が緩み、肩を震わせ笑いだした。その声は次第に高くなり腹を抱えて私から離れた。


 解放された私はよろけながらソファに突っ伏した。


「ははは……はあ…竜也が……竜也が慌ててる。俺の中で怖い顔して暴れているよ。

 出してやるもんか!二人で一個体だって?

 冗談じゃない。俺は俺だ!追い出してやる。もう二度と孤独に縛られるのは御免なんだ!……竜也、消えろ!

 お前が消滅してしまえば、この身体は俺だけのものになる。

 消えろ!消えろ!」


「や…やめて!リュウ、やめて!」


 声を聞きつけ丸岡さんが飛び込んできた。

 引きつった笑顔を浮かべながら〝消えろ!″と狂ったように繰り返すリュウの姿に驚き立ち尽くしている。


「やめてぇ!」


 私の叫びで我に返った丸岡さんはフラフラと狂ったように笑っているリュウの肩を掴んだ。


「リュウ!」


 笑い声が止まる。

 狂気にみちた瞳を大きく開き、不気味に白い歯を見せると何か呟き、糸が切れたように倒れた。




 ◆◆◆◆◆




 死んだように眠っている。


 私と丸岡さんとで気を失ったリュウをソファに横たえ、鉛でも抱えた様に二人で腰をおろした。


「何があったのですか?」

「……」

「……薫さん…薫さん!」

「あっ!はい」

「いったいどうしたのです」

「すみません……あの…」


 私は絞められた時の恐怖を思い出して首に手をあてた。

 丸岡さんに首をどうしたのかと聞かれ、心を落ち着かせるため深呼吸をした。


「リュウに絞められました」

「首を絞められたのですか!」


 頷く私の背をいたわる様に摩ってくれた。

 涙がこみ上げてきた。眠っているリュウの姿が歪んで見える……私は必死に溢れないように努めたが、恐怖と安堵でとうとう涙を流してしまった。


「異変に気づくのが遅かった……申し訳ございません。恐ろしい思いをしましたね」

「……こ…怖かった」


 涙がとめどなく流れる。

 嗚咽をあげながら身体を丸め震えた。


「……やはりリュウは私たちを脅かす存在です……早く消えてもらわないと…とんでもない事がおきてしまう」

「でも……」

「まだ本当の姿を知りたいと言うのですか?もう分かったはずです。

 リュウは一時的に記憶の一部を保管する為だけ用意された入れ物に過ぎないのです。その期間が終了したのですから、もう…必要ないのです」


 また恐ろしい思いはしたくない。消えてくれればとも思う……でも……


「うっ…んん〜」


 頭を押さえながらリュウが起き上がった。

 私たちは身がまえ見つめた。


「か、薫さん……だい、大丈夫ですか?」


 目を覚ましたのはリュウではなく彼だった。


 虚ろな目をして少し身体が揺れている。

 まだ意識がはっきりしてない……短時間に何度も人格が入れかわるのは負担なのかも知れない。


「……リュウを許して…やって貰えますか?…あれは…ううぅ…」


 更に苦しそうに顔を歪め頭をかきむしった。


「私は大丈夫です。その話は後にして部屋で休みましょう」


 苦しむ彼の横に跪き背中に触れた……その瞬間〝残念″と呟いた。恐怖で身体を引く私に妖しい笑みを見せ、そして白目を剥いてまた気を失った。


「また……一瞬だけリュウに」

「兎に角二階に運びましょう」


 最近では使用する事のなかった車椅子に彼を座らせ、エレベーターで上がりベットへ運んだ。

 椅子の上で丸くなっていたチビがピクリと耳を立て起き上がると、彼のベットに潜り込み寄り添うように身体を丸め目を閉じた。


 根拠のない安心感が湧いてそっと部屋を出る。


 再び応接室に戻り暫く私たちは無言だった。

 目まぐるしく人格がかわる事に疲れてしまったのだ。


「そう言えば、あの時リュウは丸岡さんに何を言ったんですか?」

「えっ?」

「あの、騒ぎに気づいてリュウの肩を掴みましたよね……気を失う前に耳元へ何か呟いていたように見えたんですけど、あれ何て言ったんですか?」

「ああ…あれは……よく聞き取れませんでした。何と言ったのでしょう。

 ……おそらく良い意味の言葉ではないでしょうね」


 眉をピクリと上下させ平然とした表情をしている。


 おかしい……

 あの時、何か呟いたあと確かに丸岡さんは戸惑ったような驚きの表情をした様に見えたけど……気のせい?


 納得のいかない私は疑いの目を向けた。

 しかし、これといって誤魔化す様な素振りも見せないし、主人の身を心配するいつもの丸岡さんにしか見えなかった。


 ……もうひとつ気になっている事がある。


 彼はいつ辺りから車椅子を使わず歩くようになっていたのか……

 前は人格が本人に戻ると途端に歩けなくなっていたのに…今では当たり前のように自立歩行している。

 あまりに普通に歩いているので私も気づかなかった。


 いつからかしら?


「薫さん、今日はもう休みましょう」


 時計を見ると十時を回っていた。


 明日の朝目覚めるの一体どちらの人格なのだろう……





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